赤き朱雀のガンスミス2
〜こより・12:20〜
車内にはヨモギとドクダミの香りが漂っている。人によっては苦手な人もいるそうだが私は大好きだ。とても落ち着き、穏やかな気分でいられる。自然本来の香りだ。ずっとこうしていられるならこれ以上のことはーーー
「あーものごっつ臭うなぁ、ちょい窓開けてくれへん?」
……思いに浸っていたというのに台無しだ。はあ、と息をついて半眼に寝ころんでいる遥を見つめる。宣言通りスパロさんの膝を独占しながらだらけきっていた。あの顔はちょっと調子乗っている時の顔である。
「おーい無牙〜、もうちょい優しく運転してえな。傷また開いたらどうすんねん。」
「じゃあ遥が運転すればいいじゃんか〜。」
「そんなんしとったら膝枕してもらえへんやろ!」
「え、まだしなきゃいけないの……?」
北ノ浦なら一瞬のうちに完治するような切り裂き傷も、私達の手ではどうにもならない。私には炎症になるのを防ぐための薬草を精製するくらいしかできないが、ないよりはましだろう。とりあえずは痛みもいくらか紛れているらしく、戦闘直後にも関わらずまだ元気だ。
「優鬼様からの情報ではまだ一人、襲撃者は残っている。」
「焼野原 燃火(やけのはら もえか)ですね……」
遥に代わって運転を引き継いだのは無牙だった。
優鬼がどこから入手した情報かはしらないが、実行犯は二人組だという情報を掴んでいた。遥を襲撃したという水河 海渡の他にももう一人、エトランジェの焼野原 燃火(やけのはら もえか)という構成員がいると判明している。能力者かどうかも不明だが、遥をここまで追い詰めた人の相棒というのだからかなりの手練というのは間違いはない。いつ襲ってくるかも分からない相手に私たち4人は張り詰めていた。
「まったく、なんで一人で戦ったんですか。連絡してくれれば応援くらい向かわせたのに。どうやってこの傷で警護するんですか……」
泰志が傷口をつつくと面白いくらい身をよじる。
「いたいいたいちょい触んな!男とイチャつく趣味ないんじゃオトコオンナ!」
「言い様が酷いですよ!?」
「顔が女っぽいんや!」
無牙は後部座席の喧騒を背中越しに嘆息する。
「だいたい想像はつく。どうせ無能力者だと相手を侮ったんだろ。」
「……ま、前から思っとたけど無牙てやっぱかっちょええわ。」
「君が男を褒めるとか気持ち悪いからやめてくれ……今回はなんとかなったみたいだけど……こよりと泰志も無能力者にも強い人はいるから油断しない様に気をつけて。」
「フム?そんなに厄介な人もいるのね。」
スパロさんが首をかしげる。たしかにあまりイメージしにくいものだ。人は所詮人、能力者でもない限りそうそう相手になるものではないのだ。無牙はその質問に少し笑ってから、
「たまにいるんですよ、なんの能力も持っていない、メチャクチャ強いただの人間がね……っと、みんな、そろそろ着くから降りる準備をしてくれ。」
運転していて顔は見れなかったが、そう言った無牙の言葉は実際にそんな人間と対決したような実感がこもっていた。
〜無牙・12:30〜
車を駅前の駐車場に止めて、駅に向かうために荷物を取り出している途中、
「出発時刻はあと何分なの?」
「はい、あと10分と3分程度ですね。」
腕時計で確認した時間をそのまま伝える。本来はもう少し早くつく予定だったが、水河 海渡の襲撃で全体の予定が押し気味になっていた。スパロ様は考えこむように少しうなって、
「時間はあまりないわね。オーライムガ、アンタの銃を見せなさい。5分でメンテナンスするわ。」
手持ちのアタッシュケースからエプロンを取り出し手早く身につけ、ハンカチを即席の三角巾のように頭に身につける。
「え、今ですか?」
「すぐに終わらせるから。ほら、早くしなさい!」
有無を言わせない態度に戸惑いながらも僕は素直に内ポケットに隠し持っていたピースメーカーを手渡す。それを持った瞬間スパロ様の目付きが険しくなる。
「あ、アンタねぇ……」
「は、はい?」
「エブリシングゴーズロング……」
