第11話「絶体絶命のピンチ!? 降臨、大悪魔サタニア!」

〈前回のあらすじ〉

 神谷かみや杏子あんずです。アスモデウサを倒すことに成功していたあたしたち。でもベルフェゴーラは生き残っていて、復讐のためにいつもとはちょっと違う怪物を生み出してきた。たくさんの人がいた駅ビルそのものを怪物にすることで、皆を人質にしたの。ベルフェゴーラに抵抗すれば、皆がもっと苦しんで死ぬかもしれない――そんな状況をソルの無茶で突破して、ベルフェゴーラも倒したんだ! これで平和になったはず! ……だよね?



〈本編〉

「サタニア様。情報の整理など終了いたしました」

「わかった。ご苦労」

 人間界から帰還したデモニアは、サタニアの執務室にいた。サタニアは頷いてから立ち上がり、鍵の掛かった机の引き出しを開けた。

「デモニア。お前にこれを渡しておく」

「? これは……」

 サタニアが引き出しから取り出してデモニアに渡したのは、封蝋のされた薄茶色の四角い封筒だった。厳重な封印魔術まで施されていることに気付き、デモニアは不審な気持ちに駆られた。

「ワタシに何かあれば、その封を解け。もっとも、その時は既に解けているかもしれないが……しばらく留守を頼むぞ」

 そう言って開扉魔術を発動したサタニアを、デモニアは慌てて呼び止めた。

「まさか、ニンゲン界に行かれるおつもりですか?」

「その通りだが?」

「そんな! 危険です。それならばワタクシメが……」

 引き留めようとするデモニアに微笑みながら、サタニアはその頭を撫でた。

「ワタシの身を案じてくれるのは嬉しいが、このワタシが負けるとでも思っているのか?」

「いえ、滅相もございません!」

 サッと頭を下げたデモニアを見て、サタニアは声を上げて笑った。

「そう縮こまるな。今のは冗談だ。お前が魔法少女とやらを倒して、ワタシの溜飲りゅういんが下がると思うか?」

「……いいえ」

「だろう? そういうことだ」

 デモニアの肩をポンッと叩いてからゲートをくぐったサタニアは、アスモデウサとベルフェゴーラが拠点としていた洋館の一室に着いた。

「さあ、ヤツらの仕事と……デモニアの整理の成果を見せてもらうとするか」

 アスモデウサも座った椅子に座り、机上に置かれた書類の束をサタニアは取り上げて読み始めた。



 赤と緑が各所に散らばるNR中津里駅前。日が沈みゆく中、電飾で飾られた木々の間を杏子とこころは歩いていた。今日はクリスマスイブだからだろうか、心なしかいつもよりも混んでいる気がした。

「一安心だね」

「え? 何が?」

 不意にこころが発した言葉に、杏子は首を傾げた。

「だって、この街にいた悪魔はお姉ちゃんたちが倒したんでしょ?」

「ちょ、こころ! こんなところでその話は……」

「大丈夫だよ。誰も聞いてないよ」

 慌てて辺りを見回す杏子に、こころは悪戯っぽく笑った。こころの言う通り聞き耳を立てているような人がいないことを確認して、杏子はほっと胸をなで下ろした。

「まあ、多分だけどね……」

 倒したと思ったベルフェゴーラが襲って来たことを思い出しながら、杏子は答えた。

「ありがとうね、お姉ちゃん」

「ど、どうしたの? 急に」

 予想外なこころの言葉に、杏子は戸惑う。

「何か、そう言いたくなって……お姉ちゃんに感謝するとか、本当は嫌なんだけど」

「聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど、感謝するのが嫌ってどういうことかな?」

「お姉ちゃんとひかるさんが必死に守ってくれたから、この街が今もあって、わたしもママもパパも生きていられるんだもん」

 質問は華麗にスルーしながら、こころは杏子に向き直った。

「だから、ありがとう。でも、もう無理しないでね。これでも心配してるんだよ?」

「こころ……」

 こころが浮かべた笑顔に不安の影を感じて、杏子ははっとなった。同時に、ひかるが悩んでいたことを思い出す。


「『貴方たちはアスモデウサを殺した』……ベルフェゴーラが言ったあの言葉が、ずっと気になってるの」

「この間の?」

 ひかるは頷いて、自分の手のひらを見つめた。

「人の命を奪えば罪になる。なら、悪魔の命を奪ったらどうなるの? 私は、守るために罪を犯したのかな?」

「それは……」

 杏子は答えられなかった。悪魔は倒すべき敵だと思っていたし、「倒すこと」が「命を奪うこと」であると――ベルフェゴーラの言葉を同じく聞いていながら――認識できていなかった。

