12:クエストクリア……?

「いえーい! 二つ目のクエストもクリアッ! やったね清実ちゃん! 流石! よっ、この有能転生阻止者フィルギア! 日本一! いや宇宙一!」

「だから、ヘタクソかよ」


 俺は溜息混じりに呟きながら、眼下に伸びる道路を眺めていた。


 落雷騒ぎにかけつけた救急車と消防車、そしてイガワさんの通報で呼び出されたパトカーまで、目と耳が爆発しそうなほどのサイレンの嵐。


 場所は再びビルの屋上。イガワさんのオフィスもよく見える、近くのビルだ。


 俺は、視線をパトカーの群れから、足元に転がっている黒ずくめに戻した。


 異世界に転生するはずだったイガワ・ミノリさん(二十四歳独身、ブラック企業勤務)の命を狙った、不審者。


 黒いニット帽に黒いマスクなんて、怪しいにも程がある。

 どんだけ顔を隠したいんだ、コイツ。


 それと、かついでみて気付いたのだが、コイツはかなり体重が軽い。

 中肉中背を自負する俺よりも、一回りは軽い。というか、よく見たら身長も低い。


「……コイツ、女か」

「女の子縛って、さらってきちゃったの? もう立派な犯罪者だね、清実ちゃん」

「今更だろ、そんなの」


 落雷でビルの設備をふっとばした時点で、十分犯罪である。

 まあ、女の子さらうのは、別の種類の犯罪って気もするが。


 とにかく俺は、雷撃の魔法で昏倒させた黒ずくめの女を、その辺に散らばっていたコードやらテープやらで、ぐるぐる巻きにした上で、現場から逃げ出したのだ。


 流石に今回はイガワさんの連絡先はゲットできなかったが、まあ仕方ない。

 俺、『守護霊』だし。電話とかしたら、ありがたみが薄れるし。


「というか、なんでさらってきたの? 今日はクエストもクリアしたし、続きは明日ってことで、あたし帰ってもいい?」


 あくびをしながら、ブリュンヒルデ。


「いや待てお前、気になるだろ、色々と!」


 なんでこの女は、イガワさんを狙ったのか?

 別に金持ちでもなければ犯罪者でも借金持ちでもない、ただブラック企業に勤めているだけのかわいそうな女性を、誰がわざわざ殺そうと思う?


 例えば恋愛沙汰とか、余程の理由があるとして、そいつは一回で潔く諦めたりするだろうか?


「もしかしたら、イガワさんがまた狙われるかもしれないじゃねーか」

「あー。まあ、そうね。でもクエストじゃないなら、それはもう運命ってやつだからさー」


 おいおい、冷たくないか、ブリュンヒルデ。


「ぶっちゃけ、クエストで助かった後もう一回死んでも、転生はできないんだよね。ミノリちゃんの場合、魂とヴァルハラがつながるのは一瞬だけだから。幸運の女神には前髪しかないというか。無駄乳女神には情け容赦が無いというか」


 とにかく転生さえ防げれば、あとはイガワさんがどうなろうとヴァルハラには関係ない。

 そういうことか。


「めちゃくちゃ薄情だな……」

「うっさいなー、ウチは勇者エインヘリヤル専門なの! 普通の死者は、ヘルヘイムっていう別の担当があるんだから」


 まさかの縦割り行政発言。

 結構がっかりだな。死後の世界も現世と大して変わらないじゃないか。


「とにかく、尋問ならさっさとしよー。さっきから起きてるし、そいつ」


 ブリュンヒルデが槍を向けて指摘する。

 俺は黒ずくめの肩を、軽くつついた。


「あー。おい、お前。誰なんだ? イガワさんに何の恨みがある?」

「…………」


 狸寝入りをやめるつもりはないのか、黒ずくめはだんまり。

 俺は少し考えてから、


「もう一発電撃食らったら素直になるか?」


 試しに指先で電気を踊らせてみる。

 ……よし、出来た。

 光と音が弾ける。これで脅しぐらいにはなるだろう。


 黒ずくめの女は、びくりと体を震わせて、


「わー! やめて! ごめんなさいやめて! ビリビリやめて!」


 芋虫のようにのたうった。

 彼女が暴れれば暴れるほど、据えた臭いが周囲にも広がる。


 その時点で、若干かわいそうになる。同情はしないけど。


「んじゃ、正直に話せよ。お前、イガワさんのストーカーか何かか?」

「違う! ボクは誇り高き召喚者サマナーだ! そんな変態と一緒にするなっ」


 一瞬、俺は言葉に詰まった。


「……ごめん、なんだって?」

召喚者サマナー! この世界に眠る勇者エインヘリヤル達を異世界へと送り出す、栄えある仕事だよ!」


 視線でブリュンヒルデに問いかける。


「えっ。いや、何その仕事。あたし知らない……ええと、召喚者サマナーっていうか、それ、普通に殺し屋なんじゃない?」


 俺は同じ事を、黒ずくめに言ってやった。


「違うよ! ボク達は、魂が異世界に導かれるタイミングを狙って、送り出すだけだ!」


 ブリュンヒルデの顔が、にわかに強張った。


「え……なんで人間が、転生のタイミングを知ってるの? ヴァルハラの最高機密だよ?」


 おいおいおいおい。

 俺は頭を抱えそうになる。


 転生阻止者フィルギアと真逆の仕事をしてる人間がいる?

 しかも、ブリュンヒルデ達ヴァルハラがあずかり知らない所で。


 ……どうやら俺と同じような考えの人間が、既にいたらしい。


 つまり、「みんな転生した方が幸せじゃね?」ってことだ。

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