第42話 記憶の鍵

 芦原商店街は街中でもかなりにぎわう。日曜ともなるとデパート前のイベントスペースでの催しやセールなどで人が集まり、駅前ということもあって利用客も非常に多い。

 この夏休みには商店街の一部をお化け屋敷に改装し、脱出イベントを開催すると聞いている。郊外型ショッピングセンターが増えている中、独自の商業展開で人を呼び、話題には事欠かない場所だった。


「こっちの服はどうかな?」

「いいわね。私としてはスタンダードに白が好みなんだけど」

「そうだミサキさん、スカートもいいけどここはぜひデニムを」

「ま、動きやすくはあるわね。あ、スキニーパンツも悪くないんじゃない?」

「黒いいねー。脚も細く見えるし。ね、試着してみよ」


 そんな商店街の一角でミサキと美波は服選びに盛り上がっていた。海斗はそんな二人を眺めながら暇を持て余す。


「……女の子の買い物って、どうしてこんなに長いんだろう」


 美波に誘われて街に繰り出したのは良いが、元々はミサキの記憶の鍵を探す予定だったはずだ。それが何故ここにいるのだろうか。


「だってミサキさん、せっかく可愛いのに制服しか持ってないんだよ。年頃の女の子がオシャレしないなんて勿体無いよ」


 こう美波に言われてしまえば海斗も反論はできない。

 ミサキは何故か姿が見えるようになってから芦原高校の制服を着ていた。美波たちを見て自分で服を形作ったのかは定かではないが、実体化した際に制服姿で現れたのはよほど気に入ったのか、それとも何か縁があるのだろうか。


「芦原高校の生徒って訳でもないしな」


 先ほど家でミサキは自分のことを「十七歳」と言っていた。それは海斗たちと同年代を意味する。だが、ミサキのような子が学年にいた記憶はない。やはりミサキの記憶が戻り、全てが明かされる日を待つしかないようだ。


「あらー、伊薙さんとこの海斗君じゃない」

「ご無沙汰してます、おばさん」


 手持ち無沙汰となっていた海斗に店主の妻が声をかけて来る。同じ町内と言うこともあり、この商店街は幼い頃から利用している。その上、海斗の父親も運営や管理に関わっていることから皆、海斗たちのことをよく知っているのだ。


「今日は美波ちゃんと……あらー、御琴ちゃんじゃないのね。また可愛い女の子連れて来ちゃって。海斗君も隅に置けないわねーもう!」

「そんなんじゃないですって」


 海斗はここへ来たことを失敗だと思った。小さい頃から知っているだけあって、その仲のよさも商店街中に知れ渡っている。そんな彼が初めて見る女の子と一緒に買い物に来ているのだ。奇異の目が向けられてもおかしくなかった。


「美波ちゃん。その子、初めて見る子ね」

「はい、そうですー。ミサキちゃんと言うのです」

「よ、よろしくお願いします」

「海斗君とはどんなご関係?」

「えっと……」


 ミサキは海斗に目で助けを求める。海斗はすぐに美波とアイコンタクトをして話を合わせることを確認する。


「うちの親戚です」

「なのです。もうすぐ芦達祭あだちさいなので遊びに来たのです」


 芦達祭あだちさいは海斗らの通う芦原高校で間もなく始まる学校祭の通称だ。海斗の伊薙家いなぎけは親戚筋が広く、こう答えておけば簡単にはわからない。


「あら、でもその恰好、芦原高校の制服よね?」

「え、えっと実は……美波さんに貸してもらったんです。芦高あしこうの制服、ちょっと憧れてたんで――」


 ――どう? この制服、似合ってる?


「――っ!?」


 ミサキの脳裏に誰かの言葉がよぎった。一瞬のことだったので、どんな状況か、誰に向けての言葉なのかまではわからない。


「あらあら。そうだったの。せっかく来たんだからいい服見つけて行ってね」

「……は、はい」


 そんなミサキの動揺に女性は気づくことなく、彼女らと言葉を交わし終えて海斗の所へ戻ってきた。


「いい子ねえ。海斗君の嫁候補にリストアップしたいくらいよ」

「母さんみたいなこと言わないでくださいよ、おばさん」

「だって、海斗君ったら美波ちゃんと御琴ちゃんの二人とずっと一緒だったじゃない。そりゃ、小さい頃から見守ってる身としては行く末も気になるってものよ。どっちとくっつくか賭けまでやってる人がいるって聞いたわよ」

