第41話 封印された記憶
「うん、カイくんだもんね。私は信じてたよ」
すぐに部屋を飛び出して何とか美波を捕まえた海斗は部屋に引っ張り込み、ミサキともども必死に弁解した。ありがたいことに、美波はちゃんと信じてくれた。
「信じてもらえて良かった……」
「海斗の普段の行いかしら?」
「相手が美波だったってのもあると思う」
もし、これが御琴だったら問答無用で鉄拳か跳び蹴りが飛んできた可能性は高い。そう思うと目撃されたのが美波で本当に良かったと海斗は思った。
なお、美波を部屋に引っ張り込む光景を咲耶に見られ、後で海斗が追及を食らったのはまた別の話である。
「ウン……シンジテタヨー」
美波が乾いた笑いのまま目線を逸らした。一度はあらぬ妄想をしたらしい。
気を取り直し、海斗は台所で三人分の麦茶を用意して部屋に持ち込むと、三人はいよいよ話し合いを始めた。
「それにしても、どうしていきなり実体化したのかしら」
ミサキは自分の手を握ってみる。海斗に憑依して以来、初めて感じるその感触は間違いなく人としてのそれだ。
これまでは海斗の体を介してもその感触が伝わってこなかった。だからこそ、突然の人としての感覚に、なんだか不思議な気持ちを覚えるミサキだった。
「昨夜までは幽霊状態だったんだよねー?」
「ええ。幽霊と言うのが正しい表現なのか、こうなっちゃうと余計にわからなくなったけど」
「これまでも事件を解決するたびに変化があったけど、まさか人間になっちゃうなんてなあ……」
「前々から言ってたでしょ。私は人間だって……正直、ちょっと自信なくしてたけど」
だがミサキは今、言葉通り一人の人間としてこの場にいる。一時は妖怪の類ではないかと
「うーん……カイくん、何か思い当たることない?」
「え、なんで俺?」
「ほら、ミサキさんを人間に生まれ変わらせるとか、そんな感じの術使ったんじゃない?」
ずいっと身を乗り出して美波は海斗に尋ねる。その眼は何故か好奇心で輝いている。
「……お前は俺を何だと思ってるんだ」
「人知れずこの街を守り続けて来た、高校生霊能力者」
「どこの少年漫画だよ」
「ほら、
「悪いけど、うちの先祖は普通の武士だよ。昔、妖怪退治した時の協力者が退魔の……あ」
海斗は昨晩の戦いを思い出す。ミサキの変化の原因と思えるのはあの時の春とのやり取りだ。
「……もしかして、あれが原因かな。ほら、勾玉の力で体を治してくれって言ったこと」
あの時、海斗が春に願ったのは傷の完全治癒だ。だが、その時に春に願った言葉は「体を治して欲しい。傷つくよりも前の、元々の体に」というものだ。この言葉が「体を直す」と解釈され、「元々の体に」戻して欲しいと伝わったとすれば、二人の体が共に修復された可能性もある。
「……確かに、海斗の中にいた私にも影響が出たと考えられなくもないわね。あくまで主体は海斗だったし、私は全身の修復だから時間差で効力が出たとか」
「あー、あの時ってそんなことが起きてたんだ」
昨晩、戦っていた相手の美波からは海斗が炎に巻かれた所までしか見えていない。だから炎が消えた途端に五体無事な海斗が現れたので、彼女には何が起きていたのかわからなかった。
「その節は本当にご迷惑をかけました」
「いいのよ。美波さんは操られていたようなものだし。それに、そのことがあったから私は体を手に入れられたと言ってもいい……だからって何も寝てる時に実体化しなくて良かったんだけど」
朝の状況を思い出してしまったのか、ミサキが顔を真っ赤にしてうつむく。普段のはきはきした様子からイメージできない、体をすり寄せて来て甘える姿は、海斗も「可愛い」と思ってしまった。
「……お願い海斗。さっきのは忘れて」
「善処するよ……」
「絶対に絶対よ。誰かに言ったら殺す」
「わかった」
「あんなの、絶対にいつもの私じゃないから」
「わかったって」
「たまたまよ、たまたま。普段はきっと静かに寝てるはずなんだから。覚えておきなさいよ!」
「忘れされさせたいのか、記憶させたいのかどっちなんだよ!?」
「まあまあ、二人とも」
美波が間に入ってミサキをなだめる。いつも通りだと口論になるので、仲裁役がいるのはありがたかった。
「で、カイくん。ミサキさんは何したの?」
「美波さん、本当に話聞いてた!?」
「あはは。つい抑えられない好奇心が」
ぺろっと舌を出して美波は笑った。
「で、その勾玉がカイくんたちの切り札?」
「……結果的にな。それもあと一つになっちゃったし」
机の上に置いた勾玉を海斗は手に取る。この勾玉には四百年前の巫女、
「海斗を全快させて、私の体まで作っちゃったとしたら、やっぱり物凄い霊力だったのね。そんな術、まだ未熟な私じゃ無理よ」
「そう言えば、記憶はどうなんだ?」
「記憶?」
「ミサキは記憶喪失なんだよ」
「大半は戻ったわ……でも、結局は何も変わらないと思う」
「どういう意味だ?」
こめかみに人差し指を当てて、ミサキが目を閉じる。どうやら記憶を確認しているらしい。ややあって、ミサキは目を開いて言う。
「やっぱり、自分がどこの誰なのかってことだけがどうしても思い出せないの。まるで、厳重に封じられているみたいに」
「封じられている?」
「これまでは単に思い出せないんだと思っていた。怪異を
用意した麦茶には誰も手を付けない。解けた氷がバランスを崩し、グラスの中でカランと音を立てた。
「何かの意思……と言うより、術ね。これが思い出させないようにしているみたい。一種の封印よ」
「なんでそんなことを……」
「さあ? もし思い出されたら術者にとって不都合なことでもあるんじゃない?」
「その術、解除できないのか?」
「できたらとっくにやってるわ。これ、私より数段上の術者の仕業よ」
ミサキが深々とため息をついた。
「アニメみたいにはいかないんだねー。あっちならミサキさんくらいの歳で世界を救っちゃうくらいの力の持ち主はいるのに」
「退魔の力を磨くには長い年月が必要なの。それこそ十七歳じゃ経験も浅いし、術の精度はベテランには敵わないわ」
ふむふむと美波が納得する。彼女はオカルト知識が海斗よりあるので、その話も興味深いものなのだろう。
「記憶が封印されているお陰で私が今、使える術は霊力を使って物を動かす念力と、祝詞を唱えて霊力を増幅する基本的なものだけね。三日月の転送や
「それでも凄いけどな」
「でも裏を返せば、それを使っていた暮らしってことでもあるのよね……」
ミサキも海斗も黙り込む。彼女の記憶がこれ以上探りようがないので、他にわかることはなさそうだ。
「うーん、記憶は無理に思い出そうとするよりは、何かきっかけを与えた方がいいと思うな」
「きっかけ?」
「うん。私もそうだったけど、記憶のヒントみたいなのがそろった時に一気に思い出すんだよね。記憶の扉を開けるには複数の鍵が必要って言えばいい?」
昨日の美波も、いくつかの条件がそろったことでその記憶の扉が開いた身だ。だからその言葉は的を射ているかもしれないと二人は思った。
「それだと、どこに記憶の鍵があるかだな」
「そうだねー。だったら記憶の鍵探しも兼ねて出かけない?」
「鍵探しを兼ねて?」
「出かけるって……どこへ行くの?」
にっこりと美波は笑って言う。
「ショッピングなのです」
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