第6話 終章

 ――こうして、平崎院タエの屋敷で起きた『念動力サイコキネシス大騒乱事件』は、無事とはほど遠い形で終決した。

 解決ではない。

 あくまで終決である。

 なぜなら、肝心の黒幕が警察などの治安機関に捕縛されてないのだから、その表現は不適切であった。

 蓬莱院良樹ヨシキが危惧していた軍事行動は実施されずに済んだとはいえ。

 その上、それに先立つ一連の傷害事件や騒動も、その黒幕の関与が疑われているのだ。

 警察は全力でその黒幕たる貝塚シュンの捜索を続けているが、手掛かりらしい手掛かりは、それから三日が経過した現在でも掴めないでいる。

 貝塚シュンの関与が疑われている一連の出来事や事件で出た負傷者は多数にのぼったが、死者が一人も出なかったのは僥倖ぎょうこうというより他になかった。

 その原因の大きな一端を担った緑川健司ケンジは、傷害と器物損壊の現行犯で逮捕、拘留され、裁判を待つ身となった。

 緑川健司ケンジを始めとする平民をイジメていた華族の子弟や子女たちは、騒乱罪として逮捕されたものの、緑川健司ケンジの予想どおり、ほどなく釈放された。だが、自由を満喫するには、戦闘と氣功術のギアプによる副作用があまりにも大きく、病院の寝床ベットから起き上がれない程であった。筋肉痛という副作用に。いくら仕様スペックと適性があるからといって、特権をむさぼっている華族の子弟や子女にありがちな、いわゆる慢性的な運動不足の身体では、その激しさの極みにある戦闘に耐えられるわけがなかった。ましてや、氣功術までも併用していてはなおさらである。したがって、筋肉痛とはいえ、とても重度で、復氣功も受けつけない。全快するには、最低でも一ヶ月を要するだろうと、担当の医者は見ている。


「――ま、そう簡単に力が身につくほど、世のニャかはあまくニャいってことニャ」


 これは、奇しくも、彼らと同じ病院に入院している平民のイジメられっ子たちを見舞いに来た際、それを知った猫田有芽ユメが、行動をともにしている仲間たちに向けて言った感想である。平民のイジメられっ子たちも、同様の副作用を発症していたが、華族のイジメっ子たちほどではないので、二、三日で退院できるだろうと、その医者は言っていた。

 そして、事の発端である平崎院タエの取り巻き女子三人組を襲った傷害事件の真犯人は、佐味寺三兄弟であることが判明した。警察に提出した窪津院亜紀アキの見聞記録ログが、決定的な証拠となった。それは、自らの犯行を認める会話の内容であり、佐味寺三兄弟は傷害の容疑で逮捕された。しかし、佐味寺家の当主である三兄弟の父親が、士族の特権を用いた司法介入によって、三兄弟の罪状はもみ消され、釈放された。副作用も、それで苦しんでいる華族の子弟や子女たちと異なり、陸上防衛高等学校で積み続けた鍛錬の下地があったため、軽微であった。それは被害者である平崎院タエの取り巻き女子三人組も同様であったが、事の発端となったその事件の真相と真犯人の存在、および、前述の三兄弟の処置を知って憤慨し、訴訟も辞さない態度で臨んでいたが、佐味寺家から提示された華族顔負けの多額な示談金でそれが成立したため、実現はされなかった。そして、佐味寺三兄弟と貝塚シュンによって濡れ衣を着せられた、ある意味今件の最大の被害者、小野寺勇吾ユウゴだが、


「――いいの? ホントに訴えなくても」


 鈴村アイが、喫茶店『ハーフムーン』のテーブル席の隣に座っている幼馴染に対して、最終意思確認の問いをただす。三時のおやつを食するには適した時間帯なので、どのテーブルも満席で賑わっている。むろん、アイの言う訴える対象は佐味寺三兄弟である。勇吾ユウゴに無実の罪を被せようとしたのだから、訴えられても文句は言えない。本当なら共犯の貝塚シュンもそれに含めたかったのだが、肝心の当人が官憲の手から逃れたまま行方をくらましていては、どうしようもなかった。


