3 七番目の童話

「クオンは竜を愛していたんだよ。だから知ろうとした。理解を広めようとした。けれど、七番目の童話の主人公になろうとした者たちが彼の研究を最悪のかたちで利用したんだ」


 竜殺し。魔女が迫害された時代があったように、竜殺しが盛んな時代もあった。


 神様が落としたと言い伝えられている七つの童話。古くから伝わる物語は神様の誕生譚として語り継がれてきた。子どもの読み聞かせに定番の童話だ。誰でも知っている物語。慣れ親しんだ神様のお話。


 でも、七番目の童話は見つかっていない。魔法教会に、太陽を運び朝を司る神、白の旅人こと白の王から最後の童話について神託が降りた。


『七番目は、これから紡がれる物語だ』


 いつからか童話に選ばれた者は、神になると噂されるようになった。神になれば、巨万の富と永劫の命を得られる。嘘か真かわからない話を信じて、童話の主人公になるために勇者の真似事が流行ったのだ。


 そのひとつが竜殺しだ。物語の中で竜は試練として登場する。勇者を阻む竜。宝物を守る竜。人々に災厄をもたらす竜。竜を仕留めれば勇者となり、七番目の物語の主人公として語られるのだと。


「竜は謎が多かったからね。他種族との交流を避けていたから、誰も竜について深く知らなかったんだ。当時、クオンは変わり者だといわれたよ。でも、彼は竜の怒りを恐れず研究を続けた。ねぇ、空の子。今は竜と聞いて何を想像する?」

「そうだなぁ、やっぱり賢者かな。思慮深くて穏やかな性格が多いって聞くよ。静かな場所を好むとも。力強さも魅力かな」


 昔、竜は天災の象徴だった。物語で描かれる竜は獰猛で恐ろしい存在だ。

 でも本当は心優しい竜であり、理由があってこうなってしまったのだと説明されている。これは近年になって付け加えられたそうだ。昔は悪役のまま倒される話が多かったと聞く。


「そうだね。それが今の認識。クオンが広めた竜だ」


 未だに竜の生態が謎に包まれているのは、魔法教会がクオンの本を焚書にしたからだ。竜の生態を纏めた本には急所も記載されていた。竜とまともに戦っても勝てない勇者志望者たちは、本から得た知識で対策を練り、絶滅の危機まで追い込んでしまったのだ。


「今では竜は保護対象。竜殺しは特例を除いて大罪だからね」


 遠い昔は森や山に必ずといっていいほど竜が棲んでいたそうだが、今では考えられない話だ。幻獣は死んでも骨を残さず、砂になる生物だ。一度消えた痕跡を辿るのは難しい。今はどこでどのように生活しているのか不明である。


「稀に闇市場にはあると聞くな。生きていようが死んでいようが、竜は高く売れるからな」

「それ、僕に言っていいの?」

「神使さまは魔法教会とは違うだろ」

「全くではないんだけどね」


 私が暮らすあの森も、昔は幻獣の棲み家だったのだろうか。幻獣に比べれば魔法生物は多いが頻繁に見つけられるものではない。種族もそうだ。人間の亜種である獣人と超人の寿命は年々短くなっている。いつだったか、静かに緩やかに衰退していると寂しげに先生が笑っていた。


「カナラ。人は忘れる生き物なんだ」


 黒のお姫様の童話を読んでくれたときもそうだった。先生はどうしてそんなことを言ったのだろう。

 ランプの町『ヴァダン』に到着したのは日が暮れてからだ。

 夕食の時間も重なり、町は賑わっていた。都に比べれば少ないらしいが初めての人混みに気圧されてしまった。


「はぐれるなよ」

 ヤシロにからかわれる。

「手を繋いだほうがいい?」

 セイクに手を差し出される。

「平気だから!」


 初めて大きな町に来たからって子ども扱いしないで欲しい。物珍しさにきょろきょろしてしまったのは否定できないけれど。


 宿に荷物を預けたあと、着替えやら何やらいるだろうとヤシロに皮袋を渡された。入っていた硬貨を受け取れないと返そうとしたところ、「そういうのは甘えろ」と叱られた。食事もそうだ。全てヤシロの世話になってしまっている。せめて働けて返せたらと思い、行商の手伝いを申し出たところあっさり断られた。


 魔法が使えないから、役に立たないと思われたのかな。

 町に到着するまで、二人には先生としー兄や森での生活の話。それから、私が十歳を超えても精霊が見つけられない『特異体質』だと話した。セイクは薄々気づいていたそうだ。嬉しそうに微笑んでいたのが印象的だった。ヤシロは表情を変えずにわかったと言い、あまり人に話すなと釘を刺された。


「先生は何も話さなかったのか」


 話すとは何をだろう。頷けばそうかと短い返答がきた。

 それ以上、尋ねられなかった。


 ランプの町『ヴァダン』は、その名の通りランプが名産だ。特に色ガラスのランプが有名だ。精霊の家の産地でもある。建物の軒下に精霊の家が吊され、家の形状も様々だ。精霊の家は造りが凝っているものほど高くなり、精霊の飽きが遅くなる。要するに精霊石を交換する期間が延びるのだ。高級品となると十年も持つらしい。


 精霊の家の青白い灯が夜の『ヴァダン』を照らす。ランプ通りと呼ばれる商店街の店の窓際には色とりどりのガラスのランプが並べられていた。青白い灯と色ガラスの明かり。この光景は観光地となっている。


「夜に人が出歩けるのは、まだ治安がいい証拠だよ」


 夜の森は危ないから外に出てはいけない。

 先生に教え込まれた私にとって不思議な感覚だ。


「なんだか悪いことをしているみたい」

「まぁ、子どもは寝る時間だからな」

「ヤシロ!」


 ヤシロが逃げた。大柄な体躯のくせにするすると雑踏を抜けていく。追いかけようとした途端、小柄な影が脚の間を通り過ぎた。転びそうになるのを踏みとどまる。


 振り返ると赤い猫がいた。毛並みの長い猫だ。精霊の家とランプの明かりを浴びて赤色が淡い輪郭を帯びる。人混みの中、猫は行儀よく座っていた。


「どうかした?」

「猫が」 

「猫?」

 指を差した場所に赤い猫はいない。

「おい、お前ら。晩飯、ここにするぞ」


 ヤシロが立っていた店は幌馬車の看板がぶら下がっていた。幌馬車の横にナイフとフォークが交差した絵がある。宿駅と似た看板だが店の隣に馬小屋はない。それにヤシロの馬は宿にいる。疑問が顔にでてしまったらしい。説明してくれた。


「あぁ、ここは宿駅じゃない。同業者が集まる酒場だ。要は同業者組合ギルドの集会場だな」

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