53:敵は読者モデルJK(性悪)
昼休み。
机で爆睡していた俺は、チカコに揺さぶられて起きた。
「来香。もうお昼よ?」
寝起きに美少女のアップは、刺激が強い。無意味に心拍数が上がる。
「あー……あれ、寝てた、わたし?」
「ええ、とっても。さすが帰国子女ね、英語の授業なんて退屈だった?」
いや、普通にガチで眠かった。
ていうか、授業なんていつぶりだろう?
「あなた、昼食はいいの?」
「あ、何も考えてなかった。チカコ、一緒に食べない?」
「……いいの?」
ダメなの?
「あなた……午前中に他の生徒から、色々聞いたでしょう。私の噂とか」
「ああ、うん、みんな口裏でも合わせてるのかな? 関わるなとか祟られるとか……今二十一世紀だよね? 本気なの? って感じ」
チカコの表情が、複雑に揺れた。
喜べばいいのか悲しめばいいのか分からない、ってとこか。
「……あのね。あなたは気にしないかもしれないけれど。私と一緒にいるところは、多分、あまり見られない方が、いいと思うのだけど」
俺は立ち上がって、シワになっていたスカートをはたきながら、
「それよりチカコ、お昼ってどこで食べられるの?」
「……食堂か、購買ね」
「おすすめは?」
「購買でパンを買って裏庭。あそこなら静かに食べられるわ」
なるほど、人気者は大変だ。
「よし、早く行こうよ。わたし、お腹空いちゃった」
「……あなたって、本当に変わってるわね」
チカコには言われたくないよー。
とかなんとか言いながら、俺達は購買でパンを買うと、裏庭に足を運んだ。
校舎の影、小さな花壇に囲まれた静かな場所。
風が吹いて、緑がそよいで、聞こえる音といえばそれぐらい。
他にも何人か生徒もいるけれど、みんなチカコには関わりたくないような素振りだった。
「確かに、いいとこだね。昼寝にぴったり」
「まだ寝るの、来香? 成長期なのね、その胸」
「ちょ、セクハラだよチカコ」
くすくすと笑うチカコ。
畜生、なんか悔しいな。お前のかわいいお尻でも触ってやろうか。
……いや、流石にそれはダメだな。なんかダメな気がする。
せっかく女の子になったけど、ハートはまだ男子だし。
「いっただきまーす」
「……いただきます」
俺は適当な木陰に座り込んで、購買で買ったチョコロールと牛乳を開ける。
ついあぐらをかきそうになる俺と違って、チカコは上品に膝を揃えて座っていた。
さすがはお嬢様校。こんな時でもマナーがいい。俺も真似しよう。
「来香、それで足りるの?」
「チカコこそ、カツサンドなんて。ハナジョに通う淑女にしてはボリューミーじゃない?」
「美味しいものは脂肪と糖で出来てるの。そして美食は淑女の嗜み。分かる?」
俺は思わず笑った。この屁理屈屋め。
チョコロールにかぶりつきながら――おっと、今は俺も淑女だった――小さくちぎりながら、周囲に視線を向ける。
(ブリュンヒルデ、状況は?)
「近くを警戒中ー。今の所、これといった危険なし」
別働隊として周囲の監視をしているブリュンヒルデから、念話の返答。
流石に白昼堂々と襲ってくる生徒はいないと思うけど。
でも、こっちを監視してるヤツはいるかも。
例の『潰す会』のメンバーとか。
せっかくの昼休みに、嫌いなヤツに付きまとうなんて、随分マゾい趣味だとは思うけど。
「……気になるの?」
「え?」
「周りの目。みんな、あなたを見てる」
チカコじゃなく、俺を? どうして?
「あなたが見てないから。この学校にいる、誰のことも」
「……えと、そう見える?」
「少なくとも、他の生徒達よりは、ずっと周りに無関心に見えるわ。ここではみんな、『誰にどう見られるか』を気にして暮らさないといけないのに」
そんな大げさな、と思うけど。
「三年間、ずっと全寮制なのよ? 起きてる時も眠ってる時も、いつも『他人』と一緒にいないといけないの」
「……チカコも? 気にしてるの?」
「あのね。私だって、わざわざ孤立しようなんて思わないわよ。ただ、気付いたら、違う場所に立ってたってだけ。見えてるものが違うから、仕方ないのよ」
……なんだよ、生きてた頃の俺と、大して変わらないじゃないか。
気にしてないわけじゃないのに。
他人と距離を取りたいわけじゃないのに。
(ああ、クソ。そういう普通の人生はもう捨てただろ、俺)
胸の奥に湧き上がった懐かしさを押し潰して、俺は笑顔を作った。
「……わたしだって、誰のことも見てないわけじゃないよ」
「あら、そう?」
「視線を感じない、チカコ? わたしからの」
一瞬、虚を突かれたような顔をして……チカコは、頬を赤らめた。
「からかわないで、馬鹿」
「あっはっは、どう? これが本場のアメリカンジョーク」
最後のチョコロールを口に放り込んで、紙パックのミルクティーをすすりはじめたところで、予鈴がなる。
ぼちぼち、午後の授業か。
果たして眠らずにいられるか、自信ないな……
「もしもし、清実ちゃん、聞こえてる?」
(どうした、ブリュンヒルデ)
「さっきから清実ちゃん達を見てる子達がいる。四階」
俺は食事のゴミをまとめながら、さりげなく言われた方向に視線を送った。
(見えた。「潰す会」のメンバーか?)
