60:ドキドキ☆混浴?タイム!

なあ、みんな。どうか想像してみてくれ。


そこは、高い塀に守られた秘密の花園。

うら若き乙女達が集い、青春の時を過ごす学び舎。

日々切磋琢磨を続ける少女達が、疲れた体を休める美しき泉。

ささやきと小さな笑み、そして穢れを知らぬ滑らかな肌が満ちる、その場所。


「も~何恥ずかしがってんの~? い~いじゃん、入ろ~よ~。やっぱ裸の付き合いって大事じゃん? りか達のお友達記念ってことでさ~」

「ちょ、いや、待っ」


突然そこに連れ込まれた俺(心は童貞、体は乙女)の気持ちを。


(ひいいいいいいいいいいいいっ)


いくら「りかね、ヨミっちともっと仲良くなりたいの~」ってせがまれたとしても。

こんなオープンなスペースで裸の付き合いって!

ちょっといきなりハイレベルすぎやしませんか!?


「いや、そう言いながら、めっちゃニヤニヤしてるじゃん。清実ちゃん」

(するよ! ニヤニヤするけど! でも! でもさー!)


騒いでるのも喚いてるのも、赤面しているのも、俺だけ。

そりゃそうだ。

誰がどう見たって、普通の女の子が普通に女湯に入ってきただけの、普通の風景だもん。


そう。普通。

これは全然普通のことで、俺が女風呂にいるのは何の間違いでもなくて、むしろ約束された権利でありすなわち俺はここにいる全ての女子の裸体を鑑賞する大義を持ち合わせている! いる! いる! いる!(エコー)


「……清実ちゃん、そこまで固く目を閉じなくても良くない?」

(いや、良くなくないだろ! 止めろよ、そこは! 相棒として!)

「まあ、普通にお風呂だし、覗きとかじゃないし……てか、この状況じゃ仕方ないんじゃない?」


良いの!? あれ!?

この前チカコとイチャコラしてたら、めっちゃ俺の頭ドツかなかった?


「アレは別だよ。当たり前でしょ」


……これはあれなの?

ヴァルキリーの倫理観が特殊なの? それとも女の子ってそういうものなの?

もしかして俺が童貞だから分からないの? デキる男はみんな分かってるの?


「いいから、しっかりしてよ。そもそも清実ちゃんが立てた作戦でしょ?」

(『潰す会』に取り入ってチカコを裏切ったと見せかける、ってのは確かにそうだけど、こういうラッキースケベ展開は想定外だっ)

「ちょうどいいじゃん、君達だいぶ仲良しっぽく見えるしさ。『Kana』もいるよ、お風呂場に。君達のこと、すっごい見てる」


マジかよ!

畜生、こんな状況で『悪霊』呼ばれたら対処できないぞ!


「だから目開けたら良いじゃん、もう。ホント、こういう時ヘタレチキンだよね、清実ちゃんって」


うるせー! 半裸の爆乳女神と対面した時とはシチュエーションが違うだろ!

彼女達は、その、こう……現実世界の人間なんだから。


「ヨミっち、大丈夫~? 目ぇ開けないと、危なくない~?」

「あの、ええと、ちょっと湯気が目に染みちゃって」


やめて、ぐいぐい腕を引っ張らないで、こけるこける!


「あ。チカコちゃん、部屋出たっぽいよ? 大浴場こっちに向かってきてるねー」

(待て待て、完璧に作戦通りだけどそうじゃない、全裸じゃ戦えないし『悪霊』の捕獲なんて出来ないし!)

「そんなこと言ったって、チカコちゃん、あたしの声は聞こえないからなー。試しにジェスチャーゲームでもしてみる? 『作戦中止! すぐ部屋に戻れ!』みたいな」

(それはそれでややこしくなる! てかブリュンヒルデが作戦の手助けするのはおかしいだろ、俺は『女騎士の背後霊なんて見えない』って設定なんだし)

「あーもうめんどくさいなあ、これもうアレよ? 目を開ける or DIEだよ?」


ぐぬぬぬ。

確かに目を開けたい。色んな意味で。

でもその、「ハーレムは異世界で」っていう俺の中の鉄の掟が邪魔をするっていうか……


「ね~、ヨミっち~? 裸で突っ立ってると~風邪引くよ~? お風呂あったか~いよ~」


いやでも待てよ。

よく考えたら俺、女体化した自分の裸は克服したよな?

女体化した段階で、すげーがんばって動揺しないように訓練したよな?


(なら大丈夫か? 女の子の裸を見ても、その、興奮しなかったらセーフなのではありませんか?)

「なんで敬語よ、清実ちゃん」


それはセーフなのではありませんか?(二回目)


……答えはない。きっと誰にも分からない。


ただ俺だけが――その答えを決めることが出来る!


「分かったから早く目開けなよ、面倒くさい」


俺はついに、意を決した。

固く閉ざしていた瞼を、ゆっくりと開く。

あたかも禁忌をその手で犯す聖職者のごとく――


「あっれ~。珍しいね~、千里眼ちゃん」

「……! あなた――泉野梨花さん、ね」


ようやく開いた俺の目に飛び込んできたのは。

浴場の入口で、タオルを身体に巻いたまま立ち尽くすチカコと、湯船に浸かりながら嗤う『りかぴょん』の対峙だった。


(……セーフ)

「いやもうそこはどうでもいいから! 清美ちゃんの読み通りなら、そろそろ『悪霊』が来るでしょ。備えて」


チカコは、俺と『りかぴょん』を見比べて、何かに気付いた――フリをする。

良い演技。


「どうしてあなたが、来香と一緒に?」

「『どうしてあなたが』だって~。え、なんで~? りかがヨミっちと~、一緒にいちゃいけないわけ~? ヨミっちと~付き合ってんの~?」

「理由を聞いているの。答えて」

「え~、千里眼ちゃんも、うすうす気付いてるんでしょ~? ヨミっちみたいな陽キャがさ~、千里眼ちゃんみたいな陰キャと付き合ってる理由なんて~、ないってこと~」


そりゃどうも。

……陽キャってほど明るいか、俺?


「ヨミっちはさ~、りかのお友達になったの~。千里眼ちゃんのイタイ妄想トークには付き合いきれないってさ~」


俺に向けられたチカコの目の冷たさ。

例え芝居だと分かってても、股間のアレがヒュッと……あ、今なかったわ。ええと、心臓がキュッとなる。


「……裏切ったのね。来香」

「言い方、大げさじゃない? 別に、わたし、誰かの味方になった憶えなんて無いけど?」


言いながら。

こんな、心にもないことを――いや、本心とまったく逆のことを口にしたのは、初めてだと俺は思った。


俺はチカコを守る。

それはクエストだから、憧れの異世界転生への手がかりだから、というだけではなく。


(心の底から、君を守りたいと思ったから)


チカコの肩が、にわかに震えていた。

食いしばった歯の隙間から、押し出すような声で。


「最低よ。来香……あなたなんて、いなくなればいい・・・・・・・・


ついにその時が、訪れた。

チカコが最後の言葉を口にした瞬間。


「開いたよ、清実ちゃん――世界と世界を繋ぐ扉!」


その気配は、俺にもはっきりと感じ取れた。

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