第5話 旅の終わり…フミの言葉
…船酔いのおっちゃんを降ろして、再度激流に揉まれて下ってきた舟も、やがて峡谷を抜けると川の流れは緩やかになり、次のシーンでは静かに川面を滑るように進んで行きます。
谷が開けて川幅が広くなると、いつの間にか別の舟が横から近寄って来ました。
その舟は飲み物やら土産物やらを積んだ、川下り客相手の移動売店でした。
おばちゃんがそこから声をかけてきて、舟から舟へ商品を販売しているのです。…う~む、さすが国際観光都市京都!
…などと思いつつ、いろいろあった舟旅は亀岡から所要1時間弱ほどで、嵐山渡月橋近くの船着き場に到着して無事終了となりました。
「…あの峡谷の岩に降りたおっちゃんは今頃どうなってるんだろうな?」
私とユージはその話をしながら舟を降りたのでした。
…下船後私たちは嵐山から、京福電鉄という京都市内を走る可愛らしい電車に乗って東映京都撮影所 (太秦映画村) に行きました。
撮影所内にはスタジオ建物のほか、時代劇用の江戸の街のオープンセットがあり、チャンバラ (殺陣) のシーンを撮っていたりしてなかなか面白いところでした。
…所内をあちこち見学するうちにそろそろ帰りの新幹線の時間も気になるところとなり、2人は映画村を出て国鉄京都駅に向かいました。
…合流時刻にはまだ少し余裕がありましたが、あらかじめ決めておいた京都駅構内の待ち合わせ場所に行ってみると、フミとサダジはすでに来ていました。
「あれ~ !? 早いね!」
と私が言うと、フミが、
「…午前中にあちこちお父さんペースで周ったら私はもう疲れちゃって…だからお昼御飯をゆっくり摂ったの ! …そしたら午後はあまり歩きたくなくなっちゃったから、早めに駅の方に来たんだよ…」
と言いました。
「それじゃあ午後はどこも観なかったの?…」
と訊くと、
「いや、駅前の京都タワーに上がって、さっきまで2人で京都の街並みを眺めてたんだよ!…お前たちは今日は何してたんだい?」
とサダジが言いました。
ユージが保津川の舟下りの一件を報告すると、
「アッハッハ~!そりゃあケッサクなオッサンがいたもんだなぁ !! 」
何故かサダジに大ウケしたのでした。
…改札口を入って新幹線ホームに上がり、一家で列車を待つ間、サダジは名残り惜しそうに呟きました。
「…やっぱり京都は良いところだなぁ…また今度、もっとゆっくり来れたらなぁ… ! 」
私にとって竹之高地がそうであるように、サダジには京都の街が心の故郷と言えるのかも知れないな…とこの時私は思ったのでした。
…帰りの新幹線、東京行きひかり号の車内で、私はあらためてフミに訊いてみました。
「どうでしたか?永年憧れてた京都の街は?…」
フミは窓からの景色をぼんやりと見つめながら、少し間を置いて答えました。
「…京都でも何処でも、お父さんと一緒だといつも同じよね、結局!…」
フミの言葉を聞いて私は思わず、
(それもそうだな…!)
と心の中で頷きながら、ちょっとやるせない気持ちになりました。…そしてこの2人のハードボイルドな関係に果たして「夫婦愛」と言えるものが存在するのか一瞬疑問がよぎったのでした。
…往きの寝台急行「銀河」に比べると、帰りの新幹線の車窓風景は格段の速さで流れ去り、東京なんてあっという間に到着しそうな勢いです。
「ま、ハードボイルドでも何でもやっぱり旅は面白いや…!」
私は素直にそう感じつつ、今度はフミが喜ぶような、楽々と寛げる旅に連れて行ってあげたいなと、流れる景色を見ながら胸中で呟いたのでした。…
たけんこうち王子外伝…フミの京都慕情 完
たけんこうち王子外伝 フミの京都慕情 森緒 源 @mojikun
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