最終話「4人が起こす奇跡!? 変身、ミラクルエクリプス!」

〈前回のあらすじ〉

 米原よねはらひかるです。アスモデウサとベルフェゴーラを倒して、平和を取り戻したはずでした。それなのに、せっかくのクリスマスイブに「サタニア」と名乗る新たな悪魔が現れたんです! その力はアスモデウサとベルフェゴーラよりも強くて……変身解除に追い込まれる絶体絶命のピンチ。でも、絶対に私たちが守ってみせます!



〈本編〉


(あれ、死んだ?)

 何も無い暗闇に、杏子はいた。


(ここが……あの世?)

 辺りを見回してみるが、ただの暗闇で何もわからない。体を動かす感覚はあるが、実際に目で捉えることはできない。まさしく暗黒の世界、あるいは「無」の世界だ。

(ここは、どこ?)

(!? ひかる!?)

(え、杏子!? 大丈夫なの!?)

 突然ひかるの声が耳に入り、杏子は慌ててその姿を探すが――やはり見えない。それはひかるも同じだった。

(大丈夫……なのかな? ここがどこなのかわからないけど)

(不思議。杏子の声は聞こえるのに、何も見えない)

(あたしも同じだよ)

(そっか……)

 その言葉を最後にひかるは黙り込んだ。その沈黙が長引くにつれて、ある不安が杏子の胸中に広がり、思わず声を上げた。

(ひかる?)

(え? どうしたの?)

(いや、いなくなったのかと思って……)

(あ、ごめん。考え事をしてて)

(考え事?)

 首を傾げた杏子に――杏子はそう動かしたつもりで、ひかるには見えていないが――ひかるは答えた。

(私、死んだのかなって)

(あぁ、やっぱりそう思うよね)

 杏子は改めてこの場所について考え、そしてある違和感について口にした。

(でも、死んだって感じがしないんだよね)

(杏子もそう思う? 実は私もそういう感じがなくて……でも、それはただ実感が湧かないだけなのかなとも思うんだよね)

(実感か……)

 ひかると杏子は自分の「死」を体験したことは無い。「死」というものがどういうことか――一般的に言われている言説などは知っていても、では今の状況をどう捉えるべきかはまったくわからない。

(あー、もうどうなってんの……)

(!? その声は杏子なんだぜ!)

(でぇええええ!? ひょっとしてクルル!?)

(杏子とクルルがいるミラ? ひょっとしてひかるもいるミラ!?)

(ミーラ!? ミーラもいるの!?)

 真っ暗な空間が、途端に騒がしくなった。五感の内で聴覚だけが唯一まともに機能する場所で、その聴覚的情報が指数関数的に上昇する。

(皆、どこにいるんだぜ?)

(姿が見えないミラ……)

(あたしたちも同じだから大丈夫だよ)

(それは大丈夫なのかなぁ……)

 ひかるの疑問には答えず、杏子は一縷いちるの望みをかけてミーラとクルルに問うた。

(クルルとミーラは、ここがどこかわかる?)

(わかんないぜ)

(わかんないミラ)

(だよね!)

 誰一人として、この場所がどこかはわからない。それを4人は認識した。

 杏子に続いて、ひかるも望み薄な問いを投げる。

(じゃあ、次になんだけど……私たちって死んだのかな?)

(それもわからないとしか言えないんだぜ)

(同じくミラ)

(そうだよね)

 ひかるはため息をついた。自分たちが置かれている状況について確定的にわかることが少ない。そこから考えられることも少ないように思われた。

 見えない手を暗闇の中へ伸ばしながら、ひかるは母・美恵とした約束を思い出す。

(初めて約束破っちゃったな……)

(約束?)

(今夜、家族で食事する予定だったミラ。遅れても必ず行くって、ひかるはお母さんと約束したミラ)

 杏子の問いにミーラが代わりに答えるのを聞きながら、本来であれば楽しめたはずの食事を思い浮かべて、ひかるはポツリと言葉を漏らした。

(楽しみだったんだけどなぁ)

(………)

(………)

(………)


 4人の間に訪れた沈黙。

 それを破ったのは杏子だった。


(……戻ろう)

(え?)

