37:勇者(候補)の休息
「これは……の、脳震盪ですね、多分」
「多分て。ちょっと、オイ、大丈夫なのかよ」
「そんなこと言ったって、わたし、あの、普通の女子なんで!」
いかにも頼りない手付きで、彼女――芹澤由美は、ベッドに横たわる二人に両手をかざした。
「治ってください!
芹澤の手から生まれた柔らかな光が、エザワ・シンゴと槇田センセーの身体を包んでゆく。
「……これで、そのうち目を醒ますはずです。きっと」
「だから。しっかりしてくれよ、
「わかんないですよ、魔法が使えるからって、理屈まで理解できるわけじゃないんですから!」
涙目で訴える彼女、芹澤由美ちゃんはメゾン・ヴァルハラに住む
歳は俺よりひとつ下の十六歳、高校一年生。
図書館と分厚い新書本が友達の、いわゆる文学少女。長い三つ編みもそれっぽい。
なんでも、「チートがあっても、わたしみたいなドンくさい人間がお役に立てると思えないんです!」という理由で、自分から転生を拒否したらしい。
(真面目っていうか、融通が利かないっていうか……いい人なんだけど)
え、回復魔法とかあるの? だったら『死の運命』なんか簡単に回避できるじゃん!
って思うだろ?
ブリュンヒルデ曰く、「この世界ではほとんど役に立たない」んだって。
曰く、効果が出るのに時間がかかる、外傷にしか使えない、出血は補えない、神経が切れたら接着できない、術者の知識が足りないと”誤回復”する、とかなんとか……
あーめんどくさい。
さっさと異世界に転生したいな、俺も。
「とにかく、ありがとう。助かったよ」
「いえ、あの……清実さんのお役に立てて、良かったです」
顔を背けながら、ボソリと一言。
多分、俺、嫌われてるんだろうな。まあ仕方ない。
「さ、じゃあ清実ちゃん、とりあえずふん縛っておこっか、二人とも」
ブリュンヒルデは、満面の笑みで鎖(どこから持ってきた?)を差し出してくる。
「だからなんなの、その世紀末な発想は……」
「だって、もうここまで連れてきちゃったんだし、いっそ期日まで監禁した方が安全じゃない?」
おいおいおい、コイツ、澄んだ眼で何言ってんの?
ゾッとするわ。
「あのな。そんなことしたって、問題の先延ばしにしかならないだろ。このナチュラルボーンターミネーターは、『死の運命』を回避したところで、このままじゃ必ず例の警官――槍度島武志を殺しに行くぞ」
「それはもう、仕方ないよ。あたし達のクエストは『エザワ・シンゴを死の運命から救うこと』で、『自滅願望を矯正すること』じゃないんだからさ」
出た。ヴァルハラお得意の理屈だ。
要するにブリュンヒルデ達は「
(この二つは似てるけど、違う考えだ)
異世界転生は、ウルザブルンという予知システム――というか実際には『運命が湧き出る泉』らしいけど――が告げた「運命の死」によって起こる。
逆に言えば、ウルザブルンが示してない「普通の死」では、転生は起きない。
極端なことを言えば、俺達が助けた転生候補者が、その後いつか老衰で死んだとしても、ソイツはもう転生できないってわけだ。
ヴァルハラ的には、「運命の死」さえ回避できればいい。
「普通の死」は、ヘルヘイムとかいう別部門の担当なんだそうだ。
「……前にも言ったよな、ブリュンヒルデ。俺は
「言いたいことは分かるよ。でも、お得意の
ああ、確かに。
「それはどうしようもないな。エザワの望みが復讐なら、そうするしかない」
本人に会って、はっきりと分かった。
エザワ・シンゴは死ぬほど本気だ。
槍度島を殺すために、文字通り命をかけてる。
その決意と覚悟は誰にも止められない。
「……すいません、割り込みますけど。清実さん、それって、あの、どういう意味です?」
律儀に挙手して、由美ちゃん。
どうもこうもない。言ったとおりの意味だ。
復讐がしたいなら、そうするしかない。どうしても転生したい俺と同じだ。
「二人が目を覚ましたら、優香さんに頼んでご飯作ってもらって。その後は多分、勝手にいなくなるだろ、二人とも。俺はちょっと出かけてくる」
「え、じゃあ、その間は二人を縛っとく?」
「やめろ。これ以上エザワを怒らせるなって」
ブリュンヒルデがしゅんとした顔をする。
頼むから、事態を複雑にするんじゃない。俺達が悪の組織だと思われたらどうするんだ。
「ん? ていうか、どこいくのさ? まさか、またなんかやらかすつもり?」
「邪魔しないって誓うなら教えてもいい」
「ちょっとちょっとちょっと! 清実ちゃん、え、今度は何? 街のど真ん中で事故車のキャンプファイヤーしただけじゃ、まだ足りない? 次は何燃やす? 家? ビル?」
やめろ、話を盛るな。
そんなことやってないし、やるつもりもない。
「き、清実さん……いくらなんでもそれは、流石に」
ほら見ろ、由美ちゃん本気にしちゃったじゃん。ブリュンヒルデのバカ。
俺は溜息を吐いて、
「頼むから余計なことしないで、大人しくしてろよ。ブリュンヒルデ」
「だから、あたしがおかしいみたいな言い方、やめてよね! 絶対清実ちゃんの方が邪悪だから!」
人を縛る鎖を振り回しながら、言う台詞かよ。
俺は部屋の外に出ると、さりげなく作っておいたシゲの兄貴――幹部を惨殺された鷹月会の構成員で、俺をハイエースで拉致ってくれたおっさんのクローンスマホを取り出した。
(……そろそろ話もできるかな?)
位置情報を確認する。四方津市立病院。
メゾン・ヴァルハラからだと歩いて十分ぐらいか。
てくてくと向かった俺は、とびっきりの笑顔で病室のドアを叩いた。
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