35:やっぱり来たぞ、あの女

 どかんっ!


 と蹴り開けられたドアにぶつかって、ヤクザが一人、廊下から外へ落ちた。

 細長い悲鳴。


 俺は、その後ろに詰めていたチンピラの一人も廊下の外に突き飛ばし、もう一人の顎を手のひらで強打した。

 魔法の力を借りた、文字通り電光石火の早業。

 しかし。


(うげ……ヤバいな)


 三人を戦闘不能にした程度ではまったく追い払えない。


 廊下にひしめく男達。格好も年齢も様々だが、全員が暴力の塊みたいな顔をしている。

 尖った眼、雄々しい雄叫び、イカツイ肩。しかもきっちり武装している。

 てか、バットだの警棒だのチェーンだの、どこから持って来たんだよ。体育倉庫か?


 いくら俺がチートまみれでも、流石にビビる。

 魔法使いとか、マッチョなストーカーとか、そういうのとは別の恐ろしさ。

 でも。


「邪魔なんだよ、お前らッ」


 俺は振り回される警棒を受け止めながら、すぐそばにあった照明のスイッチに拳を叩きつけた。

 魔法によって生み出された電流が、建物の電気系統を伝い――廊下の照明を直撃する!


「これでも喰らえッ!」


 けたたましい音を立てて、一斉に爆砕する蛍光灯。

 凶器と化したガラスが廊下中に降り注ぐ。


「うおぉぉぉぉぉおおっ!?」

「なんじゃこりゃ――痛ッ、ぐぁっ」


 流石に動揺する暴力装置マンの皆さん。

 その隙に、俺は警棒男の腹に手のひらを当てた。


「全員、寝てろ――ッ」


 魔法を放つ――中級魔法、連鎖電撃チェインスパーク

 弾けた紫電は、男の体を焼きながら背後のチンピラへと走り、スーツ、入れ墨、チェーン――その場に立つ全ての敵へと襲いかかっていく。


 もちろん拡がっていく雷電が、肉眼で見えるはずもない。

 いくら神経速度を加速してても、俺の眼では電撃そのものは追いきれなかった。


 ただ、結果として。

 ビクビクと痙攣しながら、男達が倒れていった。

 例外なく白目をむいて、よだれを垂らしながら。


(よしッ、成功!)


 と。


「――げ、お前……ッ」


 ただ一人だけ。

 死屍累々となった廊下に立っているヤツがいた。


(クソッ、こんな時に!)


 ニット帽からミリタリーブーツまで、全身黒ずくめの女。

 右手には猫の前足みたいな彫金が入った、派手なナイフ。

 そして左手に構えているのは、なんかライオンの顔っぽいデザインの――盾?


 ヤツの名前は『霧子くん』。

 召喚者サマナーを名乗る殺し屋だ。『ユミル様』とかいうセクシー巨乳クールビューティ魔女(俺の私見)の下僕として転生候補者達の息の根を止めることを仕事にしている。


 つまりは、俺達――転生阻止者フィルギアの宿敵というわけだ。


「やっぱりいたね――ここで会ったが百年目だ、電気ビリビリマン! 今度は負けないぞ!」


 ビリビリ? え、それ俺のこと?

 そのダッサイあだ名、俺のことなの?


 ……ごめん、一瞬気を失いそうになった。


「黙ってろ! お前の相手をしてる場合じゃないんだよ、『霧子くん』!」

「問答無用! 観念しろ、偽善者めッ」


 まっすぐ突っ込んでくる霧子くん。

 真正面に構えた盾は、どうみても普通じゃない。

 ライオンの両目に埋め込まれた宝石は、妙な光を放っている。


(ヤツは連鎖電撃チェインスパークを喰らっても倒れなかった――つまり)


 あの盾は、魔法に対して耐性がある。

 ユミル様の助力か……まあ本人が出てくるよりは百倍マシだけど。

 この分では、猫の手ナイフの方にも魔法がかかっているに違いない。


(まずは俺から殺す気かよ、クソ!)


 俺は失神したヤクザの一人から鉄パイプを奪い取ると、霧子くんの盾に打ち付けた。

 甲高い金属音と、手に走る痺れ。

 霧子くんの動きが止まる。


「ムッ、姑息な! 電気ビリビリマンめッ」

(よし、この間合なら!)


 いくら魔法がかかっていようと、ナイフはナイフだ。

 一メートル近い鉄パイプのリーチで押さえ込めば、刃は俺に届かない。


 パイプで弾き、突き出し、打ち付けて、なんとか隙を作り出す――


「――甘い!」


 霧子くんは、一喝と共に。


 それこそ魔法のような動きだった――パイプの一撃を盾の曲面でいなし、その反動で体を回転させ、壁を蹴って、天井を蹴って。


 飛び込んできた霧子くんのナイフが、俺の喉元を貫いた。

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