第8話 道具

 行きずりの男と様々な淫乱行為に励んでは母の顔を想像して快楽を得る日々に、私は退屈し始めていました。更に強い刺激を欲しました。母に頬を打たれた日から 5 年が経とうとしています。もう一度、美しい母の笑顔が崩れ、絶望に染まる様をこの目で見たい、私の手で母を壊したいと思いました。休日に母と野原でピクニックをしている際に、母の形の整った横顔を見つめているとうずうずとして母に隠していた今日までの私の行いを母に告白してしまおうとも考えましたが、母を壊すなら徹底的に、死に追い詰めるほどの苦しみを与えたいと思い留まりました。母が苦しむこととは、母自身を拷問することではありません。私を母が望まない形に為すことです。私のためならどんなことも耐えて愛を注ぎ続けてくれる母。母の生きる意味である私が、母の過去の屈辱ではなく、母の努力の結晶としての私がどこまでも堕落することで母は苦しむのです。

 ある日、恋人に愛撫されているときに新しい香水でも使ったのか、甘い良い香りがすると言われました。私は香水なんて使ったことがありません。これは一体どういうことなのでしょう。他の男にも同様に甘い香りがすると言われました。原因不明のままにご主人のご子息の元へ行くと、彼は憎悪の表情で私を叩きました。

 「碧蜜(みどりくされ)の匂いがする! 消え失せろ!!」

 お話したような乱れた生活を送りながら、私は碧蜜病を知りませんでした。皆さんはご存じですか? ミーティアさんの告白の噂を聞いたこともあるんじゃないでしょうか。そうです、性病です。性行為をすることで人から人へと感染します。感染した者は甘い蜜のようなとろける香りがします。肉体が緑色に腐っていく不治の病の香り。これが大変良い香りなので、性病だと知らずに魅了され感染者が増えていくのですね。誰からこの病気をもらったのか覚えていませんが、悲しくはありませんでした。私はまた、母を絶望に追いやる道具を手に入れたのだと喜びました。

 幸運はまだ続きます。ほとんど体調不良になることのない私が数日間吐き気が治まらず、味覚も変わったようでした。まさかと思っていましたが、月経が止まったことにより確信に変わりました。きっと父の子を妊娠したに違いありません。これで全ての道具を手に入れたと思いました。

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