34:ヤクザと殺人犯と俺

「オウコラガキぃ、いてまうぞゴラァァァッ」

「――チッ」


 マンションの一室で繰り広げられているのは、かなり分の悪い防衛戦。

 折りたたみ警棒を持った三人のヤクザと、女医をかばいながら立ち向かう青年が一人。

 青年の手には、ヤクザの自宅から盗んできた散弾銃が一挺。


「――ぎゃああああぁァァァああああぁああっ」


 響き渡る悲鳴に、誰もがぎょっとする。

 さらに突如として飛び散るガラス、耳に響く破砕音、落下の衝撃。


 その全てに包まれながら、俺はゴロゴロと床を転がり、なんとか起き上がると。


「ああ、良かった、まだ生きてる……俺」


 思わず独りごちた。

 高いところから落ちるのって、ホント、本能的に死を覚悟するんだよ。

 てか俺、バンジーとか大嫌いなんだ、畜生め!


 部屋にいた全員が、ガラスの破片を避けようと身体を丸める。

 その一瞬で、俺はヤクザ達に肉薄していた。


「でぇぇえええぇぇいッ」


 雷属性の中級魔法、疾風迅雷ライトニングスピードの効果で加速する身体。

 スピードの全てを載せて打ち出す拳は、不朽不滅の肉体ウイルド


 体の中心にパンチを受けたヤクザが、キッチンと窓をぶち壊して、廊下まで吹っ飛んでいった。


 残りのヤクザは二人。

 反応が速い方は、もう俺に警棒を向けている。


「喰らうかよ!」


 ヤクザの手元を掴んで、体ごと引き倒す。

 落ちてきた顎に膝をごっつん。


「――――ッッッ」


 舌を噛んだのか、悲鳴もなくヤクザは悶絶する。

 そして俺は、残る一人に向き直ったが。


 エザワ・シンゴが既に、相手の膝を踏み砕いていた。

 もがくヤクザの鼻っ面に踵を二発。完全にノックアウト。


(なんつー手際の良さ)


 ブリュンヒルデの期待を裏切らないキリングマシーンっぷり。

 この平和な現実世界で、何食って育ったらそうなれるんだ?


 しかも、そのまま油断なく俺に銃口を向ける。

 コイツ、ホント筋金入りの殺し屋だな。


「誰だ、お前?」


 おい、他に聞くことあるだろ、人が空から降ってきたんだぞ。

 コレが美少女ならラブコメが始まっちゃうところだ。


「この子だよ、エザワ君。キミを探しにきた子だ」

「……オマエがヤクザを呼び寄せたんじゃないのか? 何故オレを追ってる、誰に雇われた?」


 一応、槇田センセーには正直に話したんだけどな。信じないか。


「センセーに話した通りだよ。俺はあんたを守る。それが仕事なんだ」


 事情を説明せずに信頼を得るのは難しいけど、事情を話したところで電波だと思われるのがオチ。

 まったく嫌になる。


 案の定エザワは、油断のない目つきでこちらを見つめたまま。


「失せろ。間に合ってる」

「嘘つけ。もうセンセーを巻き込んだくせに」


 図星。

 やせこけたエザワの頬が、ピクリと動いた。


「黙れ。これはオレの復讐だ、オマエらには関係ないッ!」

「エザワ君、よすんだ、大声は傷に響くよ」


 ケッ。

 何が関係ない、だ。カッコつけやがって。


「うるせえ、知るか!」


 俺は言い切って、前に進み出た。

 エザワの散弾銃を横に押しやる。身体が弱っているのだろう、抵抗がない。

 薄汚れたシャツの襟首を掴む。


「いいか、俺はお前を守る。もちろんセンセーもだ。お前の復讐だとかプライドだとか、俺には全然関係ない」


 こっちだって仕事だ。

 俺の夢を叶えるために、お前らには生き延びてもらうぞ。


「文句があるなら後で言え。今はヤクザ共だ。すぐに押し寄せてくる。俺がなんとかするから、あんたはセンセーと逃げろ」

「黙れ、消えろ、ガキ」

「よせ、エザワ君! 君も! ……申し出はありがたいけど、逃げようにも道がない」

「それは――」


 俺は、ブリュンヒルデとペガサスのことについて説明しかけて、やめた。

 俺一人ならともかく、エザワとセンセーがいてはその手は使えない。

 普通の人間は、彼女達の”領域”には入れない。姿は消えないし、ペガサスにも触れられない。


(じゃあどうやって逃げる?)


 場所は古い団地の四階。


 ベランダから飛び降りるのは無理だ。

 普通でも危険だし、着地の衝撃でエザワの傷が開いても困るし、そもそもベランダの下からもヤクザ共の「ウラ固めとけやぁ!」の声が聞こえてくる。


 一方で、正面の階段の下にも、続々黒塗りの車が集まっている。


(屋上……も、無理だ)


 ペガサスが使えないんじゃ、どのみち無意味だ。

 遠く広がる団地の風景と、張り巡らされた電線を眺めながら死ぬことになる――


「……いや」


 試してみよう。

 これもダメなら――落雷でヤクザ達を焼き払うだけだ。


「前言撤回。三人で屋上にあがる。行くぞ!」


 俺は宣言すると、センセーとエザワの反論も聞かずに、玄関のドアを蹴り開けた。

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