第7話

「こんなことってありますかね」

「ある、人間なんて公平に作られてないから」

優愛先輩が淡々といった。優愛先輩がいうと、なんだか哲学的に聞こえる。

「それに、市井はディベートで全国いったことがある人だもの。あれくらいの差で済むのは、まぁ仙道も頑張ったってこと」

普段あまり人をほめない優愛先輩がほめているということは本当に頑張ったのであろう。僕は心で仙道先輩にエールを送る。

現在、生徒会選挙の司会中である。といっても、登壇者の紹介とタイムキープをするだけで、いまは壇上で抑揚をつけて語る次期会長候補に目を向けるだけなのだが。

登壇者は優秀で学園一の色男と有名な市井十里(イチイ トオリ)と一生懸命を絵にかいたような仙道陸男(センドウ リクオ)である。学園の王子様と有名な市井とその他大勢のうちの一人である仙道は人気の差が顕著である。市井の演説時には「トーリ」「王子―」と黄色い声援が入るのに対し、仙道の時はしんと静まり返る。別に意地悪ではなく、人気の差だ。「人気」、目に見えない「ヒエラルキー」。わりかし、最下層にいる僕は仙道を激押し中だ。多数決というシステムのなかでの下剋上は難しいかもしれないが、目に見えない味方もいることを仙道には気づいてほしい。そう思っていると二回目の演説が始まろうとしていた。

僕らの高校の生徒会選挙は、演説、次に討論、再度に再び演説、そして、それぞれのクラスで投票となる。クラスに二人一組でいる選挙管理委員は、選挙箱と投票用紙を配布、回収し、選挙管理委員長に箱を持ってくる。そして管理委員長、副委員長、生徒会立会いの下、投票表紙を開封し一番投票数が多い候補者が当選。それからは、生徒会役員と選挙管理委員長、副委員長の3名が、僕ら放送部に選挙結果を伝える。

「まぁ、私たちは、結果がどうであれ、公平に進行しましょう」といったのは実里さんであり、本来は僕といっしょに今日司会をするはずだった。が、ここにはいない。代わりに優愛先輩がだるそうに僕の横のパイプ椅子に腰かけている。実里さんが遅刻しているとか、僕と一緒に司会するのが嫌だったわけではない。

ただ、実里さんには優先順位が高い仕事ができた。代わりに優愛先輩が司会することになった。それだけのことだ。

それは1時間前のことである。


選挙が開始される1時間前「実里がここに来ることは不可能になった」といったのは優愛先輩だった。

いつものクールビューティぶりがなくなるくらい、焦っている表情が見て取れた。たった数か月の間柄である僕がわかるぐらいだ。心から焦っているのだろう。


体育館で行われる生徒会選挙は通常、壇上に司会進行。壇上の80mくらい先にある、音響室に音響調整係。が二人一組でいるはずだった。実里さんと僕が司会進行、音響室に華先輩と優愛先輩、という割り振りだった。

ただ、選挙当日の今朝問題が起きた。体育館のマイクがすべて、なくなってしまったのである。1本、2本の騒ぎではない。すべて、全部、なくなった。昨日、華先輩と優愛先輩がチェックした12本のマイクが紛失した。由々しき事態である。そのため、今朝から放送部部長である実里さんは、対応におわれ、選挙どころではなく。そもそも今日の選挙はどうなるのだとみんなてんやわんやなのだ。ぼくは実里さんが心配だった。しりぬぐい的なことを全部やらされているのではなかろうかなんて。

「実里さん、大丈夫ですかね」市井の演説を尻目に僕はつぶやく。

「あいつは大丈夫だ。ふわふわしてるように見えて、きっちり占める。マイクも古いが使えるものが生徒会室にあったしな。」

僕の独り言を隣にいる優愛先輩が、女性にしては幾分か低い通る声で答えた。

ぎりぎりまでできないかもしれないと思われていた選挙は滞りなく進んでいる。新式のワイヤレスマイクは紛失したが、幾分か旧式の有線マイクが生徒会室から発見されたのだ。捨てる神あればなんとやらである。いや、捨てたわけじゃないけど。

「意外か?存外あいつは華に次ぐクレイジーな心意気の持ち主だと思うが」

マイクの行方についての長考を、実里さんについての疑問だと受け取ったのか優愛先輩は続ける。

「クレイジーではないと思いますよ。」

「華を手なずけてる当たりおかしいだろう」

確かにそれはそうだった。実里さんの華先輩と優愛先輩に対する接し方は一種独特だ。教師陣から、二人をお願いされたという経緯からだろうか。親のように見守るときもあれば、二人の妹のようになついているようにも見える。

「あいつは上手くやる、絶対に間違えたりしないよ、私が保証する」

友人に対し、「絶対に間違えたりしない」という感情はいかんせん真っすぐすぎる思いなのではないかと思うが、優愛先輩からの信頼も厚いようだった。

「優愛先輩は、」

そこで僕は思い出す。

「優愛ちゃんの彼氏って選挙管理委員長さんなんだー。結城君っていうんだよー」

中村会長のところから帰ってきた実里さんがいった言葉である。だから、

「そういえば、優愛先輩の彼氏さん、選挙管理委員長なんですね」といった言葉には何の問題はない。華先輩や実里さんよりもコミュニケーションの少ない先輩に対してとった、一番盛り上がりそうな話題である。ここで「僕、今朝から何にも食ってないんですよ」といったところで華先輩でも「はぁ?なんかそこらへんで草とか食べてきなさいよ」で、実里さんなら「飴あげようかー、最近コンビニで見つけてねぇ、ちょっとパッケージが奇抜なんだけど、味は保証するよー?」だ。だから、僕の言葉には何の意味もなく、だから、

ぼくは優愛先輩に蹴り上げられる覚えはない。

漫画のように「ぐわっ」と言ってしまった。その時僕が思ったことは、端ではあるとはいえ現在ここが壇上であり、僕の声は黄色い声援というにはのぶとすぎるという事だった。

「その時どんな気持ちでしたか?」

「それ今聞く話かな」壇上で女子に蹴り上げられた思春期真っただ中の男子学生の気持ちを述べよ。400字以内で。

「そんな最低な気分なんですか、ざまぁみろです」

あまりにも酷い後輩だった。

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いつだって理解したふりをして僕たちは大人になる @waruko

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