赤き朱雀のガンスミス3

 〜こより・13:15〜




 突如スカイは自身の殺気を氷点下まで冷え切ったものに変える。かなり殺し慣れているとみていいほど、迷いなく剣を構える。ピタリと止まりわたし達の出方を伺っている。既に圧倒されかけている私の横からそっと泰志耳打ちする。


「こより、僕が君を守る盾になる。だから君は何があろうと攻撃し続ける矛になってくれ。」


 横目でチラリと泰志を見たが、彼の目はまっすぐ目の前の敵に集中していた。額から流れる汗が余裕の無さを物語っている。


「うん、分かった……!」


 そう、するしかないのだ。きっ、と向き直りわたしも手に種を忍ばせる。そして泰志が地面を蹴って突進する。


「うおおお!」


 両者の刃が激突してけたたましい金属音が鳴り響く。じりじりと続く鍔迫り合いの後、スカイの剣が力任せに振るわれる。


「ハイアッ!」


 その瞬間泰志の体が吹っ飛んだ。野球のフライを打ち上げるように簡単に宙に投げられたのだ。とてつもないパワー、あの華奢なか細い腕でこんなことできるはずがない。


「泰志!」

「敵に集中してください!」


 はっと向き直るとスカイは既にこちらへ突進していた。攻撃が速い、ガードが間に合わない。そう思った時、間一髪私と剣の間に割り込むものがあった。泰志だ!


「そう簡単には、とらせませんよ……」

「日本の、サムライ、ですか。」


 泰志が刀で牽制して彼女との距離をとる。投げ飛ばされて瞬時に体勢を立て直してきたのか、息切れしているのが分かる。


「攻撃は、任せましたよ。」


 わたしの方を見ずに、背中越しにそう言葉を投げかけてきた。そうだ、わたしがしっかりしないでどうする。こより、自分がやるんだ、やらなきゃいけないんだ。わたしは近くの街路樹の幹に手を触れる。手のひらから伝わる木の温かみ、ちゃんと生きてる。耳をすませば聞こえる植物の心音。


「お願い、私に力を貸して……!」


 念じると同時に木は私に応えるようにその体を大きくさせる。


「スダジイちゃん、いっけー!」


 直角にうねった街路樹の幹が野球のバットのようにフルスイングされる。スカイもその攻撃に気付いてはいるがもう避けられない。ゴスッ、衝撃音がしてスカイが跳ね飛ばされる。が、直撃ではなく剣でガードされているみたいだ。


「強い、能力ですね。」


 スカイがそうぎこちなく笑ったかと思うと、瞬間的に直径50cmはくだらない幹が一刀両断される。きっかり一振りで、ゼロ距離から切断したのだ。彼女はその伸びた木を足場にわたしに迫って来る。完全に私が警戒すべき相手と認定されているようだ。


「こっちですよ!」


 そこに泰志が飛びかかる。上段からの大振りを彼女めがけて見舞った。激しく刃がぶつかり合う。こんな現代でまさか剣対刀の対決が見れようとは。スカイの言った通り西洋の騎士と戦国の侍。惜しむべきは、明らかにパワー・スピードにおいてはスカイの方が上手というところか。それでも泰志が食らいついていくのは気持ち。いや、執念と言った方が適切だろうか。押され気味に弾かれる刀を全力で振るい、また振るい、その場に必死で押しとどめる。

 わたしは足場の木をぐにゃりと歪ませる。スカイは少しバランスを崩すが転ばない。その一瞬の隙をついて泰志の突きが放たれる。紙一重でガードされたのが見えたが、そのまま体勢を保てずにスカイは地面に転がる。激しい攻防を耐えきったのだった。ふと、なにか息苦しいのを感じてたまらず息を吐き出す。この時初めて、自分が息をしていなかったことに気付いた。そんなに、集中していたんだ。