「何やってんですか……」


 自分の知らない所で何やら大ごとになりかけていたことに海斗は頭痛がして来そうだった。


「ちなみに大穴は静宮しずみやグループの深雪お嬢さんですって」

「勘弁してください」


 いったい何人が賭けの対象になっているのか。海斗は胴元を見つけ出して問い詰めたかった。


「カイくーん。買い物終わったよー」

「ああ……わかっ……た」


 そこには買い物を終え、早速制服から着替えたミサキがいた。グレーのVネックに花柄のスカートを合わせたゆるふわ系の美波とは対照的に、無地の白いTシャツとスキニーデニムと言ったシンプルながら活発な彼女らしさを前面に押し出したカジュアルなコーディネートだった。


「……何よ?」


 その姿を見て思わず黙り込んだ海斗に、ミサキは不満げに眉をひそめた。


「いや、あまりによく似合っているって思ったから……」

「そ、そう? ……ありがと」


 褒められることは想定していなかったのか、ミサキが照れ隠しに視線を外す。その隣で美波は会心のコーデだと胸を張っている。


「あらあら……」


 そして、そんな様子を見ていた女性は、微笑みながら目を光らせていた。


「それじゃ、商店街歩いてみよっか」

「え、ええ……でも美波さん、目的忘れてない?」

「ん、記憶のこと? もちろん覚えているよ」


 三人で店を出て、アーケードの中を歩いていく。七夕が近いため、アーケードには様々な団体が作った七夕飾りが吊り下げられていた。


「ミサキさんだって普通の女の子だもん。こうやって友達と一緒に買い物して歩いていたと思うんだよねー。こうしてるうちに経験したことと似たことが起きてちょっとしたことでも思い出せるんじゃないかと思って」

「……なるほど、狙いは悪くないかもしれない。さっき一瞬だけ記憶が戻ったから」

「本当か?」

「ちょっとだけよ。いつのことかは全然わからなかった」

「でも、一歩前進だね。こうしていればその内決定的な何かに出会えるかもしれないし」

「……そうね」


 少し展望が見えてきたような気がした。彼女の出自、どんな十七年を経て来たのか。無理に記憶の鍵を探すよりは日常的な活動を通じてわかるのであれば、このまま続けてみるのも悪くないと海斗は思った。


「でも美波、よくミサキの服を買う金なんてあったな」

「ふっふっふ。月々の生活費のやりくりの賜物たまものなのです」


 ニヤリと笑って美波がVサインを見せた。先ほどの服屋は昔ながらの商店街の中にあるとはいえ、流行のものもすぐに仕入れる芦原高校生にも人気の店でもある。もちろんそれなりに値が張るものもある。


「うちはお父さんから渡される月の生活費の余りがお小遣いなの。だから贅沢しなければそれなりに貯まっていくんだ」

「ごめんなさい……お金なんてまったく持っていなかったから」

「いいのいいの。昨日助けてくれたお礼も兼ねてだから」


 恐縮するミサキと明るく笑う美波。海斗は二人のやり取りを眺めていると、美波は出会ったばかりなのに、昔から友達だったかのように親しく話しかけているように見えた。

 元々人との間にあまり壁を作らない美波は、この世界に記憶もなく放り出されたミサキにとって最適な相手なのかもしれない。


「それじゃ、俺もちょっとは出さなくちゃいけないな」


 海斗は目に入った店を指さす。それは暑い日には最適の食べ物を売っている店だった。


「おー、アイス!」

「好きなもの注文して来いよ。おごるから」

「サービスきいてるじゃない、海斗」

「カイくん、私もいい?」

「もちろん、美波の分も出すよ」


 二人は冷凍ケースに駆け寄り、中をのぞき込む。色とりどりのアイスに迷ってしまうがやがて決めたようで、まず美波が注文する。


「すいませーん、抹茶とオレンジ、ダブルでお願いします」

「……凄い組み合わせだな」


 代金を払いながら美波に渡された物を見る。コーンの上に積み重ねられる深い緑とオレンジ色の山。見るからに濃い色合いだった。


「味の組み合わせとか考えないのか?」

「好きなものを重ねた結果なのです」


 プラスチックのスプーンを使ってまずはオレンジの山を崩し、口へ運んでいく。冷たさと甘さに顔が綻ぶ様子を見て、海斗も「ま、いいか」と思った。

 そして、真剣にケースを見つめていたミサキもようやく決めたらしい。顔を上げて注文する。


「抹茶とオレンジ、ダブルで」

「……なんで被るんだよ」

「え?」


 言われて気づいたのか、美波が持っている二段重ねのアイスをミサキも目撃する。そして店員から渡されたミサキの分のアイスを前に、美波とミサキはしばし見つめ合う。


「同志!」

「この良さがわかる人がいた!」


 二人ががっしりと握手を交わす。海斗は代金を支払いながら、自分も試してみようと同じものを頼むのだった。

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