「んー……多分『りかぴょん』と『Kana』だと思う。アイコンの写真、加工されまくってたから、自信ないけど」
篠束真里のクローンスマホから確認した『千里眼を潰す会グループ』にいたのは、四人だ。
『りかぴょん』はそのうちの一人。
二年生、帰宅部。
チカコの「祟り」のせいでカレシに振られた(と主張してる)、遊び人系女子。
ファッション誌で読者モデルをやっていて、メイクもヘアスタイルも完璧。
伊達メガネまでかけちゃってるし。
まあ、そんな感じで学内ではいわゆる「勝ち組」なんだとか。
『Kana』もメンバーだけど……まあなんか地味だ。家庭科部。
特技もないし、成績も普通。俺と同じ。
(何か凶器は持ってるか? 植木鉢とか?)
「普通にご飯食べてるように見えるけど……」
……まあ、そうだよな。
そんなあからさまなアイテムを持ってるわけない。
できれば『りかぴょん』達に近づかないで教室まで戻りたいところだけど……
ルート的には難しいな。
裏庭から校舎に戻るには、彼女がいる窓の下を通るしかない。
「まあ、ここでいきなり本気の殺しはないでしょ」
(そりゃそうだけど……精神的に攻撃してくる可能性もあるだろ)
言って気づいたが、それだな。それしかない。
畜生、ムカつく。
こっちから
「またそういうことを! 潜入捜査って言ったの、自分でしょー!」
(なんだよ、戦の基本は先手必勝だろ)
ブリュンヒルデめ、スーパー戦闘民族のくせに、こういう時は常識人ぶるんだから……
まあいいや。
攻撃を仕掛けるのは、勝利を確信してからだ。
というわけで。
俺とチカコが、『りかぴょん』達の真下を通りがかった、その時だった。
「あ~、ごっめ~ん」
わざとらしい謝罪が届いたか、届かないかというところで。
俺は中級魔法、
頭上に落ちてくる牛乳パックを回避する。
べしゃっ。
嫌な音を立てて、パックの中身が地面にぶちまけられた。
「ごめ~ん、大丈夫だった~? ねえねえ~」
人をからかうような、あざ笑うかのような声。更にお追従した周囲の笑い声まで。
俺は思わず、怒りを込めて『りかぴょん』を振り仰ぐ。
確かに美人だ。
ふわっとカールした髪に、たっぷりボリューミーな睫毛、ほんわか赤く染まったほっぺ。
こりゃ何とか映え間違いなしだな。
まあ、それはそれとして、ムカつく。
「え、何、今の!? 来香、どこかに当たったの!?」
とはいえ、慌てたチカコに手を取られたら『りかぴょん』なんて後回しだ。
少しひんやりとするチカコの手を、慌ててほどきながら、
「あ、全然、なんともないから、チカコ。全然平気だから、手を放して――」
「嘘よ、ダメ! 念の為、保健室に行きましょう」
より強く、ギュッと掴まれる。
いや、ホントに大丈夫なんだって。
何なら百個ぐらい落ちてきても全部避けられるよ。ついでにコップに注いで飲み干してみせようか?
「本当に当たってないし、ほら見て、足元」
「牛乳――なんて卑劣なっ」
まあ、そんなことを知るはずもないチカコは、俺の手を掴んで離さない。
あーもう! 例え女の子でも、女の子に強く手を握られたら照れるのよ!
とか、なんやかやと押し問答をしていると。
「ちょっと~、こっち無視してイチャつかないでよね~」
オイうるせえな『りかぴょん』。
牛乳パックぶつけんぞ。
「あなた、何考えてるの! 四階から牛乳を落とすなんて、」
「え~、ごめ~ん、手が滑ったんだよ~、事故だって~、ほんと怪我がなくてよかった~」
「ふざけないで。私が気に食わないなら、私だけを狙いなさい。来香を巻き込まないで!」
チカコ男前。カッコいい。
でもね、ごめん。
むしろ俺は、これに巻き込まれるために来たんだ。
「はっはは、か~っこいい~。でも~、それは無理なんじゃな~い」
『りかぴょん』が笑うたび、大振りなピアスが揺れる。
あ、それ校則違反だな。
「だ~って、あなたに近づいたら、み~んな祟られるんだから~」
ケラケラケラ。
あまりにも無邪気で、逆にゾッとする笑い方。
……よし、分かった。よーく分かったぞ。
俺は、足元に転がる牛乳パックを掴むと、上空に向けて構える。
喰らえ、これぞ必殺の因果応報スローイン!
「――――!」
と、その瞬間。
「な――っ」
落ちてきた。
『りかぴょん』が、俺達の方へ。
(――嘘だろ)
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