「攻めにくい……」


 のっそりと立ち上がったスカイの顔は芳しくない。どうも今の状態が予想と違っていたらしい。すると、剣の方から声が聞こえてきた。


『ははは、私達を地面につかせるとは素晴らしいコンビネーションだよ、いい腕を持っているようだね。』

「っ、その状態で喋れるんですね。」

『まあねえ、ちょっとコツがあるんだよ。』

「でも、どうするの?今のままじゃ決着つかないと思うよ?」


 それは違った。明らかに泰志の消耗が激しい。このまま続けていればジリ貧だった。こちらの苦し紛れの問いかけに相手は至ってシンプルだった。


「仕事ですから。」


 そう短く切り返し、また攻撃を続ける。木をさらに叩きつけようとするが2度目は余裕をもってかわされる。そのまま私を斬ろうとした剣を泰志が刀で間髪入れず受け止めていた。が、そのまま止め続けることはできない。間髪入れず放った2度目のなぎ払いが泰志両膝を捉える。足に力が入れられないのかそのままよろめく泰志。だがスカイの猛攻がやむことはない。


「泰志から離れて!」


 私はもう一度スカイを強襲する。木の幹が空気を切り裂いて唸りあげてスカイに激突して信じられないほど打撃音が響く。今度は完全に直撃した。


「こんなもの、ですか?」


 が、彼女はその場から1歩たりとも動じない。彼女の体を叩き潰すつもりで振るった木だったが、それを難なく受け止めている。私の攻撃を小賢(こざ)しいとばかりに跳ね返し、さらに泰志に追い討ちをかける。


「ぐはっ……」


 スカイの蹴りが泰志の腹部に入ったのだった。ローキックを正面から受けて彼は文字通り蹴り飛ばされる。


「泰志っ!」


 その後ろにいた私も巻き込まれ地面に投げ出される。背中や腕が打ちつけられて打撲気味になり咳き込む。しかし私より泰志の方がダメージが大きい。度重なる剣の打ち合いで確実に体力は削がれているし、なにより出血が心配だ。なんでもないようにすぐに立ち上がっているが、刀を握る手には力がない。


『これくらいでいいだろう、スカイ君。僕達の目的はあくまでサウス氏だ。これ以上彼らに構わなくてもいいと思うよ。』

「分かりました、後を追いましょうか。」

「待って……ください。」


 去ろうとした彼女らに泰志が立ちはだかる。そんな彼をスカイは睨みつける。


「……もう勝負は見えていると思うのですが。」

「なんで、こんな仕事をするんですか……今スパロさんが死ねば裏世界の均衡が崩れる……世界中のマフィアが黙っていませんよ。」


 スパロさんは世界規模に影響を与える人物、彼女が突然暗殺されたとあれば世界でも混乱が起こるのは想像に難くないだろう。その訴えをスカイは無情に斬り捨てる。


「私達が興味があるのは仕事とその報酬のみ、内容にあった報酬があるのであればどんな仕事でも構いません。」


 その問答を聞いて私は察する。彼女たちは、自分たちの仕事に対して正しいか正しくないかを考慮しないのだ。それがクライアントの望むものかそうでないか。ただそれだけが彼女を動かす理由なんだ。


「それに、私は銃器に興味などありません。無論銃職人にも。銃は剣に勝てない。私とアースがいれば銃などただのオモチャですから……もういいですか、これ以上邪魔するのであれば覚悟してもらいますよ?」

「それは聞き捨てならないわね、ミセス・オーバー?」


 そこに表れたのは、鮮やかな紅の髪を揺らすスーツ姿の若い女性。さっき逃げたはずのスパロ・サウスだった。


「なんで、ここに……」

「スパロさん!逃げたはずじゃ……!?」

「アンタにまだお花のお返しができてないわ、コヨリ。」


 そういってスパロさんは知的な顔を綻ばせる。あの時の、車の中で渡したカーネーション。単純に喜ぶかと思ってあげただけだった。あんなの、なんでもなかったのに……!


