58:彼女は影法師

(これまでのあらすじ:霊感少女オミネ・チカコを襲う『死の運命』を退けるため、女体化して女子高に潜入した転生阻止者フィルギア海良寺清実。チカコに着せられた濡れ衣を晴らすために調査を始めたところ、いじめグループの一員である『Kana』に黒幕の疑いが。なんたるマッポー学園か!)(139)


「えーと、清実ちゃん、え、なに? マッポーってなに?」


 すまんブリュンヒルデ、ええと……リスペクトだ。


「……で、結局『Kana』が本当にマッチポンプガールなのかどうか、はっきりさせる方法は思いついたの?」

(そこなんだけどさ。手を貸してくれよ、ブリュンヒルデ)


 先日のお泊り事件(詳しくは56話参照な!)から、いまいちご機嫌斜めのブリュンヒルデは、ジト目で俺を見てくる。


「手を貸すって……何を?」

(『悪霊』を生け捕りにする方法を教えてくれ。こっち側に縛り付けて、そっち側に帰れなくする)


 ダメだ。ブリュンヒルデの視線が冷たい。うう。


「あのさー、前々からずっとずっとずっと言ってると思うけど? 転生阻止者フィルギアのクエストは、『死の運命』を退けることで、転生候補者の学生生活を充実させることじゃないからね? あたしはその辺きっちり分けるからね? お目付け役なんで」

(いやいや、状況を考えてくれって。今一番チカコの死に繋がってそうなのは、例の『悪霊』だろ? 正体を暴くのが、いじめを止める一番の手段だし)


 なんでだよー、今まではなんだかんだ協力してくれてたのに。


(現行犯を生け捕りにしたところを重要な人物に目撃させる――できれば全校生徒に目撃させれば、チカコの濡れ衣も晴れて『千里眼を潰す会』も解散。クエストコンプリートだ)


『悪霊』の攻撃を止める。

 いじめグループを解散に追い込む。


(どっちもやれば、チカコを襲う当面の危機も去るはず)


 その為に必要なのは――『Kana』が真犯人だと、みんなに信じてもらうこと。

「凶器」と「犯行の瞬間」を見れば、いくらファンタジーな犯行とはいえ、受け入れるしかない。

 仮に、生徒全員が信じなくても、生徒達に影響力を持つ「誰か」が目撃者として情報を回してくれればいい。


(な、だから頼むよブリュンヒルデ。異世界の存在を現実世界で捕らえる方法なんて、ブリュンヒルデ達しか知らないだろ)

「……分かったよ、もう」


 そっけないけれど、ブリュンヒルデは頷いてくれた。

 やったぜ! ありがとうブリュンヒルデ!


(あとは……どうやって『Kana』に『悪霊』を呼び出させるか、だな)


 というか、そもそも普通に生きてる人間がどうやって『悪霊』を呼び出してるんだ?

 魔法?


「この世界の魔法? ちょっと前に滅んだでしょ」

(え、普通にあったの? いつ?)

「五、六百年前に、派手に潰されたよー。ホラ、魔女狩りとか言って、もうめちゃくちゃやってたじゃない」


 マジかよ……そっちの方が大事件だわ。人類史塗り替わるわ。


「まあ『Kana』って子が、どんな手段にしても、自分の意志で『悪霊』をこき使ってるのは間違いないし、要はあの子が、呼び出しちゃうような状況を作り出せばいいんでしょ?」


 確かに。

 これまでのケースから言って、『Kanaが近くにいて』『一瞬で危険を作り出せて』『目撃者がいて、罪をチカコになすりつけられる』状況でしか、『悪霊』は動かない。


(三つの条件が揃うことは必須。でも、それだけじゃ『Kana』を動かせない)


 彼女が『悪霊』を呼び出すに足る、動機がいる。


 例えば。

 もしも俺が『Kana』だったとしたら――どうやってチカコのことを追い詰める?


 ――不意に。


「危なぁ~いッ!!」


 眼の前にサッカーボールが現れた。


(うぉっとぉ!?)


 俺は内心悲鳴を上げながら、条件反射で魔法を発動させていた。

 中級魔法、疾風迅雷ライトニングスピードで強化された反射神経で、ヘディングトラップ。

 そしてボレーキックでパスを出す……つもりだったけど、空を切り裂くボールに味方のフォワードが追いつけず。


 ボールはそのまま、キーパーをかすめてゴールネットに突き刺さってしまった。

 味方のゴール前のディフェンスポジションから敵のゴールまで……ええと、何メートルあるんだ?

