17 Contact / 1
馬車に揺られる事2時間。
この世界の馬って、翼があります。びっくりだよね!
白いのも綺麗だけど、全身チョコレート色も綺麗だし、ぶち模様のある子もかわいい。
おかげで悪路は無視して飛び上がった私達は、馬車の中でおおはしゃぎしています!
「焔、焔! 絶景だよ、大スペクタクルだよ!」
「はいはい恵。わかったから。今すぐ前のめりになった身体を後ろに引こうねー」
「こんな高い所から見るのは初めてだなー」
「あわわわ……」
ちなみにいるのは、動きやすい服装の私。
リュナに専用のお出かけ服を作ってもらった焔。
動きやすいけどやや和装っぽい服を着た紅音。
いつもの執事服だけど、高所恐怖症なのかガタガタ震えている日雀。
そして、お父様である。
「もうすぐ着くから、ちゃんと座りなさい、恵」
「あ、はい」
微笑ましく見守っていたお父様だけれど、もうすぐ着地というところで声を掛けてきた。着地の時は、多少振動があるらしいのだ。
窓の外は、確かに段々と高度が下がっている。
がたん! 大きく揺れて、それから少しの間はガタガタと揺れた。地面に車輪がついた証拠だ。
やがて停止した馬車の中で待っていると、外から鍵が開けられる。
「到着いたしました。足元にお気を付けください」
メイドと執事が数名、扉の前に並ぶ。
「さぁ、レディファーストだ。恵、焔嬢。どうぞ」
「め、恵はともかく、何でアタシまでそんな呼び方……」
「私がそうしてって頼んだからね!」
「……あ、そ」
「館家の領民である上、恵の友人だ。この待遇は、君への先行投資だと思ってくれていい」
ニコニコと微笑むお父様。子供に対して、ちょっと難しい言葉を使いすぎではなかろうか。私にはわかるけど、焔は理解できたのかな?
と思って焔の表情を見てみた。
真顔だった。
……え? 何で真顔?
「ほら日雀、着いたぞー」
「うぅううう」
未だに馬車の中で震える日雀を、どうにか外へ運ぶ紅音。
わぁ、日雀の目がグルグルしているよ。目の回るような事なんて、何一つ起こらなかったのだけれど、高所恐怖症って大変だね。
「日雀、大丈夫?」
「も、ももも、もんだ、ぃあり、ありありりり……」
「ダメだこりゃ」
乗り物酔いとは違って吐き気は無いみたいだけど、その分恐怖の破棄口が無いし、立ち直るのには時間かかりそうだね。
あ、そうそう。
私達は今、お父様に連れられて領地視察に来ています!
雪瓜様は前に、私たちの立っている場所は浮遊島だとか言っていた。それを自分の目で確かめるチャンスが訪れてくれたのです!
館家の領土はそんなに広くないけれど、大陸の端には面しているらしいのです。今回お父様は端にある領地を訪れるという事で、私と私のお友達を誘ってくれたのです!
「僕はこれから近くの街で会談があるから、その間は自由に動いて良いよ」
待ちに待った自由行動のお許しが出た! そう、私達には密かに護衛を付ける事を前提に、自由に行動する約束を取り付けました!
私、偉い!
本当の意味で自由ではないけれど、そこは立場を考えれば普通の事だ。
護衛がいる前提で、出来うる限りの自由を満喫するのだー!
「いい、い、いって、ら、ららっ」
「……無理はしないでね?」
「……は、はいぃ……」
ガタガタガタガタ、先程の馬車よりも震えている気がしないでもない日雀を、お父様が苦笑を浮かべつつ労う。
立場、逆だよね……。
そのまま、近くにいたリリエラに「後は頼む」と、いっそう力強く呟くと、数人の護衛を連れてこの場を後にした。
「日雀、大丈夫?」
私は日雀に話しかける。
けれど、反応が無い。ただの屍のようだ。
え、ちょっ、大丈夫!?
「あ、ダメだ。気力の限界だわ、これ」
「うぅ。帰る時もあの馬車を使うけど、どうしようかな」
「何とかして眠らせておけば? うん、何とかして」
私は周囲を見渡す。
それは、一言で言えば、銀世界、だった。
そう、只今季節は冬なのです!
雪がそれなりに積もっているのですよ! 私達も温かいモコモコ衣装なのです!
館家の領地に限らず、この大陸の冬は厳しい。前世で言う北海道並らしくて、真冬日だと最高気温が氷点下になる事も珍しくない。
豪雪地帯とそうでない地域が分かれているので、単に雪景色と言っても、南北東西で様相はハッキリと変わってくる。
館家の領地は豪雪地帯に入るみたいだけど、まだ積もり初めだから、短い足でも楽々歩ける。
あ、眠らせる方法だったね。
眠る、といえば、寒い場所。
ふと、脳裏に凍死という言葉が浮かんだ。
……いやいやいや!
