第7話 嵐と視線
中学2年生の頃、僕はいじめグループの一員だった。一員というよりか、僕をおよそ子供に対する言葉とは思えないほど辛辣に罵倒した教師の言葉を借りれば、正確には問題の中核人物であり、諸悪の根源であったらしい。
それはあまりにも不毛な季節だった。
はじめはささやかな悪戯心から始まった冗談が、気が付けば悪質な自由の侵害行為へと発展していた。
仮にもそこそこ難関な試験を潜り抜けて入学した、私立の進学校である。本質的には愚鈍な癖に、詰め込まれた知識を応用してそれなりに頭が回る。
だからこの時期の僕らは、真面目に勉強をする代わりに、抜け目なく人を追い詰める方法を探求した。
一時代前の漫画や、分かりやすいドラマでよくある、殴る蹴るのいじめではない。見えないところで画策し、犯行者が誰か決して分からないように陰謀をめぐらせ、ターゲットに指名した身内の友人の周辺を少しずつ崩していくのである。
それはまるでスリルのあるパズルゲームだった。油断は空隙であり、僕らは常に未熟の解消を望んだ。悪徳の萌芽が、その茎をぐんぐんと伸ばし、やがて人の精神を要文に崩壊が花開くことを強く欲した。
要するに、生贄を作り、根負けするまで追い詰めるゲームである。自然発生的な投票により仲間内から選出された生贄を、それと分からぬようにじわじわと攻撃する。
私物を隠したり、破壊したりする。プライベートを暴いてそれを本人に間接的に知らせ、常に誰かに見張られているのではないかと不安を煽ったりする。
そうした数々の嫌がらせを、本人の反応を窺いつつ、適切に微調整を繰り返し、ギリギリまで事の発覚を避ける形で行うのである。
ターゲットは時折首を傾げ、勘が良ければ疑心を募らせる。しかし分厚い友人の皮を被った手厚いサポートにより、大抵の惑いは乗り越えられる環境が整えられる。
そして山を登り切ったところで断崖を提供する。ターゲットは霧の中を歩き続け、ようやく辺りが晴れてきた時に、自分が崖っぷちを歩かされていたことを知ることになる。あるいは頼みの綱と、手を握り続けていた案内人が振り返ると、顔の腐ったグールだった、なんてファンタジーな比喩でもいいだろう。
とにかく僕らは、裏切る時は徹底的に裏切った。それが相手を絶望の淵に追いやる最高の演出だと知っていたからだ。ある者は発狂し、ある者は転校していったが、嵐が過ぎ去ったあと孤独になる点については、誰しもに共通していた。
だから僕らは不毛な技術を磨き続け、目的に向かって切磋琢磨し、希望のない未来に有り余る若きエネルギーを投じまくった。
グループは一人抜けてはまた一人増え、そうやって鎖の輪を変えつつ、常に新しい輝きを放った。
僕らは馬鹿ではなかった。しかし異常に愚かだった。
愚劣と呼ぶにふさわしい、最低最悪のクズどもだった。
しかしそれでもやはり、当時の自分たちを振り返ると、最低最悪のクズで間抜けだったとだけは言わざるを得ない。なぜって、およそほとんどのターゲットがその順番が回ってくるまで、自分が生贄に捧げられる可能性に、本当の意味では思いを馳せることができなかったからだ。
正確には(特にその活動が活発になり、代謝が繰り返されるほどに)みな多かれ少なかれ自分の番がやがてめぐってくるのではないかと怖れを抱いていたはずだ。
しかしその恐怖心は日々の陽気な笑いの奥へと押し込められ、代わりに未知のエネルギーへと変換され、僕らを魔女裁判にも通ずる馬鹿げた蛮行へと駆り立てた。
大なり小なり、あるネガティブな出来事について、自分にもいつか同じ報いが訪れ得ることを人がもっと真剣に検討できるのならば、人類史はもっとまともな水準に達しているに違いあるまい。
もっとも、アンネ・フランクが口にしたように、悲劇の想像にかまけるあまり、日常に影が差してしまうのならば、それもまた生きる理由をはき違えるという意味で、本質的に阿呆なのだろう。
僕らの過ちの由来――それは圧倒的想像力の欠如だった。
奪うことに魅せられ、追い詰めることに躍起になった。
他人の苦痛はすばらしい。悲鳴は一種の芸術である。
自分たちの利益のためなら、人の犠牲は厭わない。
人間は根源的に時間的存在であると、ある哲学者は皮肉を込めて言ったそうだが、その点からいえば、おそらく僕らは人間ではなかった。
しかし僕らは、学校の規範を悉く守った。バレなければ何をやったって許されるということを学んだ。
もちろんバレればその時は苦しく、事実事が発覚しかけたことも何度もあった。
だが切り抜けた。規範と真実の差異を見抜き、それに対処できるほど賢い大人は、僕らの周りに一人もいなかった――少なくとも、僕らはみなそれを信じて疑わなかったし、あの一人の教師に出会うまでは、僕だって同じように思い込んでいたはずだ。
ただ一時的快楽ばかり追求する動物でありながら、動物ですらない、破滅を探求する未熟な生物たち。
あの頃の僕らはいったい何だったのだろう?
