第9話 警鐘の鷲1
悪魔封じの魔法陣が描かれた奇妙な天井。
円形の中に五芒星が描かれた一般的な悪魔封じの上に紙幣ほどの大きさの紙がいくつも乱雑に貼られてある。紙には珍妙な象形文字が墨で描かれており、どの紙にも統一性は見られない。おそらくアドエンが使う古代語の一つだろう。
ということは、無事アドエンの部屋に移動できたわけだ。俺たち3人はアドエンの部屋の床に横たわって暫し放心していた。
一瞬だが、身体にかかる負荷はとても重かった。嵐のように、ごうごうと身体の周りを切る音、四方から岩壁に押さえ込まれているような圧と、下に引っ張られる重力に耐えられず、必死になってアドエンやハドエに縋りつく。荒っぽい移動魔法というのはこういうものか。ひとつ間違えていれば身体が散り散りになるのも頷ける。
アドエンの身体越しにハドエが自分の髪や肩を恐る恐る触っている。どうやら荒っぽい移動魔法で自分の身体が欠けていないか、確認しているようだ。俺が見る限り、ドレスの裾がボロボロになっている以外問題なさそう。
「そろそろ2人とも起き上がってくれないか?重い」
アドエンが訴えると俺たち双子は慌てて起き上がった。アドエンの腕を占領していたようで、アドエンは大の字のまま、俺たちを交互に見た。
「身体は無事だな」
「君もね」
アドエンに手を差し伸べ上体を起こしてやる。ハドエは憤慨したようにアドエンの肩を小突いた。
「絶対人数オーバーだったわ」
「実は1人用で」
「無謀ね、今度からアドエンの移動魔法陣には乗れないわ!」
ハドエの小言に苦笑するアドエンは、乱れた髪をかきあげて、ネクタイを締め直す。ハドエも髪を整えながらドレスの裾の惨状を見て、アドエンに直すよう求めた。「当然でしょう」と言いながら、側にあった木製のスツールに腰掛けて、丁寧に裾を広げた。爪で引っ掻かれたように、大きな筋の穴が斜めに何本も走っている。糸のほつれた部分から金色に輝く粒子のようなものが浮遊していた。生地が魔法で紡がれた証拠だ。
アドエンは跪いて裾の端を持ち、杖で破れた部分をなぞりながら呪文を唱えていく。浮遊していた金色の粒子はほつれた糸に纏い、新しい真紅の糸を紡ぎ始める。元通りとなっていくドレスの様を見ながら、自分のネクタイを締め直した。
エセン総轄との面会はどんな場面でもドレスコードを重んじる。乱れた服装など以ての外であり、服の解れやボタンが欠けているなどがあればハドエの様に修繕してから面会に臨むのが正しいのだ。
静かに深呼吸しながら、先程悪魔と対面した緊張が、戻ってくるのを感じた。
俺はあの人が大の苦手だ。
ハドエのドレスはすっかり元の姿を取り戻した。アドエンは膝頭に付いた埃を払いつつ立ち上がって俺の顔を見た。
「それでは急ごう」
天使の血 ひさこ @temisuma
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