第2話
再びシャルルが笛を吹くと、キメラは雄叫びをあげてヒメアに飛びかかった。
俺はその間に割って入り、巨体でキメラの振り下ろした前脚を受け止める。
「ガルルル…………ッ」
キメラは唸り声をあげ、俺と睨み合う。
「ははっ、か弱そうな方から狙うなんて、やっぱ獣は獣だよ、なっ‼︎」
俺は身体を回転させ、キメラを勢いよく振り払った。キメラは宙を舞って地面に激突しそうになるが、直前で身を翻して華麗に着地をする。
先手を取ってヒメアを仕留めようと思ったのか、シャルルは攻撃を防がれ、舌打ちして言った。
「チィッ、やはりその巨体は邪魔だなぁ! プルルン、あのドラゴンからやってしまえ‼︎」
彼は再び笛を吹き、キメラはまっすぐと俺に突っ込んでくる。
動きは単純だ。そのまま返り討ちにしてしまえばいい。
俺は尻尾を振り回し、キメラの側頭部にたたきつけようとした。
しかし、キメラは俺の尻尾をタイミング良く口で捕まえ、ガリッと牙を食い込ませる。
「いだだだだだだっ⁉︎ やめ、おま、はなせっ‼︎」
俺は思わず飛び上がり、尻尾にキメラをぶら下げたまま高度を上げた。するとこれ以上上昇されるとマズイと悟ったのか、尻尾から口を離し、地面へと降り立った。
遅れて俺も、地面へと着地する。
この世界に召喚されて初めて戦ったが……
どうやら俺は肉弾戦が得意ではないみたいだ。近接でやりあえば、このキメラとは互角。むしろあっちの方が、地上戦ではかなり有利だろう。
アレを使って足早に仕留めたいが、周囲に建物などがあるので、迂闊には使えない。
ここはやはり、ヒメアの指示を仰ぐしかない。
「なぁヒメア、あいつを仕留めるのにどうしたらいいと思っ——」
俺が振り向くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
なんと彼女は頬杖をついて横になり、さっきの肉屋で買った干し肉を貪ってるではありませんか。
「オイイイイイッ⁉︎ ヒメアさん、今戦闘中なんですけど⁉︎」
俺が頑張ってるのに何1人で悠々と肉喰ってんだ! てかそれ俺にもくれよ‼︎
すると俺の視線に気づいたヒメアは、やれやれと肩をすくめて。
「ああ、なんだまだ決着付いてないのか。もしやお前、よわよわなのか?」
「違え! 俺は近接戦闘が苦手です! 戦えても空中戦です! つまりあのキメラとはものすごく相性が悪い!」
「『
「俺は魔砲を一種類しか使えないし、下手に使うと一帯が焼け野原になるんだよ‼︎」
その言葉を聞いた瞬間、ヒメアは汚物を見るような目を俺に向けて。
「……ゴミめ」
ボソリと、どストレートに暴言を吐いた。
正直俺のドラゴンとしてのプライドはズタズタです。パワハラで訴えたい。
ヒメアはため息をつきながら、ダルそうに立ち上がり。
「……ま。お前の使えない部分がわかっただけ良しとするか……」
すると彼女はおもむろに魔竜器の銃口をキメラに向け、引き金を引く。
刹那、銃口からレーザーが射出され、キメラの頭から尻にかけてをあっさり貫いた。
銃型の魔竜器。銘を『
風穴が空いたキメラは、そのまま地面に崩れ落ちる。
ヒメア魔竜器を肩に担いで呟いた。
「ま、こんなもんだろ」
そんな様子を見て、俺はジト目で彼女に言う。
「なんだよ、最初からそれ使えよ……戦い損じゃねえか」
「さっきの威力を叩き出すのにチャージ時間がいるからな。お前に時間稼ぎをしてもらっていた、ということだ」
なるほど〜。ちゃんとヒメアにも考えがあったわけか。サボってだと勘違いしてごめんなさい。でもくつろぐのはどうかと思います。
「さて、残すはシャルルの方だが——」
キメラを倒し、シャルルの処遇について話そうとした刹那。彼女は一瞬目を見開いて、目の前の光景をじっと見ていた。
俺もつられて、彼女の視線と同じ方を見る。
するとそこには、急所を貫かれたはずのキメラが、立ち上がっていた。みるみるうちに風穴はふさがり、何事もなかったかのように元気になる。
俺たちの驚いた様子を見て、シャルルは愉快そうに笑った。
「ははは! あれぇ、もしかして勝った気でいたのかな? 残念! 僕のプルルンは、一片も残さず消しとばさない限り、再生し続けるんだ‼︎」
おっ、倒す方法を親切に教えていただき、ありがとうございます。
とはいえ消しとばす……か。それこそ
「なぁヒメアさん」
「何だ、よわドラゴン」
「あのキメラを空に放り投げるか、俺が奴を捕まえる隙を作れるか?」
「ふん。まぁ、できなくもないがな。ただその前に——」
彼女はおもむろに引き金を引いた。弾丸はまっすぐシャルルの方へと飛んでいき、彼の持っていた笛に命中し、笛は粉々に砕け散る。
「ぐあっ⁉︎ ああっ、僕の笛が……ヒィッ⁉︎」
笛が破壊された瞬間、キメラはシャルルの方を向く。
「や、やめろプルルン……! おおおまえには、散々良くしてやったじゃないか……!」
シャルルはじりじりと後退りする。しかし、キメラは足を止めることなく——
「グガァァアアアアアッ‼︎」
「ひっ、やめっ、助け——ッ」
辺りに悲鳴と、肉が千切れ、骨が砕ける音が響き渡る。そんな中、ヒメアは淡々とした調子で言う。
「『笛』の力に頼っているからだ。獣を従えるなら、力で服従させるべきだったな」
「……なぁヒメア。お前、こうなることがわかってて笛を撃ち壊したのか?」
俺が尋ねると、ヒメアはコクリと頷いて。
「さぁな。奴が調教を怠らなければ、こうなってはいなかっただろうさ。おおかた使用人に全部任せっきりだったんだろう」
ぐちゃぐちゃに貪られる貴族を見据えながら、彼女は続ける。
「ククッ、皮肉なものだな。町人どころか可愛がっていたペットにすら、主と認められなかったらしい」
ヒメアは口元を覆い、肩を震わせて小さく笑った。
俺は小さくため息をついて言う。
「まぁ、戦略的にはアリっちゃアリだけど。まるで
「何を言ってるんだ。あいつを殺したのは私じゃなく、あいつのペットだ。私は笛を壊しただけです」
「へいへい。で、残ったキメラはどうするんです?」
そうたずねると、ヒメアは淡々とした調子で言う。
「奏者を失った今、あいつはただの飼い慣らされた獣だ。それに食事に意識を削がれている。今なら、お前のやりたいことがやれるんじゃないのか?」
俺は食事中のキメラに視線を向ける。
……たしかに、今ならやれる。
俺は空に飛び上がり、重力と風を利用し、最大限まで加速する。狙いはキメラの背中。
トップスピードに乗った俺はヒメアの横を通過し、辺りに暴風が吹き荒れる。
そしてキメラの背中を四肢で鷲掴みにし、勢いのまま空へ急上昇する。
空へ向けてなら、周囲の被害を考えなくても良い。
キメラから四肢を離し、宙へ放り投げる。そして、
俺の口元に魔法陣が浮かび上がる。それが何重にも重なり、向けられる先は自由落下するキメラ。
俺の一種類しか使えない、唯一の魔砲。
しかして、全竜最大級の破壊魔砲。
『
周囲に爆音が響き渡る。空気を裂き、空間を焼く白き熱線。
その魔砲はまっすぐキメラへと吸い込まれ、その巨体を包み込む。
再生能力など関係ない。塵をも残さない、竜の一撃だ。
俺は魔砲を撃ち止めた。訪れたのは、一時の静寂。熱線が通った跡に、キメラの姿はない。
俺は安堵の息を漏らすと——
「——やっぱ無理」
力なく地上へと落ちてゆく。
破竜砲は威力こそ尋常ではないものの、体内魔力を全て使い切ってしまう。
俺が日中省エネモードになっている理由は、ここにあった。
身体がどんどん縮み、子竜の姿へと変化していく。
このままでは、地面に激突してしまう。
だが、空を飛ぶエネルギーはもう残っていない。
……死んだかな。
俺はスッと目を閉じ、衝撃に備える。
しかしやってきたのは、鈍い衝撃ではなく、柔らかいクッションのような感触。
おそるおそる目を開けると、そこには大きな2つの柔らかいクッションがあって。
「ったく、魔力を使い切るなら先に言っておけ……」
ヒメアは俺をしっかりと抱きとめていたのだ。ため息をつきながらも、その腕はしっかり俺を包み込んでいる。
「ははは……面目無い。おっしゃる通りっすね……」
俺は苦笑いしつつ、柔らかい感触に顔を埋めて手を沈め、身を任せようと——
「……調子に乗るな、エロドラゴン!」
俺の下心を敏感に察知したのか、勢いよく俺を地面に叩きつけた。
受け止めた意味はどこへ⁉︎ あの高さからの自由落下よりはマシだけど!
地面に叩きつけられた俺の背中を、ヒメアはすかさず踏みつける。
「私に手間をかけさせておいて、セクハラ行為を働こうとするとは、いい度胸だな? どうやら……教育が必要らしい」
彼女はそう言うと、どこからともなく鞭を取り出した。いくら硬い甲殻に覆われてるとはいえ、痛いものは痛い。俺は慌てて弁明する。
「待って! キメラを倒せたのは、俺のおかげだろ⁉︎ それならさっきのは頑張った俺へのご褒美だ! ウィンウィンだと思います‼︎」
「あー? すまん。耳に肉が詰まってよく聞こえないんだ。言い訳なら後で聞こう」
そしてヒメアがムチを振りかぶったその時——
「うおおおおおおおおおおおおっ‼︎」
「英雄だ! あんた最高だよ‼︎」
「ヒューっ‼︎ 痺れるぜェ!」
——という、町の人たちの歓声が湧き上がった。
よほどあの地主は町人の生活を圧迫していたのだろう。泣いて喜ぶ人の姿も見受けられる。
人が死んで喜ぶってのは、それはそれで皮肉なものだな……
すると、湧き上がる町人の中から、1人の老人が俺たちの前に出てきた。
あの老人には見覚えがある。確かあの老人は、ヒメアにシャルルの横暴を止めるように依頼した人だ。
彼は頭を下げながら、ヒメアに言う。
「彼を始末していただき、ありがとうございます……これで、私たちは苦しめられずに済みます……」
ヒメアは俺を踏みつけたまま言った。
「始末してくれて、か。もし生け捕りにしていたら、お前たちはあいつを生かしていたか?」
その問いかけに、老人はただ微笑みを浮かべるだけ。否定しないということは、どちらにしろシャルルの運命は決まっていた、ということだ。
「まぁいい。それは置いといて——」
ヒメアは老人に、手のひらを上に向けて、手を差し出す。
その手を見て、老人は首を傾げて言った。
「……はて、この手は?」
するとヒメアは浅いため息をついて言う。
「決まってるだろ。私はまだ今回の報酬金を貰ってない。シャルルと奴のペットを始末したわけだから、そうだな。ざっと300万くらいか?」
彼女の提示する金額を聞いて、老人は目を見開いて言った。
「さ、さんびゃ……⁉︎ そんな法外な値段……い、いえ。それ以前に、お金を取るので……?」
その言葉に、ヒメアは顔をしかめて。
「当たり前だ。これは人助けじゃない、ビジネスだ。働きに応じた金を支払うのは当然だろう? それともなんだ。竜喚士は皆善意だけで人を助けるとでも思っていたのか?」
「わ、わかりました……たしかに、報酬は支払われるべき、ですね……ではお尋ねしますが、300万という馬鹿高い金額は……」
彼女は一層顔をしかめ、俺を足元から拾い上げて言う。
「私とコイツは、自分の命をベットして奴らと戦ったんだ。300万でも安いと思うが? それとも、お前はそれだけの金を払えない……私達の価値はそれにも満たないとでも?」
「………………」
老人は言葉を失っていた。ヒメアの言うことは、一切間違っていない。ただ人助けに報酬を要求している。ただそれだけだ。
一時して、老人は息を吐きながら言う。
「…………わかりました。我が家に戻り、金を持ってきましょう。それまで宿で待機していてください」
「ああ、話が早くて助かる」
ヒメアはニヤリと笑っていた。
確か300万という金は、しばらく遊んで暮らせるほどの金額だったはず。そりゃ笑いも溢れるよな。うんうん。
……つまりしばらく余裕が生まれるわけだから……今ならいけるかもしれない。
「……なぁヒメア」
「なんだ駄竜」
俺は改まって彼女に言う。
「さっきお前が買って食べてた調理肉、俺にも買ってください!」
「ダメです」
「ウキィィィィィイッ‼︎」
即答で返され、俺は悔恨の叫びをあげるのだった。
ドSでドクズな竜喚士 玉森いずな @izunaTmm
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