19:ストーカーをストーキング

これまでに百万回ぐらい言われていることだと思うが、

俺は今、改めて個人情報をネットに晒すことの恐ろしさを実感している。


だいぶあっさりと分かったのだ。

SNSでウノハラ・エリカさんに殺害予告を送りつけた『ユースケ@コス写ガチ勢』の人生が。


「中学生に殺害予告出すくせに、自分はノーガードかよ……」


ヤツは、数々の思い出写真にポエムまで添えて、ご丁寧にも色々なブログやSNSを公開して、リンクまで貼っていた。ついでに自作の面白動画も公開中だし。

なんという脇の甘さ。


赤の他人、しかも女子中学生に粘着しているストーカーの半生を追いかけるのは、そこそこうんざりする作業だったが、いくつかネタは見つかった。


「大人しく諦めてくれればいいんだけど」


つい、ボソッとつぶやきながら。

俺はそいつの実家・・・・・・の前に立っていた。


四方津市郊外の田園地域にある、やや古めの一軒家。

多分、実家は何代か農家をやっていたのだろう。

無職を置いておくぐらいの余裕はあるに違いない。


「あのさあ、清実ちゃん」

「なに?」

「これ、なんていうか……もうストーカーだよね? ストーカー相手だけどさ」


隣に立つブリュンヒルデの指摘に、俺ははっきりと頷いた。


「目には目を、歯には歯を、だ」

「お、ハンムラビ君の名言。なつかしー」


友達みたいに言うな。これだから女神ってやつは。


「とにかく、ヤツをビビらせてやればいいんだよ。自分も狙われる側だって、分からせてやるんだ」

「清実ちゃんって、基本、発想が悪属性だよね……」


何を言ってるんだ。

これはとても無難で平和的な解決方法だ。


もちろん、自慢のチート雷魔法で家ごと灰に帰してやるのは簡単だけど、一人救うのに一人殺していたら、現実世界では連続殺人犯になってしまう。


いくら俺が死人とはいえ、それはどうにもよろしくない。

立つ鳥跡を濁さず、っていうし。


俺は深く息を吸って、表情を笑顔に固定した後、変装用のダサい野球帽を目深に被り直した。

出来るだけ、『ヤバい奴』って印象になるように意識する。


そして、家の呼び鈴を鳴らした。

反応なし。


何度か押す。

反応なし。


めちゃくちゃ連打する。

ようやく、ドタドタと足音が聞こえてきた。


「るせぇぞぶっ殺されてぇかテメェ!」


玄関を開けるなり、威勢のいい恫喝を発してきたのは、まあ正直冴えない男だった。

ヘアカタログからそのまま持ってきたツーブロックスタイル、整えすぎた眉、スキニーすぎるジーンズ。

ネットに上がってた写真よりも、さらに顔色が悪く見える。


ていうか写真より目が小さいぞ。画像加工してたなコイツ。


「あの! こちら、ツゲタニ・ユウスケさんのお宅ですか!?」

「ハァ? 何だオマエ、誰だよ」

「あなたが! あなたが、あのユウスケさんですか!!」


俺が突如発した奇声に、ユウスケくんが若干ヒいた。


分かる、分かるぞ。俺もお前のブログを読んでる時は似たような気持ちだった。

ローアングル撮影のテクニックについて、めちゃくちゃ語ってただろ、お前。

何が「愛が大切」だ。自分の彼女とやれ。


「あの! あなた! エリーさんのファンだそうですけど!」

「はぁ? あー、エリー? あのお調子クソビッチ? アイツこの前の撮影会でオレのことスルーしやがってーー」

「ビッチ! ひどい暴言ですよあなた! あのエリーさんになんてことを!」


切り裂くような裏声。我ながら名演技だと思う。

ユウスケくんがまた一歩ヒいた。楽しくなってきたぞ。


「今日はお伝えに来たんですよ! あなたみたいな人はエリーさんに近づく資格ありませんから!」

「っせ―な! なんだテメ、キモいんだよクソが! 殺すぞバカ!」


荒ぶるユウスケくんに襟を掴まれる。

俺は声の限りに絶叫しながら、


「これを見てください!!」


リュックから取り出した分厚いプリントアウトの束を叩きつけてやった。


「んだコレ……」

「あなたの! 悪行の限りをまとめました!」


半日ほどかけてピックアップした、ユウスケくんの個人情報である。

氏名年齢住所に自作のうっとりポエムはもちろん、くだらないイタズラ報告や未成年時の飲酒自慢、シモネタ発言などなど。もちろん家族と交友関係も押さえてある。


宇宙の中心は俺だと言わんばかりの自意識過剰な暴れっぷり。

ほんっと、ガバガバだったぞ。


「……オマエ、これ、オレの……?」


ユウスケくん、ようやく気づいたらしい。

顔色が一段と悪くなった。

そもそも、なんで俺がここにいるのか・・・・・・・・・・・・、疑問に思わなかったのか?


「ツゲタニ・ユウスケさん、二十五歳。一浪して四方津大学に入学後、一年の語学留学を経て卒業。所属サークルはテニス系飲みサークル、就職した会社を一年で辞めて、現在は実家に寄生しながら転職活動中。家族はご両親に年の離れた兄が一人、実家の犬の名前はプリン、九歳の秋田犬。大学時代にいたサークルでは、新入生の女子に異物を混入したアルコールを飲ませて乱暴した経験をほのめかしている。写真投稿SNSをきっかけに一眼レフを中古で買うも、基本フルオート撮影のみ……」


俺はニヤリと笑ってやった。

さっき投げつけたプリントアウトの複製をリュックから取り出して、


「そうです。ワタシ、少し詳しいんですよ、あなたのことは・・・・・・・

「な、テメ、どういう……つもりだっ」

「いいですか! 専用Wiki作って死ぬまで追い込まれたくなかったら、殺害予告なんて削除して、金輪際エリーさんには関わらないでもらえますか! 迷惑なので!」


ユウスケくんが、ようやく襟を離してくれた。

俺は、ファストファッション店で調達したチェックシャツを整える。


「クソっ……」

「……ご理解いただけたようで、何よりです!」


最後まで裏返った声で告げると、俺は踵を返した。

幸い、背後から殴りかかっては来なかった。

プリントアウトに目を通すのに必死なのかもしれない。


すべてのやりとりを横で見守っていたブリュンヒルデが、首をかしげる。


「え、これで終わりなの、清実ちゃん? こんなあっさりクエストクリアできちゃう?」

「それは……まあ、これから確かめるんだよ」


俺は溜息をつきながら、ジーンズのポケットからスマホを取り出した。

ユウスケくんのクローンスマホ。


さっき襟首を掴まれた時に、データを電子複製コピーアンドペーストしておいたのだ。

俺は慎重派なので。

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