 戸惑いの声を上げたひかるに、杏子はもう一度、より力強く、はっきりと言った。

(戻ろう。元の世界に)

(戻るって言ったって……)

(どうするつもりなんだぜ?)

(ここがどこかもわからないのにミラ)

 姿が見えない皆を見回して、杏子はにっこりと――誰にも見えなかったが――笑った。

(あたしたち4人が力を合わせれば、何とかなるって!)

(……適当なんだぜ)

(適当なんて、今だけじゃないでしょ? あたしにも、守らなきゃいけない約束はあるし)

 杏子の発した「約束」という言葉にひかるは反応した。

(杏子も誰かと約束したの?)

(うん、こころとね。絶対に戻って一緒にケーキを食べるって約束したから)

(『無茶はしない』っていう約束はどこに行ったんだぜ?)

(ちょ、それは言わないでよ! 多分また無茶しないといけない流れでしょ!?)

(……ぷっ、あはは)

 杏子とクルルのやり取りに、思わずひかるは吹き出した。あまりの笑いっぷりに杏子は居心地悪く感じ、取り繕うように言葉を継いだ。

(それに、ほら、新しい悪魔をあのままにしておけないし)

(! そうだぜ! こんなよくわからないところでのんびりしてる場合じゃないんだぜ!)

(サタニアに負けたことをすっかり忘れてたミラ……みんな大丈夫か心配ミラ)

(そうだ、サタニア……)

 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭っていたひかるの脳裏に、サタニアの姿がよぎった。同時に、右腕に鋭い痛みが走って熱をもつような感覚を覚えた。

 そっと左手で右腕に触れながら、ひかるは杏子に問うた。

(あのサタニアに、どうやって勝つの?)

(それは……)

 一瞬答えに窮した杏子だったが、さっきと同じような言葉を返した。

(それも、4人で力を合わせて何とかしよう)

(出来るかどうかもわからないことで、勝つつもりなの?)

 思いの外トゲのある言葉を言ったことにひかる自身が驚く中、杏子は気にせず自信を持って答えた。


(そう。出来るかどうかわからないことで、何度か勝ってきたじゃん)


 杏子のその言葉に、ひかるはハッとした。


(確かに、サタニアは今までで一番強い相手だと思う。でも、だからって戦わないわけにはいかない。2人ずつで歯が立たないなら、4人の力をまとめてぶつける。そして――)

 杏子は見えない手を目の前に伸ばした。

(サタニアに勝って、守りたいものを守る。約束もね)

(……相変わらずの無茶だぜ)

(お先がまったく見えないミラ)

 自分の手に小さな手が2つ重ねられたのを、杏子は感じた。

 そしてそこにもう1つの手が重なった。

(出たとこ勝負はいつものことだもんね)


 何も見えない真っ暗な場所で重なった4つの手。

 そこから湧き出した光が、4人の意識を飲み込んだ。


 

「なるほど。しぶとさだけは逸品のようだな」

 倒れ伏すミーラとクルル、ひかると杏子の生命反応を確認して、サタニアは呟いた。

「まずは天使を確実に仕留めなければな」

 サタニアは魔力で作りだした片手剣を逆手に持ち、ミーラに狙いをつけた。

 そのまま突き刺そうとしたまさにその時、ミーラの体から放たれた光に目がくらんだ。

「な、何だ!?」

 光を放ち始めたのはミーラだけでは無かった。クルル、ひかる、杏子……4人全員の体がまばゆい光を放っていた。

 やがて4人が放つ光はサタニアの背後へと集まり、1人の人型のシルエットに変化した。


 黄白色の長い髪をトライテールに結い、頭上には大きな光輪が輝く。白と黒と黄色の3色が、身にまとうロングブーツとニーソックス、ベアトップワンピース、グローブの各所に散らばっている。

 そして、純白の羽根を舞い上げながら広がる4枚の大きな翼。

 