「リリエラ、出来る?」
「ご命令とあらば」
リリエラがニッコリと笑ってくれたので、帰りは大丈夫なのだろう。そうでなかったら日雀がかわいそうだ。
嘘で無い事を、心の底から願っておいた。
「それで、恵。この後の予定って?」
焔が尋ねてくる。
予定を細かく決めていたわけじゃないけど、とりあえずの目的はあるよ! 私はグッと手を握りこんで、焔に向き直った。
「んとね。大陸の端が見える所まで行ってみたいな!」
「んー、リリエラ、思い当たる場所、あるか?」
「そ、それがその。現地の情報は日雀君に任せていて」
「おい、日雀! 起きろ! 恵が退屈そうだぞ!」
「たしかに退屈だけど、勝手に名前を出さないでほしいな?」
「……5分、待ってください。オネガイシマス」
誰が見てもグロッキーな日雀に、思わず腰が引ける。5分で回復するとは到底思えないよ?
顔は真っ青だし、そもそもマトモに立てられていないし。
これは、本格的に休憩を挟んだ方が良い様子。
来て早々だけど、休める場所を求めて、私達はお父様も向かった街へと移動を始めた。
街の名前はフロヤド。何と温泉のある、大陸でも珍しい和風温泉地なのだ。誰かの作為を感じるような名前だけど、そこがまた良いよね!
硫黄のニオイもするけれど、それはどこか懐かしく感じた。
「雪の中で育った野菜って、甘くて美味しいんだよね」
「アタシはニンジン以外なら……今あるの?」
「出回っておりますよ。温泉卵と合わせた料理も多いようです」
「わぁ」
私達と同じく、暖かそうなコートを着込んだリリエラ。彼女が指した先には、庶民のお食事処とそのメニューの書かれた看板があった。
建物は和風と中華を合わせたようなやつだけどね。
温泉地であるためか、そこそこ人通りが多い。宿よりも料理を出す見栄や屋台の多い通りを眺めていると、ふと、紅音に目が留まった。
「ここだと、紅音が一番馴染んでいるかな」
イメージとしては、大正浪漫といった風の紅音。灰色の着物と赤紫の袴っぽい服に、ブーツやタートルネックを合わせた服装なのである。
完全に洋風で欧風な私達よりは、この場所に馴染んでいた。
「在守河の領地が近い事も理由だろ。和風の建物はともかく、服装や料理はいつも俺が食べている者に近いだろうな」
「へー、そっか。ここの服とか、八百屋とか、見ておこうかな♪」
ルンルン気分で鼻歌まで歌う私は、除雪された道を歩く。服の特徴を覚えておけば、今後着るドレスの参考になるかもしれないし。
あと、ご当地食材を使って、何か作りたいな。
「……本当に、料理には見向きもしないよな、恵。素材には食いつくくせに」
「まぁ気持ちはわかるけどね。アタシも色々と食べて回ったけど、本当に美味しいのは恵の料理とお菓子だけだもん。お店出したら?」
口を尖らせて睨み付けてくる焔に、私は呆然としてしまった。
ここ数ヶ月、焔の孤児院に口止め料と称して料理やお菓子を届けていたけれど、好評すぎてちょっと困った事になっていた。
人の口に戸は立てられない。
私の事は誰も話さなかったけれど、お菓子とか料理が流出してしまったのだ。
材料とかは誰にも気付かれていないけれど、連日孤児院にお偉いさんがやってくる事態に陥っているのだ。
そんな事になってからというもの、焔がこれを提案してくる。
もちろん私が直接作るのではなく、代わりの料理人を用意して、その人に食事処を構えさせてはどうか、と。
「うーん、じゃあ、孤児院の子達に料理を教えて、定期的に売るとか?」
「うちのチビ達に? ダメダメ。絶対遊んで赤字になるから」
「やってみなきゃ分からないって!」
というやり取りも既に何回かやっているね。お互い一応言っておこう、という気概なので、おそらくこれからも実現しない。
「あ、ここってたしか、遺跡があったはず」
手をポン、と叩いて、紅音が言った。
「遺跡? 遺跡って、昔作られた建物とかの事だよね?」
「そうだ。昔の文字とか、古代魔法の記述が残っているとか。誰も解読できていないらしいけどな。一応重要文化財だそうだ」
「へー……」
遺跡かぁ。気になりはするけど、大陸の端を見たい欲よりは、優先順位が低いかな。
「そ、その遺跡でしたら、大陸の端に建てられていますよ……」
「……!」
ある程度回復したらしい日雀の言葉に、私は鼓動が速まるのを感じた。
どうしよう。
とっても、興味があるよ、それ!
