52:保健室は淫靡な香り

「ごめん、保健室ってどこかな。本格的に頭痛くて」

「あら、大変。ちょっと、保健委員さん、こっち。……そんな顔しないで。来香を保健室に連れて行ってあげるだけよ」


 小芝居を打つ俺を、素直に心配してくれるチカコ。

 ホントにいいヤツ。

 騙すようなことして、ごめんよ。


「ヨミちゃん? だいじょうぶ? オミネちゃんにのろわれたの?」


 とかナチュラルに失礼なことを言ってくるのは、保健委員の豊橋萌絵さん。

 小柄でぷくぷくなロリータ系美少女。

 ぷくぷくのほっぺとツインテールはとてもあざとカワイイ。


「ありがとう豊橋さん、えと、ちょっと頭痛くて」

「あ、生理? 萌絵、ナプキンの予備もってるよー」


 わあ、ストレート。さすが女子校。


「あの、多分、寝不足だと思うから」

「そっかー、じゃあ保健室だね! いってきまーす」


 ピカピカの笑顔で付き添ってくれる豊橋さん。

 ぴょこぴょこしながら、がんばって肩を貸そうとしてくれるんだけど、流石に身長が頭一つ違うと、ちょっと無理がある。


(この子もなんかいい匂いするなー)


 やっぱりシャンプー? シャンプーが違うの?


「ごめんね、助かるよ、豊橋さん」

「ぜんぜーん、ついでに授業ちょっとサボれるから、萌絵もラッキーだし!」


 しかも、いい人。

 好きになりそう。耐えるけど。


 俺達がいた二年F組は本校舎の二階。

 保健室は一階の玄関近くだった。それほど遠くなかったな。


「コンコン、しつれいしまーす、病人つれてきましたー」


 豊橋さんは擬音を口に出すタイプ。あざとカワイイ。


「――ちょ、あ、せん、せいっ、そこ……んあっ」

「感じるのねェ? そうよ、傷跡ってェ、とっても敏感なの。でも、だからいいのよォ」


 ……ん? え? ちょっと待って? なに?

 保健室の奥、白いカーテンの向こうから、何やらあまーい声が……


「やぁ……もっと、さわ、って、せん、せ――」

「いい子ねェ、欲張りなのはいいこと。でも、その前に、センセイのココも舐めてくれるゥ?」


 オイこれ未成年にはダメな奴だろ! そういうタグつけてないからやめろよ!


 俺は思わず隣の豊橋さんを見た。

 が、彼女は特に表情も変えず、


「せーんーせー! 病人、つれてきましたよー!」


 大声で叫ぶ。


 すると、桃色吐息がピタリと止んだ。

 何やらゴソゴソバタバタと音がして。


「……保健室に入るときはノックしなさい、豊橋さん」

「しましたよー、聞こえませんでしたー?」


 カーテンの向こうから顔をのぞかせたのは、銀縁眼鏡と白衣が似合うお姉さまだった。

 かすかに赤らんだ頬と、乱れたタイトスカートを直す仕草が艶めかしい。


(……やべえ、なんかもう、どこからツッコめばいいんだ)


 突然の百合百合R18展開に、俺の思考回路はショート寸前。


「保険室の美原センセー。結構、強引な迫り方してくるから気をつけてねー。多分、ヨミちゃんってセンセーのどストライクだし」

「う……うん」


 小声で教えてくれる豊橋さん。

 俺は思わず唾を飲んだ。


(こんなの、ある? マジで? 保健室のエロエロ百合先生!)


 ……とにかく受け入れよう。

 ここは秘密の花園。なんでもありのワンダーランドだ。


「あらァ、あなた……見ない子ねェ。転入生?」

「そーだよー、夜見寺来香ちゃん。頭痛いんだって」


 豊橋さんは俺の紹介もそこそこに、壁際のソファでくつろぎはじめる。

 美原先生は艷やかな唇に笑みを浮かべながら、俺の手を取った。


「すらっとして綺麗な指。とっても器用そうねェ」

「え……あ、ありがとうございます」

「養護教諭の美原礼子。よろしくねェ、夜見寺さん」


 やばい、何この人。色気がすごい。動くエロスだ。

 ……いや失礼、言い過ぎた。

 でもなんかすごい。まずもって、赤いタートルネックと眼鏡が似合いすぎている。


「体調が悪いのよねェ。とりあえず熱を計ったら、そこのリストに名前を書いておいてちょうだい。ベッドを使うなら、奥の方でお願いねェ」


 ですよね。

 手前のベッドはまだ多分グッチャグチャでしょうしね。


 言われたとおりの手順をこなしながら、保健室の中を見回す。


(エリート女子校とか言っても、まあ、保健室は普通だよな)