「お前は……一体……?」

 サタニアが思わず誰何すいかしたのも無理は無かった。

 そこにいたのは、誰も見たことが無い魔法少女の姿。

 金色のを開いて、少女は己の名を告げる。


「重なる奇跡の光、ミラクルエクリプス!」


「ミラクル……エクリプス?」

 呆然と復唱するサタニアの前で、エクリプス――ひかる・杏子・ミーラ・クルルはそれぞれの意識を取り戻した。

「ん?」

「え?」

 最初に声を上げた杏子の意識によってエクリプスは自分の体を見下ろし、続いて声を発したひかるの意識によって体の各所を見回す。

 そしてあることに気付いた。

『ひょっとして、私(あたし)たち……』

 エクリプスは両手を頬に当てて叫ぶ。


『合体しちゃってるぅうううう!?』


「ちょ、ちょっと、どうなってんの、これ!」

「ほ、本当に4人の力が合わさっちゃった……」

「合わさったとかいうことで片付けて良いの、これ!?」

「てか、頭重っ! 何これ、こんなに髪の量あったっけ!?」

 ひかると杏子が動揺してわたわたと騒ぐ一方で、ミーラとクルルは静かだった。

(いつも通りミラ)

(いつも通りだぜ)

 ミーラとクルルは、それぞれエクリプスの腹部と胸元に結ばれたリボンに付く宝石となっていた。ミーラとクルルの目線の位置も感覚も、ソルとルアに変身している時と何ら変わらない。

 つまり、ことの異常さにピンと来ていなかった。


(そうだ、今のうちに――!)

 目の前で起きた予想外の事態に不覚にも呆けてしまったサタニアだったが、エクリプスが混乱している様を見て我に返った。

 サタニアは伊達にその名を継いでいるわけではない。アスモデウサとベルフェゴーラのてつを踏むまいと、即座に撤退へと意識を切り替える。

 だが、その気配を察したエクリプスはそれを許さなかった。 

「はぁッ!!」

「――!」

 エクリプスが突き出した拳が、サタニアの体を捉えて吹き飛ばした。

 翼を広げて何とか数十メートルで踏みとどまったサタニアを、エクリプスは追撃する。

「はッ、はッ、でやッ!!」

「グッ……」

 繰り出す拳を必死にかわすサタニアを、今度は蹴り飛ばした。

(力を使い過ぎたか……! 魔力の回収が追い付かない!)

 下手に追い詰めれば逆転される。そのことはアスモデウサとベルフェゴーラが倒されたことから学んでいた。だからこそサタニアは圧倒的な力をもって倒すことにし、出し惜しみをせずに魔力を使ったのだった。

 しかしソルとルアが新たな魔法少女・ミラクルエクリプスとして復活したことで、サタニアの策は完全に裏目に出た。

 魔術の発動には悪性魔力を使用するが、人間界における魔力は悪性に偏っているわけではない。開扉魔術を発動して撤退するには魔力が足りず、悪性魔力を収集しようにも人間界では効率が格段に落ちる。何より、エクリプスの猛攻はサタニアが逃げる隙を与えなかった。

「はぁあッ!!!」

「ガハッ――」

 エクリプスに殴り飛ばされ、サタニアの体が土手に埋もれる。浅く呼吸を繰り返しながら、サタニアは言葉を漏らした。

「ク、ソ……この、ワタシ、が――ァッ!」

 サタニアの腹部にエクリプスの拳がめり込み、言葉が途切れる。エクリプスはさらにサタニアの首元を掴んで土手から引き剥がして、河川敷の道へと放り投げた。


「エクリプス・チェーン・バインド」


 立ち上がろうともがくサタニアの体を、空中に浮かぶいくつもの魔法陣から現れた光のチェーンが縛り上げて宙に吊るす。

「こ、の……!」

 抵抗を試みるサタニアの前で、魔法陣に魔力が集中して巨大な光球となっていく。

 もちろん、発動しているのはエクリプスだ。


「エクリプス・コズミックバスター!!!!」


 エクリプスが両手を突き出すとともに、光球が光線となってサタニアに向かって発射される。

 避けることもできず直撃を許さざるを得ないサタニアの体が、徐々に消滅していく。

(こんな、はずでは……)

 いかに「憤怒」の悪魔サタニアと言えど、ただ怒りに駆られてソルとルアを倒しに来たわけでは無い。デモニアに整理させた情報を確認し、サタニアなりの策を考えて臨んでいた。そしてその策は実際に成功寸前まで達していた。