「ボクは正当防衛だと思うぜ。悪魔ヤツらは何の宣告も無しに攻めて来るようなヤツらだし、皆を守るためには戦うしかなかったぜ」

「そうミラ。ひかるは正しいことをしたミラ」

「そう、なのかな……」

 ひかるがそっと手を握って俯くのを、杏子はただ見ていることしかできなかった。


(ミーラとクルルは一旦天界に帰るって言ってたし、一度じっくり考えた方が良いのかな)

 そんなことを思いながら、杏子はこころに笑顔を返した。

「大丈夫。無茶はもうしないよ」

「本当に?」

「本当に。このケーキに誓って」

杏子は両腕で大事に抱えていた紙製ケースを少し掲げて見せた。紙製ケースの中には、駅ビルに店を構える有名ケーキ店「ケーキ中津里」のケーキが入っている。

 こころはやや不服そうに口を尖らせた。

「そのケーキに誓うの?」

「む、何か不服かね、こころ君」

「そのお店のケーキを『ミラクル☆エンジェルズ』並みに好きなことは知ってるから、別に良いけど……」

 ため息をつくこころをよそに、紙製ケースに思わず頬ずりをして杏子は呟いた。

「はぁ、早く食べたい……」

「まったく、本当に好きだね」

「それはもちろん。ここのケーキを食べながら見る『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』のクリスマス回は、また格別の味わいがあるんだよねぇ」

「結局そうなるよね」

 こころが苦笑する一方で、杏子の顔はとろけてよだれまで出かかっていた。美味しさに見合う値段の高さゆえに頻繁に食べるわけにはいかず、杏子にとってはクリスマスが数少ない機会の1つになっているからだ。

「クルルも絶対に好きになるよ!」

「それは楽しみなんだぜ」

 杏子のショルダーバックから、クルルが小声で答えた。杏子の大好物であるというケーキ店の存在は知っていたが、クルルが食べるのは名実ともに今日が初めてだ。

(早く食べたい!)

 はやる気持ちを何とか抑えながら、杏子は混雑する駅前を通り抜ける。


 その時だった。


 灰色の雲に覆われていた空が、より一層黒い暗雲に浸食されていった。

「悪魔だぜ!」

「えぇ!?」

 クルルの小さくもはっきりとした叫びに、杏子は動揺した。

「そんな、アスモデウサとベルフェゴーラは倒したはずじゃ……まさか、ベルフェゴーラがまだ生きて――」

「わからないけど、とにかく悪魔には違いないぜ! それも、かなり強そうな気配を感じるんだぜ!」

「どれくらい強そうなの?」

 こころの問いに、一瞬考え込んでからクルルは答えた。

「アスモデウサとベルフェゴーラよりも、はるかに強そうな予感がするぜ」

「そんな! お姉ちゃんとひかるさんが苦労して倒した悪魔より強そうって……」

 愕然とするこころに、杏子は紙製ケースを押し付けた。

「行ってくるから、こころは先に帰ってて」

「お姉ちゃん!」

 駆け出しかけた杏子の手を、こころが握った。

「大丈夫!」

 こころを振り返り、杏子は満面の笑顔を見せて言った。

「絶対に戻るから。一緒にケーキを食べよう?」

「……うん。絶対だよ?」

 こころが手を離し、杏子が駆け出す。

 立ち止まって騒然とする人混みの中で、こころが見送る杏子の背中は輝いて見えた。



 久しぶりの家族揃っての外食。その予定に自然と頬をゆるませながら、ひかるは塾の校舎から出た。そのまま両親との待ち合わせ場所に向かおうと、足取り軽く歩き始める。

 暗雲が空を喰らい始めたのは、まさにそんな時だった。

 カバンの中から、ミーラが小声でひかるに呼びかけた。

「ひかる、悪魔ミラ!」

「そんな……新しい悪魔が来たってこと?」

「分からないミラ。でも……」

「行くしかない、よね」

 ミーラの言葉を引き継ぎ、ひかるは心を決めた。同時に、ポケットからスマートフォンを取り出して電話機能を呼び出した。非常時用に登録してあった母・美恵の番号に電話を掛ける。

 数回の呼び出し音で美恵は電話に出た。

『ひかる? どうしたの?』

「あ、お母さん? ごめんね。電話なんかしちゃって」

『それは良いけど……何かあったの?』

 思わず頷いてから、ひかるは空を見上げた。こうしている間にも刻一刻と空は暗雲に浸食されていた。

「ねえ、空が変になってるの見える?」

『空? あぁ、確かに……黒くなってるわね』

「それがね、また現れた悪魔のせいだと思うんだ」

『悪魔……』

 美恵はその言葉で察したようだった。

「ごめん。私は行かないといけないから、待ち合わせに遅れるかもしれない」

『……そう』

 何かを言おうとして、美恵はためらったようだった。

 しかし美恵が言わずとも、ひかるには大体の見当はついた。杏子が魔法少女として戦っていることを家族に知られた時から間を置かず、ひかるもまた自分の家族にすべてを打ち明けていた。そして、その後の戦いについても同様に伝えていた。

 美恵を安心させようと、ひかるははっきりと告げた。

「大丈夫。遅れるかもしれないけど、絶対に行くから。約束する」

『……約束よ?』

「うん、約束。私が約束を破ったことって無いでしょ? 信じてよ」

『そうね……ひかるは良い子だもの』

 なおも不安げながら、美恵は明るい声で言った。

『気を付けて行ってらっしゃい』

「行ってきます」

 通話を切り、スマートフォンをポケットに戻す。

「ごめん。遅くなったけど……行くよ、ミーラ!」

「わかったミラ!」

 ざわつく雑踏の中へ、ひかるは駆け出した。



 中津里川の河川敷で、サタニアは接近してくる気配に対して振り返った。

「来たか」

 サタニアが見つめる中、2人の魔法少女は純白の翼を広げて降り立つ。


「全てを照らす光、ミラクルソル!」

「闇の中に輝く光、ミラクルルア!」

『世界を照らす奇跡の光、魔法少女ミラクル☆エンジェルズ!』


 いつも通りの名乗りを終え、ソルとルアは眼前に立つ悪魔を見た。太く縦に2回湾曲しながら伸びる左右の角、細身ながらしっかりとした肉付きの体と大きな翼。アスモデウサでもベルフェゴーラでもない、新たな悪魔であることをソルとルアは認めた。

「あなたは、誰?」

 ソルの問いを、サタニアは鼻で笑った。

「今から殺す者に対して教えるとでも? あぁ、そうか。誰に殺されたかくらいは知って死にたいということか……ならば教えてやろう。七大悪魔の一人、「憤怒」のサタニア。死に土産に覚えるが良い」

 サタニアは手を突き出して黒い光を放つ。瞬時に放たれたそれを、ソルとルアはかろうじてかわした。光線は近くの橋脚に当たって爆発し、橋を崩壊させた。

(強い――!)

 一瞬で感じとったサタニアの強さに驚いている暇は無かった。光線を回避する動作の途中だったルアの眼前に、サタニアが現れた。

「フンッ!」

「――!!」

 防御が間に合わず、まともにサタニアの拳を受けたルアの体が吹っ飛んで、橋の瓦礫に衝突する。

「ルア!」

 意識が逸れたソルの背後へと、瞬時にサタニアは移動した。もちろんソルに防御するいとまなど与えず、土手へと蹴り飛ばす。

「ぅ、ぁ……」

「こ……の!」

 もうもうと立ち込める土煙の中からルアが飛び出し、サタニアを目がけて殴り掛かる。しかしその拳は空を切り、かわしたサタニアの回し蹴りがルアの脇腹を捉えた。衝撃波と共に吹き飛び、土手で立ち上がろうとしていたソルにぶつかる。

「かはッ――!」

「うっ――!」

「この程度か。こんなヤツらにアスモデウサとベルフェゴーラが敗れただと? ふざけるな……」

 土手で折り重なるようにして悶えるソルとルアを見て、サタニアの中でさらに憤怒の炎が燃え上がった。しかしあまりにも弱く感じるソルとルアにその怒りをぶつけるべきなのか、それとも負けたアスモデウサとベルフェゴーラにぶつけるべきなのか、少々迷いが生じた。魔法少女の抹殺を決意したサタニアにとっては、些細なことだったが。

