19 Contact / 3


 白い狐とみど……じゃない。


 黒い鳥が、私を空中に置き去りにして、真下にいるドラゴンへと真っ直ぐ突撃する。

 鳥はその身を鮮烈な赤色の炎に包み、狐は鮮やかな青色の炎の珠をドラゴンへと落とす。

 4つほどの炎が、ドラゴンに直撃する。


「GuRuuuUUuuAAaaa!!!」


 ぐらり、倒れかけたドラゴンが、再び吠えた。

 敵意剥き出しのそれが放たれたのは、炎が炸裂した直後。


 ダメージを負っているようには思えない、力強い咆哮だった。


「き、効いていないの?」

『違う違う! あいつの体力が並外れて高いだけ!』

『元々の能力が高い……エンシェントドラゴンなのかな?』

「え、エンシェント? というか、どこから話して」

『あ、これ? 念話だよ~。便利だよね、これ!』

『すぐ近くにいなくても、これで話せる』


 僕達限定だけど、と、男の子の声をした方が付け加えた。

 どうやら、鳥の方が女の子で、狐の方が男の子らしい。

 突如として現れた2匹だけど、少なくとも私の敵ではないようだ。その声からは敵意が感じられないし、何より、さっきから私を守ってくれている。


 私が高所恐怖症とかじゃなくて良かったよ……。

 軽く地上30メートルとかありそうだよ、ここ……!


 私がこうして余裕綽々で話していられるのも、彼等のおかげだ。というか、下で起こっている事から目を逸らしでもしなければ、頭の整理が追いつかないから。


 まず、えっと。何が起こったか。


 そう、ドラゴンが現れたのだ。

 危険度はかなり上のモンスターが現れたから、私達は逃げていた。けど何でかドラゴンは私達の前に現れて、私は空中へ放り出された。


 転んで宙を舞ったレベルではない。お酒のつまみに枝豆を放り投げて食べるのと同じ感覚で、空へと放り投げられたのである。

 というか、正に枝豆の気持ちになった。

 口の中に放り込まれるお豆さんは、恐怖で凍り付いているに違いない。……お酒を飲むようになっても、枝豆を食べられなくなりそうである。


 それから。

 そうだ、走馬灯さえも流れ終わった後になって、この子達が現れた。


「貴方達は、何者、なの?」

『名前は無いよ~』

『好きに呼べば良い』

「す、好きにって。というか、リリエラ達は」

『さっきまで君と一緒にいた人達のこと? だったら、遠くに飛ばしておいたよ。僕達は君がいないと戦えないから、ここにいてもらうしかないけれど』


 リリエラは。焔や紅音は、大丈夫なの?

 遠くってどこの事?

 私がいないと戦えないとか、どういう事?


