第2話 クリー虫チュー
「いや、そんな、無理にとは言ってないよ…」
みんなが止めるも、与一はいったん外に出てクルマから、スーパーのカゴ2つ分くらいのコンテナを持ってきた。中には鍋やフライパンや、調味料類の瓶や袋や色々と入っている。容量1リットルくらいの昆虫飼育用プラケースを与一は取り出した。オガクズが敷き詰められており、長さ3センチくらいのクリーム色の細いイモ虫がウジャウジャと蠢いている。
「これは無理」
一同はキッチンに集合していたが、みんなそそくさと2階のほうへ移動した。残ったのは、僕と与一の彼女だけだった。
「あれ、蓼さん大丈夫なんですか?」
与一は嬉しそうに目を細めた。
「うん、まあ、興味はありますよ。これがどんな料理になるのかな?」
「とりあえず豆乳で、シチューでも作りますね。友ちゃん、この玉ネギ切ってくれる?」
「どこで仕入れたの?」
「普通にペットショップとかで売ってますよ。爬虫類やカエルなんかの餌として。それを買ってきて、成虫にまで育てて交尾させたらめっちゃ増えた(笑) これをもっとデカい規模でやったら、もしかしたら食糧に困らんかも。栄養価がメチャクチャ高くて、かなり良質なタンパク質らしいから、例えば宇宙船の中で牛や豚は飼いにくいけど、これならコンパクトに飼育できるし成長も早くて効率が良い。じっさいNASAが研究し始めたらしいです」
「なるほど、たしかに牛よりはるかに簡単そう」
「コオロギの飼育なんかも、最近ではヨーロッパでも盛んに研究されてるね。特にフランスは、さすが『食』の国だけあって早かったよ」
「フランスで昆虫食か。友ちゃんも食べれるの?」
「うん、ラオスやタイ東北部ではよく食べたよ」
「雲南は?」
「民族的にはラオスとかと似てるから、ありますよ。だから行ったのよね。北京なんか行きたくないけど、東南アジアに近い雲南省には前から行きたかったんです」
与一は鍋でオリーブ油を熱してミジン切りの玉ネギを炒め、頃合いを見て豆乳を注ぎ、小麦粉でとろみをつけた。「時間があったらニンジンとかブロッコリーとか入れたいんやけど、今回はこれだけ」
ひとつかみの虫をザルでサッと洗い、与一はそれを躊躇なく鍋に投入した。ぐつぐつ沸騰するシチューに放り込まれ、虫たちは断末魔の叫びをあげるみたいに暴れ、とび跳ね、やがて動かなくなった。オタマでグルっと掻き回すと、ウジ虫を細長くしたような虫たちも、湯気を立てたアツアツのホワイトソースに馴染んで、煮崩れて繊維状になった鶏肉みたいに見えて不思議と美味しそうではあった。
「いちおう完成です。クリームシチュー、いや、クリー虫チュー(笑) お熱いうちにどうぞ!」
与一は紙コップに分けて、乾燥パセリをひとふり浮かせ、ひとつを僕にくれた。
「虫以外はビーガン食材なので、蓼さん、試食してみてください」
「いや、しかし…」
僕は迷った。調理されたミールワームという虫を口にすることには特に抵抗はない。たしかに苦く不味いものなら食べたくはない。虫といえば苦いイメージがある。けれどもタイの人たちが好んで食べるほど美味しくて栄養価の高い食材となれば、かなり興味を持たされる。ただ、与一には『虫以外はビーガン食』と変に気を使わせてしまって申し訳ないが、1種類でも動物性のものが入ってしまうとそれはビーガン食ではなくなる。つまり僕は食べることができない。
たまたま最近になって考えていたことだが、自分がビーガンであることに宗教的な理由はないしアレルギーでもない。ただなんとなく4年ほどビーガンになってみただけだった。その結果、慢性の鼻炎や下痢症は治ったが、ビタミンB12欠乏症に陥った。貧血みたいな感じだった。ビタミンB12を持つ植物は存在せず、卵の黄身や、チーズとか貝類、動物の内臓から摂るしかなかった。多くのビーガンたちはサプリで補ったりしている。サプリか……
また、付き合いとかもある。人の家におじゃまして、そこで出された料理に、これとこれは食べられませんとか言うのも失礼な話である。出されたものは、気持ちよく食べるべきだ。アレルギーも宗教的なアレもないのだから。
そう、一応はビーガンだけど、それほどキッチリせず体調によっては卵や乳製品も摂って、人が好意で出してくれたものはいただく、と。まあ、それでいいか。
「いや、ありがとう。いただきますね」
「おお、どうぞどうぞ!」
東京ドームで虫喰いフェスティバル サチノサチオ @satinosatio
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