ドSでドクズな竜喚士

玉森いずな

第1話

 竜喚士。それは、世界の均衡を保つ調停者。

 竜界に住まう竜と契約を交わし、脅威に立ち向かう役目を担った者。

 その脅威と戦うため、彼らには魔竜器ジルニトラと呼ばれる特殊な力を持った武器が与えられる。

 そんな強力な武器を携え、今日もとある竜喚士は——


「私が『出せ』と言ってるんだ。はやく出せ。でなければ撃つ」

「ひいっ! な、何もありませんから! 本当にないですって! 全部家に置いてきましたし!」

「本当か? じゃ、ちょっとその場で跳んでみろ」

「こ、こうですか……?(チャリンチャリン)」

「持ってるじゃないか。よほど死にたいらしいな?」

「ひぃっ! お助け⁉︎」


 ——カツアゲをしていた。

 カツアゲされている側ではない。こっちの、カツアゲをしている側の方が、俺の主だ。

 銃型の魔竜器を一般市民に突きつけ、金を奪おうとするその姿は、極道、ヤクザ、チンピラ以外の何者でもない。


 彼女の名前はヒメア・ドラグナー。今回選ばれた竜喚士の1人であり、竜の角が生えた種族・竜人。その中でも非常に珍しく特異な『竜被れ』という個体だ。竜被れとは……まぁ、おいおい説明するとしよう。

 長い白銀の髪をたなびかせ、妖艶な雰囲気を醸し出す紫色の瞳。出るところは出て、締まるところは締まっている、いわばすれ違う人が皆振り向くほどの絶世の美女だ。

 立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花。

 そんな立派で綺麗な容姿を持っているというのに。


「本当にこれだけか? シケてるな」

「あんまりだ……」


 お札や硬貨を数えながら、ヒメアは呆れたようなため息を漏らす。

 綺麗な花には棘があるというが、彼女はそんな生易しいものじゃない。

 寄ってきた男がいれば、あっという間に捕らえ、捕食する食肉植物だ。

 まぁ相手は彼女をナンパしにきた男だったので、俺は看過しますが。


 ——と、彼女の横でふわふわと飛んでいる俺は、心の中でヒメアについての簡単な解説をするのであった。

 ではそろそろ、自己紹介をさせてもらおう。

 俺の名前はディアドラ。皆からはディアとちう愛称で呼ばれている。種族はバハムートと呼ばれる飛竜の一種。今は子竜のような姿をしているが、本来はシュッとしたイケメンのドラゴンだ。


 なぜ小さくなってるかって? エネルギーの消費を抑えるためさ。いざという時に、ガッツリ激しく動けるようにしておかねば、竜喚士に呼ばれた竜として失格だ。

 いざという時? そりゃあ色々でしょう、色々。雄には色んな戦いがあるのさ。


「ディア、ボサッとするな。運良く昼飯代が手に入った。さっさといくぞ」

「へいへい。まったく、何が運良くだか……」

 俺はため息をつきながらヒメアのそばに寄り、横顔をチラッと見上げる。

 彼女の顔を見るたびに思う。何度見ても綺麗だなぁ、と。

 平気で略奪や強奪をしなければ、ただの美人な竜人なのになぁ。正直なところ、容姿はどストライクである。

 すると、ヒメアは俺を半眼で睨みながら言う。

「……おい。また変なことを考えてないだろうな」

「考えてませんよ。俺の主人が美人だなぁって、思ってただけですんぎゃっ⁉︎」

 突然ヒメアから後頭部を叩かれ、俺は地面に叩きつけられた。叩かれた後頭部をさすりながら、彼女に叫ぶ。

「なんで⁉︎ 今なんで殴った⁉︎」

「私をそんな目で見るな。気持ち悪い」

「はぁ? 美人に美人って言って何が悪いんですかねぇ! ブスって言って欲しいのか? 俺は言わないけど」

「何も言うな、黙ってろ。ったく……なぜ私のところに来たドラゴンはこうもお喋り——」

 ため息をつきながら、ヒメアは足を進める。


 ——刹那、彼女の側頭部に勢いよくボールが直撃した。それはもう、周りから見た人が「うわ痛そう」と呟いてしまうほどに。

 ボールはポンポンと地面に転がり、ヒメアはそれを拾い上げる。

 すると1人の少年が、ボールが飛んできた方向から走ってきて。

「あ、あわわ……っ! ご、ごめんなさい!」

 ヒメアの姿を見るなり、ひどくおびえた様子で頭を下げた。少し遠くで集まってる少年達がこちらを見ているのを見る限り、どうやら数人でボール遊びをしていて、投げるなり蹴るなりしたボールが、あらぬ方向に飛んでいったのだろう。