 たくさん聞きたい事があるけれど、そんな私の声が出る前に、男の子が話し始めてしまう。


『……話は諸々、後にしよう』

『今はあいつだね! やっちゃうよ~!』


 私の質問をあっさりと打ち切って、バサリ、鳥が大きく羽ばたいた。


 その瞬間、彼女の赤い羽根が、ドラゴンへ向かって飛び出す。


 羽は煌々とした真っ赤な炎を帯びて、ドラゴンに突き刺さった。

 途端、羽は炎と同じ色の光を放ち、爆発する。


 ドラゴンが体勢を崩し、狐が畳み掛けるように青い鬼火のような物を飛ばした。


 青い炎はドラゴンに当たると―― 凍る。

 炎が当たったかと思えば、ドラゴンに触れた部分から徐々に透明な氷が纏わり付いたのだ。


 巨大なドラゴンを、水晶のような棘を作りながら覆い尽くそうとする。


「凍った……っ!?」


 思わず私が声を荒げると、ドラゴンの瞳が私を射抜く。


「GURUuOooOOoO!」


 見るからに苛立ちのこもった瞳。


 分厚い氷がみしみしと音を立て、やがて―― バキン、と、折れた。


「GAaAaaAAAAAaaa!!!」


 氷に腕と羽、胴体の一部を侵食されていたドラゴン。

 ムリヤリ剥がしたせいか、鱗の一部も一緒に剥がれ、崩れた氷に血がべっとりと付いている。


 その光景はあまりに痛々しく、思わず目を背けてしまった。


 しかし下から風圧を感じ、再び目を向ける。


 ドラゴンは、空に舞い上がろうとしていた。


「ひっ」

『させない』


 パキン、と。

 何かが割れるような音と共に、目の前に氷の結晶が現れる。


 それも、尋常ではない大きさで。


 視界が半分以上隠れるような結晶が、私とドラゴンの間に幾つも現れたのだ。


 飛び立とうとしたドラゴンは何枚かの結晶を打ち抜いたけれど、失速。


 残った決勝の全てが、ドラゴンを地上に押し返した。


『こんどはこっちだよー!』


 再び、炎の羽が舞う。


 しかし今度は、血だらけのドラゴンの翼が、炎を纏う羽を払いのける。


「GuGOoaAAA!!!」


 耳を劈く咆哮が空気を揺らし、パカリと開いた口から黒い炎が噴出す。

 炎のブレスなんて、アニメや漫画でしか見た事が無い。


 その炎は全く私に届いていないけれど、熱風が頬を撫ぜた。


『熱いの、苦手』


 青い炎が地面を焼き、いや、凍らせていく。


 ドラゴンは生えた氷に足を固められ、一瞬だけ身動きが取れなくなった。

 ドラゴンの強靭な肉体は、すぐにでも氷を割ろうとしていたのだ。


 しかし。


 鳥から放たれた3回目の羽は、一瞬の隙を狙って放たれた。

 その全てが命中、する。


 ひと際大きな爆発音と爆風が吹き荒れた。


「っ、やった!?」

『まだだね』


 彼の冷静沈着な声に、私は黒い煙に包まれたドラゴンをいっそう強く睨む。


「GUuRUuAA!」


 煙も、炎も、氷すらも吹き飛ばして。


 ドラゴンは、そこに立っていた。


 素人目にも隙を突いたことがわかって、もう決まったと思ってしまった。

 のに、倒れていない。


 自分の血の気が引いていくのが、自分でもわかった。


『むぅ~、しつこい!』

『単純なパワータイプ。古龍じゃあなさそうだけど、厄介この上ない』

『相性は良いのに~』


 対してとても冷静に残念がる2匹は、何て事もないかのように再び攻撃を開始した。

 赤い炎の羽根と青い氷の炎が舞い、黒い炎が迎撃する。


 ドラゴンに届いても、ボロボロの翼と腕が払いのけてしまう。


 ……。


 何この怪獣大決戦。

 ドラゴンは西洋のモンスターだから、モンスターVS妖怪って感じだ。


 色がイメージと違うだけで、まんま朱雀と妖孤がドラゴンと戦っているようにしか見えない。


「ファンタジー、だ」


 転生してから、何度も魔法を見てきた。

 それでもこんな、前世の世界にはいなかった生物達が争っている光景を、間近で見た事は無い。


 これまでに感じた事が無いほどの衝撃が、目の前にあった。


 自分が浮いていることは、おそらく魔法の一言で片付けられる。


 けれどこれは、目の前にいる巨大な鳥、妖孤、ドラゴンによる戦闘だ。前世を含む人生においても類を見ず、ファンタジーかつ危険極まりない。


 これで、爆風も何も無ければ、テレビ越しに見ているのと変わらなかった。

 けど、時折頬や全身に当たる風に、火傷しそうなほどの熱や焦げ臭さが混じっている。これはテレビやゲームなんかの、画面越しに行われている事じゃない。


 1歩間違えれば死ぬような、現実の出来事なのだ。


『そろそろ、かな』


 男の子の声が、自信たっぷりにそう宣言する。

 いつまでも続くかのように思えた戦闘も、徐々にペースが落ちてきていた。


 というのも、大量の血を噴出したドラゴンが、疲れを見せ始めたからである。


「GuRuRu……」


 相変わらずその瞳には敵意がこもっていたけれど、雰囲気とは逆に、その肢体は既にボロボロで、飛び立つ力さえ残っているのか危うい。

 野生の動物なら、不利になった時点で逃げるだろう。


 けれど、このドラゴンはしない……。


 何故?


『当然だよ~!』


 そう言うのは、女の子の声だった。


『ドラゴンは、力の強い勇者候補に試練を与える存在だから』


 そう、冷静な声音で、男の子が言う。

 勇者候補って。雪瓜様が言っていたやつ、だよね。


 ……え?