欧米風のオーバーリアクションで肩を竦めてみせると早速作業に取りかかる。彼女の手は止まるのをしらない。銃身をバラして中の隅々まで汚れが拭き取られ、オイルが差されていっている。リボルバー銃はオートマチックに比べてたしかに構造は単純ではあるが、手持ちの道具だけでこうも中身をバラせるものだろうか。作業を進めながら、スパロさんは僕に語りかけてくる。
「まるっきりダメね。アンタいったい今まで何してたのよ。ほとんどメンテナンスされてないじゃない。」
「そ、その、メンテナンスをすると火薬粉で手が汚れて……」
「そんなの気にするなら銃なんか持たない方がいいのよ!」
言い訳をピシャリとはねつける物言いに返す言葉もない。その間も着々と補修が施されていく。遥やこよりもその手際の良さに目を見張っている。これが世界最高の銃技師のメンテナンスなのだ。そこらの整備とはひと味もふた味も違ってみえる。
「いい?銃は繊細な武器なの、撃ったあとの管理がとても重要になってくるわ。大切なところで弾詰まりを起こしたら後悔しても遅いんだから。」
「銃を扱う人間にはそれを管理する責任がある。」
「レディーと一緒よ、ちゃんと優しくしてあげないとすぐに拗ねるの。男なら覚えときなさい。」
そういえばこの前、隆虎さんが『おいちゃんの恋人はこのべレッタちゃんよ〜。』とか言っていた気がする。あれはただ酒に酔っ払って適当なこと言ってただけだとは思うが。
「オーケー、これで前よりマシになったわ。」
そんなことを考えている間にもメンテは終了したらしい。さっきまでバラバラだった部品たちはいつの間にか元の形を取り戻している。満足そうな表情で無事に元通り組み直されたピースメーカーをポンと叩き、僕に手渡してきた。
持った瞬間から違いがわかった。異常なほど手に馴染んでくるのだ。このピースメーカーの雰囲気が明らかに変わっている。火薬粉が隅々まで拭き取られてはいるがそれだけじゃない。何かが根本から変わっているのだ。一つの、意志を持った生物のような感覚。撃つことに飢えている一匹の獣に近いだろう。
「お手数おかけしてすみません。」
「構わないわよ。さっきはああ言ったけど、アタシも銃いじれて楽しかったし。」
そういって三角巾を取り去って髪を整える。
「じゃあほら、早く行くわよ!」
待っていたのは彼女のせいなのだが、少しワガママなところは以前と変わっていないようだった。そんな一面に苦笑しながら先を歩くスパロ様を追いかける。
〜無牙・12:45〜
駅のプラットフォーム、12時半を過ぎて少し混雑気味だ。少し、前に陣取っている泰志に瞬き信号を送る。
(敵はどうだ?)
(問題ありません。)
そう信号を受け取って頷く。
現在、他の3人が僕とスパロ様の周りを囲んだ状態を保ちつつ移動している。スパロ様にはできるだけ3人の囲んでいる中から出ないようにしてもらっているのだ。こうすることで未然に怪しい人物を近づけさせない。そして、一般人に紛れているような奴が襲ってくるのに僕が備え、いざとなれば身をていして盾となる。
3人とも目立たないよう他人の振りをしているが一定の距離を保ち、周りへの警戒を怠らない。どこから仕掛けてくるかも分からない敵に感覚を研ぎ澄ませる。
「話に聞いてはいたけど、日本の駅ってホントに狭いわね……」
「人のせいかと思いますよ。最近減ってはきましたけど人口密度まだまだ高いですから。」
「フム、もっとどうにかならないものかし……きゃっーーー」
人の肩がスパロ様にぶつかって、短くそう聞こえた次の瞬間、背後にいたスパロ様の気配が消える。
「スパロ様?」
振り返るともう既に、スパロさんの姿は忽然ときえていたのだった。まるで、最初からそこにいなかったかのように
「スパロ様……っ!」
すぐに異常気付いた3人と集合する。
「みんな、誰か不審人物はいなかったか!?それと、スパロ様がどこに行ったか!」
そう聞くが3人とも苦い表情だ。
「ううんっ、通り過ぎる人はチェックはしてたけどマフィアっぽい人はいなかったよ!それに、スパロさんもどこに行ったか全然」
「さっきすれ違った人に紛れて……いや、でもそんなはずは!」
一番近くにいたはずの自分でさえ何が起こったのか分からなかったのだ。周りにいた3人ならもっと訳が分からなかっただろう。少し前まで普通に話していたはずだった。それが、一瞬であとかたもなく消えるだなんて普通ではない。
