出会い――そして船出

 鬼が島までの道のりを歩んでいると、不意に道の脇から犬が飛び出してきた。犬は驚く僕の前で足を止め、

「桃太郎さん。その腰につけたきび団子、一つ私にくれませんか? もしくださるなら、あなたにお供して一緒に鬼が島まで行きましょう」

 交渉を持ちかけられ、僕はちょっと考えた。もちろん、一人で行くより供がいたほうが心強い。きび団子一つでそれが得られるなら安いものだ。でもまずは、確かめなければいけないことがある。

「どうして僕の名前を知ってるんだい? それどころか、鬼が島へ行こうとしていることまで知ってるなんて。供になると言うけれど、たかがきび団子一つのためだけに、そんな危険をおかそうとするとは思えない。何が目的だい?」

 犬は僕の矢つぎばやな問いを聞き終えると、口の端を持ち上げた。どうやら笑っているらしい。

「さすが桃太郎さん。ここで何の疑問もなくきび団子を渡すようなら、もらってそのままとんずらしようかと思ってましたが、その必要はないようですな」

「試していたのかい?」

 犬は姿勢も表情も改め、

「お気を悪くされたのなら謝ります。ただ私も、一緒に鬼が島へ行くのなら、あなたがどんなお方なのか知っておきたかったんです。夢ではそこまで教えてもらえませんでしたから」

「夢?」

 反射的に、女神様に鬼が島へ行けと告げられたあの夢を連想した。そして、その予感は当たっていた。

「先日、夢を見ましてね。その中で女神様に言われたんですよ。『桃太郎という少年と鬼が島へ行きなさい』と。『その少年は腰にきび団子をつけている』とも教えられました。まあ、無視してもよかったんですが、夢が覚めた後もずっと、あの澄んだ声が耳に残ってるんですよ。光に照らされた神々こうごうしいお姿も、目に焼き付いて離れません。どうにも単なる夢とは思えず、ここであなたをお待ちしていた……というわけです。鬼が島へ行く人間なら、たいていこの道を通るはずですから」

 話を聞き終えて、やはりあれは単なる夢ではなかったのだと確信した。僕はきび団子を一つ取り出し、犬に差し出した。

「一つあげるよ。でも、もらったからといって僕についてくる義務はない。これから先どうするかは君の自由だ。団子一つと鬼が島じゃ、どう考えても釣り合わないからね」

 犬はきび団子を受け取り、口の端を持ち上げた。

「お供いたしましょう。鬼が島だろうが地の果てだろうが、どこまででもあなたについて行きますよ。たとえきび団子をもらえなくてもね」

 こうして僕と犬は、一緒に鬼が島を目指すことになった。


 しばらく道のりを進むと、今度は木の上から猿が現れた。猿は僕たちの前にひょいと降り立ち、

「桃太郎さん。その腰のきび団子、一つ俺にもくれませんか? もしくれたら、鬼が島までお供しますよ」

 僕と犬は、思わず顔を見合わせた。

 確かめるまでもないような予感がしたけれど、それでも確かめないわけにはいかない。

「君も女神様のお告げを夢で見たのかい? 『腰にきび団子をつけた桃太郎という少年と鬼が島へ行け』って」

 猿は目を丸くした。

「どうして知ってるんですか!?」

 僕と犬は、再び顔を見合わせた。

 猿に事情を話し、きび団子を一つ差し出すと、

「お供しますよ、鬼が島でもどこでも。きび団子は、もらえりゃありがたいですが、なくたってあなたにならついて行きますから」

 そう言って目元をなごませながら、ひょいと受け取った。

 こうして僕らの旅に、猿が加わった。


 さらにしばらく旅路を行くと、空の彼方かなたからきじがこちらへ向かって飛んで来た。雉は僕たちの前の地面に降り立ち、

「桃太郎さん。その腰につけてるのはきび団子ですよね? 一つおいらにくださいな。もしくださったら、鬼が島までお供しますよ」

 僕らは顔を見合わせた。

 これはもう確かめなくても結果が見えている気がしたけれど、一応確かめてみた。

「『桃太郎と一緒に鬼が島へ行け』って、夢で女神様に言われただろう? 『腰にきび団子をつけている』とも教えられたんじゃないかい?」

 雉はぱちぱちを目をしばたたいた。

「なぜそれを!?」

 雉に事情を話し、きび団子を一つ差し出すと、

「お供いたしましょう。でもこれは、きび団子が欲しいからじゃありません。ただあなたとご一緒したいだけです。もちろん、いただける物はいただきますけどね」

 そう言って羽を広げ、さっと受け取った。

 こうして雉も加わり、旅はずいぶんにぎやかになった。

 