『といっても、こいつは本能の赴くまま、ここに来ただけだろうけどね!』

『それで恰好の餌を見つけた、か。本当に厄介だよ』


 やれやれ、といった感じで、男の子は身体を光らせ始める。

 光る純白の毛並みに青い炎の火花が混じり、バチリ、パチリと音を立て始めた。


 女の子の方も、その翼に炎を纏わせる。煌々と燃える炎が、渦を巻いて彼女に纏わり付く。




『『 ―― 氷炎の乱舞 』』




 彼等は炎の珠となり、ドラゴンに激突する。

 途端、白い光の柱が、ドラゴンを貫いた。

 そして聞こえてくる爆発音。


『うん、やった』

「えっ」


 光も音も止む前に、男の子の自信溢れる声が脳内に響く。

 やがて静かになったそこは、大きな穴が空いていて……ドラゴンの胸に、大きな穴が空いていた。そしてピクリとも動かない。


「た、倒した、の?」

『倒せたね! あ、ドラゴンの鱗でも回収しておく? 便利だよ~』

『加工できる人が残っていれば、便利だろうけど』


 バサバサという、巨大な鳥の羽音が、段々と小さくなる。

 パタパタと近付いてきた彼女は、最初に見たとおりの小鳥に戻っていた。狐も同様で、いつの間にかふわりと私の首に巻きつく。


 あ、ふわふわ。


『いつか使えるだろうから、しまっておこうよ!』

「し、しまう? どうやって」

『異空間に収納しておくのさ。まぁ、君はそれほど魔力が多くないし、僕達が勝手にやっておくよ』

「え? あ、うん?」


 ピクリとも動かないドラゴン。その傍へと私は下ろされた。

 漆黒の鱗がびっしりと生え揃っている。


 腕、脚、背中。あらゆるところに見られるそれは、よくよく見るとうっすら透き通っている。

 私が興味深げに見ていたからだろうか。狐の男の子がするりと首から離れて、どこからか鱗を一枚持ってきてくれた。


 驚いた事に、鱗は思っていたより小さく、幼い私の手にすっぽりとおさまる大きさだ。丸みを帯びた三角に近い形で、表面がツルツルとしていた。

 しかも、鱗は徐々に黒さを失い、白くなる。


「えっ」

『白かぁ。って事は、光のドラゴンだったのね。やー、闇に飲まれるとは情けない!』

『耐性が低かった? いや、それ以外の可能性も』


 鳥の女の子はケラケラと笑っているけれど、男の子は思案げに目を細めた。

 光の、ドラゴン。それが闇とやらに飲み込まれて、このドラゴンは『こう』なったの?


『何にせよ、勇者候補が死ななくて良かったよ』

『そだねぇ。どうやら最有力候補みたいだし! やー、よかったよかったー』


 勇者、候補。

 その単語を聞いた途端、ハッとなる。


「勇者候補がどうとかって、まさか、ドラゴンは勇者候補を追ってやってくるの?」

『近くにいれば察知出来る。けど、5キロ以内にいなければ気付く事はない』

『しかもこいつの場合、理性を完全に失っていたからね! 試練とか、そういうのは全く何も考えていなかっただろうね~!』

「じゃあ、少なくとも私がここにいなければ、リリエラ達は危険に遭わなかったんじゃ……」


 そうだ! 勇者候補が何なのか、未だにピンと来ていないけれど。それのせいで、リリエラ達まで危険に冒されたなら。


 私のせいで、死ぬところだった。……そういう事になる。


 私が俯きかけた、その時。


『残念ながらそうも行かない』


 男の子の声が、いやにはっきりと耳に通った。


「……え?」

『闇に堕ちたドラゴンは、見境が無いから。人間を主食にでもしていなければ人里なんて来ないだろうし、こいつは遅かれ早かれここに来たよ~』


 のんびりとした口調で、女の子はそう語る。翼を器用に曲げて、やれやれといったポーズで、首を左右に振った。


『あいつがここに飛んできたのは、それまでいた場所に人間がいなくなったから』


 男の子の柔らかそうな前脚が、ドラゴンの一部に触れる。すると、鱗の一部がふっと消え去った。彼が言ったように、鱗の一部をしまったのだろう。

 これは、魔法だ。そうでなければ、説明のつかない現象だ。


 それから、彼の胴体に女の子が留まり、じっと私を見る。


『『―― 君のせいじゃない』』

「……っ!」


 動物の表情は分かり難い。

 それでも、とても真剣だという事が、理解できた。

 間髪入れず、彼等は再び話し始める。


 ただ、私が余計な事を考えないようにするためなのだろう。その内容は、少し特殊だった。


『ところで、君の名前は?』

『そうそう! まだ聞いていなかったよね~』


 ひょい、とまた私に飛び乗った彼等は、軽い調子で尋ねてくる。


「あぁ、そういえば……。私の名前は恵。館恵だよ」

『メグミ? ふぅん。良い名前だね』

『ほんとほんと! 契約した甲斐があったね!』

「は? 契約?」

『甲斐があったかはまぁ、追々調べるとして。うん。契約はした。僕達を使役出来るようにする契約を、ちょっとね』

「え、いつ」

『『今』』

「な、何で」

『『宝珠の持ち主だから』』


 2人共、声を揃えてハキハキ喋る。しかもかなりリラックスして、私に体重を預けてきた。いや、重みは全く感じないけれども。

 宝珠を手に入れただけで、ペットが2匹増える、なんて。

 え、これってそんな変なアイテムだったの?


