4 いっておいで

 たいていの町には同業者組合が経営する酒場があるそうだ。行商人だけではなく、その町で店を経営している人も来る。

 色々な種族が集まり、情報交換をする場所と聞いたけれど。


「ねぇ、セイク」

「ん?」

「ヤシロ、呑みたかっただけ?」

「うん、そうだね」


 酒場は盛り上がっていた。どちらかといえば、騒がしい領域に入るくらい。男たちは投げた硬貨を手の甲に隠し、表か裏か当てるゲームをしていた。当てたら酒を奢ってもらい、負けたら奢る勝負。


「金銭が発生していないだけいいほうだよ。まぁ、僕がいるからおとなしくしているだけなのかな。ね?」


 セイクが近くの席に座っていた人に声をかけると、わざとらしく目を逸らされた。


「神使は全てを取り締まるわけではないんだけどなぁ。これって差別だと思わない?」


 セイクが神使だと知った人はたいてい珍しがる。奇異の目にも晒されやすい。神使だからと不当な扱いを受けているのならそれは差別だ。力強く頷けば「空の子は優しいね」となぜか微笑まれた。


「ヤシロは同業者の間でちょっとした有名人なんだ」

「そうなの?」

「うん、神使を連れている行商人ってね」


 二人で旅にでるようになってから、セイクを神使と聞きつけた人に声をかけられるようになったそうだ。会話ならまだしもその大半は頼みごとばかり。病気を治して欲しい、お金を恵んで欲しい、不作を助けて欲しいなど。期待され、失望され、時には恨まれたこともあったと話すセイクの口調は、のんびりとしているようで他人事のようにも聞こえた。


「セイクは怒らないの?」

「怒る?」

「だって、他人の都合で勝手に期待されて失望されているんだよ」


 セイクはきょとんとした。注文した鶏肉のソテーを眺めながら真剣に悩み始める。


「セイク?」

「そう言われるとは思わなかった」

 顔を上げた。曇りのない薄紫の瞳が真っ直ぐに私を映しだす。

「だって、信仰というのはそういうものだろう?」

 それが当たり前だと言わんばかりに。


 セイクは神様じゃない。万能じゃない。魔法生物に様々な種類があるように、セイクは種族の一種類にしかすぎない。いくら信仰されてもできることは限られている。


「セイクは神使だけれどその前にセイクでしょ。私はまだセイクをそんなに知らないけれど、優しいところも、物知りなところも、人の話を聞かないところもセイクだよ。嫌って思っていないならいいけれど、怒ってもいいときは怒ってもいいと思う」


 自分の感情は自分でしかわからないものなのに、自分をどこかで置いてきたような話し方が寂しかった。


「……そうだね。いつだったか、ヤシロにも似たような話をされたね」

 ゲームを興じる輪から歓声が上がった。 

「ねぇ、空の子。人はいつだって自由を求める種族だ。自分らしい生き方が難しいのに、それでも求めている」


 男たちの手拍子と陽気な歌声が響く。テーブルに乗って踊りだす人もいた。


「愛しいよ。どの時代も、いつの人も、僕はとても愛おしい」


 柔らかい笑みを見せたセイクは、見守るようで慈しむようで、それでいて偏っているよう思えた。


「ねぇ、セイク。差別的な発言をしてもいい?」

「どうぞ」

「もしかして、神使の中で変わり者って言われる?」

「おい、カナ嬢!」

 お酒を持ったヤシロが手を振る。

「踊るぞ!」


 いつになく上機嫌のヤシロは、どうみてもただの酔っぱらいだ。踊るといわれても踊り方なんて知らない。躊躇っていれば周囲の男たちが口笛を吹き、どこから持ちだしたのか楽器の演奏を始めた。


「いっておいで」

 セイクに勧められ、仕方なく席を立つ。

「そうだよ。だから僕は飛ぶのを止めて絵筆を取ったんだ」


 先ほどの質問の答えだろうか。尋ねようとしたとき、痺れを切らしたヤシロに手を捕まれて引き寄せられた。


「ヤシロ! 踊り方なんてわかんないよ!」

「適当だ。適当!」


 お酒臭い笑い声に呆れながら、明るい旋律に合わせておぼつかない足取りで踊ってみる。次第に楽しくなり、自然と笑みがこぼれた。


 そういえば、神使には翼があると聞いたことがある。日光に当たると虹色に輝く翼を見て、神の使いだといわれるようになったそうだ。けれどこれは昔の話。今を生きる神使たちにその翼は残っているのだろうか。

 セイクは空を飛ぶのを止めたと言っていたけれど。


「いってぇ!」

「あ、ごめん!」


 案の定、踊り慣れていない私の足はヤシロを踏んだのだった。

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