38:出動、コスプレポリス

(結局、最初からこうするしかなかったんじゃないか)


 俺は、なんだか悟ったような、妙な気持ちだった。


 この世で一番ひどい殺され方をした恋人の仇を取るため、全てを捨てたエザワ・シンゴ。

 十一人もの男達を、語るのも恐ろしいぐらいの方法で拷問の末、惨殺。

 本人も死にかけるほどの重傷を負ったが、それでもあと一人、そいつだけは殺さなければならない。


(そんなヤツを道の途中で引き留めようなんて、そもそもが間違いだったんだ)


 これが運命ってやつか。

 なんて、陳腐な皮肉が飛び出しそうになる。


「おお、似合ってるね清実ちゃん、そのコスプレ。優香ちゃん大興奮間違いなしだよー」

「……マジか」


 俺は改めて自分の服装を見直した。

 青いシャツに防刃ベスト、黒のスラックスとブーツ。

 そしてエンブレムが輝く警官の帽子。


「どっからどうみてもペーペーの巡査って感じだね」


 えー、ヤバいな、新人×美人上司とかちょっと興奮する。

 ……ごめん、今の話は聞かなかったことにして。


「なんか、ホントにここみたいだね。シゲっちが言ってた、槍度島刑事の軟禁場所」

「信じたくなかったけどな。マジで四方津グランドホテルだとは」


 見上げるほどに大きな高級ホテル。

 四方津湾に面した絶景スポットに建つ、市内では一番ハイクラスなホテルなんだそうだ。

 VIPも泊まりに来るだけあって、キラキラのピカピカで警備設備も万全。


「いいとこ泊まってるよねえ。メゾン・ヴァルハラとどっちが快適かな」

「知らんけど。でも、ここじゃ優香さんのメシは食べられないんじゃね」

「あ、そっか。それは困るね」


 ……部下を潰され、車を焼かれ、足を折られ、傷口をえぐられて病院に担ぎ込まれたシゲの兄貴は、病室を訪れた俺の顔を見るなり、半泣きで色々と便宜を図ってくれた。


 おかげで分かったことは二つある。


(一つ。四方津市警にはエザワ・シンゴを逮捕したくない連中がいる)


 つまり、槍度島のようなクソ警官が他にもいて、自分に火の粉が降り掛かってくるのを恐れてるんだ。

 しかもシノブさんの口ぶりからすれば、クソ連中はかなり上層部にも食い込んでる。市警全体の動向を左右できるらしいんだから。


(連中の考えは、こうだ)


 エザワを逮捕したら、芋づる式に槍度島の悪事、そして自分達の悪事も世間に知られることになる。

 ついでにいえば、血眼になってエザワを探すヤクザ共を放っておいたのも、それが理由。

 本音では「ヤクザにエザワを始末させたかった」のだろう。


(二つ。とはいえ、クソ警官達にも、そんなこと言ってる余裕がなくなってきた)


 なにせ百名を超える武装ヤクザ軍団でも、エザワを捕らえられなかったのだ。

 このままでは槍度島も殺される。

 警官が死ねば大スキャンダル。まともな警察の手も入り、どっちみち不祥事がバレる。


(三つ。奴らは最後の手に出た。エザワをおびき出して、自分達の手で始末する)


 シゲの兄貴いわく、昨日のヤクザ襲撃後に、突然出回り始めた噂があるとか。

『ある警官が重大な事件の参考人として、四方津グランドホテルに匿われている』

 とのこと。


「しっかし、この街の警察、ホントに大丈夫なの? リンチ刑事とか汚職刑事とか、そんなのばっかりじゃない?」

「俺に聞くなよ。もう関係ないし」


 あーあ。まったくやってられない。

 俺はさっさと異世界に転生してハッピーライフを謳歌したいのに、どうしてこんな世俗の垢にまみれた裏社会でバズり中のネタをほじくらなきゃいけないんだ、クソ。


「んで? 状況はどうだった?」

「槍度島刑事、最上階のロイヤルスイートでウハウハしてたよ」


 なんだよウハウハって。


「警備は?」

「拳銃持ったスーツの男達がロビーと各フロア、それから非常階段にも」

「マジで? 日本だぞ? 警官がそんなもんぶら下げてんのか?」

「スーツの脇の下が膨らんでたから。映画とかで見たことない?」


 あるけど。その知識をリアルに使うとは思ってなかったよ。


「その分だと警備室のカメラも押さえてんだろうなあ……あー、憂鬱」

「まあ、チマチマやってないで、もっと派手にやりたいよね。せっかくの城攻めなのにさ。破城槌とか投石機とかクラスター爆弾とか、こう、ドカーンって」

「おい。目立つな。って言ったのはお前だろ」

「そうだけどさー」


 この戦闘民族め……

 俺はもう一度、ブーツの踵を蹴ってサイズを合わせながら、


「ていうか、それ以前の問題だよ。何が悲しくて警察にケンカ売らなきゃいけないんだ。俺はヤクザでもテロリストでもないんだぞ。銃でバンバン撃たれて興奮する趣味もない」

「自分で言ってたでしょ? 気分良く転生したいっていうんだから、仕方ないって」


 言ったけどぉ。言ったけどさぁ。

 どんどんハードル上がってない? そのうち『転生したけりゃ地球を救え』とかならない?


「……まあ、いいや。始めるか」


 俺はスマホを取り出すと、槇田センセー宛にメッセージを送った。

『エザワに伝えてくれ。クソ刑事は四方津グランドホテルの最上階にいる』


 あの人はきっとエザワに伝えるだろう。

 多分、そうするしかないって、気づいているから。


「行こう、ブリュンヒルデ。エザワの到着まで三十分ってとこか。その間に、出来る限り相手の頭数を減らす」

「オッケー清実ちゃん、じゃあ張り切っていこっか!」


 えいえいおー、とテンション低めに鬨の声をあげて。

 俺は、ホテルの搬入口に向かって歩き始めた。

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