17:スマートな魔法の使い方
ウノハラ・エリカさんは、近頃流行りのあのゲームにどっぷりとハマっているらしい。
つまりあの、例のヤツだ。
ヒント:過去の武将や偉人が戦う。
……実際、見事な変身っぷりで、これならネットで写真を見かけても、ウノハラさんだとは気付かないだろう。
金髪のヅラはもちろん、青いカラコンまではめて、メイクは完璧。
何故か胸元と腿だけが露出した水着のような鎧に、立派な長剣を振りかざして、華麗にポーズを決めている。
先程までの「陰キャラ」っぷりが嘘のような、晴れやかな表情。
「次こっち目線くださーい」
「いいね、凛々しい感じ!」
「エリーちゃん、こっち向いてー!!」
彼女が動くたび、シャッター音とフラッシュの光がスタジオ内に満ちた。
うんうん、確かにすごい。
なんだろう、この……未成熟な少女の身体と水着みたいな鎧が合体した時の、この、アレは。
そういう目で見てはいけないと分かっているのに、避けられない、この、アレは。
……一応言っておくけど、俺はどっちかというとメリハリわがままボディのお姉さまの方が好きです。念の為にね。
しかし、なんだかんだで感動が薄いのは、多分、俺の横にいるヤツのせいだろう。
ブリュンヒルデは顎に手を当て、ふむふむと頷きながら、
「ははー、なるほど、これが噂のコスプレかあ。見事なもんだねえ」
彼女こそ、正真正銘、本物のファンタジー世界の住人。
一言唱えれば、パジャマから完全武装の女騎士へと変身できるヴァルキリー。
ウノハラさんが彼女のことを知ったら、羨むだろうか、それとも妬むだろうか?
「遊んでないで、ちゃんと犯人探せよ。ブリュンヒルデ」
「はぁい。マジメだねぇ、清実ちゃん」
「お前が言うな、マジで……」
とりあえず俺達は、姿を隠したまま――有り体に言うと、手をつないだ状態でコスプレ撮影会場に潜入していた。
ていうかブリュンヒルデと手をつないでも、ちっともドキドキしないのは、なんでだろう。
なんか実家の犬を連れて散歩してるような気分なんだよな……
まあいいや。
差し入れらしきお菓子をこっそり摘みながら、開場の様子を――正確には、参加者達の様子を観察する。
(……今回も、
実を言えば、スクルドから『他殺』という言葉を聞いてから、俺はずっと考えていた。
前回のクエストで起こったトラブル。
落雷のどさくさに紛れてイガワ・ミノリさんの命を狙った黒ずくめの女、霧子。
そして彼女に指示を下した女神、ユミル。
前回は霧子だけを相手に、不意打ちで何とか対抗することが出来たが、次は果たして通用するのか。
ユミルの魔法は、俺のものとはレベルが違う。
何の前触れもなく、敵の首を撥ねられるのだ。初見殺しとかいうレベルじゃない。
即死トラップだ。絶対に避けられないやつ。
畜生、何がチートだ。あいつの方がよっぽどチートだろ。
(そもそもあの二人は、なんで
考えても埒が明かない。それは分かっていた。
ブリュンヒルデに聞いても「あたしが知りたいよ」って逆ギレするし……
「ね、清実ちゃん。ねえねえ」
「なんだよ」
「アイツ。怪しくない?」
ブリュンヒルデが指差した先には。
チャコールグレーのパンツスーツをバッチリ着こなした女性がいた。
目が眩むような撮影用の照明を嫌ってか、地下のスタジオでもサングラスを掛けたまま。
打ちっぱなしの壁に背中を預けて、じっと撮影ブースに視線を向けている。
「……まあ場違い感はある」
「でしょ?」
周りは、キラキラとしたコスプレイヤーか、もしくは大きなカメラを提げた「おともだち」がほとんどである。
もちろん「おともだち」は、ほとんどスーツなんて着てない。
ジーンズと変な柄のTシャツ、そしてポケットだらけのベスト。あと指抜きグローブ。
スーツの女性だけが、カタブツ感を醸し出している。
「怪しい、けど……いや、むしろ真っ当な恰好なのに、他の連中が怪しすぎて逆に浮いてるというか」
「えっへっへ。どうよ、褒めてくれてもいいよ」
話を聞く、のは難しいだろう。そもそも俺達は姿さえ見せていない。
電撃なり何なりで適当に脅しつけて追い払う、というのも効果は薄いだろう。
なにせ相手はこれからウノハラさんを殺す気なのだ。
迂闊に刺激すれば、状況は悪化するかもしれない。
「あれ、清実ちゃん? ねえねえ、お姉さんを褒めてもいいのよ? 流石だブリュンヒルデ、お前は強くて美しくて賢くて気が利いて」
「ちょっと黙ってて」
であれば、どうするか。
(これは、あの技を試してみるときだな――今朝編み出したばかりの、俺流チート魔法!)
俺はほくそ笑みながら、密かにスーツ姿の女性の傍へと近づいていった。
ブリュンヒルデの手は握ったまま。
なので、もちろん相手から、こちらの姿は見えていない。
一応言っておくが、ブリュンヒルデに触れていても、相手に接触した時点で俺の姿は見えるようになる。
つまり、残念ながらエッチないたずらには使えない。
いや、使えなくもないが、まあその、なんだ。
そういう趣味は無い。
……無いったら無い!
俺は邪念を振り払って、魔法に集中した。
指先で踊る電流を見つめて、念を込める。
やがて、無秩序に踊っていた電光が、細く長い一筋へと収束していく。
俺は、それをスーツの女のポケットへと伸ばした。
ばちん、という小さな音。
(……いけたか?)
俺は自分のポケットから、スマホ――主神オーディンは太っ腹らしく、新品を支給してくれた――を取り出した。
細く研ぎ澄ました電流を、今度は自分のスマホの充電口に当てる。
再び、ぱちん、という音。
「あー! ダメだよ清実ちゃん、スマホ壊れちゃう!」
「いいから黙ってて!」
俺はドキドキしながら、スマホを起動する。ホントに壊れたらどうしよう。
…………
起動画面のあとに表示されるホーム画面を見た瞬間、俺はガッツポーズを取った。
よし。できた!
スーツの女のスマホが全てコピーされた、クローンスマホだ!
「えっ、ちょ、なにそれ! 魔法ってそんなことできるの?」
お前が驚くなよ、ブリュンヒルデ。
「名付けて、
俺、今ものすごいドヤ顔で説明してる。
厳密に言えばクローンスマホというより、電気状態の再現といえばいいのか……スマホを媒介にして、電気情報を同期させた、みたいな。
オリジナルが動けばこっちも勝手に動く、そんな便利な代物だ。
実験に成功した時は、改めて魔法スゲえな、って思った。
「ははー。その発想はなかったわー。ていうか、よく出来たね、そんな繊細なコントロール。すごいよ、清実ちゃん!」
ブリュンヒルデは素直に感心してくれた。
それはそれでちょっと面映い。
とにかく俺は、スマホのデータを一から順に調べ始めて――
いきなり当たりを引いた。
「TO:エリカ、TO:エリカ、TO:エリカ、TO:エリカ、TO:エリカ、TO:エリカ、TO:エリカ……」
そこに入っていたのは、目眩がするほど大量の、ウノハラさん宛のメッセージだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます