「バレンタイン・ラプソディ」-case of KAGEROU-
《introduction》2016年2月14日の聖バレンタインデー。男性が女性へ贈り物をするのが主流であるヨーロッパの例外にもれず、今年もMPB本部には特甲児童宛てのプレゼントが山のように届いていた。
世間を騒がせる〈拳銃男事件〉や〈射手事件〉を他所に、少女たちはしばしチョコを肴にあま~い
「ふふふ、今年も戦果は上々だ」
「どーしたんだよ陽炎……うわっ? なんだその箱の山は!?」
ご機嫌な仲間の少女=
「これは広報部に届いたファンからのバレンタインチョコだ。見ろ、全て私宛てだぞ」
陽炎――自慢げに包みの一つを掲げる。
小洒落た包装紙にラッピングされた小箱/情熱的な紅いリボンに添えられるメッセージカード――『陽炎様へ愛を込めて』=ご丁寧にデカデカとした愛のキューピットとハートマークをかたどったイラスト付き。
熱烈なるファンからのプレゼント――涼月=げんなり。
「あ~……そういや、そんな時期だったな」
「ちゃんとお前宛てもあるから安心しろ。ちなみに一番人気は
「マジかよ……」
ありえねー――MPBの特甲児童として配属されてからというもの〝キャンペーン任務〟と称しては、やたら露出度の高い際どい格好やフリフリのこっ恥ずかしいマヌケな格好で、装甲車の上から何が楽しいのか集まる観衆へ向け手を振ったりしていた。
しかし、広報課が用意した屈辱的ともいえる媚び媚びのキャッチフレーズを叫ぶ間、涼月が〝くそったれの神様、人生ってなに? なんなの?〟――と悟りを開きそうな自問自答に励むうちに、天下のMPB遊撃小隊は、一部のマニアからすっかりアイドル扱いされているらしい。
理解不能な物好きたちのセンス・オブ・ワンダー――いかれた犯罪者どもとドンパチするだけでも忙しいってのに、いかれたマニアどもの相手なんかやってられっかよ。
「だいたいアレだ。聖バレンタインってのは、元は絞首刑にされたおっさんのことじゃねーのかよ?」
「ふむ、お前がそのような雑学を知ってるとは意外だな」陽炎――自分の分のチョコの山を手頃な台座に乗せ、例によって嗜好品のチューイングガムをんぐ・んぐ・んぐ。「確かに
一説には、ヴァレンティヌスはその信仰により盲目の少女に光を取り戻す奇跡を呼び、それを怖れた皇帝の怒りを買って処刑された――という言い伝えもある。
処刑される前、ヴァレンティヌスは目が見えるようになった少女への愛をしたためた手紙を送ったそうだ――恋人たちを祝福するに相応しい、ロマンチックな伝承だとは思わないか?」
「……お前、そんなネタどっから仕入れてくんだよ」
〝謎の情報通〟でも知られる仲間に呆れかえっていると――突然、つい今しがた陽炎が出てきた廊下の奥から、甲高い雄鶏みたいな叫び声が聞こえてきた。
「ああ、ダメよ夕霧ちゃん今ドアを開けちゃ……ああああああ!?」
「わ~い、チョコレートの洪水ですよー♪」
スドドドドドド――――
洪水のように押し寄せるプレゼントの山に乗って、どーん! と夕霧が颯爽登場。
「涼月、陽炎さん、アロー♪ ハッピー・バレンタインです♪」
「……今なんか、極楽鳥が潰れてなかったか?」「気にするな、季節外れのターキーだろう。――ほら、夕霧。箱が崩れたら危ないよ、こっちにおいで」
「夕霧隊員はラジャーです♪」
陽炎に促され、夕霧=プレゼントから飛び降りると、軽業師のようにクルクルと仲間たちのかたわらへ着地――ただ今の演技、10.0。
「――にしてもすげー量だな」廊下に溢れるバレンタインチョコの雪崩に、呆れる涼月。「あれか? これも例のなんとかフーリガンの連中かよ?」
「YKMフーリガンだな」陽炎の注釈――どこかからかうように。「なんだ涼月? 羨ましいのか?」
「別に……こんなのたくさん貰っても、虫歯になるだけだろ」
肩をすくめる涼月――それを見て、陽炎=目が愉しげに光る。
「はは~ん、つまりこう言いたい訳だな。チョコは誰かさんから貰う予定の〝本命チョコ〟だけで、間に合っている――と(ニヤニヤ)」
「あら~……本命チョコさんですか~? それは熱くて溶けちゃいそうですねー(ニヤニヤ)」
ふふふ――と愉しげに笑う陽炎+夕霧――涼月=たじたじ。
「な……なんだよ!? 別にいらねーよ
「ほう……つまりすでに予約済みだと?」「熱々のホットチョコですねー♪」
ますます愉しげに瞳を輝かせる仲間に、涼月=ため息一つ――ざっくぱらんに答える。「そんなんじゃねーよ。……それに、あいつからチョコ貰ったことなんて一度もねーしな」
「…………は?」「…………ほへ?」陽炎+夕霧=揃って目が点に――まるで〝クリスマスの夜にサンタクロースでなく泥棒に遭遇してしまった〝とでもいうような戸惑いの色を浮べる――こそこそ耳打ち。
「どう思いますか、陽炎隊長?」
「涼月にこんな演技力があるとは思えませんね、夕霧隊員。吹雪くんの性格を考えれば、毎年チョコを用意しては贈れないでいる可能性もありえる……」
「なんだよー、お前らこそこそすんなよ。カンジわりーぞ?」
ふて腐れる涼月に、陽炎=〝みなまで言うな。私は分かっているぞ〟といった態度で向き直る。
「よし分かった。涼月、今年はお前から吹雪くんにチョコを贈れ」
「は……? はあ~!? な、なんでそーなんだよ!」一瞬、意味が分からずポカンとしたのち――慌てかぶりを振る。「大体あれだ、バレンタインチョコって男から女に贈るもんだろ? おかしーだろうが」
「ふふふ、
「なんだよそりゃ、日本じゃ同性愛が推奨されてんのか?」
「ふむ。その妄想も悪くないがBLの話はまた今度にするとして……涼月は吹雪くんにチョコを贈れ」
「……はあ? だからなんで……」
陽炎=有無を言わさず。「この間の〈拳銃男事件〉でも、吹雪くんには世話になったのだろう」
「そりゃ……あんときは吹雪のお陰で助かったけど……」
何を勘違いしてるのか、仲間のお節介に辟易する涼月――いつもは後先考えない調子で真っ先に突撃してゆく小隊長の煮え切らない様子に、業を煮やしたように陽炎が畳みかける。
「特に深い意味はなしに、この前のお礼だと言えば問題あるまい」狙撃手の性分――相手のウィークポイントを的確に撃ち抜く。「それとも何か。やはり吹雪くんに特別な感情を抱いているから恥ずかしくてできない、とでも?」
「あ~も~わーったよ。渡せばいいんだろ。――こいつでいいか?」
たまらず応じる――面倒くさそうにチョコレートの山から、ひょいっと箱を一掴み。
途端に仲間から激しいブーイング。
「あー涼月、メーッですよ。貰い物を贈るのはダメですー」
「ふふふ、チョコと言えばやはり手作り。どうだろう、ここはみんなで協力して手作りチョコを作るのは?」
「わーい。それじゃあ夕霧はMPBの皆さんに贈ろうと思いま~す♪」
陽炎+夕霧――勝手に話をまとめる。
くそっ、あたしまで巻き込むんじゃねーよ――つまるところ二人とも、バレンタインを口実にはしゃぎたいだけなのだ。
特に陽炎は例の〈射手事件〉が起きてから、どこか様子がおかしかった。素直に相談してくるような奴ではない、むしろ肝心なところで一人で抱え込もうとする奴だと理解できる程度には付き合いが長い。
いつの間にか、しっかりチームメイトになってたんだな、あたしら――ふと、そんな事実に思い至りながら、相手のペースに乗せられっ放しも癪なので反撃に出る。
「ふむ、では……私はからかいがてら、副長にでも……」
満足げに呟く陽炎――その油断しきったところへ、涼月=すかさず言葉をねじ込む。
「陽炎。お前はミハエル中隊長にしろよ」
「――!? な、なぜ私が中隊長にっ?」
見事なカウンターが炸裂――動揺する相手の隙を逃さず更なる言葉のジャブ。
「お前、昨日ミハエル中隊長に賭けで負けただろ? 高いステーキとか驕らされる前に、チョコでチャラにしてもらおーぜ?」
突撃手ならではの鋭い切り込みで、相手をロープ際に追い込む――形勢逆転=退路を塞がれた陽炎が、しどろもどろで目をキョロキョロさせる。
「そ、それは……しかし」
「小隊長命令だぜ。これであたしらのツケも無くなってスッキリだろ」
「――――」
狩人のつもりが、いつの間にか自分が狩られる立場になっている――陽炎が逃げ道を探す間もなく、さらに夕霧が遊撃手特有の即興的かつ天然な一言でトドメ。
「む~? 陽炎さんはー、ミハエル中隊長がお嫌いなんですかー?」
「うう……そうじゃない……そうじゃないが……」してやったりとニヤつく涼月+他意のない夕霧の透明な眼差しに詰め寄られ、彼女は/私は/陽炎は――観念するように頷く。「ああっ、分かった! 中隊長にチョコを贈って、賭けはなかったことにしてもらう。――それで満足か?」
涼月=小気味いい笑み。「うっし! じゃあ話しもまとまったし、A.S.A.Pで作っちまおーぜ?」
夕霧=純粋に喜んで。「わ~い、みんなでお菓子作り~楽しみです~♪」
陽炎=〝やぶ蛇だったか〟と内省しつつ、なんだかいっそ晴れやかな気分で。「はあ……仕方あるまい。さて、手作りチョコのレシピを調べるとするか」
***
数時間後――MPB本部内。
涼月――情報解析課フロアの前を行ったり来たり。街を彷徨う野良犬のようにフロアをうろつく少女を、解析課に出入りする大人たちが不思議そうな顔で眺めては首を傾げ通り過ぎてゆくこと、しばし――
「おう、吹雪」
ようやく見つけた目当ての相手に、涼月=どこかホッとしたような――それでいてどこか怒ったような態度で声をかける。
「あっ……涼月ちゃん」
吹雪――まるで飼い主を見つけた子犬ようにパッと顔を輝かせ、トコトコと危なっかしい足取りでこちらへ歩みくる。
思わずドッと疲れを覚えつつ、MPBの接続官にして超のつく運動音痴でもある少年を迎える。
うっ……くそっ。いざ前にするとタイミングがつかめねー。まあ、テキトーに世間話して、あとは流れだ流れ。
「あ~、え~と、あのな……最近チョーシはどうだ?」
「う、うん。問題ないよ、涼月ちゃん」
どこかソワソワした様子――なんだ、熱でもあるんじゃねーだろうな?