「――はい。みなさんのおかげで僕の無実は晴れましたので、それだけで充分です。それに、仮に訴えが認められたとしても、待っているのは法廷での不毛な争いだけですから」


 予想の範疇から一ミリも越えない、相変わらずな幼馴染の返答に、アイは好意的な視線を、勇吾ユウゴの糸目の顔にそそぐが、


「……せやなら、『小野寺勇吾ユウゴの家事に対する被害者の会』との法廷バトルももうしまいにせェへんか。こっちは稀に見る不毛な争いなんやけど」

「それはイヤです。絶対に」


 テーブル越しに向かい合っているイサオの懇願を即答で退けた瞬間、その視線ははかなく霧散した。


「……取り付くシマがないとはまさにこの事ね……」


 イサオの隣に座っているリンが、呆れ半分、諦め半分の表情と口調でため息をつく。


「……でも、法廷で、その件が、解決、しても、根本的な、解決、には、ならない、と思う。色々な、意味で……」


 勇吾ユウゴアイリンイサオの四人がついているテーブル席の隣から、たどたどしい声で自分の考えを述べたのは、常に顔色が悪い「――


「……ユイちゃんの言う通りだわ。今回の一連の騒動と事件で出た逮捕者の中で、刑に服すのは緑川くんだけだからね」


 ユイと同じテーブル席に着いている亜紀アキも、深刻な表情と口調で同意するが、それまでの間、顔を真っ赤に染めて放心していた。隣に座っている良樹ヨシキから、テレメールで受け渡された『BL《ボーイズラブ》』というジャンルの記憶書籍を、自分の脳裏で読破した、その結果である。カルチャーショックなどという生易しい内容ではない創作物に、かつてないほどの衝撃を受け、そのような状態になってしまったのだ。それを送りつけた良樹ヨシキは、そんな亜紀アキの様子を目ざとく見て取り、大いにほくそ笑んでいたが、ユイの発言を聞くと、


「……残りはすべて無罪同然の釈放。それも、その内訳は華族と士族のみで、平民はない。不当正当問わず、にな」


 こちらの表情も深刻なそれに変えてつけ加える。特に、イサオに至っては憤りを覚えている。第二次幕末の終結後、強者の自制と弱者の救済を前提に制定されたはずの第二日本国の法律ですら、身分制度の前では、容易にねじ伏せられてしまう現実に対して。


「……結局、ニャにひとつ変わってニャいのね。あんニャことがあったのに、この世のニャかは……」


 ユイの隣に座っている有芽ユメも、悄然とした表情と口調で総括する。


「……身分制度がある限り、これからも同じことが、変わらずに繰り返されていくでしょう。緑川くんのような、身分や立場の低い弱者がイジメられる……」


 勇吾ユウゴが陰気な予言を一同に告げる。


「……無くならへんかな、身分制度……」


 何気なく、だが、怒気を込めてぼやいたイサオのセリフに、勇吾ユウゴアイリンの三人は、あの時の神社でぶっていた貝塚の演説を思い出す。あれは平民のイジメられっ子たちを煽るための前置きに過ぎなかったが、あれは現在の第二日本国の実情を的確に突いていた。


「……仮に無くなったとしても、イジメまでは無くならないと思います」


 勇吾が悲観的な予想を口にしたのは、しばらく経ってからであった。


「――どうしてニャの? 勇吾ユウゴたん」


 有芽ユメが不思議そうな顔で問いただす。


「……同じ身分の間でも、イジメがありますから……」


 勇吾ユウゴは答えながら視線を転ずる。

 自分と同じく、同じ身分の生徒からイジメを受けているユイに。


「……たしかに……」

「……そうね……」


 アイリンはうなだれ気味にうなずく。


『……………………』


 一同の場に覆しようのない無力感が沈黙となって漂う。

 ――が、


「――でも、それがムダとは、決して思えません」


 悲観論を唱え続けていた勇吾ユウゴが、それを覆すような力強さで、自分の考えを一同に披露する。

「――なぜそう思えるんだ?」


 今度は良樹ヨシキがただす。


「――身分制度さえ無くなれば、イジメまでは無くならなくても、減らせると思うからです」


 その返答に、一同は目が覚めるような思いで目を見張らせる。


「――イジメの原因ランキング第一位は、全体の七割以上を占める身分差だからね。期待は充分できるわ」


 亜紀アキも力強く述べる。その事実を踏まえて。


「――それに、身分差があっても、仲良くして行けないとは、これも決して思えません」

「……それは、なんで……?」


 ユイがうながすように尋ねる。


「――だって、それが原因で今でも仲良くして行けてないようには、どう見ても見えないからです。僕たち・・・

『…………あ…………』


 勇吾ユウゴの回答を兼ねた指摘に、一同は今更ながらに気づく。自分たちにも身分差があるという事実に。そんな事など、今までまったく意識してなかったのだ。それが当然だと思い込んで。


「――だから、乗り越えられるはずです。身分や立場に関係なく。そのためにも、僕たちは、今の僕たちにできる事をしながら、僕たちのできる事をひとつでも多く増やして行きましょう。今回のように、みんなの力を合わせて――」