『あ、捨てないでよ? 誰も触れないし、契約したからには一定距離以上を離させないから』

「なっ」

『というかー、世界の今後に関わる大切な物だし! 大切に扱ってね。めったに壊れないけど』

「えっ」


 ……。

 思っていたより、ずっとおかしな事態になっているようです。ドラゴンに遭遇した。それだけでも十分大変な事態なのにね。


 それから先の事はよく覚えていない。

 覚えているのは、気が付いたら周りが綺麗なオレンジ色に染まっていて、焔に背負われていた辺りからだ。


 ずっと放心していた私を、焔が見つけてくれたらしい。

 足が痛くなっていたので、多分宝珠について聞いてから、ずっと立っていたのだと思う。


 避難していた人達は、ドラゴンを足止めしていた人達以外に死傷者は出なかったらしい。戦闘音が無くなって来てみたら、ドラゴンが倒れているのだ。それは驚いたらしい。


 うん、私も驚いた。


 帰り道、日雀は御者台に乗せられていた。一応飛んでいる原因が目の前にいるから、これなら酔わないとはしゃいでいた。落ちないといいけど。


 ドラゴンはめったに出ないからか、それほど警戒はしていないようだ。

 馬車は予定時刻よりも遅れはしたけれど、きちんと出てくれた。相乗り馬車ではなく、私用の馬車だからね。出ないとおかしいかな?


 ちなみに、馬車の中にはあの狐と小鳥も乗っている。小鳥の方は焔に優しく撫でられて、目を細めていた。気持ち良いらしい。


「かわいーなー。ね、名前は?」

「まだ決まっていないよ」

「へー、じゃ、アタシが付けていい?」

『うーん。契約者は恵だからなぁ。恵に付けてもらいたい!』

『下に同じ』


 そこは右に同じ、ではなかろうか。

 いやまぁ、焔に抱かれている女の子より、私の足元でウロウロしている男の子の方が、目線は下だけれども。


「それにしても、大丈夫だったのかい? あの惨事で」

「あ、はい、お父様。すり傷1つありません」

「……すぐに駆けつけられなくて、すまなかった」


 お父様は肩を落とす。

 でもお父様は貴族で、この領地の領主だ。いくら実の娘がいても、ドラゴンが出てくるような場所に行かせてもらえるとは思えない。

 だから、謝らなくたって、許している。


 普通の子供だったら、怖がって糾弾していただろうなぁ……。


 普通、の。

 ……そう。普通だったら。


 私達は、普通じゃない。


「……勇者、候補」


 雪瓜様から聞いて、多少理解したつもりだった。

 考える時間があると聞いて、鵜呑みにしてしまった。


 けれど、それは大きな間違いだ。


「ちゃんと、聞かないとね」


 世界を救う存在。

 その言葉だけで、重要人物であることが分かる。


 けれど、多くいる勇者候補の中で、私なんかは重要度が低い方だと思っていた。


 いくら選定具で認められようと、私は元々平々凡々な女の子なのだから。


 けれど、小鳥の女の子は言った。

 私の事を、最有力候補だ、と。

 あるいは、私の傍にいた紅音の事を。


 なら、もう一度、詳しく聞かなければならない。

 この世界を救うとか、そんな大それた事は考えてない。でも、せめて私の周りにいる人達を守れる力を身に付けたい。


「お父様」

「何かな!」


 駄々をこねられてもおかしくない状況だと自覚しているのか、お父様は肩身がとても狭そうだ。

 けど、お父様。ごめんなさい。


 慰めるのは、また今度です。


「雪瓜様を、正式にご招待したいのです。個人的名お茶会なのですけれど」

「あぁ、彼女のスケジュールなら、明後日が丸ごと空いているが」

「では明後日、私の私室に来てくださるようお伝えしてもらってもよろしいですか? お父様がどうしても私に謝りたいのであれば、それで許してあげます」

「! よし、分かった。必ず伝えよう!」


 ……。

 今思ったけど。

 ドラゴンが出たっていう事件のせいで、雪瓜様、お父様より前に、私のところへ普通に押しかけてくるのではあるまいか。


 うーん……。

 まぁ、いいや。そうなったらそうなったで。


 私は馬車の暖かい空気の中で、心地よい眠気に誘われる。

 あれだね。車とはまた違うけど、こっちはこっちで眠くなるね。


 私って車の中でしか、寝ない子だって、言われ、て……。

 ……すぅ。

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