18 Contact / 2
ひたすら真っ直ぐ続く道を進むこと20分。
ここ、外から見たよりずっと広いみたい。迷路のように枝分かれするでもなく、ただただ真っ直ぐ歩くだけなのに、何でこんなに道が続いているのだろう。不思議だ。
でもそれももう、終わりを告げる。
扉の無い、立方体の形をした部屋に辿り着いたのだ。
部屋そのものは広く、パッと身で一辺10メートルくらいありそう。
白い部屋の中央には、3段ほど積み上げられた石の祭壇がある。更に祭壇には、何かが祭られていた。とても綺麗な宝珠だ。
高級そうな布で作られた台座に、それはぽつんと置いてあった。
「何だろう、これ」
ここにいる人に聞いても、絶対にわからないだろう。けど、思わず問いかけてしまった。
興味を引かれた焔と紅遠が、それぞれ手を伸ばす。
「ひゃっ!?」
「ぅあつっ!」
それぞれが、持ち前の反射神経で飛び退いた。
何があったのだろうか。驚いて大きな声で叫んだみたいだけど。
「冷たすぎて触れない!」
「は? 熱すぎて、の間違いだろ! ……火傷は、してないみたいだな。赤くもなっていない」
宝珠に触れた2人の感想は、まるで正反対だった。
どちらも触れないという意味では同じだけど、リリエラがここへ来られなかったような、選別のようなものがあるらしい。
選別と言えば、あの試練で手に入れたブレスレットだけど……紅音が触れないなら、あれとはまた別のやつだね。
というか場所が違うし、当然か。
「魔力による拒絶反応、でしょうか」
思考に耽っていると、日雀が小さく呟いた。静かなこの空間では、ひどく近くにいるように聞こえて、思わず振り向いてしまう。
「魔力?」
「はい。魔法を使う際に媒体となる物質は、度々使用者を選びますから。その選別方法も様々ですし何を選ぶのかによって拒絶反応も方向性があるはずです……いてっ」
バチン、と大きな音を立てて、宝珠に触れようとした日雀は手を弾かれた。一瞬白い火花が散った事から、静電気のような物かもしれない。
イマイチ法則性が掴めなかった。
というか、この3人がダメなら、私もダメだろう。
何せ、前世も然る事ながら、現世も順調に平凡そうな見た目だし。才能的なものも、きっと平凡に違いないのだから。
そう思って、手を伸ばした。
「あ」
「あ?」
「お?」
「あっ」
十中八九拒絶反応が出るだろうな、なんて考えながら触れたそれは、特に私を拒絶するでもなく、手の中にすっぽり納まる。
あ、これ、ピンポン球サイズだ。
……って、そうじゃなくて!
「え、何で? 私、触れて……え!?」
そう、何故か、触れてしまったのだ。
他の3人と違って、何の拒絶反応も無い。
強いて言うなら、ツルツルとした感触と、じんわり温かい感覚がある。けど、拒絶と呼べるようなものではなかった。
とりあえずみんなに見せようと振り返って―― 気付く。
私以外、誰もいない。
「……え?」
私の声が、空間にこだまする。大きな声なんて出していないのに、エコーが響き渡る。
再び振り返ると、祭壇そのものが無い。
というか、私が立っている場所に床が無い。壁も見えないし、天井も無い。
白が続く空間に、所々ガラスの破片のような光るものが浮いている。
時折カシャン、と音を立てて砕け散るそれは、無限に出現しているらしい。
『勇者の素質を持つ者よ』
「だ、誰!」
突如として響いた、声。
柔らかな女性の声が、どこからとも無く響いてきた。
それは直接頭に語りかけているような、不思議な響きのする声である。
『強くなって』
「……はい?」
彼女は姿を現さないまま、こちらに何の説明も無く、話し始めた。
『思い出して。あなたが、これを見つけた意味を』
「えっと、あのー?」
『みんなを守って。あなたが後悔しないように』
「え? えっ?」
混乱して、頭までここと同じように真っ白になっても、何でかその声の内容がわかる。頭に直接、書き込まれているような。そんな感覚があった。
不思議と気分は悪くない。
ただただ安心感があった。
「あなたは、誰……?」
『私は《 》―― あぁ、まだ聞こえないようですね……』
名乗ろうとしたようだけれど、私にはノイズになって聞こえてしまった。
残念そうな声が響く。姿は見えないけれど、ガックリとうなだれている様子が簡単に創造できるほどに、声が沈んでしまったのだ。
『……今は「アトリエ」の力も開花していないけれど、あなたなら、きっと……』
「あの、何のこと?」
『ふふ。……いつかわかるわ。―― またね』
「え、ちょっと!」
声は言いたい事を言って黙り込んでしまった。
聞きたいを山ほど残して―― 視界が、暗転する。
「―― っ!」
けれど、暗転の混乱は訪れる前に粉砕された。
焔の声が、聞こえたから。
「恵? ちょっと、大丈夫?」
「あ、う、うん。大丈夫だよ」
焔の手が、私の前でひらひらと舞う。
大して焔や紅音はともかく、日雀もそれほど心配していないようだ。声だけの人との会話は、それほど時間がかかっていないらしい。
「そう? よかった。驚いたよ、アタシ達が触れなかった宝珠を、恵が触って、その上持ち上げちゃうんだもん!」
「え? あ……」
見れば、宝珠は私の手の中にある。最初に触れた時と変わらず、じんわりとした熱を放っていた。心の中まで温かくなるような、優しい熱だ。
うーん、何か覚えのあるあったかさ。
あ、カイロみたいな! あれだ!
