6 妖精ラジオは卒業か

 床に落ちた黒い液体が石礫となって飛んできた。

 セイクが丸テーブルをひっくり返す。鈍い衝撃音が響く。テーブルは穴ぼこにへこんでしまった。次の衝撃には耐えられない。


「紡ぎ唄うは炎の鎖。繋ぎ結んでその身を焦がせ」

「紡ぎ唄うは水の衣。纏い包めてこの身を癒やせ」


 ヤシロの唄に魔物の唄が重なる。魔物の足元から炎の輪が現れたのは一瞬。ぱんっと水が弾け飛び霧散した。


「魔物が唄に干渉してくるなんて聞いてねぇぞ!」

「これはなかなかだね」


 笑い飛ばしたセイクの目が細められる。


「ヤシロ、斬れるか」

「斬れ味が悪くなりそうだ」

「そうだね」


 せめてここから出られたら。扉に視線を移し、悲鳴を上げそうになったのをなんとか堪えた。扉はびっしりと蠢く黒色の蔦で覆われていた。しかも扉だけではない。壁もだ。護身用にナイフでも持ってくればよかったと後悔しても武器はない。魔法も使えない。


 二人が魔物の気を引いている間に脱出方法を探さないと。共有部屋には窓がある。窓の外は長閑な牧草の景色が広がっていた。異様な状態のこことは別世界だ。

 窓辺には黒い蔦がなかった。

 そういえば、魔物は夜を好む存在だから。


「君の目的は何かな」


 魔物に知性があると判断したセイクが話しかけた。制約はあるが神使は魔法に秀でていると聞く。会話をしながら精霊を見つけ、いつでも唄を紡げる状態をつくっているのだろう。


「争いごとは好まないんだ。困っていることがあるのなら、話を聞こうじゃないか」

 私は椅子の背もたれを掴んだ。

「先程、守っていたと言ったね。何をだ?」


 私の動きに気づいたヤシロが声をかける前に走り出した。椅子を持ち上げ、窓に向かって投げつける。窓ガラスが割れ、椅子が外へ飛びだす。外の空気が流れ込み、黒色の蔦が魔物へと集まっていく。


「二人とも早く!」

「おや、空の子は大胆」

「このお転婆が!」


 刀を納めたヤシロが駆け寄る。ヤシロの背中を守るようにセイクが後退する。魔物は動かない。窓枠を登ろうとするとヤシロに抱えられた。


「破片に気をつけろ」

「下ろして、自分で出られるよ!」

 この年になって抱えられるのは不満である。


「カナ。やっぱり、外がいいのか」


 ヤシロが窓枠に足をかけたとき、名前を呼ばれた。

 私の知っている呼び方。たった一人しか、呼ばない愛称。


「しー兄?」


 そこにいたのは、おばあさんでも魔物でもない。

 シスイだった。


「どうしてそこにいるの……?」

「妖精ラジオはもう卒業か」


 いつものようにへにゃりと笑う。しー兄の言っていることがわからない。どうしてそこにいるのか。魔物の外套を着ているのか。どうして。ねぇ、どうして。


「行くぞ、カナ嬢!」


 ヤシロが窓から下りる直前、しー兄の周囲にあの翡翠色の蝶が何匹も飛んでいた。

 魔法にかかっているとセイクは言っていた。

 私に魔法をかけたのは、誰。

 教えてよ、しー兄。

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