「クソっ、能力者か!こんな事ならスパロ様に発信器でも付けておけば……」
「無牙っ!これ見てみ!」
遥がそう声を上げる。何かとそちらに目を向けるとスーツの袖をまくってワイシャツを見せてくる。
「ワイシャツが破けたのなら自分で……いや、なにしているんだ?」
よくみると、遥のワイシャツ糸がほどけていっている。その糸の先はコンクリートの床にたれて絶えずどこかに移動していっている。
「その糸……」
「膝枕してもろたときにこっそりワイシャツ生地ほどいてスパロさんのボタンに引っかけといたんや。万が一のこと考えてな。」
なるほど、あの時膝枕してほしいと言ったのはこのことを見越して……はいないだろうが結果オーライだ。こんな所でファインプレーを見せるのだから何が役に立つか分からないものである。糸は既に肘あたりまでほつれて今も続いていっている。どんどん遠ざかっているようだ。
「糸が動いているということは、相手もこの糸に気付いていない可能性が高いな。急いで糸を追うぞ!」
ホームの階段を駆け上って糸の先を追う。その糸は改札をでてその先の西出口に続いていた。その糸の先は長く続いており既にかなり離れていた。
「危なかったな……もうこんなに離れられてたのか!」
「糸がなかったら見失ってたねっ。」
途中何度も人にぶつかったがそんなことを気にしている暇はない。糸はまっすぐ、ピンとその先に続いている。
「遥、まだスパロさんはいないの!?」
「いや、近づいてきとるで……距離でいえば50mくらいやわ。もうすぐ40m……」
糸がどんどん巻き取られていっている。十字路を抜け、その先の人気のない商店街まで来た時、ついにそいつはいた。
「あの赤髪女や!アイツのほうから糸が出とるで!」
まだ若い赤い髪の女性。ラフめなワンピースにミディアムカットの左分けの前髪が特徴的なその女性の方から糸は伸びていた。足早に駅とは反対方向に進んでいる。こいつが水河と別のもう一人のエトランジェ……
「あなたが焼野原 燃火さん、ですよね?」
泰志がそう問いかける。すると、彼女はその場にピタリと立ち止まってこちらを振り返る。
「思ったより辿り着くのが早いね。もうちょっと遊んでたかったのにな〜。」
「じゃあ、この糸は……」
遥が糸をぐいっと引っ張る。その糸に釣られ、赤毛の女性のベルトポーチから一本の小瓶がとびだしてくる。こっちに降ってくるその小瓶を慌ててた泰志がキャッチすると、
「ス、スパロさん!?」
その中には瓶詰めにされた小さなスパロさんが入っていた。
「はあ!スパロさんちっこ!」
「すごーい!5センチくらいじゃない!?」
「……泰志とりあえず瓶を割ってくれ。」
「はい。」
泰志が刀の鍔にカチリと打ちつけると、小瓶に亀裂が入り割れる。するとすぐにスパロさんのサイズは一秒もしないうちのサイズを取り戻す。そして少し揺り動かしてやると、スパロさんはゆっくり目を開ける。
「ご無事ですか?」
「……あれ?さっきまで駅だったような……」
その様子を見る限り小さくなっていた時の記憶はないらしい。とりあえずケガだけでもないとわかっただけよかった。
「ねえ、その人返してもらっていいかな〜?殺さないといけないんだよね〜」
焼野原がその名前とは裏腹な冷えきった口調でそう切り出す。僕はばっと、スパロさんを庇うように、遥とともに前に出る。今はさっきの不思議現象についてあれこれ考える暇はないらしい。まず、彼女をどうにかしないと……
「泰志、こより、ジブンらはスパロさん連れてはよいけ。無牙とワイでなんとかするさかい。」
その声はいつものふざけたような声色は微塵もない。その緊迫感が空気で伝わり、泰志も顔を引き締める。
「分かりました、後で合流しましょう。」
泰志とこよりはこくりとうなづいてスパロさんの手を引いて走り出す。その様子を困ったふうに眺めていた焼野原はポリポリと頬をかく。
「偉いじゃん、若い子だけ逃がして年長組で死にに来るなんて。」
「そう簡単にやれると思わないでくれよ。」
「自信満々だね〜。でも、あの子達の心配はしなくていいの?もっとこわ〜い人が待ち構えてるかもしれないのにさ。」