「仇討ちに来たってことね……」

「話なんて聞く気無さそうだね……」

 肩で息をして地面に片膝をつきながら、ソルとルアはサタニアを見据えた。

 その視線を受け止め、サタニアは駆け出す。

「ハァッ!!」

 ソルの衝突で出来た土手のくぼみが、サタニアの一撃でさらに大きさを増した。ギリギリでそれをかわし、左右からサタニアを挟む形になったソルとルアは拳を引いて力を溜めた。

「はッ!」

「やぁっ!」

「フッ……」

 渾身の力を込めて突き出された拳をサタニアは屈んで避け、やや逆立ち気味になりながら両脚でソルとルアを蹴り飛ばす。

 ルアはまたもや橋の残骸に突っ込み、ソルは地面で幾度か跳ねて倒れ伏した。

「死ね」

 短い言葉と共にルアに向かって放たれる黒い炎。それはさっきよりも強く、「ルア・ムーンライトストリーム」と同程度だった。

「ルア・リフレクション!」

 咄嗟に構えて防いだが、じきに「ルア・リフレクション」に幾筋ものヒビが入り始めた。

(そんな!「ルア・リフレクション」で防ぎきれない!?)

 驚愕、あるいは恐怖か、焦燥か。いずれともしがたい感情がルアの中に満ちていく。

「やめてッ!」

「フン」

 強化された脚力と翼による加速。そのスピードを持って繰り出されたソルの拳は、しかしサタニアの手で簡単に受け止められた。そしてサタニアがその手から発した衝撃波が、ソルの腕を襲う。

「――!」

 ソルの手から二の腕までを覆うグローブが血で赤く染まり、鋭利な痛みが腕全体を駆け巡った。やがて痛みは鈍痛に変わり、ソルの右腕はただ肩からぶら下がる肉塊に過ぎないものに成り果てた。

「そこまで死に急ぐなら、望み通りにしてやろう」

「! ソル・リフレクション!」

 ルアに向かって放たれているものと同種の黒い炎を、サタニアはソルにも放った。防御するも、勢いに押されてソルは後ずさる。

(なんて魔力の量ミラ!?)

 攻撃の強さもさることながら、ソルとルアの2人に対して技を発動しているサタニアに、ミーラは驚きを隠せなかった。人間界は天界や魔界のように魔力が特定の性質に偏っているわけではなく、混沌とした世界だ。その世界でソルとルアの単独必殺技クラスの攻撃を同時に行えるとなると、本人がよほどの魔力を有しているとしか考えられなかった。

「ソル……!」

「他人の心配をしているのか? 安心しろ。まずは貴様を殺す」

 ルアに向かって放っていた炎に、サタニアは。無数のヒビが縦横無尽に走り、崩壊寸前だった「ルア・リフレクション」がついに破られた。

「ルア!」

「次は貴様だ」

 炎の勢いが急に増したことでルアと同様に「ソル・リフレクション」が崩壊し、黒く燃える炎がソルを飲み込む。

「うああああああああああああああ!!!!!!!」

「あああああああああああああああ!!!!!!!」

 身を焼かれるような感覚がソルとルアを襲い、絶叫が空へと響く。体中から煙がくすぶり膝から崩れ落ちる中で変身が解け、傷ついた2人の人間と2人の天使として倒れた。

「そう言えば、天使とニンゲンが合体していたんだったな」

「………」

「………」

「ひか、る……」

「あ、んず……」

 かろうじて意識を保っているミーラとクルルが呼びかけるが、ひかると杏子は完全に沈黙していた。

 視界がにじむ中、ミーラとクルルは懸命にひかると杏子へ手を伸ばす。


 しかしその手が届くことは無く、途中で力尽きて地面に落ちた。



〈次回予告〉

 米原ひかるです。せっかく街に平和を取り戻したと思ったのに……「サタニア」と名乗る悪魔が新たに現れて、私たちを襲ってきました。変身解除に追い込まれて、もう終わりかな……ううん、私たちは絶対に負けません!

 次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』最終話。

 「4人が起こす奇跡!? 変身、ミラクルエクリプス!」

 私たちが、奇跡を起こします!

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