 とにかくその距離をひとっ飛びに。


(ヤバい。やりすぎた)


 体育の授業。

 グラウンドに出ていた生徒達が、一気にざわめき始める。


「なに、今の!? なんかありえない威力じゃなかった?」

「すごい……あれ、二年F組の帰国子女でしょ? ハリウッド出身だって噂だけど……」

「CGなしの生身スタント! ああ、まさに日本のトム・クルーズ様ね……素敵」

「『千里眼』にナイトがついたって噂は本当なのね。確かに、あの人がいれば、誰も手出しできないはずだわ」

「ああ、『悪霊』騒ぎが減ったのって、そういうことなんだ……」


 箱入りのお嬢様達ってば、ホント想像力豊かっていうか。

 てか言っちゃってんじゃん、フルネーム。前回は伏せたのにさ。


(オイオイよせよ、なんか俺が突然チートを手に入れて戸惑ってる主人公みたいだろうが……ふふん)

「清実ちゃんって、ホント、悪目立ちが上手いだよね……」


 いつもどおりブリュンヒルデは溜め息。

 あー、でも今回はマジでごめん。油断してた。


「さすが夜見寺さん、ハリウッド仕込み!」

「ヨミちゃんスゴーイ、キック力増強シューズみたい!」


 駆け寄ってきた後藤さんと豊橋さんに、ハイタッチ。

 うん、ハリウッドはサッカーの本場じゃないし、キック力増強シューズは……まあ間違ってないか。魔法だけど。


「いや、なんか運が良かったっていうか……自分でもビックリだよ、はは」


 とりあえず俺は適当にごまかす。

 こういう時は、下手に言い訳するのが一番良くない。うん。


「え~、な~に今の! すっご~い」


 なんだなんだ、またギャラリーか?

 急に持ち上げたって何も出ないぞー?


「って、え……『りかぴょん』、さん?」

「あ~、憶えてくれてたんだ~、りかのこと~!」


 ゆるいジャージの袖から飛び出した指先で、ぺらぺらと手を振りながら歩いてくる。

『悪霊』に窓から突き落とされた読モJK、『りかぴょん』。


(憶えてるも何も、あんたのスマホの中身まで全部チェックさせてもらってるけど)


 意外と一途だったのに、『悪霊』に襲われまくったせいで他校の彼氏に逃げられちゃったってことも知ってるし。

 結構かわいそうなんだよな。いきなり四階から突き落とされたりとか。


 まあそれを差し引いても、チカコに牛乳落としたことは許さんぞ!


『りかぴょん』は、さも当然のように後藤さんと豊橋さんの間をすり抜けて、俺の手を握ってきた。


「ていうか~、超すご~い! キャプ翼みたいじゃ~ん!」

「いや、たまたまだって」

「え~クール~。ね~、ヨミっちって呼んでもい~い?」


 会話三十秒で渾名。

 すごいな、この距離の詰め方。

 コミュ力モンスターってやつか?


「ヨミっちさ~、この前、りかのこと助けてくれたんだよね? りか、ちょっと記憶があやふやなんだけど~、先生が~、お礼しとけって~」

「いや、別にそんな大したことは」

「え~、命の恩人でしょ~、ホントすごいよヨミっち~」


 電気ショックのせいかな……まあ、トラウマになってなくてよかった。


「ヨミっち~、結構かわいいし~、なんかカリスマ? てかモテ子? 的なオーラあるし~、りかとお友達になろ~よ!」

「え、ええ?」


 わあ、何言ってるかさっぱり分かんねー。


「あれ~、やだ? でも~、ヨミっちにとってもいい話じゃん~? やっぱさ~、カースト高い子と付き合った方がいいこと多いし~、いっぱい刺激とかもらえて~、フォロワーめっちゃ増えるし~」

「は、はあ……そうなんだ」


 もっとわかんなくなってきた。なんでいきなりフォロワーの話だよ。

 ていうかSNSやってないよ俺。死んでるし。

 と、向こうからのそのそと走ってきたのは――『Kana』だ。


「あ、あの、り、『りかぴょん』先輩! きゅ、急に走り出して、ど、どうしたのかと……」

「あ~、かなっち? も~、ホントどんくさいね~、ていうか? 今、ヨミっちとお話中なの、見て分かんない~?」


『りかぴょん』は、打って変わって冷たい顔だった。

 まるで『Kana』とは話す価値もないとでも言いたげな。


「で、でも、あ、あの、姉小路会長の、お、お呼び出し、で」

「みおっちも急なんだよね~、こっちの予定も考えてほしいっていうか~? りか、テキト~に行くから~、かなっち、言っといて~」

「そ、そん、な、ど、どうやって」

「そんぐらい~、自分で考えて~? いいから早く、さっさと行ってよ~。りかまで怒られるじゃん~」


 ちょ、そこまで邪険にしなくてもいいんじゃ……

 と、言うか言うまいか迷っている俺に。


『Kana』の視線が突き刺さった。


(……むむ)


 背中を丸めてうつむきがちな彼女は、まるで俺を見上げるように。


「……はい。わ、わかりまし、た」


 ……これはもしかして、チャンスかもしれない。

 その時、俺はようやく気付いた。


「ね~、ヨミっち~、今日どっか遊びにいこ~よ~」


 なんかやたらとベタベタしてくる『りかぴょん』は、もう視界に入らない。

 このクエストをクリアする方法が、ようやく見えたから。


(……今、一番効果的にチカコを追い詰める方法)


 それは、彼女の「ナイト」を潰すこと、だって。

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