「っ!?まだおんのかいな。」
「あは、それも力づくで吐かせてみなよ?」
焼野原 燃火はそうおかしそうに笑う。彼女も一筋縄ではいかないらしい。無事にスパロさんを守ってくれ、泰志とこよりの身を案じながらエトランジェとの交戦が始まった。
〜泰志・13:00〜
焼野原から逃れてまだ数分もしないうち、僕達はまた駅に向けて走り出していた。まだ事態が完全に飲み込めず、キョロキョロしているスパロさんの手を引いて導く。
「お怪我はありませんか?」
「ええ、手荒なことはされなかったわ。ただ閉じ込められてただけだったから。駅で人にぶつかったと思ったらなぜかここにいて……」
まだ感覚が麻痺している状態で、それほど取り乱した様子はない。閉じ込められていた時の記憶はほとんどないようだった。とにかく、はやく車まで戻って優鬼さんに連絡しなきゃならない。
その時、前方からただならぬ殺気が僕の胸を鋭く貫く。全身から鳥肌立つのが感じられ、強制的に戦闘モードに本能が移行されていく。
「っ!止まってください!」
二人に静止を呼びかけ急ブレーキをかける。
その目の前には、二人の男女がたたずんでいた。男の方は少し老け気味といったかんじで頬には小じわが刻まれている。落ち着きのあるブラウンヘアをオールバックにまとめあげ、メガネ越しに見つめるその瞳はいっけん穏やかに見えるが、静かに、でも確かな殺気を僕達に放っている。
女性の方は男性と相反するようにうら若い、僕と同い年かそれくらいにみえる。滑らかな褐色肌にそのハーフアップに結んだ銀髪が見事なコントラストを生み出していた。風で髪がなびくと、ほのかにジャスミンの香水が香る。
どちらも明らかに外国人の顔立ちをした二人組。だが、ただの観光客でないのはひと目でわかる。
「アース・グランデとスカイ・ウインドブレイク……」
世界でも腕利きの傭兵コンビの二人だった。高額報酬のかわりどんな仕事でも引き受けるプロの殺し屋。かなりの手練であることは裏の情報網の折り紙付きだ。
「『アンダー=オーバー』ね……アメリカ最強の傭兵コンビがこんな島国になんの御用かしら。」
「それは分かりきったことじゃないか、サウス氏?」
男の方、アース・グランデがそう問い返す。やばいな、気配からして凄まじく強いことが肌から伝わってくる。僕はスパロさんを庇うように前に出る。彼の言う通りこちらでも大方あたりはついてはいる。エトランジェが雇った助っ人外国人枠といったところか。とんでもないメジャーリーガーを連れてきたもんだよまったく。
「こちらとしては彼女を引き渡して頂ければそれで構わないのですが。」
そう切り出したのは女性の方、スカイ・ウインドブレイクだ。口調はごく丁寧な態度だが、相当まずい。彼女は言葉を選んで明言を避けたが、相手の手に落ちれば十中八九スパロさんが殺られる。すぐにでもやり始める気だ。
「スパロさん……ここに車のキーと僕の携帯があります。僕達で足止めするのでそれに乗って逃げて下さい。もししばらく待って誰からも連絡が来なければ……優鬼さんに電話してください、力になってくれるはずです。」
「……二人とも、グッドラックよ。」
彼女はキーをうけとり、短くそう呟いて彼女は走り去る。それをみてスカイが前に進みでるが、その道をすかさず塞ぐ。そう簡単にはいかせない。
「お姉ちゃんたちの相手は私たちだよ!」
「そうするしか、ないようですね。」
「では、当初の予定通り強硬手段を取らせてもらおうか。」
そう不敵に微笑んだかと思うとアースの顔がぐにゃりと歪む。いや、顔だけではない、全身が姿形を変えていく。次第に細長くそして光沢のある物体になっていっている。やっとその変化が終わった時、アースはスカイの手の中に握られていた。
アースは剣だった。RPGでしかみたことのないような中世デザインの両手剣。珍しい能力者だ。武器を召喚するという能力者には何度かあったことはあるがこれはその真逆、自ら武器化するなんて特異すぎる。
「剣になっちゃた……」
「🚴気をつけて下さい。あの剣、普通じゃないですよ。」
僕達二人が警戒するのをどこ吹く風とばかりにスカイは落ち着き払っている。