古墳とかじゃないよね? 復元された物じゃなくて、天然物だよね? まだ魔法なんて使えないけど、古代の魔法とか、超気になるワードだよ!
加えて大陸の端にあるとか!
今私の需要最高潮だよ!
「行くか?」
「うん! うんうん!」
紅音がニッと笑って出した提案に、私は何度も頷いた。
その時、後ろから視線が突き刺さった気がするけど、今は気にしないよ!
「どうしよう、止められる気がしない」
「ふふ、右に同じです」
「す、すみ、ま」
「日雀はしばらく休んでいなよ。ほら、アタシの背にお乗り~」
「焔様、ここは私がお運びします」
「わぁ、ありがとね、リリエラさん」
後ろで焔達が会話していたけど、いつの間に仲良くなったのかな? ちょっと羨ましい。まぁいずれにせよ、楽しそうで良かった。
というか、紅音って走ると案外足が速いね。そこは、さすが男子、なのかな。それとも、単に私が遅いのだろうか。
ここに来て日頃外に出ていない運動不足が響いたかな?
……少し、落ち込んだ。
「恵、ほい!」
「焔!」
途端、焔が私の手を引いて、勢いをつけて背負った。小さく「しっかり掴んで」と呟いてきて、私は咄嗟にしがみつく。
途端。
焔は私を背負いながら、私よりもずっと速く走りぬける。
鍛えられた肉体から繰り出される瞬発力は、紅音をアッサリと追い抜いて、一気に差を開いてしまった。私を背負ってこの速さって、すごい!
「げ、ずっりぃ!」
「きゃー」
速い! ジェットコースターみたい!
滑るかもしれないと思うと怖いけど、それでも楽しい!
何と、焔はこの街にも散歩に来た事があったらしくて、観光はしなかったけど、遺跡の場所は知っていたみたい。
どうりで迷い無く、安全そうな路地裏とかを突き抜けるわけだよ。
正直途中でビビった。割と最近路地裏では嫌な事があったし。というか、焔も当事者だしちょっとは遠慮して欲しかったな?
しばらくぶっちぎりで走った後、良い運動レベルで乱れた呼吸を整える焔。彼女と一緒に、遺跡の目の前にあった屋台で飲み物を買う事になった。紅音達は喉渇いているだろうし、寒いからアイスじゃなくて、ホットが良いよね。
無難にお茶にしておこう。あ、緑茶がある。
「これにしよっか」
「うん」
買ってから、意外とすぐに、紅遠達が追いついた。やけに遅いな、と思っていたら、ゆっくり歩いていたリリエラ達と合流していたみたい。
紅音は遺跡の場所を知らなかったらしく、元来た道を辿ってリリエラ達と合流したようだ。
「おま、ずるいぞ! 焔の手を借りたから、俺の勝ちな!」
「え、これって勝負だったの?」
「あぁ、うんうん。アタシの反則負けね。後で誰も見ていない所で乗せてやろうか?」
「何だと!? 乗ったぁー!」
あ、乗るんだ。
ドヤ顔を決め込んだ焔が、私を挟んで悔しそうに睨む紅音を見下していた。
でも、見下された方の紅音は、悔しがってはいても楽しそう。うんうん、ケンカはしていないけどケンカするほど仲が良い、だね。
「お嬢様」
声に振り返ると、日雀がリリエラの背から降りている場面だった。リリエラから離れた日雀は危なげなく立ち、目には生気が戻っている。
かなり申し訳なさそうな表情だった。
「日雀、もう良いの?」
「約2分前には回復していました! ……リリエラさんの好意には、甘えてしまいましたが」
「ふふ、後で紅茶を一杯、お願いしますよ?」
「それで済むのなら、喜んで」
リリエラに、日雀は目を合わせないようにして苦笑した。
一方でリリエラは楽しそうである。うん、身分的には同じような立場だから、仲良くなりやすいのかな? 姉弟みたいで、微笑ましい。
そういえば、日雀はリリエラに背負われている間はちゃんと休めたのだろうか。
高所恐怖症、だよね?
「リリエラの背丈程度なら、大丈夫なの?」
「……地面に足が付かない理由が見えていれば、大丈夫です」
言われてみれば、馬車の中からでは馬が見えなかったし、常に浮遊感があった。なるほど、あの、浮遊感が苦手なんだね。
飛行の魔法もダメなのかな?
