16:優等生にはウラがある

 正面から間近で見たウノハラ・エリカさんは、確かに美少女だった。


 いくら髪のボリュームが多すぎても、整った顎のラインが見え隠れしているし、眼鏡のぶっとい縁に邪魔されても、黒目がちな眼には確かな光が宿っている。

 これなら同級生に熱狂的なファンがいてもおかしくない。


(スクルドはお世辞を言わない……憶えとこ)


 まあ、残念ながら今のウノハラさんは、何かに怯えているような表情だけれど。


 ――そんな彼女と見つめ合うこと、数秒の後。


「……気のせい、かな」


 ひとりごちて、ウノハラさんが視線を外すまで。


 正直、俺は生きた心地がしなかった。

 実家の両親にどう言い訳するか、脳内シミュレーションまで行っていた。


 死んだはずの息子が、空飛ぶ馬に乗って中学生尾行してました。

 なんて聞いたら、両親はSAN値直葬しかねない。


「おい、ブリュンヒルデ」

「むぎゅうぅ」

「起きろ! 今すぐ!」


 彼女の襟首を掴み上げて、ガクガクと揺さぶる。


「ふぐぐ……なに、どしたの清実ちゃん。夜這い?」

「……頼むから、もうちょいやる気見せてくれ、本気で」


 こみ上げてくる徒労感を必死に抑えて、


「なあ、お前の姿が地上の人間に見えることってあるのか? 霊感とか、なんか素質があれば見える、みたいな」

「んー……絶対無いとは言わないけど、フツーありえないよ」


 どっちだよ。

 俺は少し考えて、それから、辺りを見回した。


(もし仮に、俺達を見つけたんじゃない、とすれば)


 他の誰かを気にしていた?

 一体誰を?


「というか、あたしなんでパジャマなの? ここどこ? 清実ちゃん何してんの? 誘拐? 拉致監禁?」


 ……一瞬、無視しようか本気で迷う。

 裸にひん剥いて勝手に着せ替えてやればよかったのか? エロ同人みたいに?


 仕方なく俺は推察を打ち切って、尾行を再開した。

 そのついでに、ブリュンヒルデに経緯を説明する。


「はっはーん、JCの尻を付け回しクエストって訳だね!」

「言い方! 誤解を招くから!」


 まあ実際、付け回してるけど……


 やがてウノハラさんが足を止めたのは、小さな雑居ビルの前だった。

 駅前のアーケード街から一本脇道に逸れたところにある、なんてことのないビル。

 ひと目を気にしながら、彼女は地下へと降りていく。


 俺は、地下への入り口に貼り付けられたチラシを確認する。


「スタジオシェア……コスプレ撮影……?」


 何度か読み直す。

 つまり、このビルの地下では、コスプレイヤー達が集って撮影会をしているらしい。


 何が起きているのか。

 一瞬、考え込む。


「……要するに、優等生には隠れた趣味があったってことか。ブリュンヒルデみたいに」

「は? 趣味? なにが?」


 そらっとぼけた声を上げるブリュンヒルデ。


「うるせえ。俺の部屋のクローゼットにメイド服入れただろ」

「えー? それ多分、優香ちゃんのじゃない? あの子そういうアレ好きだし」


 ……だから! いきなり気になる情報をぶちこんでくるの、ホントやめて!

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