5 嘘つきエリー
一日だけ夢喰い虫を貸してくれた。
先生も夢喰い虫の膨らんだお腹に気づいていた。「夢を食べてもお腹は膨らまないのに」と首を傾げていた。
「夢ではない何かを食べたかもしれないね。魔法生物は精霊を引き寄せるし、引き寄せられるんだ。もしかしたら、精霊石の欠片でもうっかり口に入れたのかな」
背中の鉱物の成長が進んでいないから、お腹が空いていたのかもしれない。もし、吐き出したら見せて欲しいと頼まれた。
先生と別れ、路地裏から出た。いつもは重い足取りが今日は軽い。母は今頃、夕食を作っているだろう。その間に寝室に忍び込み、母の枕の下にこっそり瓶を入れよう。悲しい記憶を食べてもらうために、夢喰い虫にお願いするのを忘れたらいけない。一日だけだからほんの少ししか食べられないけれど、母が楽になるのならそれでよかった。
そうだ。母が元気になったら、父の悲しい記憶も食べてもらおう。前みたいに仲のいい二人に戻ってくれたら、家の空気も温かくなるはずだ。
「嘘つきエリー!」
家に向かって走っていると、魔法の才能がある男の子と取り巻きの二人が私を見つけて追いかけてきた。相手にしちゃいけない。無視して走り続ける。
「お前。最近、変なことをしているだろ!」
「変な旅人と何しているんだ!」
取り巻きが叫ぶ。旅人が先生を指しているのだとすぐにわかった。閉鎖的な小さな村に、長く滞在している先生が奇異の目で見られないはずがない。先生は気にせず授業をしてくれるけれど、私としては面白いはずがなかった。
「先生は変じゃない!」
先生を知らないくせに、変と決めつけるなんて許せない。言い返したら、男の子たちは憤った。
「エリーのくせに生意気なんだよ!」
あっさり追いつかれ、背中を突き飛ばされる。転んだ瞬間、瓶を落としてしまった。割れてはいない。ほっとしたのは束の間、魔法が使えるあの男の子が拾い上げた。
「なんだこれ」
「返して!」
「うるせぇ!」
取り巻きの一人に蹴られる。一瞬、息ができなくなる。もう一人の取り巻きに髪の毛を引っ張られ、顔を上げさせられた。苦痛で動けない私に、にたにたと気持ち悪い笑みを見せた。
「だっせーの」
「止まらないのが悪いんだ」
「なぁ、この変な生き物の周りに、地の精霊がたくさんいる」
しまった。男の子に気づかれた。手を振りほどき、掴みかかる。けれど、体格も力も適わず、頭を殴られてしまった。
「いいことを思いついた」
再び倒れた私に、男の子は冷徹に言い放った。
「この虫を使って、エリーに魔法を使う。お前ら、地の魔法を見てみたいって言っていただろ。最近、覚えたんだ」
取り巻きが目を輝かせる。起き上がろうとした私を掴み、羽交い締めにした。
「悪い奴はおしおきしなきゃ。ママがよく言っているからな」
私には精霊が見えない。だから、どんな魔法を使ってくるのかわからない。恐怖で震える私に取り巻きたちが囁いた。
「魔法に当たれば、それがきっかけで精霊が見えるようになるかもしれないだろ?」
「そうしたら、エリーの母さんも喜ぶかもな!」
お母さん。私のお母さん。魔法が使えない、精霊が見えない私のせいで、お父さんとの関係がさらに悪くなってしまった。
もし、本当にこれで見えるようになったら。お母さんは笑ってくれるかな。悲しい記憶を食べてもらわなくても大丈夫かな。
いい子なら受け入れるべきなのに、私はいい子でいられなかった。
「……いや」
「あ?」
お腹の底からふつふつと沸騰するように湧いてきた言葉が、口を通して発せられる。声は震えても、男の子から決して目を逸らさなかった。
「何もできないくせに。魔法が使えないと何もできないくせに。それでしか自分を見てもらえないくせに。それでしか友達を作れないくせに!」
男の子が顔を真っ赤にさせて逆上した。
「うるさい! 魔法が使えないくせに!」
「使えなくても、私は私だもの!」
そうだ。使えなくても、私は生きている。
魔法なんてなくても、私はちゃんと立っている。
「あんたみたいに、私は魔法で友達を作らない! 家族を作らない! 私は生きるから。生きてみせるもの!」
「黙れって言っているだろおおお!」
怒号が飛ぶ。唄を紡ぎ、熱風が発生する。怒りに任せた魔法に、取り巻きの二人が危険を察して私から離れた。
鋭い針に似た枝が、連なり、重なり、私を刺し殺そうと飛んできた。逃げられない。何もできない。それなのに、どうしてだろう。無力であるのがちっとも悔しくなかった。
目を瞑っても痛みはこなかった。やけに静かだ。夜が訪れたみたい。今はまだ夕方なのに。おそるおそる目を開くと、私の目の前に大きな丸い影があった。影には枝がいくつも刺さっている。私を守ってくれたと気づいたときには、隣に唸り声をだすあの子がいた。
「なんで」
どうしてここにいるの。路地裏からでちゃだめって言ったのに。なだめようと背中に伸ばした手を止めた。
あなたに矢が突き刺さっているのは、なぜ。
「魔物だ!」
「エリーが魔物を呼び寄せた!」
態度を一変させ、男の子たちが怯えた目で私を指す。
「違う、魔物じゃない!」
そんな恐ろしい存在じゃない。優しくて、いつも傍にいてくれて。いざとなったら、約束を破ってでも助けに来てくれる。
私の大切な友達。
「エリー!」
振り返ると母が走ってきた。弓矢や農具を持った大人たちと一緒だ。あの子が大人たちの前に立ちはだかる。牙を剥きだし、敵意を露わにしている。このまま刺激すれば、村人たちを襲うかもしれない。この子は大丈夫だって説明しなきゃ。
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