 取り立てて危険な目にあうこともなく、困ったことも起きず、やがて僕たちは海岸までたどり着いた。鬼が島はこの海の向こうにあるはずだ。船乗りを探して船を出してもらおうと思ったけれど、辺りは閑散としていて、漁師の姿すらない。犬は近隣の様子をぐるりと見て、

「鬼を恐れて、漁に出るのも船で荷を運ぶのもやめてしまってるんでしょう、きっと」

 と推測した。

 だからと言って、ここで簡単にあきらめるわけにもいかない。どうにかして船を調達しようと思い、僕たちは近くの漁村へ行ってみた。村長むらおさを訪ねてみると、

「船はこの村の者ならみんな持っているが、おそらく誰も貸したがらんよ。おまえさんたちが帰ってこなかったら、船も返しちゃもらえんわけだからな」

 渋い顔をされてしまった。僕は少し考えて、

「それなら、鬼が島まで船で乗せて行ってもらえませんか? そして僕たちが鬼退治している間、船で待っていてください。もし僕たちが失敗したら、そのまま帰ってもらって結構ですから」

 この提案にも、村長は首を横に振った。

「それも無理だろうな。鬼が島なんて、近づくのも恐ろしいよ。漁へ出るやつがすっかりいなくなっちまったのも、そのせいだ」

 何か他に方法がないかと頭をひねっていると、雉が、

「船を借りるんじゃなくて、買うことはできないものなんですか? 買って自分の物にしてしまえば、それをどう扱おうと誰にも文句は言われずにすむじゃありませんか」

 不思議そうに言われて、反射的に「簡単に買えるわけないだろう」と返しそうになったけれど、踏みとどまった。人間にとっての船の値打ちを、鳥が知らなかったとしても仕方がない。川も海も、自分の羽の力だけで越えることができるんだから。

 船一そうがいくらぐらいするものなのかや、それに対して僕が持ってる路銀がずっと少ないことを雉に説明していると、かたわらで聞いていた村長が、

「それっぽっちしかないんじゃ、小さな船すら買えんだろうな。買えるとしたら、使わなくなって処分しようと思ってた船ぐらいだ。それでもいいなら、うちに一艘あるが」

 その申し出に、僕は思わず飛びついた。

「乗るのに問題さえなければ、古くても何でも構いません。売ってください」

「じゃあ、船を見てみるか?」

 村長に案内されて海岸へ行くと、浜に小型の船が一艘あった。ずいぶん使い込まれているけれど、ざっと見た感じでは、乗ろうと思えば乗れそうだ。村長は船に片手をかけ、

「漁に出るのに、もう少し大きな船が欲しくなってな。ちょうどこの船も古くなってきたから、新しいのを調達したんだ。それ以来こっちは使わずにいたんだが、思い入れもあるからなかなか処分できずにいてな」

 その眼差まなざしには、深い愛情がにじんでいた。彼にとっては、長年苦楽を共にしてきた相棒なのだろう。

「いいんですか? そんな大事な船を、僕たちに売ってしまって」

「誰にも乗られずに打ち捨てられているより、海に出られるほうがこの船も幸せだろう。たとえ行き先が危険でもな。言っておくが、古びてはいてもまだちゃんと乗れるぞ。すぐに沈みかねん船を売りつけるなんて非道なことはせんよ」

 商談成立だ。鬼が島への道のりを、また一歩進めることができた。さっそく船の汚れを落として整備し、僕たちは大海原へ漕ぎ出した。

 近くの川で何度か船を操らせてもらったことがあるから、それと同じ要領で大丈夫だろうとたかをくくっていたけれど、そう甘くはなかった。波や潮の流れは、上流から下流へ向かって一気に流れる川とは大きく違う。手こずっていると、僕が漕いでいるに猿が手を伸ばし、

「俺がやってみましょう」

 自信ありげな面持おももちで引き受けてくれた。

 全面的に猿に任せてみると、船はそれまでとは打って変わって、魚のように波の上をすいすいと走り出した。安定しているから、乗り心地もいい。船の操り方なんてどこで覚えたのかとたずねると、

「人間がやってるのを何度も見たことがあるんです。こっそり船に潜り込んで、船乗りのすぐ後ろでじっと観察していたこともありますよ」

 まさに猿真似だ。にっと笑ってみせる猿は、いたずら小僧のようだが、じつに頼もしく見えた。

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