三十九日目 黎明

「神様とかアホらしすぎる」「仕込み?」「どう見てもホロでしょ」「ルライドさん頭おかしいんじゃない? すごい人だと思ってたのに残念……」「デクスってマジでいたのか……」「ニホンってどこだよ」「ゲシャメナって言いにくい」「俺も魔素の仕組みはおかしいと思ってた」「人類を絶滅から救うとか英雄きどりか?」「だいたい一人で何ができるんだよ」「設定ガバガバすぎる」「あの美少女の名前なに?」「だからルライド・アトライヤって名乗ってただろ」「デクスはいますよ。ソースは私」「でも実際高校生があんな発明するのは異常。神様が絡んでるって言われた方がまだ信憑性ある」「うちの魔人も勝手に動き出したりすんの? 怖いんだけど」「信じてる奴いて笑う。ディフィニ社のパフォーマンスだろあれ」「ダッチワイフ魔人の販促目的の線が濃厚」「ていうかあの時警察の魔人もいたんでしょ? 警備できてないじゃん」「だからデクスはいますって。ソースは私」「まぁぶっちゃけ世界大戦始まったときは人類滅びると思ったけど」「魂の学問はこれから発展しそう。もし本当にあればの話だけど」「誰にも言ってないけど、俺勝手に動き出した魔人捨てたことある」「これから魔素使えなくなるの?」「機械たちの反逆が始まる……」「神様って……新手の宗教勧誘か?」「あの映像にいた美少女の魔人、まだ捕まってないらしいね」「デクスはいますぅ」「荒らしやめてください」


***


 四月。ほとんどの地域で気温は柔らかに上昇をはじめ、植物が眠たい目をこすりながら目覚め始める季節。


「……いや、やっぱりまだ寒いな」


 肌のセンサーを確認すれば、一か月前とあまり変わりのない数値が確認できた。

 世界中に大激震を与えたフニール賞授賞式。その閉幕から既に一か月が経過しようとしていた。

 手元の折り畳み式マイコンに通知が表示され、チャットルーム内に新たな書き込みがあることを伝えてくる。


「ライアットは今どこらへん?」


 グロリィから送られてきたメッセージを見て、周囲に視線を巡らせる。

 見えるのは遥かに続く水平線と、直上でこれでもかと輝く太陽。乗っている小型ボートの行く先を見れば、豆粒のような島の影が見えている。


「もう近くまで来てる。多分もうすぐ着くよ」

「よかった」


 近づいたとはいえ、目的地まではまだ時間がかかるだろう。

 指先で画面をスクロールしながら、チャットルームの履歴を読み返していく。

 始まりは、あの授賞式が終わってから一週間後。


「ルライド君。その後は大丈夫でしたか?」

「問題ないです。無事ディストロからは逃げられました」

「安心しました。私の方からもできるだけ説明しますが、いましばらくは姿を眩ませてくれると助かります」

「了解です」


 壇上での彼の告白、その内容は世界におおきく波紋を広げた。テレビやネットも含めて、今やその話題で持ちきりだ。もはやフニール賞の授賞式がどうとか、そういうことをとやかく言っている場合ではないことは明白だった。

 だが、それはそれ、これはこれである。

 公的行事である授賞式に乱入、度重なる発砲とバイクでの乗り入れ、ホール内の設備の破壊、法で固く禁じられている魔素榴弾マナボムの製造、使用。警備員への暴行などなど……

 これでもかと盛られた犯罪行為によって、現在僕は絶賛指名手配中であった。魔人であることもバレているので、もし警察に見つかれば警告なしで破壊されることは必至だ。

 さらに履歴を読み進めていく。


「私はこれから、魔素の研究と並行して魂の研究も始めようと考えています。ゆくゆくはこの体をあなたへ返すつもりです」


 ふと気になって、ブラウザを動画サイトへとつなげる。並んでいる見出しはだいたい同じだ。どれをクリックしても同じであることは分かっているので、一番近くにあった動画を再生する。

