ひねくれ者の恋愛相談室

前田有機

第1話


 人に優しくされることを煩わしくなったのはいつからだろう。かなり前からな気もするし最近な気もする。なんというか、本当は優しさに飢えていてやさぐれているだけなんじゃないか、とも思えたりする。

 こんな捻くれたこと考えるやつなんて他にいるんだろうか。いないだろうな。

 フン、と一度鼻で笑ってみるとそれまで考えていたことが全てどうでも良くなった。

 つまり、そういうことだ。自分にとってそれはその程度のこと。今、一番重要なのはピストルに火薬を込めて、合図とともに引き金を引くこと。引き金を引いたらまた火薬を詰めて同じ掛け声をしてまた引き金を引く。これを延々繰り返すのが今の俺の最重要事項であり、役割だ。

 正直、退屈だし本来の俺の役割じゃない。本当なら自分はこの目の前の白線で区切られた一直線のコースの一つの上でコンマ何秒の争いをしているはずだった。


「桐原ぁ、気ぃ抜けてんなぁ? いつになったら走れるようになんだよ?」

「そのうち走れるさ」

「つってもう半年は経ってるぜ?」

「るっせえよ。いいからさっさと次走れ」

「んじゃあちゃちゃっと桐原より速くなってきますかね」

「何回目だよそれ」

「そのうちなるんだよ」

「ちゃちゃっとじゃねえじゃん」

「うっせ」

 そうしてまた、俺はピストルを鳴らす。何も変わらない、刺激のない毎日がただ淡々と過ぎていく。

 ただ、もしかしたら。もしかしたらこの後の約束は俺に何かしら刺激をくれるかもしれない。そんな淡い期待が胸に湧く。


 今日の部活前のこと。部室へと向かう途中、名前を知らない同級生の女子に声をかけられた。

「君、桐原くん?」

「そうだけど?」

 そうだけど? 我ながら気取った返事だなと後になって思った。けどこの時は部活に急いでいたので多少は致し方ないと思う。

「ちょっと時間もらってもいい、かな?」

「無理。これから部活だから」

「え……ああ、そうだよね」

「急ぎ? すぐ終わるなら聞くけど」

「えー、と少しかかるかも」

「じゃあ、部活終わってから。わかるとこでまってて。じゃ」

「え……ちょ…」


 大したことでもないかもしれないし、向こうに対して少し対応が冷た過ぎたので呆れられているかもしれない。

 けれど後々になって考えてみると、もしもそれから自分の人生が劇的に変わっていくことになったり、何か人生最後まで記憶に強く残るような出来事に繋がるかもしれない、と浅はかにも期待を寄せてしまう。


 まあ、どうせ期待しても無駄か。


 期待はすぐに自分が否定する。諦めろ、と声をあげてくる。

 いつもいつもこんな自分にうんざりさせられる。いつからだろう? 最近? それとも昔から? こうなった時期はわからない。部活前のその女生徒との一会を頭の中で回想しながら俺は運動着から制服へと着替えを進めていく。

 部室の中には桐原以外の生徒はすでになく、皆帰宅の途についている。

 桐原が練習の補佐をするようになってからはこれが日常だった。後片付けをしてグラウンドの一角に作られたレーンを整えていると決まって居残りになる。たまに居残り練習する部員もいるが秋になって暗くなるのが早くなってからは残っているのは桐原一人だ。


 部室を出て戸締りをする頃にはすでに陽はほとんど沈み、空には星がいくつか瞬いていた。

 少しだけ暗くなりゆく空を眺めてから職員室にいる顧問のところへ行き鍵を渡して駐輪場に自転車を取りに行った。

 自転車の前カゴに教科書の入った鞄を押し込み、鍵を外してサドルにまたがってペダルを踏み込む。

 そうして校門を越えた時、

「あ、桐原くん!」

「え?」

「ちょ、約束!」

 呼び止められてブレーキをかけた。

「約束? あ、あの時の」

 振り向くと校門のちょうど陰になっているところに一人、人が立っているのが見えた。

「もしかして忘れてた?」

「えー、いや、忘れてはなかった。どこにいるかわからなかったから」

 答えながら桐原は自転車から降りて彼女の元に歩み寄る。

「だって連絡の取りようないし、わかるとこでって言ったのは桐原くんだけど?」

「学校の中でかと思ってたんだよ。で、どうすんの? そこそこかかるんでしょ、話」

「あ、あー、話。話ね。うん、そう。ちょっとかかる、かも……」

 女生徒は自分の髪を弄びながら尻すぼみにそう答えた。

「そう。じゃあ、どっか座れるとこ行く? 俺は大丈夫だけど、最近冷えてきたし。ずっと待ってたんならその方がいいんじゃない?」

「え、うん。そうだね」

「じゃあ、こっからすこし行ったところに喫茶店あるからそこ行こう」

 そう言って桐原はまた自転車にまたがった。

「あ、ごめん。私、バス通だから自転車持ってない」

「なら、場所変えようか……」


 そうして、結果的に学校から徒歩数分のところにあるファストフードのチェーン店が会場に選ばれた。


 入店して桐原は、小腹が空いていたので夜ご飯までの足しにハンバーガーとポテトのSサイズを注文した。女生徒の方はホットコーヒーを注文した。

 商品を受け取ってから空いている入り口からは出来るだけ見えづらい席に二人は向かい合って座った。

「で、話ってのはどういう話?」

 桐原は席について開口一番に女生徒に問いかけた。

「桐原くんってさ、いつもそうなの?」

「は?」

 予想外の言葉に桐原は、思いがけず聞き返した。

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