第6話

「そんなふわふわしてたら、どっかとんでっちゃいそうですよね」

生徒会選挙が控えた前日、僕は台本の読み込みをしている実里さんにそういった。

「そうかなぁ。私、そんな風船みたい?」

明日の台本から目を離し、実里さんは笑った。というか基本実里さんのデフォルトは笑顔である。にこやかな笑み、悲しい笑み、苦笑い、爆笑。そんな感じで笑顔にバリエーションはあるものの、それ以外をあまり見ない。笑顔の中で喜怒哀楽を表現しているのだ。逆に、華先輩は喜怒哀楽がはっきりしすぎるくらいはっきりしているし、優愛先輩はいつもクールでポーカーフェイスぶりを発揮しているが、笑顔も怒った顔もイライラした顔も垣間見せる。

「風船というか、なんか、実体がないというか」

無理やり入部させられて2か月がたち、週に3回は必ず顔を合わせる先輩たちのことを僕は少しずつ理解していった。高城華は、気が短く、曲がったことは許さない、正義の人である。だが、認めた相手にはひどく甘い。優しい先輩である。新見優愛は、高城華の忠犬といっても過言ではなく、高城華に付き従う、その行動理論は高城華にあり、それ以外にはなにも見出していない。ただ、椎名実里には二人とも心を開いており、そのやさしさはあの苛烈な正義にも効果があるのだとか、新見からの忠誠を勝ち得ただとか、そんなくだらない噂話にもなっている。でも、それぐらいだ。性格:優しい。それは、なんというか、好きな食べ物:朝食、ぐらいの内容の無さだ。

「実体かぁ。何があれば貴志君は満足してくれるのかなぁ」

うーん、と実里さんは困っていますアピールをしている。別に僕は満足していないわけではないのだが。

「何でしょう。こう見えて、とっても性悪だとか。」

我ながら薄い提案だった。内容がない。寧ろマイナスだ。

「この豚がっ」

「それはなんか違います」

まったく違う方向にのってくれる先輩だった。確かに、性格:優しい。それだけでこの人は良いのかもしれない。当人は「難しすぎるよー」とぼやいているが。

「まぁ、性格なんてあってもなくても付録みたいなものだもんね」

「そうですか?どう考えても、本体性格でしょうよ」

「でも、付録がメインでお菓子とか雑誌とか買っちゃうよね!」

「そんな話ですか?」

「そんな話だよ」

適当な会話の間に入るように、ピルルルと電子音がなる。実里さんの携帯電話だった。

「もしもし、椎名です。中村君?」

中村君とは、今の生徒会長である。明日の選挙の台本を作ったり、開会のあいさつや締めの言葉を言ったり。大変有名な人だ。ちなみに、司会は、僕は初めてなので、実里さんがメインで僕は補佐である。本当は逆の立場であり、僕が生徒会や選挙管理委員長と連絡を取りながら、進行を務めるという大役だったのだが、実里さんのやさしさで逆になったという経緯がある。優愛先輩は華先輩がよいならそれで構わないという風であり、華先輩も、実里さんには甘かった。「わかったわよ、もう」と渋々承知だった。

「え、台本変えるの?今から、うーん。いや、私たちは音量の上げ下げするだけだから、うん。進行台本自体は変わらないのね。うん。あぁ、じゃあ一回そっち行くね。うん。大丈夫」

なにが大丈夫かわからないが、僕にはかかわりのない話らしい。実里さんは、携帯を耳に当てたまま「生徒会室行くね」と、口パクである。そのまま部室のドアをひらいて、ドタバタと音がした。どうやら急ぎの案件らしい。僕は視線を明日の台本に落とした。

気が重い。

「で、そのまま、ゆるふわさんのこと好きになったんですか?」

斎藤さんはぐいぐいくる。僕が実里さんのことを好きだと勘違いしているようだったが、現実は違う。僕は、華先輩が好きだったのだから。でも、だからと言って、それを他人に吹聴する性格ではない。知っているのは、僕と実里さんの二人だけである。

「違うよ。」

「違いません。」

かたくなな後輩だった。

「だって、良い雰囲気じゃないですか。部室に二人きりで。」

本当にかたくなだった。なんだこいつ僕のこと好きなんじゃないのか。

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