いずれにせよ、僕らは――いや、僕は、そのように人の発達に最も重要な季節を、大量の人的環境破壊活動に費やしたのであった。
もしも人の一生で運の総量が決まっていて、それを使いつくした時に命運が尽き、未来が閉ざされるのだとすれば、僕はこの時にすべての運的財産を失ったに違いない。
それくらい、僕は無慈悲に他者の幸せの強奪に励んだ。
無自覚に、何かに取り憑かれたかのごとく、己が本能に服従して。
とはいえ、あらゆる物語には終わりが訪れるものだ。
その終わりの糸口を開いたのが、ほかの誰でもない、塔堂先生だった。
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その頃、僕は恒例の悪質な遊びに夢中になって有頂天だった。
というのも、その一週間ほど前に、一人の教師が病院送りになったからだ。
僕のことを”諸悪の根源”、“悪鬼どもの親玉”といった大仰なフレーズで罵倒したその教師は、おそらく思い返せば最も勇敢で、賞賛に値すべき人物だったのだろう。
ほとんどの教師陣が僕らのことを警戒視しつつも、その犯行現場を捕えることができずに気を揉んでいた時期に、その教師は証拠もなく僕のことを犯人扱いし、非難した。
「私には本当に悪い奴が分かる」「君はいずれ必ず不幸になる」「君の魂には第六天の魔王が住み着いている」等々、教師が口にしていい限度を超えて、かなり過激な言葉を浴びせられたものだ。
その教師は中国系の日本人で、小学生の頃に日本に移住してきたのだと語った。言葉の端々から、物事に対する価値観があまりに感情じみていたきらいこそあったものの、日本のことはおそらく日本人以上によく勉強していたことが伺えた。
日本語はそこそこ流暢ではあったが、それでも外国人ならではの独自の癖は残る。そんな絶妙に微妙な片言の舌回りで説教を受けた日にはたまったものではない。さらには証拠などどこにもないのだ。
当然の報いとして、その教師はすぐにクビになった。理由は女子生徒の紛失した下着が鞄のなかに入っていたこと、また学校に当人宛ての援助交際を思わせる電話が掛かってきたことなどが原因で、それは初めから蔓延していた中国人に対する軽蔑心に助長されて、あっという間に彼の立場を最も不利なものへと追いやった。
それなりに名のある進学校だったので、ニュースにもなった。新聞云く、最終的に彼は聖職をクビになったが、それは単なる自業自得だと、僕らは笑った。
その話題が尾を引いて、警戒心は怠らずも、僕の仕事には拍車がかかった。その影響で、この日、精神を病んだターゲットが発狂した。
野暮ったい網目のセーターばかり着ていたそのクラスメイトは、僕らの間で”ニットくん”とのあだ名がつけられていた。ニットくんはその日に至るまで、執拗かつ綿密なスケジュールに基づいてメンタルを着実に破壊されつつあった。
もちろん、それは僕らの類稀なる努力の結果だ。執拗な非通知電話や大量のスパムメール、金属製のロッカーを呪いの顔のごとく破壊するなどの数々の嫌がらせにより、彼は常に誰かが自分を破滅へ追いやろうとしているとの強迫観念に駆られた。
対象者が不安がるところに友情の支えを提供し、度々その安定に揺さぶりをかけ、友情に依存させたところで放課後の遊びの支払いをさせるようにする。それは支出源の確保と、対象者の正常な判断を鈍らせるという二つの意味で、僕らの定番のやり口であった。