 ネット配信を録画したそれはかなり画質が荒かったが、音声さえ聞こえればどうでもよかった。

 スポットライトの下、彼がマイクを持って話し出す。


「……この映像をご覧の皆さん。まず、私は……この世界とは違う、別の世界から来ました」

「チキューという惑星のニホンという国の生まれで、本当の名前はマキミヤ・ハヤトといいます」

「以前いた世界で死んだ私は、先程までいた神……ゲシャメナという存在と契約をしました」

「契約の内容は『この世界を発展させ、人類を絶滅から救うこと』。ゲシャメナは、その為にこの世界に魔素を生み出しました」

「彼の体に乗り移った私は、この四年半、人類を滅亡から救うための手立てを考え続けてきました。私が開発した複合型魔包は、その足掛かりです」

「しかし……今しがた、私は神と決別しました。もしこの世界が危機にさらされても、もう助けてくれる神様はいないでしょう」

「契約は破棄されましたが、私はこれからも努力を続けます。必ず、世界平和を成し遂げます。ですが……」

「ですが、そのためには皆さん一人ひとりの協力が不可欠です。神様はもういません。これから、人類にとってどれほど困難なことが起ころうとも、二度と奇跡は起こりません」

「それぞれが自発的に思索し、問題に立ち向かい、解決するしかないのです」

「この世界に生きるすべての存在へ請願します。どうか……どうかよろしくお願いいたします」


 そう言って彼が頭を下げると、観客からざわめきの波が広がっていく。壇上にはこの時を待っていたかのように警備員が押し寄せ、慌ててバイクを走らせて逃走する美少女魔人の姿が映し出される。

 結局、彼と直接会って話せたのはあの時限りだった。

 それでも、またこうやって連絡を取り合うことができたのは、マザーの協力によるところが大きい。

 逃走する瞬間、マザーが『インカムを彼に投げてください!』と叫んでいなければ、きっと僕はまた道しるべを失っていただろう。

 会場を出た僕は、警察車両とのカーチェイスと銃撃戦を繰り広げた挙句、マザーと共謀し、都市にいたすべてのボットを集結させて道路そのものを封鎖する暴挙に出た。おかげで警察からは逃げられたものの、少々センセーショナルな見出しでテレビデビューを果たす事になってしまった。

 グロリィと一緒にベリトンで撮られた写真も出回っており、一夜でネット上の有名人になってしまった僕は、国外へ逃亡することを余儀なくされた。


 動画を再生し終わったタブレットに、今度はメール着信の通知が届く。

 送り主はサフィエさんだった。


「本日付で彼女の監視を解除しました。取り急ぎ、ご連絡をと思いまして」


 見た目は少しきつそうな人だったが、本来はまじめで律儀な人なのだろう。お礼のメールを手早く送り返し、グロリィにもその旨をチャットで伝える。

 数分後、怒り狂ったメッセージ郡が画面を一斉に埋め尽くした。


「なにそれ」

「きいてない」

「なんでそんなことするの」

「こたえて」

「おこってます」


「ごめん」と打ち込んで、彼女からの通知を切る。あの場所に行くことは伝えていたが、そのまま滞在することは伝えていなかったのだ。


 国外へ逃亡するということを決めた僕は、ある場所を目指していた。

 どこの国にも所属せず、僕を通報するような人間もいない……そういう場所に、一つだけ心当たりがあったのだ。

 ただ、そこに逃げ込むにあたって、ある組織と協力する必要があった。

 サフィエさんに頼んだのは、組織の上層部との交渉。その内容は『あの島の管理を引き受ける代わりに、グロリィと組織との関わりを一切絶ってほしい』というもので、そんなことを本人の同意抜きに勝手にしていれば、怒られるのは当然だろう。

 僕が彼女に作った借りは、とんでもなく大きい。それこそ一生かかっても返せないような負債だと理解している。もっとも、彼女はそうは思っていないだろうから、こうやって強引に返していくしかないのだ。