『これは丁度いい。わざわざ探す手間が省けたよお嬢さん。』


 アース(剣)が少しキザな感じでおどけてみせる。が、スカイはその顔を厳しくしたまま睨みつける。


「どういう風の吹き回しでしょうか。」

「 アンタ言ったわね、アンタの剣に勝る銃はないって。覚えときなさい、これからそのご自慢のマッチ棒を超える兵器が生まれるわよ。この私の手でね。」


 そう言った彼女の両手にはアタッシュケースが二つ握られていた。あれは、スパロさんが持ってきたというあの……


「あなたの開発したという新兵器、ですか。」

「本所初お披露目よ、R.E.D.シリーズ第1号、レッド・スパーク。」


 ケースから取り出されたそれは、見たことのないフォルムの自動拳銃。伸びた二本の赤いラインが鋼色の長い銃身を一層際だたせる。


「頑張って避けなさい?」


 スパロさんが引き金を引く。刹那、スカイの剣が閃く。銃声とは異なる鋭い音。銃弾切り、現実にやる人は初めて見た。よけずにあえてきったのは自身の腕前を見越してのことだろうか。


「その程度ですか?」

「まさか、続けて撃ったらどうかしらね。」


 フルオートに切り替えたスパロさんが得意気にレッド・スパークの鉛玉を吐き出させる。それをスカイは弾いて、弾いて、はじき返す。5弾……9弾……14弾、15弾全て撃ち尽くす。すべて捌ききるかと思われたその時、最後の銃弾が刃に触れた瞬間、突如それは爆発を起こす。急な出来事にスカイの対応は間に合わない。そのまま爆風に吹き飛んで5m宙を舞う。そのまま地面に叩きつられかと思ったが、いち早くアースの剣を突き刺し杖替わりに体制を整える。


『今のは……エクスプローダー弾かな?』


 アース(剣)が抗議するような声を剣から発する。エクスプローダー弾、着弾と同時に爆発が起こるという世界最強の威力をもつ殺人弾だ。あまりに危険でいてリスクが高いため製造中止となったあの最悪の銃弾を使ってきた。


「ザッツライト、まあこれは私が改良しなおしたニューモデルだから一緒にしない方がいいわよ?」

「でも全て見切られちゃったわね。悔しいけどこの勝負アタシの負けよ。」


 手をひらひらとさせてレッド・スパークをしまい出す。いや、さっきのはほとんどスパロさんの反則のようなものだったが……


「でも残念、第二ラウンドよ。」


 スパロさんが二つ目のアタッシュケースから二つ目の新兵器を取り出した。


『そ、それは……』

「R.E.D.シリーズ第2号、レッド・ファルコよ。」


 二つ目の兵器を見てスカイとアースは絶句する。そして私達も絶句する。スパロさんが取り出してきたのは……まさかの対戦車砲ロケットランチャーだった。1号との間で威力が変わりすぎちゃいないだろうか。


「アンタたち、頭下げときなさい。体ごと吹っ飛ぶわよ。」


 ここに来てスカイたちは初めて焦りの色を見せる。


「そんなの反則ではーーー」

「ヘルイズヘブンフォーユー。」


 問答無用とばかりに引き金が引かれる。あなたにとって地獄は天国だろう。今のこの光景が生き地獄といわんばかりのセリフを言い放って砲弾がスカイに直撃する。光と爆風と轟音が入り混じった無茶苦茶な衝撃だった。威力で私と泰志はまたスっ転ぶ。煙がたちこめるならあちこちで火が燃え上がっている。


「これで一勝一敗、お互いおあいこね。」


 スパロさんが満足気にうなづいてレッド・ファルカンから手を離す。あいこというかスカイの言う通り反則のような気もするが……案の定泰志も思いっきり苦笑いだ。


「スパロさん……その、火力強すぎじゃないですか……?」

「力こそパワーよ!」

「いいたいだけですよね!?」


 と、ほっとしたのも束の間だった。煙の向こうから人が歩いてくるのが分かる。


「そ、そんな、あれでも倒れないんですか……!?」

「こん、な、もの……ですか……?」


 スカイはまだ立っていた。腕から絶え間なく出血しており、歩く度にぽたぽたと滴り落ちている。さっきの攻撃でかなり堪えたようだが、その目はまだ闘志を燃やし続けている。戦車用兵器に耐える剣士なんて規格外すぎないだろうか。