 そして、運悪くこの竜人ヒメアに当たってしまったのだ。

「……………………」

 ヒメアはジッと鋭い眼でボールを見つめたあと、少年に視線を向けた。その瞬間、少年はビクッと恐怖に震える。

 俺は心の中で十字を切った。よりにもよって、一般市民から金を搾り取るような性格の悪い竜人にぶつけてしまうなんて……。

 ヒメアの竜被れ特有の甲殻に覆われた手が、少年に伸ばされる。彼はギュッと眼を瞑り、暴行を加えられる覚悟を決めた。


 ——しかしその手は、そっと少年の頭に乗せられて。

 ヒメアはしゃがみこんで、まっすぐ少年の目を見ながら語りかける。


「街中でボール遊びをするな。危ないだろうが」

ん、と彼女は少年にボールを握らせた。

 彼は拍子抜けしたのか、ボールとヒメアの顔を交互に見つめる。その様子にヒメアはやれやれとため息をついて、ぶっきらぼうに言った。

「……わかったか?」

「……は、はいっ!」

 わかったらさっさと行け。そう言って彼女は、再び足を進めた。

 俺はその様子を見て、思わず笑みがこぼれる。


「……何がおかしい?」

「別に〜? ヒメアさんにも優しいところがあったんだなってふっ⁉︎」

フワフワと飛んでる俺の脇腹に、ジャブが叩き込まれた。思わず身体がくの字に反れる。

「…………ふん」

 彼女は長い髪をたなびかせ、まるで照れを隠すように足早に歩き始めた。

 これが世に言うツンデレというやつか……ふっ、悪くないじゃないか。

 俺は不敵な笑みを浮かべ、脇腹を抑えながら彼女の後をついて行くのであった。



 場所は大通りの露店前。

「……ふん、悪くない」

 ヒメアは肉屋から骨つき肉を購入し、豪快にかぶりついていた。こんがりと焼かれ、ジューシーで香ばしい匂いが漂ってくる。

 一方、俺に買い与えられたのは小さな干し肉だ。いくら省エネモードだからといって、この差はあんまりじゃないですかねヒメアさん。俺もちゃんと調理された立派な肉を食べたいのだが。

 まぁでも、肉は肉だ。食べないわけには行かないので食べ——美味っ。何これめちゃくちゃ美味い! なんで未調理の段階でこんなに美味いんだ。俺は思わず、露店の店主に尋ねる。


「おっちゃん! さっきの肉何だ? めちゃくちゃ美味かったから気になってさ」

 すると、店主はニッと笑いながら答える。

「お、喋る子竜か。珍しいねぇ! その肉はな、草食の魔物の肉をこう、良い感じに加工したものなんだ。これ以上の細かいことは商売だから、ちょっと言えないがね!」

「へぇ、草食の魔物のねぇ……」

 調理過程や何の肉かを聞くことはできなかったが、仕方ない。それにしても、肉の旨味がまだ口の中に残っている。ヒメアが食べている調理した肉、相当美味いんだろうなぁ……食べたいなぁ。

 そんなことを思っていると、思いがけない言葉が降ってくる。

「ディア。一口食うか?」

 彼女はすっと、俺に骨つき肉を突き出した。

 一瞬、ヒメアが女神に見えた。まさか、あのヒメアが一口美味いものを分けてくれるなんて!

 調理済みの美味い肉。是非とも食べたい!

「食べます!」

 そう言って口を開いた瞬間。骨つき肉の違和感に気づいた。

「……ヒメアさん。これ骨……なんですけど……」

 突き出されているのは、綺麗に肉の部分を食い尽くされた、真っ白な骨。こんがりとした残り香だけが、鼻を刺激する。

 しかしヒメアは、淡々と述べた。

「そうだな、骨だ」

「………………」

 俺は何とも言えない表情になる。そんな俺に、ヒメアはグイッと肉なし骨を押し付けて。

「食べると言ったじゃないか。ほら、しゃぶれ。駄竜」

 俺は思わずヒメアの顔を見る。

 それはもう、意地の悪い満面のサディスティックスマイルでした。


「チクショォォオオオオオオオオッ‼︎」

 俺は半泣きになって骨にしゃぶりついた。

 クソ……美味え……骨まで美味えよこの肉……っ! 悔しいけど、しゃぶってしまう……‼︎

 俺が夢中になって骨をしゃぶっていると、遠くから叫び声のようなものが、耳に飛び込んでくる。1人じゃない、複数の人間の声だ。

 その声の方に目を向けると、遠くから何かが猛スピードでやってきているのが見えて。

 その正体は暴走する馬車だ。人間が通り道にいてもお構いなしに、馬車は猛スピードで走り続ける。

 道の端に寄れば安全なのだろうが——

 ふと、馬車の進路上に気になるものが目に入った。

「おいヒメア、あれ‼︎」

「……ん?」

 ヒメアに注意を促すと、彼女もそれに気づく。

 馬車の軌道上……道の真ん中に、転んで泣いている少年がいる。よくよく見ると、さっきヒメアにボールをぶつけた子だ。

 おそらくこのパニックに巻き込まれ、転倒したのだろう。しかも周りにいる人は逃げるのに必死で、少年に気づいていない。

 このままだと確実に、少年は馬車に轢かれて死ぬ。

「ヒメア! 早く助け——」

 俺が言い終わらないうちに、彼女は駆け出していた。一瞬で少年の元に辿り着くも、ヒメアは子供を飛び越える。そしてまっすぐ迫り来る馬車と少年の間に割って入った。

 はっきり言って自殺行為だ。馬車と馬、その重量があの速度でぶつかれば、いくら竜人と言えど無事では済まない。


 ——そう、ただの竜人であればの話だ。

 彼女は竜人の中でも特異な『竜被れ』。その身に竜の力宿した、強大な力を持つ個体。

 彼女は迫り来る馬に、両腕を突き出した。

 次の瞬間、ドォン! という大きな衝撃波とともに彼女と馬が激しくぶつかり合う。

 普通なら。『竜被れ』でなければ、彼女が吹き飛んでいただろう。

 だが、ヒメアは大地にしっかりと足をつけ、壁のように動かない。馬と馬車は勢いを殺され、歪な形にひしゃげ、ベキベキと骨が折れる生々しい音が辺りに響き渡る。

 そして絶命した馬とひしゃげた馬車がその場に転がり、辺りは静寂に包まれた。

 本当ならここで歓声があがるわけだが、あまりの衝撃的な光景に、周囲の人間は言葉を失っていた。


「……はぁ……ったく。やっと静かになったか」

 ヒメアはクイクイと手首を動かして調子を整えると、そっけない態度でこちらに戻ってくる。

「アレで少しは静かになるだろ。さっさと行くぞ。宿も探さないといけないしな」

「え、あ。ちょっ」

 そのまま立ち去ろうとしたヒメアに、男が1人、ボールの少年を連れて駆け寄ってきた。

「あ、ありがとうございます! ウチの息子を助けていただいて……なんとお礼言ったら良い、か……」

 男の語尾が所々詰まる。そういえばこの男、どこかで見たような……

「「…………あっ」」

 よく見たらさっきヒメアをナンパして、逆に有り金をむしり取られた男だ。

世界は狭いなぁ……まさか、あのボールの少年の父親が、あのカツアゲされた男だったなんて。

 ……ん? まてよ。息子がいるってことは奥さんがいるはずなんだが。なのにナンパをしようとしてるなんて……いや、俺は別にいいと思うけど人間社会的にはどうなんだ、それ。


 複雑な雰囲気に包まれる。ナンパ男には奥さんがいて、彼はヒメアをナンパして。そしてヒメアは彼から金をむしり取り、彼の息子を助けた。

 ううん、言葉に表せないぞぅ!

 その雰囲気を破るように、その男は口を開く。

「……私の息子を助けていただきありがとうございました。お詫び……いや、ご恩と言ってはなんですが、ウチは宿を経営してまして。聞いた話によると、宿を探してるらしいじゃないですか。よければ泊まっていきませんか? お代はタダにしておきますので……」

 それに続けて、少年はヒメアに頭を下げた。

「……ありがとうお姉さん。お姉さん、優しいね」

「………………」

 ヒメアはどう返して良いのかわからなかったのか、突然俺の脇腹に拳を叩き込んだ。

「いだっ⁉︎ なんで⁉︎ なんで俺殴られた⁉︎」

「うるさい黙れ」

 彼女の顔は、わずかに赤く火照っていた。

 ……ははーんなるほど。さては照れくさいんだな? 愛い奴め。ハハハいててて。

 そんなほっこりする光景に包まれた次の瞬間。


「何をしてくれるんだお前らァ⁉︎」

 荒々しい怒声が響き渡った。

 声のした方を見ると、馬車の中から煌びやかな服に身を包んだ髭の男が1人、這い出てくる。

 その男はぐちゃぐちゃになった馬と馬車を見ると、頭を抱えて叫んだ。

「ああああっ⁉︎ 僕の馬車がァ⁉︎ 僕の馬がぁ⁉︎ 貴様! なんてことをしてくれるんだ! 僕の自慢の馬と馬車をォォオオオオオ‼︎」

怒りに震えて荒ぶる男をよそに、ヒメアは淡々と宿屋を名乗る男に尋ねる。

「おい、アイツは誰だ?」

 男はハッキリとした声音で答える。

「あの方はこの地の地主、シャルル・フィリウスです。ここだけの話、馬鹿高い税金をかけ、市民から金を巻き上げ、自分の趣味に全部費やしてるというクソみたいな貴族です」

「聞こえてるぞ貴様ァアア⁉︎」

 でしょうね。割と皆に聞こえる声の大きさだったもんね。

 怒りに震えるシャルルを見て、ヒメアはニタリと笑みを浮かべる。


「……ぁ。……ほぅ、お前がシャルル・フィリウスか。ちょうど良かった。お前をぶっ飛ばしてくれという依頼が入って、私はこの街に来ていたからな」

 ……あっ、そういえば……悪徳地主をどうにかしてくれって言う町人たちからの依頼だったよな。完全に観光気分で忘れてた。

 きっとそれはヒメアも同じ。今思い出したのだろう。だって小さく「ぁ」って言ったもんな。俺じゃなきゃ聞き逃しちゃうね。


「何? ……その見た目、まさか竜人……それが人里に来ているということは、貴様は竜喚士か……っ‼︎」

 その言葉を聞いて、ヒメアはクスッと笑う。

「物知りだな。世には『調停者』と伝わっている竜喚士について調べ上げているということは、自分が悪事を行なっていることに自覚があったんだろ?」

 すると、シャルルの顔がニタァと笑顔になり。

「……ははは、そうか! いやぁいざという時のために、アイツを買い取っていてよかったよ‼︎」

 彼はそう言うと、胸元から笛のようなものを取り出した。

 それを口にくわえ、思い切り吹くと、甲高い音が辺り一帯に響き渡る。

 その瞬間、住民たちは何かに怯えるように逃げ回っていた。ある者は店の中へ。 ある者は家の中へ。宿屋を名乗る男も、少年を抱えて近くの建物に避難をする。

 次の瞬間には、周りには俺とヒメア、シャルルを残して、人っ子一人いなくなっていた。


「一体何が起こるんだ……?」

 俺は誰もいなくなった街並みを眺め、ぼそりと呟いた。

 すると、ヒメアが目を細くしてシャルルの背後を見据えて。

「……お客様のお出ましだ、ディア」

 シャルルの後ろに、巨大な獣が立ちそびえていた。獅子のような顔とヤギの顔が2つ。そして蛇の尻尾が生えた、絵に描いたようなキメラだ。

 キメラはグルル……と唸り、俺たちを睨みつけている。

「ククク……竜喚士といえど、僕のペット、プルルンには敵うまい‼︎」

…………名前につっこんじゃ負けだな、うん。

 俺が思わず苦笑いを浮かべると。

「ディア」

 ヒメアが俺に声をかける。


解放オーバーロードだ。許可する」

「……あいよ‼︎」

 次の瞬間、俺の中で数多の枷が外れる音がした。内側から力が溢れ、身体を満たす。そして一瞬、光に包まれると——


「——————ッ‼︎‼︎」

 莫大な咆哮とともに、俺の身体は元の大きな翼が生えたドラゴンに変化していた。

 その光景を見たシャルルはわずかに退く。

 そんな彼に、ヒメアは言う。


「何を驚いてる? 竜喚士が竜を連れているのは当たり前だろ? しっかり調べたんじゃないのか?」

 背後に俺を侍らせた彼女は、不敵に笑って続ける。

「お前は好きなようにやった。罪のない一般市民から金を巻き上げ、私利私欲のために使った」

「いや、お前が言うな」

 ヒメアは俺の言葉を無視して続ける。


「それもここまでだ。今度は私の私利私欲のために潰させてもらおう。私は、金が欲しいからな」

 清々しいほどの欲まみれです。本当にありがとうございました。

 そして、ヒメアは銃型の魔竜器を構えて言う。


「さぁ、賭けて奪い合おうか。お前と私の私利私欲を」


 こうして、ヒメアとシャルルの戦火が切って落とされた。

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