 先生が使う事務机に、薬品やら包帯やらが詰め込まれた戸棚、そしてカーテンに遮られたベッドが三台。

 教室にあるのと同じ机と椅子が、部屋の真ん中に四つ寄せてある。

 会議室みたいな並びになるように。


 とりあえずそこに座って、熱を測りながら。

 美原先生がゴニョゴニョしていた手前のベッドに目を向ける。


(他に保健室登校らしき生徒はいない。ということは、ベッドに居る彼女が)


 オミネ・チカコに『祟られた』少女。


 カーテンの向こうから覗かせた顔は、何食わぬ表情をしていたけど、まだ少し上気していた。

 スカートに手を入れてゴソゴソとしながら、俺の斜向かいに座る。


(……見えた)

「ちょっと清実ちゃん、何覗いてんの。こっそりはダメだよ、エッチ」


 勘違いするなよ。

 見えたのは、彼女の傷跡だ。膝の上辺りにザックリと。


(彼女……本当に『何か』に襲われたのか?)

「普通に古傷とか、ころんだとかじゃないの? それより問題は、この子がオミネ・チカコちゃんのこと、どれだけ恨んでるかってことでしょ」


 まあ確かに。動機があれば容疑者だ。


(では失礼して。スマホの中身を覗かせてもらいますよ、っと)


 俺は机の下から、電気の触手を伸ばした。

 なんだかんだ一番使うことの多い魔法、電子複製コピーアンドペーストだ。

 相手のスマホと電気情報を同期したクローンスマホを作って、個人情報をいただいて行動を監視できる、とってもスマートな魔法。


「一番犯罪チックな魔法だよね」

(うるさいなあ、仕方ないだろ)


 こういうのは必要悪っていうんだよ。

 とはいえ、色んなトラブルのもとになるし、みんなもスマホにはパスワードを掛けて、個人情報の流出にはくれぐれも気をつけてくれよな。

 ……これで教育的配慮も万全だ!


 そうこう言ってる間に。

 俺の手元には、火傷の彼女のスマホをまるっと複製したクローンスマホが。


(……うーわ、引くわ、この内容)


 大して調べるまでもない。

 彼女のメッセージアプリには、「千里眼を潰す会」というグループが登録されていた。

 トークの中身はといえば、チカコの一挙手一投足をあげつらうものばかり。


 まあ盗み見てるのはこっちなんだけど、それにしたって気分が悪くなってくる。


「こういうの、どこの世界に行っても変わらないねえ」

(え、カミサマ界にもあるの? イジメとか)

「全然あるよー。よくハブられた神が復讐する神話とかあるでしょ?」


 確かにあるけど。軽いな、相変わらず。


(とりあえず、このグループに入ってるヤツは全員容疑者だな)

「四名ね。えーと……この火傷の子は篠束真里、か」


 篠束真里。バレー部所属の二年生。

 スマホの中身を見る限り、仕切り屋で行動派……だったのかな。

 遊びに行くのも部活の練習も、彼女が主体だった。


(……例の『祟り』に遭うまでは)


 彼女は、『怪我』が元で部活ができなくなった、らしい。

 次の部長を決める大事な試合に出られなくなって、部活での立場も無くなったとか、なんとか。

 まあそりゃ、学校に来るのも嫌になるよな。


 俺はちらりと、篠束さんの横顔を盗み見た。


 短めのポニーテールに化粧っ気のない眉、ぱっちりとした二重。

 爽やかな体育会系美少女、って感じだけど。

 表情は暗い。少し頬が痩けてるようにも見える。


「……なに?」

「ごめん。どんな勉強してるのか、気になって。わたし、今日転入してきたばっかりなの」


 篠束さんは、何か思い当たったようで、一瞬眉をひそめた。


「ああ……2-Fの転校生って、あんたなの」

「わたしは夜見寺来香。あなたは?」

「……2-Cの篠束」


 チカコと同じクラスってだけで、そこまでつっけんどんになる?

 ってぐらい、篠束さんは露骨に目をそらした。


「……あのさ。一応聞くけど。あんた、『千里眼』と話した?」


 おっと。情報が早い……って訳でもなさそうだ。


「ええと、オミネさんのこと? 隣の席だよ。どうして?」

「転校生だから警告しておいてあげる。あの女に関わると不幸になるよ」


 ビキッ。

 ……一瞬、篠束さんの血管が切れたのかと思った。

 シャーペンが割れただけか。いや、それも結構恐怖だけど。


「不幸って……その、祟りに遭うって噂?」

「噂じゃない、事実よッ!!!」


 絶叫。

 ……段々目が血走り始めたよ、篠束さん。怖い。むしろこっちが祟られそう。


「あの女のッ、あの女のせいでッ、アタシの、アタシが、アタシはッ」


 ひいいい。

 ごめんちょっと軽い気持ちで揺さぶってみただけなんだ、ごめん許して。


 美原先生になだめられる篠束さんを見ながら、


(これは闇が深いぞ、マジで)


 俺はちょっと背筋が寒くなった。

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