第5話

きれいな声だと、思った。凛として、透き通るそんな声。ずっと聞いていたいような声。

「ねぇ、聞いている?そこの学ラン男子。」

その声の持ち主が今僕に話しかけていると気付くのは、放課後を告げるチャイムがなった後。体育科の前だった。僕が体育科の先生に呼び出しをくらった高校1年の5月、僕は華先輩に声をかけられた。そのときは新入生のクラブ紹介の時の司会をやっていた人だ、なんて僕は理解していなかったけれど。

「え、はい」

とりあえず、僕は反射的に振り向く。

「卓が重いの。手伝って」

そこには小さい少女が、大きい機械をおもそうに運ぶ途中だった。よほど重いのか、ひざまずく感じになって、片膝にその機械の体重を預けている。「きゅーけいちゅー」と彼女は笑った。僕はかけよる。

「あの、」

手伝いましょうか?その瞬間だった。全部言い切る前にガン、と僕の膝に重しのような黒い石が、ではなくその人のいうところの卓がおかれていた。痛い、あとほんとに重い。

「もってきて」

彼女はそういうと、くるりと背を向けて颯爽と歩いた。ついていくしかなくなった僕は、そろそろと、彼女の後ろをついていく。そして階段を3回も登らされた。

ついた場所は「放送部室」。部室のドアには、何かの紙の裏を使って、黒いボールペンで「新入部員募集中」と書かれている。まったく新入生を呼ぶ気がなさそうだった。

「みさとー。」僕の前にいた彼女が大声で叫ぶ。ガラガラと音が聞こえ、中から自動的にドアは空いた。

「はぁい。おかえり。」

肩までかかった甘栗色の髪の毛をふわふわと遊ばせて、それでいて声もどこか地に足がついていないような人が出てきた。満面の笑みで迎えてくれた彼女は僕を見て目を丸くさせ 「お客様?」とつぶやく。

「違います、僕はこの機械を」

「違う、入部希望者の新入生だ」

否定意見を否定された。

「そうなのそうなの?」ゆるふわさん(仮)は僕にぐぐいと近づく。

「いや、あの」もごもごする僕に、

「入部するなら希望届けがここにある。これでかけ」

部屋の奥から厳しい目つきの背の高いお姉さんが出てきた。ゆるふわさんとは真逆の長いストレートヘアに、なんだか容赦はしないという雰囲気。

そして僕は気付く。獲物を見て舌なめずりするような後ろからの目線。前からの詰問するような目線と楽しそうな目線。


これは罠だ!にげろみんな!


そんな冒険RPG主人公の声は誰にも届かず僕はそこで入部希望届けをかく羽目になる。そしてそれが、放送部3年、ゆるふわさんこと部長椎名実里、副部長新見優愛、部員高城華との出会いだった。

「そう聞くと。先輩ハーレムですよね」

冷めた目で斎藤さんが僕に言う。

「いやそんなことはない」

断じて。雑用を押し付けられたこと僕は覚えているぞ。

「そうですか、女3人に男1人って、ギャルゲーの主人公じゃないですか」

「多数決じゃまけるよ。あと攻略が3人とも難しすぎる」

というか、そのうち1人は彼氏持ちだ。

「そうなんですか?ゆるふわさんなんて簡単に落ちそうじゃないですか?」

「ゆるふわさんは、なんか純粋の権化だったんだよ」

あの人が一番よくわからなかった。かわいらしい人だったけれども。いやかわいいんだけど、たまに出てくる天然なのか計算なのかよくわからない感じが僕をぞっとさせた。

「そういう天然でかわいらしい人がモテるんですよね」

「そういえば、斎藤さん、実里さんと真逆みたいな恰好してるもんね」

ゆるふわさなんてこの後輩にはない。

「でも、同性にはモテます。先輩より」

驚きの事実である。たしかに、斎藤さんの一種カラスみたいな服装は、こう漫画とかアニメに出てくるキャラクターのようで現実離れしている。

「現実離れしてるところは実里さんと似てるかも」

そういうと、ひどく嫌な顔をされた。

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