「あら、まだ立てるのね。」


 スパロさんは少し驚いたふうに声を上げる。そしてわたしにポンと手を置いた。


「よし、アタシの手札は全部使い切ったわ。あとはコヨリ、アンタがやってやりなさい。」

「うん!」


 手にしていた種に必死で呼びかける。お願い、もう少しだけわたしと戦ってほしい。その願いに応えてくれたのか一本、一つの植物が芽を出す。

 生えてきたのは一本のハエトリソウ。俗にいう食虫植物というやつだ。それは生まれたかと思うとその体を肥大化させていく。もっと大きく、もっと強く!泰志とスパロさんはわたしを信じて守ってくれたんだ。今度は私がみんなを守る番だ!今までこんなに成長させた事があっただろうか。何百年何千年分の成長が施されていく。茎であったものは幹に葉は枝木に……


「いでよ『がぶさん』!おなかいっぱい召し上がれっ!」


 もはやそれは、植物と言うにはあまりに怪物じみすぎていた。ドラゴンのようにびっしりと生えた牙に巨大な体躯。一つの魔獣という方が適切だろう。


「やっちゃえ〜!」


 牙の一本一本がスカイの持つ両手剣と等しい長さを誇る顎がスカイめがけて襲いかかる。


「くっ、アース!」


 スカイの持つアースとがぶさんの牙が激突する。刃が正面から当たったというのにがぶさんは少し歯が食いこんだ程度。植物とは思えないほどの硬度を持つにスカイは攻めあぐねていと、その横から幹とも思えるほどの葉が叩きつけられる。


「かはっ……!」

『スカイ君!』


 その隙を見計らい、がぶさんの牙はスカイの足首を捉える。


「っ……!負け、ない……!」


 スカイが痛みにその顔を歪める。そのまま剣を振るいあげ、その噛み付いた葉を削ぎとって脱出する。それに怯んだようにがぶさんの体が目に見えて萎(しお)れる。


「がぶさん!」


 さっきまで刃も通らない強靭な体を簡単に切り取ったことに私は驚く。が、すぐにそれに思い至る。おそらく、がぶさんの寿命がきたのだ。急速に成長させすぎたため、老化もかなり急速だったのだろう。


「がぶさん、負けないで!」


 もう、10秒ももたないことを直感的に悟る。でも、もう一押し……最後の力を振り絞るがごとくもう一度その牙をスカイたちに向ける。全身全霊を込めてスカイに体ごと突進していく。牙の一本がスカイの脇腹を掠めていく。


「ウッ……ハアアアアッ!」


 その牙ごと、遂にがぶさんの体は一刀両断される。そこでがぶさんの動きは潰(つい)える。ありがとう、がぶさん。助けてくれて本当にありがとう。がぶさんがゆっくりと消滅していき、そして完全にその生涯を終える。

 一方、スカイはというと、かなり深い傷を負いながらもその足をひざまづくことはなかった。剣を置くことは決してない。明らかに勝負は見えているはずだ。全身傷だらけになり、決定打を浴び、今にも地に伏しても不思議ではない。