犬のように自分から尻尾を振って金を出し、友情に媚びるようになった段階で、僕はニットくんに下校途中にある駅近辺の川から飛び降りることを強要した。彼は戸惑って理由を訊いてきたが、それに対して僕は、至極正当っぽい理由をでっちあげて説得した。
当時の学生たちのなかで、僕は論理的説明能力にやや長けていたようだ。感覚的な理屈で快楽を追求する一方、その上から知的風な解釈をふりかけるだけで、誰もが自分たちの取り組みにやりがいを見出すことができた。そういう説得力が、僕の言葉にはあったらしい。
そのようなわけで、放課後の帰り道、ニットくんは川への飛び込みを人生に必要不可欠な勇気として刷り込まれた。排水用の川は、高さだけで軽く6~7メートルほどあり、水の深さは靴二つ分ほどの浅いものだった。「俺が見守っているから、勇気を出せ。自分の弱さを乗り越えるんだよ」と励ましまくってターゲットをその場所へと送り込み、僕らは少し離れた建物の非常階段からその様子を見守っていた。
駅前大通りから一つそれた用水路の前で、非通知でかけた電話(もうそれくらいでは不信に思えないほどに彼の頭は腐食していた)の通話口から、挙動不審なニットくんは天啓のように僕の声を聴いた。
――何が怖いんだよ。恐れるものなんて何もないじゃないか。
――確かに足はケガするかもしれない。
――だがお前は生涯に渡ってお前自身を守る勇気を手に入れる。
――そして見えない場所からお前を苦しめようとする奴に、もっとも効果的なやり方で復讐するんだ。
――”俺は弱虫じゃない。お前らみたいな卑怯な奴には絶対に屈しない”ってな。
――だから、俺を信じろ。俺たちの絆を信じろ。
――もう二度と、自分の弱さに傷つかずに済むように、今、ここで、壁をぶち破るんだよ……
中学生であれば、誰だってドラマや映画、漫画みたいな情熱的な展開に憧れるものだ。口ではそれを馬鹿にしつつも、自分の身の回りにそうした非日常の手がかりが舞い込んできたなら、平常心ではいられない場合がほとんどなのだ。
そして僕はそれを知っていた。
思春期というものが、いかに不安定で特殊な時期なのかを。
それ以上に、夢と理想に踊らされる人間という生き物が、いかに愚かなのかを。
だから利用した。そしてその罠にかかった根暗で金魚の糞みたいなそいつは、友情に飢え、ロマンに飢え、これから足を折るほどの高所から飛ぼうとしていた。
僕は、仲間を連れて、その様子を見守っていた。「二言はない。俺は命をかけて本物になれる奴だけを信じる。そういう友情を求めている」と告げて電話を切り、10分近くが過ぎようとしていた。
臆病ではあるが、見捨てられることを極度に恐れる性格だった。僕が言えば飛ぶはずだと確信していた割に、そのあまりの臆病に僕はかなりの苛立ちを感じていた。
そこで何度も電話を掛け直したかったのだが、生憎仲間内で何分以内に飛ぶか賭けをしていたため、それはできなかった。僕は何よりも確立に変動されない確実なことが好きだったため、こうした賭け事はあまり好まなかったが、それをすれば周りのみんなが盛り上がることは知っていた。
そして”1分以内に飛ぶ”に5千円を賭けたせいもあって、僕は神経を苛立たせ、心中で「早く飛べ、早く飛べ」と都合よく神(あるいは悪魔的何か)に向かって祈りさえしていたのである。
しかし、1分が過ぎ、5分が過ぎ、10分が無慈悲に過ぎ去った。途中から半ばどうでもよかったが、仲間のなかで15分に賭けている奴がいたため、それまでは待つ必要があった。