「通路はこれ以上続いていないようですし、一応、収穫はありました。急いで戻りましょう」
「そう、だね。リリエラをこれ以上待たせたくないし。戻ろう! ダッシュで!」
「それは疲れるから却下! 日雀のためにも、体力は温存しとこうぜ?」
宝珠をそっとポケットに入れた私は、走る体勢をとる。
けど走り出す前に紅音に制止され、躓いてしまった。
たしかに、日雀は帰りもあの馬車に乗るのだ。紅音の言うとおり、早歩き程度のスピードで戻った方が良いだろう。
「じゃ、もどろっか」
私は、焔の手を握った。
焔は大きくて丸い目をパチパチと瞬かせると、数秒送れて笑顔になる。
これ以上留守にしたら、リリエラが困ると思う。15分以内に戻れれば御の字かな? わがままをしてしまったのだから、その分できるだけ早く帰ろう。
私達は特に示し合わせるでもなく、同時に出口へ向かって歩き出す。
その歩みも、やはり示し合っていないのに段々と早くなっていった。
出口に着いたのは、何と驚きの10分後。
「お、お嬢様! よかった、ご無事で……」
えらくホッとした様子のリリエラが出迎える。そわそわとして、妙に落ち着きが無い。30分以上いなかったから、心配したのだろうか?
「お嬢様、紅音様、焔様。それと日雀。今すぐ遺跡を出ますよ!」
「え? 何で……ひゃわぁ!」
ホッとしていたのも束の間。
リリエラは切羽詰った表情へ切り替え、私を抱き上げる。すると、何だか見覚えのある召使と和服の男女が現れ、私以外の3人も抱き上げた。
何事!?
私達が驚く暇も無く、リリエラ達は全速力にもおもえる動きで遺跡の外に向かって走り出した。
しかし私がリリエラを問い詰めようとした、その瞬間。
―― ズズゥウ……ン
空気が、揺れた。
「……え?」
その音を、私は聞いた覚えがある。
正確には違うかもしれない。けど、おそらく間違っていない。
それは、物が崩れる音。
積み木とか、そういう子供のオモチャで出せる音ではなく。
壁とか、建物が、爆発などで倒壊した時の、音。
あるいは、何か柔らかな「モノ」が、下敷きになった時の……。
「―― ッ!」
「っ、何があった、説明しろヤスタ!」
「はっ、ドラゴンが出現いたしました! 特殊Aランクの害獣です!」
特殊Aランク……聞き馴染みの無い単語である。
ヤスタ、と紅音に呼ばれた青年は、リリエラと同じく切羽詰った様子で紅音の疑問に答えた。その言葉の中に、ドラゴン、というものが聞こえた。
ドラゴンって、あのドラゴンだよね?
ファンタジーとは切っても切り離せないやつ! RPGにはありがちの敵モンスターに抜擢されるかっこいいモンスター!