「先に謝っておきます。なるべく、殺さないようにするつもりですが、中途半端に強いと、手加減できる自信がありません。すみません。」
要するに変に抵抗したら殺す。意訳としてはこれが適切か。スカイに合わせて僕も自前の日本刀を引き抜いてみせる。緊迫感に包まれたこの場でスカイのもつ剣が高く掲げられ……
「やーやー我こそはスカイ・ウインドブレイク。デスペラードの者どもよ、いざ推して参る。」
「「「……」」」
「……な、何かおかしかったでしょうか。日本のサムライというものは決闘の前に名乗り合うものだと聞いておりました。」
「……多分それ、三百年昔の話です。」
気まづい沈黙が何秒か続き、スカイがぺこりと会釈する。かくして仁義なき戦いの火蓋が切って落とされたのである。
……なんだこれ。
〜無牙・13:00〜
「焼野原!逃げないでちゃんと戦え!」
「逃げる戦いだってあるし〜。」
僕達は焼野原を見失わないよう全力で追いかける。現状戦闘が始まってから焼野原は攻撃しようとしてこず、ただ逃げているだけだった。
「遥!」
「分かっとる!」
そういうと遥は袖からワイヤーを放つ。捕縛、追跡に置いて遥の右に出る者はいない。一直線に焼野原の脚を捕らえるかと思ったその時、焼野原は消えた。いや、消えたように見えた。そこには焼野原の代わりに引っこ抜かれた電柱が姿を現していたのだ。
「はあ!?あの子電柱の妖精やったん!?」
「そんなわけないだろ!上だ!」
焼野原は電柱の上に立っていた。電柱によって押し上げられたか。焼野原はおかしそうに口元を綻ばせて手を叩く。
「もうちょっとだったけど惜しかったね〜、ドンマイドンマイ!」
だが、安定するはずもなく、焼野原は電柱ごとこちらに倒れてくる。
「ちょっ、ちょい今パンツ見えへんかった!?」
「君は黙ってろ!」
猛スピードで振り下ろされるコンクリートの柱を間一髪躱す。あたりに砕け散った残骸が散乱するが、そこに焼野原の姿はない。
「こっちだよ〜。」
頭上から聞こえる声の方を向くと、焼野原は建物の屋根の上に移動していた。僕は素早くピースメーカーを向けて撃ち放つ。
「ああっ!!」
右腕に命中した、はずだった。たしかに僕の弾は彼女の腕に当たった。それはたしかだった。しかし、彼女を見る限り、少し針でつついた程度の傷でしかなくなっていた。さほどダメージを受けた様子も見えない。
「いったぁ……なにしてくれてんのさ〜。」
イラついた口調で彼女の手から投げられたのは1台のミニカー。いや、それはすぐに元の大きさを取り戻して行く。1トン強はある普通車が頭上から降りかかる。
「やばっ!」
遥が瞬時に対応する。ワイヤーが空中に張り巡らされ、その乗用車をネットの様にして受け止める。鋼鉄のネットに迎えられた車体はギシギシと嫌な音を立てているが、一応大丈夫そうだ。
「あーあ、素直に潰れればよかったのに……」
そういうと、彼女は屋根上を走り出す。遥が追いかけようと飛び出そうとし、僕は腕で制する。
「待て!深追いはするな!」
「なんでやねん、はよいかな逃げられるで。」
「いいから聞いてくれ、ヤツの能力の話だ。彼女の能力、十中八九『ものを小さくする能力』とみて間違いないだろう。」
「スパロさんも電柱も縮めて持っとったんやろうしな。それがなんや?」
さっきの銃弾が軽傷だったのは、恐らく当たった瞬間に銃弾を縮小したのだろう。小さくしてしまえば銃弾だってとんでもなく速く飛んでくるBB弾と大差ないはずだ。だが、それよりも厄介な能力なのは……
「スパロさんを瓶詰めにしたように、彼女の能力は人間も対象という事だ。接近戦になった時点で僕達の負け。これがもし相手の誘導で、相手に有利な場所に誘い込まれでもしたら質量物で押しつぶされるか、または小さくされて踏み潰されるかの二択になってしまうぞ。」
とはいえ遠距離攻撃でも通じないことは先ほど自分自身で証明してしまっている。完全に行き詰まってしまった。遠くからヤツの障害物を交わし続けるのは無理があるだろう。
「ワイ女の子に踏まれて死ぬなら本望なんやけど。」
「分かった君は1回死んでこい。とにかく用心しろ。相手の出方を見て、僕の指示で一気に攻める。」
