第4話

放送部室は1年生の棟から離れた、文系部室棟の3階にある。

カギは本当は部室棟から離れた用務員室に毎回借りる必要があるのだが、華先輩が「めんどう」といったその一言で、優愛先輩が合鍵をひそかに作り、部室の前においてあるボロボロのポストの中に入っていた。当時、僕はその話を実里さんと聞いてしまい、用務員さんにカギを借りずに、ポストからカギを拝借することが多かった。


それが、僕と実里さんの秘密である。


その日はテスト期間だった。どこの高校でもそうであろうが、テスト期間中、部活動は禁止である。文武両道。それが、高校生に求められるもの。だから、テスト期間中は勉強に集中しなさい。僕は、自習室として、部室を使うことができた。合鍵の存在を知っていたからだ。もしかしたら、すでに先輩たちのだれかがいて僕と適当に遊んでくれるかもしれない。華先輩ならリフレッシュできるし、頭の良い優愛先輩なら自習。僕はそうにらんでいた。だれもいなければ、いなければで勉強できると考えて。

でもその日、ポストにかぎはなかった。そして部室の扉も閉まっていた。だから、ぼくは帰った


用務員室にカギを取りに。

カギを取りに僕は帰った。

テスト期間中である。だから、用務員室に人はいない。カギを借りに来る人がいないからである。だから僕は、用務員室の合鍵を学生服のポケットからだして、まわした。そして、部室の本物のカギを使って開けた。

「え?」

そう言ったのは斎藤さんだった。

「用務員室?」

「はい、用務員室です。」

「なんで?え?どうして?」

斎藤さんは混乱している。混乱に混乱を重ねている。あの堅物が僕のせいで固まっている。

「じゃあ、先輩の罪は」

僕の秘密は。罪は。

「用務員室のカギを勝手に作ったこと」

「では、ないよねぇ」

あはは、と笑って僕の意見は否定された。

椎名実里さん。が、そこにはいた。いたっていうか、僕がよんだ。勿論、情報収集のためだ。

椎名実里。某国立大学院生。成績優秀。薄いピンクのニットトップスに白いロングのスカート。今も昔もゆるふわガールだ。

「まぁまぁ、飲みなさいよ。」

「僕がよんだのに、悪いです」

昔よりフットワークが軽いのか、京都の大学から大阪まで来てくれた彼女はにこにこと僕にビールをつぐ。優しさあふれる先輩である。

「それで、なぁに、秘密はばれたの?」

「ばれてませんよ」

「そう」

笑顔が一層深まる。

「でも、良かったねぇ。華ちゃんに会えて。」

「はい」

「ずうっと好きだったもんねぇ」

僕は答えない。

実里さんは笑う。にこやかにさわやかに。とても楽しそうに、笑う。

僕が、華さんのことが好きだと気付いた時も彼女はとても楽しそうに笑っていた。「ねぇ、君、華ちゃんのこと好きなんでしょう?」と耳元で囁やかれたとき、僕はぞっとした。なんで知っているのだ、どうしてばれたのだ、と。だって僕は、誰にもこの思いを悟られまいと、ずっと隠してきたのだ。だれにも、言っていない。なのに。この人は笑ったのだ、僕の気持ちを知ったうえで。華ちゃんはてごわいわよと

「まだ、華ちゃんが好き?」

そんな彼女は昔から、ニコリと優しい笑顔で笑う。 初めて会った日、そのときと同じ瞳で、ニコリと笑う。

だから、僕は伝える。

「好きです。だから役に立ちたいんです」

格好をつけてそういえば、

「ひゅー、なんだかラノベの主人公みたい!!」とひどく偏った思考の煽りがかえってきた。我ながら恥ずかしい。

「華ちゃんは、鈍感さんだなー。こんなにも思ってもらってるのになー。なんだかなー」

実里さんが純粋に感心したようにぶつぶつと呟く。

「あの恥ずかしいのでやめていただけると、その話を」

「えー、お姉さんとコイバナしようよー。百貨店のバレンタイン戦法について語ろうよー」

知らないうちに大分酔っぱらっている実里さんだった。あとバレンタイン戦法はたぶんコイバナのうちにはいらない。

「実里さん。しっかりしてください」

「してるよー。しっかりあたってくだけてね」

「それ僕ふられてます」

適当な会話の応酬をしたあと、実里さんはいつものふわふわした口調でいった。

「ねえ、優愛ちゃんは私のこと嫌いになったのかな?だからもう会えないってことなのかな?」矢継ぎ早の質問に僕は驚く。

「優愛ちゃんがやだって言ってるのに、無理矢理見つけて会いに行ってもいいのかな」

とても寂しそうで、だけどもどこか諦めにもにている表情に、僕はただ黙るしかなかった。

なにも知らさず自ら距離を絶った親友に

どんな手段を使っても見つけるという行為は正しいのだろうか。そもそもどうして、優愛先輩は急に二人の前から姿を消したのだろうか。これは僕の知らない物語だ。知らなくてもいい物語かもしれない。だけど、僕は正義の味方が好きだから。

いつだって彼女の手下でいたいのだ。

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