新釈おとぎ話――桃の子太郎の旅、そして……

里内和也

誕生――そして旅立ち

 僕がこの世に生まれ出た時、最初に聞こえたのは女の人の声だった。

「ああ、驚いた。まさか桃の中に、こんな小さな赤ん坊が入ってるなんて」

「これはもしや、神様が子供のいないわしら夫婦をあわれんで、さずけてくださったのかもしれん」

 男の人の声も聞こえる。どんな人たちだろうと見てみたら、二人ともずいぶん年を取っていた。そして二人とも、とてもやさしそうだ。

 おばあさんはおじいさんの言葉にうなずいている。

「きっとそうに違いありません。この桃が流れてきた川の上流には、女神様が住んでおられるという山がありますから」

「神様でもなければ、こんな奇跡は起こせんだろう。だが、この子が何者かなんてどうだっていい。子供には親が必要だ。わしらで大事に育てよう」

 

 こうして僕は、おじいさんとおばあさんの子供として育てられることになった。桃の中から生まれたので、桃太郎と名付けられた。

 僕の成長は普通の子供よりずっと早かったようで、二人ともたびたび目をみはっていた。おまけに物覚えがいいし、腕っぷしもあるから、よくほめられた。漢字がびっしり並んだ書物をすらすら読むと、おじいさんが、

「おまえはかしこいのぉ。将来は学者や博士にだってなれるかもしれん」

 と感心し、石臼いしうすを片手でひょいと持ち上げると、おばあさんが、

「まあ、おまえはとんでもない力持ちだねえ。きっと武芸の達人や相撲取りだって、こんなことできやしないよ」

 と目を丸くした。

 二人と違って、僕の存在があまり面白くないやつもいた。村の子供たちみんなで相撲を取っていて、僕が次々に相手をひょいと投げ飛ばしてしまうと、

「あいつは人間の子供じゃないから、あんなに力があるんだ。普通じゃないんだから、負けたってどうってことないや」

 とさげすんだ目を向けられることも少なくなかった。その言葉を聞いて、

「えっ? でもあいつの家、ちゃんと普通の親がいるよ。人間の」

 と不思議そうにする子に、

「あんなじいさんとばあさんに子供ができるわけないだろ。あいつは桃から生まれたんだ。父ちゃんがそう言ってた」

 と説明するやつがいても、僕は反論できなかった。本当のことだからだ。

 僕を見下みくだすやつもいれば、からかうやつもいる。好奇の目を向けてくるやつもいれば、気味悪そうに見るやつもいる。子供だけじゃない。大人もだ。そういうやつのことは気にしないし、気にならない。僕は何も悪いことはしてないんだから、ああいう態度をとるやつのほうがおかしい。

 ただ、僕自身のことは気になった。

 僕はいったい、何者なんだろう。

 僕がこの家の子供になるまでのいきさつを詳しく知りたいと、おばあさんにたずねてみたら、

「私が洗濯をしようと思って川へ行ったら、まりほどもある大きな桃が流れてきてね。あんまり珍しいものだから、近くに落ちてた木の枝でどうにか引き寄せて、家に持って帰ったんだよ。おじいさんと一緒にいただこうと思ってね。で、半分に切ろうとして包丁を入れたら、少し刃が食い込んだとたんに真っ二つに割れて、まあびっくりしたこと。その中に入っていたのがおまえなんだよ、桃太郎。そういえば、あの時はまだこんなに小さかったねえ」

 手のひらで床から少しだけ上の高さを示しながら、そう教えてくれた。

 どうして桃の中から生まれたんだろう。どうしてその桃は、川を流れてきたんだろう。いくら考えてもわからない。おじいさんもおばあさんも、

「女神様がわしたちに子供を授けるために、おまえを桃に閉じ込めて川へ流したんだよ、きっと」

 と言うけれど、なんだかちょっと納得できなかった。おばあさんがうまく桃を拾い上げられなかったら、そのまま海まで流れてしまうか、獣にでも食べられていたに違いないから。そんな一かばちかみたいな授け方を、神様がするだろうか。

 

 誰に聞いても、何を調べてもわからないまま、僕はぐんぐん成長し続けた。村一番の力持ち、村一番の知恵者と、誰からももくされるようになった。同時に、普通の人間じゃないとも思われていた。

 ある夜。僕は夢の中で、女神様と出会った。まばゆい光に包まれた女神様は僕に、

「鬼が島へ行きなさい」

 とだけお告げになった。鬼が島は、悪い鬼が根城ねじろにしていると有名なので、僕も知っている。でも、なぜそこへ行かなくてはいけないんだろう。理由を問うと、

「行けばわかる。それに、そこには金銀財宝があるから、持って帰れば育ての親も今より豊かに暮らせる」

 としか教えていただけなかった。

 目が覚めると、なぜか無性にきび団子が欲しかった。自分が食べたいからじゃない。鬼が島への旅で、必要になると感じたからだ。鬼が島へ行かなくてはいけない、という強い思いが胸に宿り、僕を突き動かしていた。

 きび団子作ってほしいとおばあさんに頼んでみると、案のじょう、いぶかしがられた。

「おまえ、いつの間にきび団子を好きになったんだい? これまで一度も、そんな素振そぶりを見せたこともないじゃないか」

 黙っているわけにもいかなさそうなので、僕は事情を説明した。夢のお告げなんていうあやふやな理由じゃ止められそうだから、うそにならない程度にごまかしながら。

「僕、鬼が島へ行って、悪い鬼たちが持ってる金銀財宝を手に入れてこようと思うんだ。その旅のために、きび団子が必要なんだよ」

 さすがにおばあさんも驚きをあらわにしていた。やがて涙をこぼしながら、

「ああ、なんて立派な子に育ってくれたんだろう。みんなを困らせてる鬼を退治すると、自分から言い出すなんて。ああ、でも、もしおまえが無事に帰ってこなかったらと思うと、胸が張り裂けそうだよ」

 しきりに目元をぬぐうおばあさんを見て、行かせてもらえなかったらどうしようと不安になったけれど、次の言葉で杞憂きゆうとわかった。

「それでも、おまえを一人前の男にするには、ここで引き留めちゃいけないんだね。親だったらこういう時、ちゃんと送り出さなきゃね。待ってなさい。きび団子をこしらえてあげるから。ああ、それより、おじいさんにもこのことを知らせなきゃ」

 そういえば、この家はもともとは武家だったと聞いたことがある。何代か前に零落れいらくしてこの村に移り住んだらしいけれど、武家の心は今でも残っているのだと、この時初めて気づいた。

 おばあさんはおじいさんを呼んで、二人でたくさんのきび団子を作ってくれた。それを腰につけ、納戸なんどにしまわれていた武具も身につけ、僕は二人に見送られながら旅立った。

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