『……………………』


 一同の場にふたたび訪れた今度の沈黙は、無力感からほど遠い距離にあった。一同は無言で自分以外の身分差がある仲間たちに一通り視線を巡らすと、


「――ユウちゃんの言う通りだわ」

「――なんで今まで気づかなかったんだろう。アタシとした事が」

「――ホンマ、不思議やで」

「……それだけ、自然、だった、ってこと。あたし、たちが、仲良く、なれた、のは……」

「――まるで奇蹟みたいニャえんニャ」

「――この縁、これからも大切にして行かないとね」

「――ああ。そして、この縁を見本モデルに広げて行けば、おのずと変わっていく。この世の中が、劇的にな」


 口々に言い募る。それは、絶望や諦観とは無縁の、希望と活気にあふれた賑やかさであった。


「――よかった」


 勇吾ユウゴは満面の笑顔を浮かべて安堵する。自分の同じ表情に変わった仲間たちの顔を見て。


「――前回に続いていい演説やったで、勇吾ユウゴ


 イサオが糸目の親友に親指を立てて賞賛する。


「――あの貝塚っていうヤツよりもはるかに素晴らしかったわ」


 アイもそれに唱和する。


「――ありがとう、イサオさん、アイちゃん」


 勇吾ユウゴは笑顔を作ってそれに応えるが、


(……貝塚……)


 という名が、明るく晴れわたっていたはずの勇吾ユウゴの心中に、一末の翳りが差す。


「……………………」


 それはリンも同様であった。

 なぜなら、貝塚シュンと名乗ったその男に関する個人情報が、名前も含めて、すべて偽物だという事実が、最近になって判明したからである。

 警察がその|男の捜索と並行して身元を洗った結果であった。

 その一員であるイサオの指揮の元で、亜紀アキ良樹ヨシキとともにそれに従事していたリンは、その事実を知って慄然となった。恐らく、いや、間違いなく書き換えたのだ。貝塚シュンと名乗った、凄腕のテレハッカーが。


(……いったい、何者なの、あいつ……)


 そこまで考えて、リンは遅まきながらも気づく。

 自分の表情からいつの間にか笑みが消えていたことに……。




(――ちょっと『レイ』さん。今までどこにいて、なにをやっていたのですか――)


 精神感応テレパシー通話の相手から詰問調で尋ねられたクールカットの男は、超常特区の市街区島を一望できる山頂から、青白色の光が点在するその市街区の夜景を悠然と眺めながら佇んでいた。


(――なに、ちょっとした退屈しのぎさ。そのがてらとして、超常特区へ出かけたまでだよ――)


 『レイ』と呼ばれたその男は、悪気のない口調で相手に答える。


(――超常特区ここはなかなか面白いぞ。私の趣味を満たすには絶好の場所だ――)

(――趣味ってまだ続いていたのですか。珍しいですね。飽きっぽいあなたにしては――)

(――自分でもそう思うよ、『ワン』――)

(――自分で言わないでください――)


 『ワン』と呼ばれた相手は、苦情気味な口調で応える。『レイ』は苦笑を浮かべて続ける。


(――どうせいつまで続くか、賭けでもしていたのだろう――)

(――ええ。『フォー』と『セブン』はこの時点で負けが確定しました――)

(――そうか。それは残念だ――)

(……それで、いつまで超常特区そこで退屈をしのぐつもりなのですか――)

(――そうだな。とりあえず、飽きるまでのつもりだが――)

(……その調子では、『スリー』や『ファイブ』も負けそうですね――)

(――お前の一人勝ちになりそうだな、『ワン』――)

(――いえいえ、油断はできません。まだ『ツー』と『シックス』が残ってますから――)


 『ワン』は自分も賭けに参加している事実を、その対象に隠す素振りすら見せず、しれっと戒める。


(――もしよければお前に合わせて切り上げてもいいんだぞ。見返り次第だが――)

(――それでは賭けになりませんよ――)

(――賭け《ギャンブル》に不正イカサマはつきものだろう――)

(――だからってそんなことをしたら賭けの醍醐味が失われてしまいます。つまらないことを持ちかけないでください――)


 『ワン』が申し立てた明らかな苦情に、『レイ』は便乗する。


(――なら、こちらの気が済むまで趣味に興じさせてもらおうか――)

(……べつに構いませんが、なにがあったらただちに戻ってくださいね。テレタクを使ってでも――)

(――なにかありそうなのか。そっちで――)

(――さァ、どうでしょうかね。気になるなら、せめてこまめな連絡を寄こしてください。それでは――)


 と、そっけなく言い残して、『ワン』からの精神感応テレパシー通話は切れた。


「――その様子では、私の手を借りるほどの事は起きてないようだな」


 エスパーダから手を下ろした貝塚シュンこと『レイ』は、そのように判断すると、あらためて眼下の夜景を眺めやる。


「――さて、次はどうしたものかな――」


 その瞳には、享楽的な光が鋭くチラついていた。


                             ――完――

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才能と志望が不一致な小野寺勇吾のしょーもない苦難4 -欲して止まない緑川健司の力への渇望- 赤城 努 @akagitsutomu

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