 それにもかかわらず、敗北したのはサタニアだった。

 自分を飲み込む光の向こう、実際には姿を確認できないエクリプス――ソルとルアを睨み、サタニアは叫んだ。


「許さんぞ、魔法少女ォオオオオオオオオオ!!」


 その叫びが曇天の空に吸い込まれた時、サタニアの体は完全に消滅した。



「何とかなったね……」

「うん……」

 杏子の呟きに、ひかるは小さく頷いた。

 中津里川の河川敷で、ミーラとクルル、ひかると杏子は仰向けに寝っ転がっていた。サタニアに対する一度の敗北と、ミラクルエクリプスへの変身と勝利。それによる負荷はこれまでよりも激しく、4人はひどい脱力感にさいなまれていた。

「そう言えば、腕は大丈夫ミラ?」

 ミーラに言われ、ひかるはゆっくりと右腕に目線を向けるとともに感覚を確かめる。出血も痛みも無いことを確認して答えた。

「大丈夫。治ってる」

「良かったミラ……」

 ほっとして言うミーラとは対照的に、杏子は不安げに問いかけた。

「ねぇ、クルル。また悪魔って現れるのかな?」

「わからないぜ……悪魔の動きはまったく予知できてないんだぜ」

「そうだよね……」

 杏子の見上げる空は、その心を反映したかのように灰色に染まっていた。

 不意に、杏子の視界で何かがちらついた。

「……雪?」

 額に触れたその冷たさで、杏子は気付いた。

 雪はすぐに量を増し、しんしんと降り始めた。

「ホワイトクリスマスだね」

「うん」

 ひかるの言葉に杏子は頷いて立とうとしたが、体に力が入らず諦めた。

「ダメだ、やっぱりまだ立てないや」

「私も」

「……このまま雪に埋もれたらどうしよう」

「そうなる前に絶対に起きよう」

「うん、『無茶して』でもね」

 杏子の言葉に、ひかるは吹き出した。小さな笑いはミーラとクルルにも広がり、杏子も笑った。


(お母さん、お父さん。もうすぐ行くからね)

(こころ。必ず帰るから、あと少しだけ休ませて)


 街を守った少女たちは、次に果たすべき約束を思いながら降り続く雪を眺めた。



 さて、サタニアの死によって、「天魔大戦」に不参戦だった「七大悪魔」はすべて死した。そしてその「正統な」継承者はただ1人となった。


「ワタシが『サタニア』様の名を……?」

 渡された封筒に入っていた手紙を読み、デモニアは体を震わせていた。そこに書かれていたのは、「憤怒」の悪魔サタニアの継承者にデモニアを指名し、承認するという内容だった。サタニアの署名がなされ、保護魔術も施された正式なものだ。

『デモニア様』

 デモニアの脇に、通信魔術が開いた。

 相手は「悪魔の沼」へと伝令に走らせた小間使いの悪魔だ。

「……沼は何と言っていた?」

『あの、その……』

「良いから言え!」

 言い淀む様に苛立ち、デモニアは思わず声を荒げた。

「ひっ、は、はい! 確認、取れました! サタニア様は死去なさいました!」

 竦みながら早口で告げられた言葉に、デモニアは愕然とした。

(サタニア様……)

 サタニアから受け取った封筒の封印魔術が勝手に解けた時、デモニアは同時に「翼の知らせ」を感じた。何かの間違いであればと思っていたことが、事実としてデモニアの前に現れてしまった。


「魔法少女、ミラクル☆エンジェルズ……」


 その名を、デモニアは忌々しく呟いた。



〈次作予告〉

 ひかる「米原ひかるです」

 杏子「神谷杏子です」

 ひかる「ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。おかげさまでサタニアを倒すことができました」

 杏子「本当に、応援してくれてありがとう! 次も期待しててね!」

 ひかる「まあ、次は私たちがメインじゃないという噂があるんだけど……それでも、また応援していただければ嬉しいです」

 杏子「え? メインじゃないの……? 軽くショックなんだけど」

 ひかる「はいはい、わかったから。最後の締めするよ?」

 杏子「OK!」


 ひかる・杏子『私(あたし)たちが、奇跡を起こします!』


 ひかる「またお会いしましょう!」

 杏子「またね~!」



 Go To The Next Stage!! → https://kakuyomu.jp/works/1177354054887635967

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魔法少女ミラクル☆エンジェルズ(第1期) 水無月せきな @minadukisekina

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