ドラゴンの言葉を聞いた途端、紅音と日雀の目の色が変わった。
嫌な方向に。
「特殊Aランクだと!? そんなの、ここ数十年単位で出てこなかったはずなのに……」
「いつ避難指示が?」
「5分ほど前です」
「……何故逃げなかった」
「地響きは聞こえますが、まだ遠い。我々は紅音様のために存在する懐刀でありますゆえ」
今度は女性の方が答える。女侍とでも言うべきか、凛とした空気を纏う女性だ。腰に刀っぽい獲物を差しているため、間違ってもメイドとか召使ではない。
リリエラ以外は全員が20代以上だろう。うちの召使はちょうど20歳。あとの2人は日本人のような顔の作りであるため、むしろ年齢の判断がしやすい。
見慣れているからね。
「ドラゴンって、危険なの?」
「危険だ! 特殊Aランクを説明すると、街1つを一晩で壊滅させるくらい」
「超危険じゃん!」
「だからそう言ってんだろ!」
紅音と大声でやり取りをする。
人に担がれながらの会話だ。自然と声も大きくなる。あと舌噛みそう。
けど、それを笑う者はいない。今私達を担いでいるリリエラ達はもちろん、他の誰も。
街に、人がいなかったから。
街1つを、一晩で壊滅させる……そんなバケモノから、既に逃げたらしい。
先程までの活気が一切無くなった街は、ひどく寂れて見えた。
これだけ見通しの良い場所なら、そのドラゴンが着てもすぐわかるよね。そもそも、どのくらいの大きさか知らないけど。
そんな事を考えながら、私はそっと目を閉じた。
それは、ほんの瞬きのつもりだった。
なのに。
近くで、何か、そう、爆発音のようなものが響いた。
途端、地面が揺れて、リリエラの足がもつれる。
「……っあ」
抱えられていた私は投げ出されて、天地がひっくり返った。
けれど、私が地面に辿り着く事はない。
瞬きを終えた瞬間。
私の目の前にあったのは、無数に並んだ『歯』と、太くて長い『舌』。
放り出されたわけじゃない。
いつの間にか来たそれに、放り投げられたのだ。
そう刹那の内に理解した私は、周囲がスローモーションになるのを感じた。
まるで止まっているかのように錯覚するけれど、間違い無くそれは動いている。
それは、ドラゴン。
トカゲを大きくしたもの、と勝手に考えていたけれど、それよりずっと凶悪で、強靭だ。
ワニに発達した足と腕を持たせて二足歩行にし、大きなコウモリの羽を付けたような姿である。
全身が漆黒の鱗に覆われ、瞳のある部分だけが赤く煌々と光っている。
太い爪を手足の両方に携えており、整備されていた道路に食い込んでいた。
食べ、られる。
ああそうか、このままだと、食べられるのか。
その大きな口を開いたドラゴンは、私のすぐ真下にいる。
周りには誰もいない。
いるにはいるけど、今すぐ空を飛んで助けられる人なんていないだろう。
憎々しいほど晴れた空には、雲一つない。
そして、今日見たかった島の端も、思わぬ形で見られた。
崖になっているその向こうに、不自然に途切れた海が見えたのだ。
「……――」
1年。
私が私になって生きてきたのは、たったの1年。
その間、特別な事は何もやっていない。
前世も含めた走馬灯が、頭の中をグルグルと駆け巡る。
最後に、さっきの宝珠を手に入れたシーンが入った。
そうしてゆっくりと、時間が動き始める。
上から落ちる感覚と、冷たい風が頬に当たる感覚が、戻ってくる。
雪瓜様、ごめんなさい。
何だか色々説明してくれたけれど、私はここまでのようです。
私は、全身から力を抜いた。
『『―― 諦めないで』』
「……へ?」
ふわり、と、温かな何かが首に巻きついた。
途端、感じていた落下の感覚が綺麗サッパリ消えていく。
下の方で、ガチンッ! という轟音が響いた。
『力貸しちゃうよ!』
『君を……守るから』
「えっ?」
私は、目を見開いた。
何せ、頬にはふわふわとした感触が。頭には僅かに重みがあったから。
正体を確かめるべく目線を動かして、気付く。
下には、綺麗に歯を噛み合わせたドラゴン。
それは何度か咀嚼をすると、途端に吠える。
「GYAGOOOOoooo!!!」
「ひゃあ?!」
空気を揺らすほどの咆哮は、鼓膜を破らんばかりの音量で以って放たれる。
咄嗟に塞いだおかげで大丈夫だったけれど。
え?
あれ?
何が起こったの?
私、さっきまで落ちそうだったよね。というか、今正に落ちていたよね。
それで、食べられてジ・エンドの雰囲気だったような気がするよ。
私は改めて、頬と頭の感触の正体へと手を伸ばす。
すると。
『おはようございまぁーっす!』
頭の上にいた黒い毛並みの小鳥は、元気に挨拶した。
『ふぁ……何か嫌な空気だね』
私の首に巻きついた白い毛並みの狐が、くあぁ、と欠伸をした。
『ねぇねぇ! あのドラゴン闇に飲まれているみたいだよ! 変なの~!』
『はぁ。世も末だね。ドラゴンみたいな知能の高い者が闇に飲まれるとは』
小鳥はパタパタと羽を動かしながら、ケタケタ笑う。
一方、狐は至極面倒くさそうにやれやれと首を振った。
「ね、ねぇ、貴方達って」
『話は後、後! 今はあいつだよー』
『あれを落ち着かせないと、話なんて出来ないでしょ』
「そ、そうだけど」
『というわけで、久々に大暴れ行っちゃいますかー!』
『はいはい、お手柔らかに』
バサリ、と。小鳥が飛び立つ。
ふわり、と。狐が飛び降りる。
2匹はそれぞれの毛並みと同じ色の光を発しながら、その形を変えていく――
『私が攻撃』
小鳥は大人3人分の大きさに、黒から紅へのグラデーションが美しい翼を広げた。
『僕が守護』
狐は大きさこそ普通の狐並みだが、その尾を9本に変え、青い人魂を出現させる。
『『―― 君を守る』』
その2匹は、私へ振り返り、笑った。
……気が、した。
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