東京ドームで虫喰いフェスティバル

サチノサチオ

第1話 虫を? 食べる?

「で、虫は食べるんですか?」

 と与一は訊いてきた。マジメな顔で。ちょっと笑みを浮かべてるのは、初対面だからこその愛想であって、けっして揶揄ってるわけではなさそうだと僕は思った。

「虫を? 食べる?」

「そう、虫です。蓼(たで)さん、ビーガンなんでしょ?」

「そうだけど。でもビーガンというのは、動物性の食材をいっさい摂らない食性だから、蜂蜜すら食べないよ。ほら、蜂そのものじゃなくても、蜂の唾液が混ざってるから」

「いやいや、蜂蜜じゃなくて、僕が訊いてるのはどっちかというと蜂の子とか、虫の本体のほうなんやけど、そうか、魚介すらいっさい食べないのですね。じゃどういう食材でタンパク質とってるんですか?」

「まあ豆類かなあ。さいわい日本には豆腐とか納豆とか、味噌も醤油もそうか、かなりの大豆文化があるからね。ひよこ豆も良いね。あと、この頃では小麦タンパクなんかで出来たベジミートという製品もあるし、葉っぱばっかり食べてるわけじゃないよ(笑)」

「ああ、ベジミートね。あれは良いよね。しかし虫といっても、あれですよ、美味しい虫もいれば、不味いのもいるんやけど、そうやな、カイコやセミの子なんかはかなり上位の、普通に美味しい食材ですよ」

「セミか。そういや昔実家で飼ってた犬はよく散歩中に地面に落ちてバタバタしてるセミを美味しそうに食ってたな。バリバリって、スナック菓子食べるみたいに」

 2010年最後の夜を、友だちの家ですごしていた。9人の年越しパーティだった。うち4人は僕には初対面だった。その中に与一がいた。中国の雲南省からベトナムあたりを一緒に旅してきたという女の子と同伴で来ていた。

「セミは美味いよ。ピーナツ味のエビ、って感じかな」

「ピーナツ?」

「そうピーナツ。樹液だけを食べてるからなのか、香りが良いです。あとカイコは、ソラ豆の味なんですよ。じっさいソラ豆は『蚕豆』って表記しますもんね。ズバリ蚕(カイコ)の豆ですよ。きっと初めてソラ豆食べた人が、これはカイコの味そっくりや! 言うてそうなったんかな、僕らと逆で(笑) 糸を取ったあと繭の中のサナギは、もちろん昔は食べてたやろうからね。今でも東南アジアでは普通に食べますからね。タガメや蛾の幼虫なんか市場で売ってるけど、ほんまに美味い。美味いだけと違って、栄養価も抜群に高い。竹虫っていう、竹の中に住んで竹だけを食って生きてる細長い幼虫は、コーンのような甘い風味でクリーミーな食感ですね。タガメは丸ごと食べるわけと違って、胸の、6本の脚の付け根の筋肉のところと腹かな。まあカニといっしょやね。洋梨みたいな、フルーティーな香りで女子の人気高いんよ」 

 女の子たちは顔を歪めて、ナイナイと手を振った。男子も苦笑いで『うえー』とか言ってた。与一はそんな反応を慣れた感じの笑顔で受け止めていた。

「そうは言うけど、日本も昔から、イナゴの佃煮とか、蜂の子とかを食べる風習というか、独自の昆虫食文化がありますよね。イナゴを『丘エビ』って言う地域もあるくらい」

 そう言われてみんな、なんとなく納得したような顔でうなずいていた。

「そうやね、聞いたことはあるけど。でも食べたことはないわ」

 パーティ主催者で家主の篤美ちゃんが戸惑いながらも笑顔で言った。与一は優しそうな笑顔で大きくうなずき、それから言った。

「ちょうどミールワームっていう、味も雰囲気も竹虫に似た虫を持ってきてるんで、ちょっと調理してみましょうか? キッチン借りますね」

 与一は立ち上がり、一同はフリーズした。

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