そんななかで、焦れったさのあまり、僕はポケットに手を突っ込んでニットくんに電話をした。すぐに駆れは慌てて携帯を確認したが、僕はもちろんすぐに電話を切って、こちらの反応を窺う友人たちに向かってややおどけた素振りで何もしていないとの意思表示をした。
それを一人が追求してきて、微妙に空気が悪くなりかけたとき、甲高いサイレンが響き渡った。
何事かと振り返ると、地上でニットくんが発狂していた。
抱えた頭を前後し、人の咽喉から出るものとは到底思えない異様な絶叫を響かせては、身体を不規則な方向に大きく揺さぶって文字通り気が狂った舞を披露していたのだった。
その怪奇的な様は、まるでムンクの『叫び』がこの世に現出したようだった。通りがかりの人たちがまばらな輪を描いて取り巻いていく光景が、その空間が周囲から切り取られたまったく異質な領域であることを思わせ、それがまた当事者にとっての異常性を際立たせていた。
物理的空間は、何の前触れもなく歪んだりはしない。
しかし人の意識は世界を歪曲させ、その有様を作り替える。
仲間たちはあれこれと怖れを口にして動揺を露わにしていたが、僕はそれどころではなく、感動し、興奮していた。
それまで僕は、企画や演出も含めて、希望破壊的活動を一種のスリル満点のゲームのように思い、また子供ながらに天命にも等しい一仕事に挑むような真剣さで取り組んできた。
それでもしばしばマンネリの到来を予感し、だから腐らないように動き、生贄を選出し続けた。しかし細菌はほぼ予定調和に絶望するだけで終わったり、あるいはただ不登校になって自分たちの手の届く範囲から逃れていく面白みのないターゲットが増えつつあることに、うんざりしてもいた。
とにかく刺激に飢えていたのだ。そんなときに、彼の悲鳴を聞いた。それは芸術的恍惚とでも呼べそうな新しい境地だった。丹精に描き上げた虚構の生物を扱った絵画から、突然その生き物が飛び出して実体化し、“これが自分の全体像だぞ”と全身をあますことなく見せびらかし、描写の甘さを存在感の迫力で指摘されたかのようであった。
それはあまりに嬉しい誤算だった。
それほどにも、ニットくんの発狂は人間離れして、周囲の日常的情景を拒絶していた。いいかえれば彼が僕との友情にそれだけ希望を見出していたということでもあり、それをあっさりと裏切れた自分のあり方、そういった自分とニットくんを取り巻くすべてに、僕は感極まったのだった。
気付けば仕掛け人である仲間たちは逃げ帰ったらしかった。僕だけが階段を下りて彼の元へとむかっていた。
まばらな人の輪で出来た檻の向こうに、ニットくんが踊っていた。普段、自分の意見もほとんど口にせず、意見したところで僕の指摘の前に即座に撤回するような根性なしである。
その彼が、まるで常識を、日常を、自分を縛りつける一切の枷を振り払おうとするような動きで、巧みなダンスを披露していた。
その全身を使った表現に、命が織り成す歌声に魅せられていた僕は、その時どんな表情をしていたのだろう?
ふと、なんとはなしに目を逸らすと、橋の向こう側の人物と目が合った。
その時僕は、瞬間的に自分の挙動がカメラに映らされ録画されている感覚を味わった。しかしそうではなかった。そこにはヒト特有の二つの漆黒が輝いていた。
そこにいたほぼすべての人たちが、発狂するニットくんに気を奪われているなかで、ただ一人、なぜかそこにいた、数学担当の教員である塔堂先生だけが、僕のことをまっすぐに見つめているのだった。
窓の外の銀河海溝 cue @onxytan
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