10:独身OLの転生を阻止せよ!
俺は望遠鏡をブリュンヒルデに渡すと、立ち上がった。
(まずはこの自殺を食い止める。他の話はそれからだ!)
両手を広げて、目を閉じて、
(集中する。想像する。自分が望むものを)
教本に書いてあった通りに、意識を整理していく。
兆しはすぐに見つかった。
脳裏に浮かぶ一つの象徴――ルーン文字。
音を立てて放電を繰り返す、その力。
その輝きに指先を触れるような気持ちで。
俺は瞼を開いた。諸手を前に突き出して、
「落ちろ――
まるで漫画のようだった。
夜空を引き裂く光は、まさに神が下した鉄槌の如く。
イガワ・ミノリのオフィスがあるビルを直撃した。
轟音。
そして。
「――え?」
避雷針が一瞬にして蒸発。
それどころか、屋上の一部が溶け落ち、窓という窓が全て飴細工のように砕け散った。
同時にビルに灯っていた明かりが、全て消え去る。
電気系統がダウンしたのだ。
「なん……じゃこりゃ」
正直、俺は呆気にとられていた。
雷を落として、ビルを停電させる。トラブルが起きれば、イガワさんも自殺を延期するだろう。
それが狙いだった。
魔法はきちんと発動した。それは問題ない。
だが、今の威力はなんだ?
「ちょ、ちょっとちょっと、清実ちゃん!? 手加減! 手加減して!」
ブリュンヒルデが泡を食いながら、ペガサスに飛び乗る。
「明かり落とすだけなら、百分の一ぐらいのパワーで十分だから! ミノリちゃん死んじゃったらどうすんのさ!」
「ご……ごめん」
これが魔法。
これが俺のチート能力。
(……とんでもないぞ、これ)
胸に湧き上がったのは、興奮と、少しの恐怖。
「早く乗って、清実ちゃん! ミノリちゃんの無事を確かめなきゃ!」
言われてみれば。
窓は割れ落ち、ビルのそこかしこから黒煙まで吹き上がり始めている。
火事にでもなったら、本当にシャレにならない。
俺がブリュンヒルデの後ろに跨ると、ペガサスは一つ嘶いて、すぐに飛び立った。
割れた窓からビルのフロアへと滑り込み、イガワさんの元へ。
「ちょ、えっ……だ、誰っ!?」
落雷に怯えてデスクの下に潜り込んでいたイガワさん。
突然現れた俺を見て、驚きの声を上げた。
そりゃそうか。
ペガサスから降りるまで、俺の姿は見えなかったんだ。
そんなの、幽霊かと思うわな。
しかも制服着た高校生って。オフィスでは違和感スゴいだろうな……
「えーと……怪我はないですか?」
「……は?」
ご反応、ごもっとも。
イガワさんの胡乱な視線を避けるように、俺はオフィスを見回した。
飛び散った窓ガラスに加えて、砕けた蛍光灯や爆発したパソコンの破片が辺り一面に飛び散り、惨憺たる有様だ。
(……とりあえず、時間は稼げそうだな)
この有様では、しばらくは仕事にならないだろう。その間ぐらいは、イガワさんも自殺を諦めてくれるか。
というか、復旧にどれだけかかるんだ、コレ。
「あの……ホント、誰なんですか?」
いよいよイガワさんが怯えている。
俺は少し考えて、それから。
「……あなたの守護霊です」
「はい?」
とうとうイガワさんの理解を越えたらしい。
いや、俺も馬鹿馬鹿しいとは思うんだけど……これがギリギリのラインかなあって。
「あなたのおじいさんのおじいさんに命を救われた少年の孫の妹の友人の隣りに住んでた父と母から生まれたのが俺です」
「……えっと、な、なるほど」
よし、イガワさんは色々てんこ盛りすぎてオーバーフローしている。
この隙に攻めよう。
「俺は知ってますよ。あなたが今夜、自殺しようとしてたこと」
「じ、自殺……っ?」
「思い直してほしくて、ちょっと荒っぽい……その、ポルターガイスト的なヤツを起こしました」
やり過ぎたけど。
「いいですか、イガワ・ミノリさん。会社なんて落雷一発で吹っ飛ぶ程度なんです。あなたが命をかけてまで潰そうとする必要は無いんですよ。それよりも、さっさと今の仕事を辞めて、もっと楽しい事とか見つけて、えーと、とにかく前向きに生きた方が良いんじゃないかと」
「は、はあ」
自分で言ってて薄っぺらいと思うが、イガワさんは一応頷いてくれた。
(よし。いけそうな気がしてきた)
俺は、更にダメ押しをしようとして。
イガワさんが持っていた封筒の文面に、気付いた。
退職届。
(……あれ?)
退職?
遺書ではなく?
「……えっと、守護霊さん」
受け入れた。
イガワさん、いい人だな。
「あの、おっしゃるとおりだと思います。だからわたし、明日、退職届を出そうと思ってて」
そのまま、イガワさんはとつとつと語り始める。
だが、彼女の言葉はまったく頭に入ってこなかった。
(どういうことだ?)
イガワさんは今夜十二時五分に死ぬ。
それがウルザブルン――ヴァルハラにある未来予知マシーンみたいなやつ――が導き出した運命のはず。
でも。
イガワさんは今夜、自殺するつもりじゃなかった。
むしろ彼女は新しい一歩を踏み出そうとしていた。
ということは。
(イガワさんが死ぬ本当の原因は――自殺じゃない!?)
その時。
オフィスに響き渡ったのは、十二時を告げる時計のアラームと。
かろやかな足音だった。
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