2 海上都市「メゼリア」

 林道を走り、途中で通り雨に打たれてぬかるみにはまった。ヤシロとセイクが口喧嘩をしながら幌馬車を押し、再出発した頃には昼を過ぎていた。簡単な食事をとった後は、調子を取り戻したヤシロが御者台に座った。ヤシロ曰く、回復は早いほうらしい。

「カナ嬢、今から面白いものが見れるぞ」

 にやりとヤシロは笑い、隣に座るよう誘われた。今朝の顔色の悪さはどこにいったのやら。私に言われなくても今日は散々セイクに突かれている。安堵からでそうになった小言は飲み込んでおいた。

 そしてなにより、目を輝かせた子どものような笑みにほだされてしまった。大人のくせにそういう顔をするのはずるい。

 走り続けると街道にでた。昨日の街道とは違い道幅が広く、馬車で混雑していた。同じ行商人の荷馬車はもちろん、隊商の馬の列もある。乗合馬車もあった。馬を避けて道の端を歩いている人もちらほらいた。

 皆、都を目指しているのだ。こんなに多くの馬車が集まった街道なんて初めてだ。驚く私の肩をヤシロがつつく。

「来るぞ」

 指した方向には線路があった。街道の隣に鉄道が敷かれている。轟音がしたかと思えば、巨大な鉄の塊が黒煙を吐きながら線路を走ってきた。がたごとがたごとと巨大な車輪を回して通り過ぎていく。あの塊を知っている。あの形も知っている。先生が写真で見せてくれた。多くの人を乗せる巨大な乗り物。

「蒸気機関車!」

 身を乗りだした私が落ちないよう肩を掴まれた。

「ヤシロ! あれも都に向かうの!?」

「もちろん。ここは所謂、馬車道だ。数年までは有料道路ってことで料金所があって金を取られていたが、鉄道が通ってからは廃止されてな。俺としては助かっているんだが。……聞いちゃいねぇな」

 蒸気機関車に興奮しているのは私だけじゃない。蒸気機関車が通った瞬間、乗合馬車の婦人は帽子を振り、隊商の馬に乗っていた子どもが歓声を上げた。街道の端を歩いていた人はぴたりと止まり、蒸気機関車に釘付けになっていた。

 蒸気機関車の煙が青空に吸い込まれていき、姿が小さくなっていく。私は目を瞠った。空が下にもある。下に空が、潮の匂いが、初めて目にする広大な海が広がっていた。海の上に敷かれた線路を蒸気機関車が走っていく。蒸気機関車が海の都へ向かっていった。

 海上都市『メゼリア』。

 精霊樹の太い蔦が重なった上に作られたこの国最大の貿易都市だ。海に浮いているように見えることから、海上都市と呼ばれている。

「カナ嬢、今から海の街道を走るぞ。準備はいいか!」

 海の街道は白い造りだ。あとからヤシロに聞いた話によると、砂浜に似せたらしい。

 門に向かって馬車が走っているのを、遠目から確認できた。

「もちろん!」

 満面の笑顔でヤシロが頷き、手綱を握り直した。

「馬を走らせすぎないよう気をつけるんだよ」

 セイクの忠告に「はーい」と二人揃って返事をした。

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