赤く染まる頬を見て不審に思いながら、勢い込んで切り出す。
「吹雪っ!」「す、涼月ちゃんっ!」
タイミングよくハモる――互いに相手の顔を見つめ合ったあと、再び口を開く。
「あのな……」「そのね……」
またも同時――しばしの間をおいて、また口を開く。
「ああ~、実はな……」「え~と、実はね……」
ハモり第三弾――ああ、もう! ラチがあかねー/ええいっ、と相手に身を乗り出した矢先――
「す、涼月ひゃん……(バタンッ)」
「おわっ!? 吹雪っ、お前なに鼻血出して気絶してんだよ!? あーもー、助けてくれマリアせんせーっ!(汗)」
後に〈血のバレンタイン事件〉として語り継がれる珍騒動により、結局、涼月はチョコを渡す機会を失してしまい。
また、少年を担ぎ出した担架のかたわらに落ちていた〝親愛なる涼月ちゃんへ〟と書かれたメッセージの添えられた包みの存在にも気づくことはなく――二人のバレンタインは今年もひっそりと幕を閉じるのであった――。
***
「これはあくまで義理であって中隊長に他意があるわけではない。それから、私がオフを利用して事件現場にやってきたのも、決して逃げているわけでは……」
陽炎――雑居ビルの屋上でぶつぶつ。
ラフなトレーナーのポッケには、小綺麗にラッピングされたチョコの包みが忍ばせてある――チョコを渡しに行くと仲間に告げたものの、決心がつかず、気づけば七十二時間前に自分を撃った射手がいたかもしれない場所に立っていた。
そんなに仕事熱心じゃないんだけどなあ、何やってるのよ私――心の奥の六千万光年ほど彼方より聞こえる彼女の声に、〝うんうん、そうだね。私は何してるんだろうね〟と相槌を打っていると――コンコン、と乾いた金属音が耳を打った。
「意外に働き者なんだな」
もっかのところ思考を迷わせている張本人であるところの、MPB〈
すっかりペースを乱された陽炎はポッケの中身のことなどすっかり忘れ、賭けの続きと称した現場検証に付き合わされた挙げ句、逆にミハエルから生涯の宝物となる〈中〉の
陽炎がトレーナーのポッケに仕舞ったままの包みを思い出したのは、〈射手事件〉が解決したあと、小隊長の苦言――〝いい加減、部屋片付けろよ。暖かくなって虫がわいても助けてやんねーぞ〟と告げられ、渋々、女子寮の自室を整理しているときだった。
あー、チョコ渡しそびれたままじゃん。私のバカー――嘆きながら噛った生まれて初めての手作りチョコは、塩と砂糖を間違えるというテンプレ的なミスにより、とてもしょっぱい味がした。
彼女は/私は/陽炎は――心の中の六千万光年彼方より届く〝ま、結果オーライだよね〟という彼女の慰めに、しばらく身を委ねるのだった。
***
「ふんふんふふ~ん♪ 夕霧のチョコが、お空のママにも届くといいな~♪」
本部ビル屋上――上機嫌でハミング。
屋上に寝転がる夕霧――かたわらに可愛らしく包装されたチョコレート。
開かれた包み――中のチョコに書かれた文字=〝親愛なるあなたへ〟。
自分で作ったチョコを見つめながら、小首を傾げる夕霧。
「あなたって……誰なんでしょう?」
周りのトッピングも意味不明――青い馬の砂糖菓子とバイオリンのデコレーション――だが、とても大切なことなのだという感覚。
無意識にお腹を押さえる――なぜかとても温かい感じがする。
「ふんふん、ふふ~ん♪」
とても明るい楽しさが湧いてくるのを感じた。
世を楽しさで満たす想い――それがこの世界のどこかにいるのかも知れないあなたにも届くよう願いを込めて――夕霧は元気いっぱいに空へと両手を伸ばした。
「世界中の愛する恋人たちが、幸せでありますように――♪」
シュピーゲル・パッチワークス 神城蒼馬 @sohma_k
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