その言葉に遥の挙動がピタリと止まる。
「……さっきから上から目線で何やジブン。」
「べ、別に上からってほどじゃないだろ。僕はただ協力して彼女をーーー」
「自分は何もしとらん癖にすかしとんな!さっきもジブンはただみとっただけやろ。ワイに命令できんのは優鬼だけやわアホ!」
そう言うと、ワイヤーをクレーンように屋根に引っかけて飛び乗って姿を消す。
「あのバカ……!」
水河との戦いでポカをやらかしたのがまだ懲りていないのか。今この状況での単独行動は最悪手ともいっていい。なにより遥は怪我人だ。ワイヤーでのガードが出来なければ素早い回避もままならないはず。それも能力者に向かっていくだなんて、自殺行為に等しいぞ。
「待てっ、一人で行くな!」
乗用車を足場にひと足遅れて僕も屋根上に登り上がる。そう上では、既に戦闘が繰り広げられていた。まわりはビルに囲まれていて、高低差のある地形。残骸がパラパラとこっちまでかかってくる。遥はというと、彼女の繰り出す質量物攻撃をなんとか捌いている。が、無牙のワイヤーはどんどん減っていく一方だ。
ピースメーカーを構え、援護射撃と焼野原めがけて撃ち放つ。が、激しい接触音がして弾丸は空中で弾き返される。遥のワイヤーだ。
「邪魔すんな無牙!ワイがやるゆーたやろ!」
「こんなときでもケンカするって面白いね〜。」
焼野原も呆れ笑いではやし立ててくる。
「でも、もう飽きたかな。」
焼野原が何かを踏んだかと思うと、遥のすぐ横まで瞬間移動する。遥の驚愕の表情が冷めぬうちに、遥は消えた。縮小されてしまっていた。
「遥っ!」
「追いかけてたのはそっちだったのに、あなたの方がつかまったね〜。」
満足そうに縮小された遥を踏みつけて完全に自由を奪う。さっきの瞬間移動のトリックは、最初に見せた電柱の移動と原理は一緒。電柱を横向きに伸ばし、その上に乗ることで一気に距離を縮めたのだ。なんて無茶苦茶な使い方だ。
「可哀想にね〜、お友達捕まっちゃったね〜。はやく銃捨てないと殺しちゃうけど?」
趣味の悪い笑みを浮かべて小さくなった遥を踏みつける。彼女が少し力を入れただけで、遥はアリと同じように踏み潰されるだろう。
「ああ、かまわない。」
「え?」
予想外の反応に思わず相手も聞き返す。
「聞こえなかったか?殺してかわまないと言ったんだ。彼は人間の中でもクズの部類だ。殺したければ殺すがいい。僕も前々からそいつは好きじゃなくてね。」
「そっか、仲間割れしてたしね〜。じゃあ、殺す。」
焼野原はシラケた風につまらなさそうに足に力を込める。彼女としてはもっと取り乱す姿を拝みたかったのだろうが、生憎遥に同情してやるほど僕も人間できてる訳じゃない。殺したいなら殺せばいい、ただし、
「ただし、君が遥を殺せたらの話だがな。」
焼野原は訝し気に眉をひそめるが、もう遅い。突然、踏みつけていた足がなんの前触れもなく前方に引っ張られる。
「足に、ワイヤー!?」
遥はやられる寸前にワイヤーを彼女にかけていたのだ。
そのワイヤーの先は遥が受け止めた乗用車。遥が無力化された事でワイヤーにかけられた能力が解除される。それによって空中で受け止めた乗用車が落下する。それに焼野原の体にワイヤーを括りつければ、仕掛けは完了。遥を封じ込めた瞬間に自動的に僕の方に引き寄せられるという寸法だ。それをまさか、自滅覚悟でやるとは思ってもみなかったが、人並みじゃないキモを持つやつだ。ひきずられるようにして僕の足元まで寄せられた焼野原にすかさず銃口を向けてやる。
「チェックメイト。」
パンッ
「……っーーー」
1発だけで終わった。1発だけ焼野原の側頭部に打ち込む。弾丸は縮小されて頭蓋骨を貫通しなかったが、脳震盪(のうしんとう)を起こさせるには十分だったらしくそれ以上起き上がることは無い。万が一縮小が間に合わない場合のために頭蓋骨を貫通しないコースを狙ったが、その心配はいらなかったみたいだ。狙った通り銃が言うことを聞いてくれたみたいだ。
「悪いな、ピースメーカー。性能がよすぎて、調子出るのに少し時間がかかったよ。」
最高のガンスミスに調整された銃で負けたとあっちