20 幼き青の試練

 ドラゴンに襲われた翌日、私は雪瓜様に色々と尋ねようとしました。

 勇者候補の事とか、魔法の事とか、諸々を。


 ええ、尋ねようとしたのです。


 しかし!


「せめて公に魔法が使えるようになるまではダメだにゃ~!」


 と、満面の笑みで断られては仕方が無い。

 どれだけふざけた態度を貫こうと、雪瓜という人間は1度決めた事を覆す事は無い。たとえば彼女の喋り方はかなり独特だし、たくさんの人から直せと言われてきた。にもかかわらず、彼女は一度として直した事は無い。

 たとえ、家族や上司、ひいては王様から言われても直さないだろう。

 困ったものである。


 確かに、誰かを守るために力を付けたいのは私だ。その力を教えてもらえるかもしれない、数少ない相手にそう言われてしまっては、こちらが引くしかない。

 それで、公に魔法が使えるようになる、という部分だけれど。


「幼き青の試練を、突破したら。だよね」


 というわけでやってまいりました、試練場!


 この国に住む6歳児が全員集合! 数はおおよそ4千人だそうです!

 今年は平均くらいの人数だと言われました。多いよね。


 4千人の同級生と言われると、多いように思えた。けど、この大陸って大体北海道くらいの大きさで、人が住める領域もほぼ同じ。気候も大体同じらしい。

 前世の北海道では、新生児が一年に約5万人は生まれていた事を考えると、一見少ないように思える。けどこの世界は日本と違って生活保障とか医療保険とか無いからなぁ。

 魔物とか盗賊とか、あちらには無かった危険がこちらにはある。大陸に1つしか無い学校に通う、と聞けば、生徒数がかなり多いように思えるけれど、全体を見れば充分少ないのだ。


 思えばこの世界は、あらゆる文明が未発達である。

 医療、食事、衣服など。主に生活するための技術、知識が圧倒的に不足している。

 魔法なら魔道具が普及するほど発達している。やや高額でも、一般市民が手を出せる値段で出回っている。故にあらゆる事を魔法で代用しているけれど、モンスターの対策に追われ、生活の品質向上に努められていない。新鮮な生の野菜を湯がく風習があるような場所なのだ。


 子供の柔らかな歯で噛めないようなパンがある。魚が生で食べられない。蜂蜜はともかくメープルシロップのような加工品が無い。

 子供に厳しい世界だよ!


 ……いつの間にか話が逸れていたけれど。

 要するに、たとえこの中の500人がクラスメートになると言われても、多いか少ないかよく分からないという話なのだ。

 全員の名前を覚えるなんて、到底無理だね。


 って、違う、違う!


 そう、試練の話だってばよ!


 ただいま500名単位で仮説のテントに入り、それぞれ試練についての説明を受けている最中である。お行儀良く正座をするのは貴族層。それ以外は女の子でもあぐらだ。一目見ただけで育ちの違いが分かるね。

 ちなみに、私の中では元気いっぱい代表の紅音と焔。紅音はともかく、焔もきちんと正座をしていた。誰にも言われていないのに。

 しかも背筋をピンと伸ばした、綺麗な正座だ。


 私は慣れていないし、説明開始十分でもう痺れてきたよ。うぅ。


「―― とまぁ、長々と説明したけれど、要するに5人ずつ、門をくぐって通り抜けるだけだ。途中で他のチームと鉢合わせする事は無いから、今の内に組みたい子とは組んでおいてね。質問がなければ、すぐにでもチームを組んでもらうよ」


 パン、と、説明係の人が手を叩く。

 それを合図に、周囲が徐々にざわざわし始めた。5人1組のチームを作り始めたのだろう。

 ちなみに、私達は既に4人決まっている。私、紅音、焔、日雀がいるからだ。というわけで、あと1人必要なわけですが。


 本日、私が持っている中でも、ボーイッシュ寄りの服を焔に着てもらっています。何故かというと私達の中で、服装のせいでちょっと浮くのが嫌だそうです。


 紅音が。


 そのおかげで、私達は傍から見て全員が富裕層に見える。髪の色も相まって、平民以下はもちろん貴族でも私や紅音を知っている子はいるので、遠巻きに見られる。

 仲間に誘おうにも、その候補が自然と減っていく。貴族の子は大抵最初から仲間や従者を引き連れているから、もうほとんどいないよー……。

 そんな事を考えているなど知る由も無い紅音が、首を傾げながら喋り始めた。


「にしても、色々正反対の恵が、よく焔に合う服を持っていたよな」

「あ、うん。というか、私とお揃いで作ろうね、って話を、私の服を作ってくれるリュナが聞いていたみたいで」

「なるほど、元々作っておいてあったわけだ。どうりで今日の恵と同じようなデザインだなー、とか思うはずだよ」


 と、焔は自分の服と私の服を交互に見比べた。

 年頃の少女としては、ややはしたないだろう。けど、赤系統の執事モチーフであるベストとホットパンツ、ブーツに、ドレスシャツやらリボンやらを着けて、チェック模様のニーハイソックスを身に着けた焔は、様になっていた。

 スカートの名残のようなひらひらした布が、ドレスシャツの裾から延びている。

 それは確かに、赤の似合わない私ではなく、焔専用の服。


 ちなみに、私はメイドをモチーフにした服だ。あくまでモチーフであり、ヘッドドレスに小さめの宝石やら、メイドには必要の無いスカートのフリルやらが散りばめられている。

 水色を基調としたエプロンドレスで、気分はさながらアリスです。いやぁ、今日の試練にピッタリだよね! さすがリュナ、リクエストに応えてくれてありがとう!

 スカートは長めだけれど、とても動きやすいし、何よりかわいい。


 ちなみに、胸元のリボンがお揃いポイントである。


「じゃ、あと1人を探しますか」

「誰が良いかな。まぁ、会った事がほとんど無い人ばかりだけど」

「だよなー。適当に1人の奴を誘おうぜ」

「そだね。んー……」


 テントの中から、続々と人が出て行く。子供の行動力は凄まじいもので、人見知りでは無い限り、彼等はその日会った対して話もしていない子を友達と呼べるのだ。

 前世分の記憶がある私は、小さな子供のノリで話しかけるというのが、やけにハードルが高い事のように感じられた。

 それは、7歳未満の子供としてはかなり落ち着いた部類である他3名も同じ様子。

 とはいえ、5人目を見つけなければ話は進まないわけで。


 私は意を決して、テントの端っこにいた男の子に声を掛けた。


「ねぇ!」


 私の声に、その子は肩を揺らす。

 私の目に狂いがなければ、その服装は富裕層のものだ。良い生地を使われている。

 けど、お下がりなのだろうか。その背丈には合っているのだろうけれど、黒に近い藍色の髪にはあまり似合っていない。


 つるっとした光沢のある、私から見て左の方が長いアシンメトリーなショートヘア。ほんのちょっとのクセも無いその髪は、思わず触れたくなるような美しさがあった。

 話しかけたのは偶然だけれど、この子に話しかけて正解のような気がした。


「……何?」


 男の子は、私の事を白金色の瞳で見つめ、こてりと首を傾げる。


「もう誰かと組んだ?」

「え? ……ううん。まだ1人だよ」

「じゃあ、私達と組まない? あと1人足りないの。あ、私は恵」

「僕はレトロヴァ・ウィンガー。レトロって呼んで。……それで、僕で良いの?」

「もちろん!」


 大きくて丸い瞳が、揺れる。とても不安げなその表情に、私は反射的に大きく頷いていた。

 話しかけたのは偶然だ。でも、最初から無視されるとかじゃないし、お互い嫌な気分じゃなさそうなのだから、大丈夫!

 私はその後も何度か頷いてみせた。


「分かった。よろしくね、恵」

「うん! あ、もう他は決まっているの。来て!」


 その後お互いに自己紹介をしてから、私達はテントの外へ出た。

 あ、言い忘れていたけれど、ここは我が館家のお庭です。

 いや、試練場って時点で覚えている人はたくさんいたかもしれないけどね?


 3月も末なのだけれど、ここは前世で言う亜寒帯……まだまだ寒い。花も咲くのを拒むような気候なのに、私達は特に上着などは用意していなかった。

 何せ、着ていくなと言われたもので。


「うー……っ。寒いぃ」

「何か理由があるんでしょ。ほら、この程度の寒さで立ち止まらない!」

「焔、私よりも寒そうな恰好だよね? 何で平気なのー」


 ジトッと睨みつけると、焔は軽く「さぁ?」と返す。そのままスタスタと歩いて行ってしまった。寒さで動きたくない衝動に駆られるも、私は歩を進めざるを得なかった。

 試練場の試練入口。そこには何やら、シャボン玉みたいな透明で虹色に光る膜の張られた門が設置されている。説明係の人が言っていたのは、これの事だろうか?


 門の隣には、いかにも騎士! って感じの鎧のお兄さんがいた。

 ……知ってる? 金属鎧ってね、寒い所だと冷たいんだよ。


「大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫だよ。中で炎の魔法を使っているからね……大丈夫さ」


 大丈夫って2回言った! 絶対大丈夫じゃない奴だ!

 と言いつつ、血色の良い顔色を見て、あ、大丈夫そう。とは思った。魔法はやはり便利である。


「この先は、私達でもどうなっているか分からない。一本道かもしれないし、途中で分かれ道があるかもしれない。それでも、きっといつか向こうに辿り着くから、それまで諦めずに歩いてね」

「「「「「はーい」」」」」


 ほとんどのチームはもう先へ進んだらしい。その場に留まっている者は少なかった。

 私達も1歩、踏みだす。







 そうして歩く事20分。

 全然進んでいる気がしません。


「なぁ、ここ、さっきも通ったような気がするぞ」

「あー……やっぱり、紅音もそう思う?」


 この台詞に至るまでの20分をざっと説明しよう。

 入口に入った途端、空気が変わった。それまで寒かった空気が、一気に春特有の暖かなものに変わった。ここで、私達は上着が要らないという言葉の真意を知る。

 次に、例の噴水に辿り着いた。入口から10分後の事で、何故か既に私達のブレスレットが置かれている台座と、私達以外の3人用のブレスレットが置かれた台座が出現した。

 どうなってるんだろう……?


 で、そこから10分は更に歩きとおす。

 赤いレンガの道を歩き、青い空の下を歩き、光の粒子で出来た蝶を眺め、咲き誇るバラやパンジーを横目に進み……。

 そして、今に至る。


「あ、目印に置いた石がある。うん、グルグル回っているみたいだね」

「マジで? 分かれ道なんてなかったのに」

「幼き青の試練、前編の通りの展開だよね~」


 げんなりする紅音に、私は苦笑を向けた。

 絵本の方の『幼き青の試練』では、ウサギを追って穴に落ちた少女が、どんどん奥へ入って出られなくなるというホラーな終わり方だった。

 この試練と全く同じ名前なのだ。そのストーリーに何か突破口はないだろうか。

 さすがに、何時間も同じ道をグルグル回りたくない。


「たしか中編では、色々と人が現れて、少女を更に奥へ引き込もうとする奴と、少女を外に出そうとする奴で真っ二つに分かれて、争い始めたよね」

「焔、よく覚えてるね。その通りだよ」


 おかげで鏡のお話っぽく、赤の軍勢と白の軍勢に分かれて戦争が巻き起こってしまったのだ。そして少女は、争いを鎮めるためだけに、一時的な女王となるまでが、中編のお話だったはず。

 いやぁ、絵本とは思えない大スペクタクルがあるけど、そこは省略で。


「後編は中編で『少女を留まらせる派』の王だった赤の女王が、前編で少女を穴に引き込んだハートの女王と手を組んで、少女を一生帰さないための魔法を組む話だったはず」

「そうだよ、紅音。けどそれを察知したウサギと白の女王が、マイペースを地で行く帽子屋を引き込んで、何とか少女を穴の外……夢から覚まさせるのが後編だよ」

「穴には入っていないけど、変えられない状況は似ていますね……」


 レトロが難しい顔をした所で、私達は再び周囲を見る。

 あの鎧の騎士さんは、歩いていればいつか出られると言っていた。けどこう何度も同じ場所をグルグルと回っていると、不安でしょうがないのだ。


 と、いうわけで。

 せめて違う景色が現れないかと、試行錯誤する事にした次第である。


「まずは、来た道を戻ってみようよ。押してダメなら引いて見ろ、ってね」

「そうだな。別の方法を見つけるまでは、色々試すしかない。行こうぜ!」

「それじゃあ早速――




 ―― あれ?」




 そこまで言って、気付いた。

 それまで一度も振り返った事がないから気付けなかったのか。

 それとも、今正に来た道を戻る選択をしたからなのか。

 道が、分かれている。


「……んん?」

「えぇー……」


 更に、にわかには信じられ無い事も起こり始めていた。


 分かれ道の先から、何やら声が聞こえるのだ。


「せやからな? 言ってやったんよ。ボクを苛めたら大変な事なりますよ~って」

「にゃ~、それでどーなったのー?」

「ごろつきさんの頭上から、花瓶が落ちてってん」

「ふにゃ?! 大丈夫だったのー?」

「ケガは大した事無かったわ~。けどな、その後も偶然ごろつきさんに様々な不幸が……あれ、誰やろな? ボクの目ぇがおかしゅうなったんやろか」


 非常に和やかなペースで、何やら物騒なお話をしている子達。

 ここにいるという事は、私達と同い年なのだろうけど……誰だろう?


 あれ? ここ、入ったら他の子達とは会わないって、言われなかったっけ。あれー?


「ボクらの1つ前に入った子達やね? 10分くらい前に見かけたわぁ」

「え?」

「ほぇ? どないしたん、そない呆けて」


 大阪弁? 京都弁? 何か不思議な鈍りを使う男の子が、おかしな事を言い始める。彼等の登場に思考がフリーズしていた私達は、そこでようやく我を取り戻した。


「10分前って。私達がここに入ったのは、20分以上前だよ?」

「にゃ? ミー達は君達のすぐ後に入ったけど、そんなに経ってないよぉ~?」


 見た目が派手で、どこと無く見覚えのある顔立ちの女の子が援護射撃をしてきたところで、私達は再び頭を悩ませる。

 だって、私達がここに入って、たしかに20分ほど経っているのだ。

 なのに、彼等は10分ほどしか経っていないと言っている。

 これはどういう事か?


 うーん。


 うーん……?


「まぁ、十中八九魔法のせいだろうな」

「それだ!」


 至極当然の事を告げる紅音に、私は賛成した。

 そうだよ、それしかないじゃない!

 この世界には、魔法という未知の力があるのだから!


 そう納得して、私はようやく落ち着く事が出来た。

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ステータス:平凡の私が【勇者候補生】になってしまったようでして PeaXe @peaxe-wing

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