「痛み分けだよ。もうこれで終わりにしよ!」

「だめ、です……任務は……まだ、続いて……」


 振るおうとした剣が突如として消え去り、振るわれようとした腕を一人の男が掴み止める。アースが、自ら武器化を解いていたのだ。


「スカイ君、僕達の負けのようだ。」

「まだ、まだ私、は……」


 スカイは得物を持たない今それでもなお、血の滴る足を止めようとしない。それを悼むかのようにアースはそっと肩に手を置いて、


「君は十分よくやったよ。少し休もう。」

「アース……」


 その言葉を聞いて彼女の足は止まり、そしてスカイは力無く崩れ落ちる。すかさずアースがその体を抱きとめてキャッチした。それからわたし達に目を向ける。


「デスペラードの諸君、僕達の敗北を認めよう。これ以上、彼女を傷つけないでやってくれないか?」

「……あなたがたがスパロさんに手を出さない限り、僕達も戦闘を続けるつもりはありません。」

「……すまないね、依頼とはいえ迷惑をかけた。」


 そう、心底申し訳なさそうに頭を下げると、彼女を両手に抱えて私達に背を向ける。が、ふと立ち止まって、


「そうそう、君たちの名前をまだ聞いていなかったね。よければ教えてもらえないだろうか。」

「こよりだよ。」

「泰志です。」

「コヨリ……タイシ……覚えておくとするよ。」


 そう噛み締めるように口の中で名前を呟き、アースとスカイは物陰に消える。完全にアースの姿が見えなくなると、途端に疲労が肩に降り掛かってくる。


「あー!つっかれたー!」


 闘いが終わった瞬間にわたしは地面にしゃがみこむ。極度の緊張から解放され、やっとまともに息をつけた。ごろんと横になって泰志を見ると、向こうも似たような感じで大の字で突っ伏している。この情けない様子にスパロさんは少し苦笑気味だ。


「わたしが来なければ危なかったわね。」

「大変助かりました……いやあ、今回は本当に死ぬかと思いましたよ。」


 少し自嘲気味な愚痴にスパロさんはからからと笑ってくれる。そして、私の方まできて彼女も体育座りのようになってしゃがんでわたしの顔をのぞき込む。


「あの花のお返し、少しはできたかしらね。」

「もちろんだよ!」


 そういって二人でにっこり笑うのだった。




 〜優鬼・16:30〜




 コンコン、そう扉を叩く音がした。もうそろそろそんな時間だとは思っていた。予定より一時間遅れて聞こえたノックに入るよう促す。


「どうぞ。」


 そう返すとドアが開き、無牙、こより、泰志、遥、そしてスパロさんが続々と続々と書斎に入ってくる。


「これはこれは、お久しぶりです。」

「ハーイ、前来た時よりこの部屋も小洒落たもんじゃない。アンタも元気そうね。ちなみにアタシはちっとも元気じゃないけど。」


 そういってソファーに腰を下ろす。ケガはなさそうだが、袖から覗くワイシャツが若干汚れている。まあ言葉の節々から苦労が滲み出ているのはすぐ分かった。


「は、ははは、そ、その節は申し訳ありません。」

「フム?なんでアンタが謝んのよ?」

「い、いえ、どうも気にせずに……」


 これには僕も冷や汗をかく。なんせうちのバカが仕組んだことだなんてバレた日には本当に何をされるかわかったものじゃない。あくまでシラを切り通すしかないな。それを誤魔化すように無牙たちに目を向ける。


「ご苦労だったね。」

「いえ、滅相もありません。」

「疲れているだろうしもう戻って構わないよ。」


 無牙が短く礼をして、3人を連れて部屋から姿を消す。さて、ここからが商談だ。さっそく、スパロさんは両手に持っていたアタッシュケースを机の上に並べていく。


「それで、これが話してた例の商品よ。」

「中身を確認しても?」

「オーケーよ。」


 僕は止め金を外し、それらの中のものを確認する。


「改めて紹介するわ。アタシが開発を手掛けたR.E.D.シリーズ、」


 R.E.D.、レッドか。それは彼女の基調とする赤を指し示しているのだろうか。はたまたそれによって流される多くの血を暗示しているのか。

 入っている銃器はデザインは確かにかっこいいが、色合いが少し目立つ印象。シンプルな形状故に引き立つているのだろう。持つ前からかなりの名銃であることは一目瞭然だ。


「性能は?」

「拳銃はレッド・スパーク。45口径装弾数14+1、シングルアクションで重量はマガジンを合わせて1.4キロ弱ってところ。コンセプトは誰にでも使える最強の自動拳銃。」

「そしてレッド・ファルコ。口径85ミリ、携帯型ロケットランチャー、標準設定可能、少しかさばるけど威力に関しては折り紙付きね。来る前にちょっと試し撃ちしちゃったから、まあ割安にしといてあげるわよ。」