 ホーム画面のギャラリーを開く。大量に入った写真データは日付順に並んでいて、古いものから一つずつ眺めていく。

 写っているのは弾けんばかりの笑顔でマキミヤさんと肩を組んでいる幼馴染。続けて、家族ぐるみで映っているモノや、山でキャンプをしている写真。学校での一コマや、穏やかな彼女の寝顔。

 幸福の軌跡のようなフォトギャラリーを眺めながら、口角を上げる。

 僕の家族や幼馴染とは、まだ会えていない。彼からも説明してくれたようだけど、まだ混乱しているみたいで、あまり話せる状態ではないらしい。

 僕からは何もすることが出来ない。時間が経って、みんなの心の整理がついて……そうなったときに、一緒にいたころと変わらない態度で接してあげることが、唯一僕に出来ることだろう。


『ご機嫌ですね?』


 横合いから話しかけられた機械音声に軽口を返す。


「それはほら、マザーとの二人きりの生活が楽しみで」

『おや! 私も同じ気持ちですよライアット!』


 本体にスピーカーのみを付けた彼女は体を動かすことは出来ないが、恐らく腕がついていたらぶんぶんと振りまわしていたことだろう。そう感じられるほど声が弾んでいた。

 不規則な波で揺れるボートの上で同じように揺れる彼女は、次の軽口を言う前に急激に声のトーンが落ちた。


『でも……心配ですねぇ……レジンとカレとミルリヤちゃん……三人だけで本当に大丈夫でしょうか……』

「まぁミルリヤちゃんは今までも一人で生き抜いてきたみたいだし、レジンとカレも真面目だから、それほど心配しなくてもいいんじゃない?」

『……それはそれで寂しいですねぇ』

「ネットさえつながればいつでも話は出来るから」

『……そうですね!』


 元気を取り戻したらしいマザーは『私も頑張らなくちゃいけませんね!』と意気込んだ。


 ゴミ島に行くにあたって、マキミヤさんは個人所有の船を用意してくれた。が、しかし、僕は指名手配犯。小型ボートでは他の船から逃げることは出来ないため、領海を出るまでは誰にも見つからないようにしなければならなかった。

 ゴミ島の正確な位置情報も分からないため、マザーに協力を要請したのだが、帰って来た返事は予想外の物だった。


『私も一緒に連れて行ってくれませんか?』


 マザーの『デクスのための国を作る』という夢に最も不足していたのは土地だった。現状の国のどこかを奪ってしまえば『人類と友好的に共存する』という彼女の目的からは遠ざかってしまう。その点、ゴミ島は立地としては最高と言えた。

 サフィエさんの属する組織は、破壊したデクスが二度と戻ってこられないように、全ての大陸から同程度に離れた場所にコンテナを捨て続けていた。つまり、ゴミ島はどの国の影響下にもない、ということだ。

 デクスの為の国として、これ以上の立地はないと言えるだろう。


 ゴツン、と小さくない衝撃がボートを揺らす。流されないように近場にあった基盤へとロープをかけ、とげとげしい大地に足を下ろす。

 ゴミ島は、僕が出ていった時より少しだけコンテナとゴミの量が多くなってはいたが、それ以外はほとんど同じ姿のままでそこにあった。


「ただいま」


 その言葉が自然に出てきたことに驚いて、口を抑える。いつの間に僕はこの場所が自分の帰る場所だなんて思っていたのだろう。

 ボートに積んでいた工事用の魔人にマザーを接続して、早速ゴミ島の管理を始める。管理と言えば聞こえはいいが、要は目覚めたデクスが居たら報告しろということである。

 僕という存在……機械の体を持っているが、人間の魂をもっている存在。そういうものもいるということが明るみになったおかげで、サフィエさんの属する組織も考え方を改めようとする動きがあるらしい。