使えるようだったら、ちょっと試してみよう。日雀には悪いけど。
なんて密かに企んでいる間に、遺跡の中へと入って行く私達。さすが観光地だね。たくさんの人が来ていて、物知り顔で遺跡の壁を睨みつけていた。
遺跡はローマにありそうな神殿のような外観をしているけど、色はイメージと違い土色だ。神聖さはそんなに感じられないね。
中もそれほど広くなくて、壁一面に文字が掘り込まれている。
魔法について書かれた文章が彫られている壁。大理石のようにツルツルとした質感で、でも見た目はコーヒークリームの色だ。
私は近付いて、読めないだろうな、と思いつつ、目に映った部分に目を凝らした。
そして、一言。
「何これ」
そこには、日本語があった。
え、何で?
この世界の文字を読むと、脳内で勝手に文字が変換される感覚がある。それはこちらの文字と日本語が、全く別の言語である証明だ。
それが、無い。
つまりこれは、れっきとした日本語で書かれている。
「……あなたにあげる?」
書かれている文章を読み上げる。
ほんの一部でしかないけれど、そこだけが妙に目に付いた。
「お、何々? おもいだせ、って書いてあるけど」
「つよくなれ、って。言われなくてもわかるっつーの!」
「……まもれ?」
私だけでなく、リリエラ以外は読めた。というか、これは読めた内に入るのだろうか。全員、内容がバラバラなんですけど。
紅音はともかく、焔も読めたし。必ずしも前世持ちが読めるとは限らないみたいだよね。
名前が漢字の人が条件、とか? うーん、どうだろう?
よく見ると、壁一面が日本語だらけ。この世界でも、昔日本語が使われていたって事なのかな?
今はそんなゆっくり見て回る事は出来ないけど、気になる。
今度もう一度来ようかな。ゆっくり見たい!
「お嬢様」
「うん?」
「そこは行き止まりですよ、壁にぶつかります」
「へ?」
リリエラに言われて、流し読みで壁に向けていた視線を戻した。
けれど、それっぽい壁は無い。このまま進んでも、別に大丈夫そう。
むしろここから先は、真っ白な石造りで綺麗だし、行って見たい。紅遠達も私と同じでワクワクした面持ちである。
「あれ? リリエラにはこの先に道があるの、見えないの?」
「え? あ、はい。あの、お嬢様方には、この先に道が見える、のですか?」
リリエラは訝しげに、壁が白と茶色で分かれている部分に触れる。シャボン玉のような虹色の透明な膜に遮断されて、リリエラはその先にいけないようだった。
リリエラの目には、そこがここまでと同じ、茶色の壁に見えているみたい。ノックすると、たしかにコンコン、と硬い音が聞こえてきた。
紅遠達を見るけど、文字と同じでリリエラ以外は見えているみたい。さっきの文字といい、この道といい、何なのだろう?
十中八九、この先には何かがある。
そう感じた、その時だった。
『 ―― おいで 』
「……ッ!」
何かが、聞こえた。
女性の声だ。
とても優しくて、柔らかい、声。
「……リリエラ、ごめんね」
「え」
気が付くと、私は膜を通り抜けて、向こう側へ踏みだしていた。
今正に、彼女が触れて確かめた壁を、すり抜けたように見えただろう。リリエラは目を見開いて、口をはくはくとさせた。
「あ、護衛は日雀がいれば大丈夫だよね?」
「え? あ、えっと。はい」
「じゃ、一緒に行こう、日雀」
「で、ですが」
日雀に確認を取ってから、私の姿が見えていないだろうリリエラに向き直る。膜の向こうとここで声は届くみたいだ。
日雀は狼狽して、膜の向こうにいる私とリリエラを交互に見やる。
けど、すぐに姿勢を正し、コクリと頷いた。
「リリエラ、すぐに戻るから、この事は秘密ね!」
「お、お嬢様? お嬢様!」
リリエラには悪いけど、私の本能は進めと告げているのだ。
それに……誰かはわからないけど、呼ばれたし、ね。
「じゃ、行ってきます、リリエラさん」
「俺も行った方が良いよな。悪いけど、うちの護衛にも説明しといてくれ」
「お嬢様はせいいっぱい守りますので、後はよろしくお願いします」
「え、えええ!?」
ごめんね、リリエラ。後で何でも1つお願い事聞くから、見逃して! 見逃すしか出来ないだろうけども。
「はぁ、もう……行ってらっしゃいませ」
「……!」
最後に頼もしい言葉が聞けた。見れば、膜の向こうでリリエラが軽くお辞儀している。誰が見ても良いように、不自然ではない程度のお辞儀だ。
「いってきます!」
私は、私が出せる限りの声で、応えた。
リリエラは困ったように、笑う。
うちのメイドは、若くても肝が据わっているらしい。
ちょっと、胸が温かくなった。
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