 撃った理由は……聞くだけ野暮か。これまでの経緯は無牙から報告を受けているのでだいたいの想像はつく。早速実績が出来たわけだ。確認が済んで止め金を掛け直しておく。


「すぐに口座に入金させていただきます。」

「あら、別に触ってもいいのよ?」

「見るだけで十分ですよ。それよりも一つ聞きたいことがありましてね。」


 キョトンとした感じで首を傾げる彼女。


「何かしら。」

「なぜ日本に来たんですか?」


 その質問を聞いて彼女は口をつぐむ。僕の予想通りだな。僕は彼女を見据えながら言葉を続ける。


「考えていたんですよ、貴女が来る理由を。世界のガンスミスが一介のマフィア相手にわざわざ出向くはずがない。売るだけなら代理人を立てればいい話だ。つまり危険を冒してまで直接来るというのは、他に真の動機があるはず。違いますか?」


 自分で言うのもなんだけど、世界的に見てうちが特別贔屓される要素はないだろう。それだけがどうしても疑問だった。少しの間その部屋に沈黙が訪れる。彼女はメガネの奥からその赤い瞳でじっと見つめ、そして満足気に頷く。


「アンタ、変なところで勘がいいわよね。」

「変なところは余計ですよ。」


 彼女はひとしきり笑って、


「ザッツライトよ。確かに、デスペラードと昔から付き合いがあるとはいえ、ただの一消費者のアンタたちにわざわざ出向くのは動機としては弱い。もしかして、ホントの理由も見当ついてるんじゃないの?」

「それは買いかぶりすぎですよ。」


 首をすぼめてさっぱりだと答えを催促する。僕が出会ってきた中で、職人という人種は常人には理解できない価値観の持ち主であることが多い。とりわけその最高峰ともなると、譲れないこだわりというのは相当なものだ。彼女にはその危険を冒してまでするポリシーにのっとって来た。と、いうことまでは予想してはいるが、いかんせん肝心の理由に思い至らない。


「アタシはアンタの目を見に来たのよ、ユーキ。」

「目、ですか?」


 まだ理解できていない僕にスパロさんが続けて説明する。


「組織のトップとしての資質、その組織をどう動かしていくのか、人として信用できるかどうか……物を売ってるとね、目を見ればどんなやつか分かるようになるのよ。アタシの武器を使うに値するか……正しく扱う人間か……この目で誰にアタシの武器を託すかを決めるの。」

「……それで、結果は?」

「合格よ。ちょっと優男っぽい感じはあるけど……まあ、悪くはないわ。」


 彼女の眼光が燃えるように光る。目利き、か。まさか自分を値踏みするためにわざわざ来たとは恐れ入る。これで気に入らなければ即刻取引も関係も打ち切りだったに違いない。ほっと息をつく間もなく、スパロさんはソファーから立ち上がり、そして僕に手を差し出した。


「アタシの武器つかってしっかり宣伝しなさい。頼むわよ?」


 そこまで僕頼みなのか……ちょっと人遣いの荒いところは変わってないな。そんな彼女に苦笑しつつ、僕はその手を握る。


「はい、任されました。」


 人脈というものはどの分野においても重要なものだ。ある種の専門家との繋がりを持つことで組織として僕達はさらに強固なものになったはずだ。これで少しは僕も、みんなの役に立てたかな。


「よし、セールスも終わった事だし、帰りのフライトまで観光でもしようかしら。そうだ、アンタの部下もうちょっと借りてくわよ?」

「え?あ、ちょっと!?」


 一瞬イタズラっぽくニヤリと笑うと、スパロさんは返す間もなく部屋を飛び出していく。


「ムガー!ほらアンタたちも!出かけるからボディーガードしなさーい!」


 無牙、ごめん。もうちょっと頑張ってくれ。遠くで無牙達が元気に悲鳴をあげるのを聴きながら、僕はそっと手を合わせるのだった。ナムサン。

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