 デクスにも、人間と同じように善悪があり、その個性を確かめてから改めて対応を考えたほうがいいのではないか、と。

 現在彼らはこの論を支持する派閥と、今まで通り全て破壊したい派閥にわかれててんやわんやらしい。僕の要望が聞き入れられたのもそういう混乱が原因なのだろう。


 積みあがったコンテナの山をもぐり、かつてこの体が入っていたコンテナへとたどり着く。

 空っぽに見える中には、一体の子供用の愛玩魔人が居た。

 魔素が一般に浸透した初期に発売されたヴァイツ社製の自動式魔導人形。名前は「アーク」というらしい。マキミヤさんから教えてもらってようやくわかったことだ。

 どうやら僕は、アークの体で目覚める以前に、一部の記憶を無くしているようだった。子供の頃の記憶なんて覚えていなくて当然かもしれないが、ゲシャメナとの会話を忘れていたことは異常だ。恐らく、生まれてから数年の記憶と、最新の記憶が曖昧になっているのだろう。

 どういう理屈かは僕にはわからない。

 だが、きっとこれにも何らかの意味があるのだろう。


 コンテナの山から這い出て、アークをゴミ島の頂上に座らせる。ここが一番景色がいいところなのだ。

 改めて、彼の体を眺める。

 バケツをひっくり返したような体に、ボールを乗せたような頭。右腕は根元から無くなっており、体中の継ぎ目から錆が侵食している。


 理不尽な目覚めだった。

 こんな体になってしまったと、錆びついた体を見るたびに運命を憎んだ。出口のなかった憤りがつけた心の傷は、今でも時折傷んで、僕の胸をざわつかせる。


 実は、マキミヤさんやゲシャメナと話した後でも、まだ解決していない大きな疑問があった。

 それはすなわち『誰が僕の魂をアークの体に入れたのか?』ということだ。誰も答えを知らない以上、自分が持っている情報で考えるしかない。

 魔人に魂を移す場合に必要なのは、器を持つ魔人と、その器に収まる魂。そして、その魂を引き込む存在。

 僕が目覚めた時、アークの体には何も接続されていなかった。

 彼のほかに、誰もいなかった。


 ……これは、願望だ。自分に都合のいいように、つじつまが合うように仕組んだ、子供じみた「もしかしたら」。

 まず、ゲシャメナが僕の体から魂を取り出して捨てる。捨てられた僕の魂はこの世界をさまよい、偶然にもアークのもとにたどり着く。僕に気づいたアークは、僕の魂を捕まえ……長い年月をかけて変質させた。自分の体に収めることが出来るように。その四年後、僕の変質を終えるとともに、アークは僕に体を譲る。そして、このゴミ島で僕が目覚める。


 この想定が正しいとすれば、僕の苦しみなんて比ではないほどに、彼はずっと一人で戦い続けていたのだ。理不尽や孤独に屈せず、ただひたすらに僕を救うために、自分の体を使わせるために。

 お礼を言う相手はもう存在しない。僕と入れ替わりに椅子を降りた彼は、二度と戻っては来ない。弔いが出来ないのならば、彼の願いを汲んでやるほかない。

 すなわち、彼の分までこの世界を生きるのだ。

 元の体に戻れるのかは分からない。もしかすると、もう二度と戻れないかもしれない。しかし、この魂にも何らかの形できっと終わりはやってくる。

 その時まで、彼に救われた魂と、彼女に譲ってもらったこの体で生き抜こう。

 ささくれて、くすんで、つぎはぎで、歪で、決意と慈愛と献身に支えられた屑鉄の椅子スクラップ・チェア

 それが、神さまのいなくなった世界で唯一信じられる、自分というものなのだから。


***


 美しい地平線にノイズを差し込むようなゴミの山。その斜面が小さく動く。


 光沢を失った愛玩用の少女魔人ゴーレムだ。日光に照らされ、眩く艶めく銀髪は風を受けて踊っている。後ろ手で髪を緩く結びながら、彼はどこかへの一歩を踏み出した。

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スクラップ・チェア 鐘鳴タカカズ @JACCS

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