侵入――そして逃走
猿が操船を
上船できそうな場所を雉に探してきてもらうと、ちょうどいい浜があると言うので、そこに船を寄せた。うまい具合に、鬼の気配もない。僕たちは島へ上陸し、慎重に様子をうかがいながら鬼の根城を探した。
まず岩山の近くまで行き、その周囲をぐるりとめぐってみた。平地が少ないこの島で、住みかに向いていそうな場所を考えた時、真っ先にここが浮かんだのだ。
茂みをかき分けながら、そろりそろりと歩を進めていると、不意に犬が足を止めた。おまけにピンと耳を立てている。犬は声をひそめて、
「何者かの気配がします。熊や鹿なんかとは違うから、きっと鬼です」
僕たちはいっそう慎重に岩山に近づいた。よく見ると、ここまではどこもかしこも草木が
茂みで身を隠しながら、もっとよく見える所まで移動すると、そこにあったのは岩山を利用した
僕たちはいったん、そこから少し離れた所まで移動し、これからどうするかを話し合った。犬は神妙な口調で、
「あの砦の中に、何匹もの鬼がいます。少なくとも二十匹は。私には匂いで分かります。当然ながら、金銀財宝も砦の中でしょう」
僕は腕組みして、方策を練った。
「さすがに、いきなり正面から切り込んでも、あっという間に他の鬼が集まってきてやられるだけだろうね。こっそり中に忍び込んで、宝のありかを探って……いや、探して運んでいる間に、見つかってしまうか。それよりは、鬼の長を見つけてやっつけたほうが、他のやつらがひるんで総崩れするだろう。あるいはいっそ、鬼の長を人質、いや鬼質にとるという手もある」
「何にせよ、中へ入り込めないことには話になりませんが、ずっとあの番兵がいるんじゃなあ……」
猿が難しい顔でため息をつく。そこへ雉が、
「おいらが番兵を引き付けます。その間に砦に侵入してください」
みんながいっせいに雉を見た。軽い気持ちで言っているのではなさそうだったが、僕は念を押した。
「大丈夫かい?
「覚悟の上ですよ。それに、いざとなれば空へ逃げられます。この中で一番向いてますよ」
胸を張ってみせる雉からは、信頼に足る風格が感じられた。僕がうなずくと、犬と猿もうなずいた。砦に侵入した後どう動くかや、万一鬼に見つかった時のことなども打合せし、僕たちは再び砦付近に戻った。
砦の前では相変わらず、青鬼がいかめしい
「うわっ、なんだこいつは」
驚き慌てる青鬼をからかうように、雉はその周囲をぐるぐると飛んだ。青鬼は次第に
この機を逃すまいと、僕たちは
そこここで
鍵がかけられていて、簡単には開けられそうもない。財宝をしまっておくとしたらこういう場所だろう。どうにかしてこじ開けてみるか、それとも鍵を探してくるべきかと
ガーンガーン、と
砦は一気に騒然とし、鬼たちも音がするほうめがけて殺到している。僕まで見つかってはまずいと警戒したが、みんな侵入者のもとへ駆けつけることに気を取られているようで、周囲には目を向けようとしない。おかげですんなりとたどり着けた。
岩陰からのぞくと、そこで繰り広げられていたのは、一言で言うなら大捕獲劇だった。軽く十匹はいる鬼が、一匹の猿を取り押さえようと右往左往している。鬼たちは
とはいえ、これだけ大勢で取り囲まれては、猿もなかなか逃げられない。そのうち体力も消耗してくるはずだ。僕は刀を抜きつつ、岩陰から飛び出した。
思いがけない援軍に、鬼たちの間で混乱が起きた。僕は一気に
「うわっ!」
僕の肩めがけて飛んで来た金棒を、
赤鬼は重々しい声音で命じた。
「どけ」
その一言で、僕たちにつかみかかろうとしていた鬼がいっせいに離れた。一瞬にして、赤鬼と僕たちの間に道ができたかのようだった。おそらく、こいつが鬼の長なのだろう。
赤鬼が悠然とこちらへ近づいてくる。僕は油断なく刀を構えた。猿も僕にぴたりと寄り添い、にらみを利かせている。
赤鬼は僕の刀が届かない間合いで足を止め、こちらを見下ろしてきた。威圧感が全身に押し寄せる。向こうは丸腰で、周りの鬼はただ見守っているだけという好機なのに、少しも動けなかった。
赤鬼が静かに口を開いた。
「それはきび団子か?」
思いも寄らない問いに、すぐには言葉が出てこなかった。思わず首を
「確かにそうだが、それがどうした」
心なしか、赤鬼が目を細めた。こちらの疑問に答えることなく、なおも問いが重ねられる。
「おまえ、名は何という?」
軽く見られているのかと腹を立てそうになったけれど、赤鬼の眼差しに
「桃太郎」
赤鬼の顔が、かすかに
意図の見えない問いは、さらに続いた。
「おまえの母親は誰だ?」
真っ先に浮かんだのはおばあさんの顔だったけれど、向こうが知りたがっているのはきっとそっちじゃない。育ての親じゃなく、生みの親のほうだ。
「僕は桃の中にいて、そこから生まれてきた。それより前のことはわからない。育ててくれた母親は、その桃を拾ったおばあさんだ」
赤鬼は何も答えない。代わりに、
「金棒を」
端的な命令が辺りに響くと、数匹の鬼が先ほど投げられた金棒へ走り、それを赤鬼に手渡した。赤鬼が金棒を振り上げ、僕が刀を構えなおしたその時――。
「火事です! 砦の奥が燃えてます!」
手下らしい鬼が駆け込んできて、緊急事態を知らせるために声を張り上げた。動揺が走り、場がざわつく。赤鬼も金棒を下した。僕と猿はその隙をついて、鬼たちの間を縫って逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます