第2話


「は?」

「桐原くんって、いつもそうやって生き急いでるっていうか……….」

「別に、生き急いでるとかじゃない。これが俺っていうか、これが普通なんだよ」

「けど、みんなから言われない?」

「言うやつはいた。けど、ペースなんて人それぞれだろ?」

「そう、だね………」

 二人の間に気まずい空気が流れだす。桐原はこの無言の空気の中、ハンバーガーの包み紙を開けて中のハンバーガーにかぶりついた。

「とりあえずさ、自己紹介させてよ」

 女生徒はコーヒーを一口飲んでから桐原の方へ視線を移した。

 桐原もバーガーを食べる手を止めて向かいに座る女生徒の方へ視線を変えた。

「あ、名前聞いてなかったっけ」

「聞かれてもないし伝える暇もなかったよね。てそれはいいの。私の名前は松映 翔子(まつばえ しょうこ)。クラスは二組ね。部活は美術部に入ってる」

 松映は桐原のせっかちな性格に合わせるように端的な自己紹介を行った。

「えー、松映? は美術部なんだ」

「なんだって何、なんだって。美術部だけどそれがどうしたの?」

「いや、特に文句とかはないよ。で、そんな君は俺に何を伝えたかったんだ? 初対面だし、心当たりが何もないんだけど」

「まあ、そりゃあ…ね」

 松映は途端に受け答えがしおらしくなっていった。

「桐原ってさ。矢中くんて知ってるよね」

「知ってる。純は中学からの付き合いだし、親友だと思ってる」

「うん。で、その矢中くんなんだけどね。私、彼のことが、好き、なんだよね」

「そう」

 桐原の表情にはみるみるうちに退屈が表れていった。桐原にとって人の恋愛は刺激のない淡々とした日常の次に興味のないもので、普段からその手の話は避けていた。

 そのため、松映の話に関しても例外でなく、『好き』というか言葉が彼女から放たれた途端、桐原は松映の話に対し興味を失ったのだ。

「ちょ、何そのつまんなそうな顔。こっちは真剣なんだけど?」

「ああ、ごめん。俺、こういう話得意じゃないから」

「それは知ってる。ていうか、有名だよね。桐原は陸上以外の話には一切興味がないって」

「なんだそれ。陸上以外にも興味あることはあるぞ。例えば…」

「あ、それはどうでもいいから言わなくていいよ。さっさと本題を済ませちゃおう」

 聞いたこともない噂を伝えられ、脇道にそれようとした桐原を松映は無理矢理本題へと引きずり戻した。

「で、私は矢中くんのことが好きなのね。それで彼と付き合いたい。彼氏彼女の関係になりたいの」

 桐原は表情に出ないように配慮しながらも、彼女の言葉一つ一つに「まあそうだろうな」と心の中で悪態をついていた。

「なら、さっと告白してしまえば解決じゃん。なんで俺が巻き込まれなきゃなんないんだ?」

「それを今から話すの。揚げ足取らないで」

 桐原の悪態にもう慣れたのか諦めたのか松映はぴしゃりと桐原に言ってのけた。

「けれど私には矢中くんとの関わりなんて全くないし完全に私の一目惚れの片想いだし。そんなだから彼に積極的にアプローチしてくなんて無理だしで、あんたにその手助けを頼みたいの」

「うん」

「あんたなら矢中くんと仲良いし、立ち位置的にかなり適任だと思ったの。引き受けてもらえる?」

 かなりの思いつきだな、と桐原は思った。これは完全に桐原が承諾することを前提としたもので、拒んだ場合など全く考えていないように感じる。むしろ、必ず首を縦に振るのだと信じているようだ。

「それ、俺が引き受ける理由ってある?」

「え…」

 引き受けてくれないの? 言葉には出なかったが表情が代弁している。松映の表情は悲壮感漂っていた。

 再び気まずさが二人の間に帰ってきた。

「私、かなり本気、なんだ」

 沈黙を松映が破った。

「本気なんだよ。前の私だったらここまで行動に移せなかったし………。それに」

「それに?」

「友だちにも宣言しちゃってるし……」

 桐原はテレビでお笑い芸人がよく椅子から転げ落ちる、正にそんな感じで椅子からずり落ちた。

「そんなことで………はぁ…」

「そんなことじゃないし! 思っきし言っちゃったんだから今更撤回なんてできないじゃん」

 松映の目にうっすら涙が浮かぶ。頬がやや紅潮して、その様子は桐原に彼女がいかに真剣であるかを伝えるのには十分だった。

「はぁ…わかった。純に紹介する。とりあえずそれでいいだろ」

「ほんと?! ありがと! とりあえずLINEだけ交換しよ? 私、これから課題やらなきゃだし」

 松映は先程のしおらしい様子から一変して急に明るくなった。

 その勢いに圧され桐原は驚きから言われるがままLINEを交換した。


「んじゃ、桐原。これからよろしく。また帰ってから連絡するから。矢中くんの予定、聞いといてね」

 桐原の返事も待たず、松映は店を後にした。


 その後、夜十一時を過ぎた頃、桐原のスマホに松映からのメッセージが届いた。

『矢中くんとのこと、改めてよろしくね』

 桐原はため息を一つついて、『任せろとは言わないけどわかった』と返信した。

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ひねくれ者の恋愛相談室 前田有機 @maedasan_

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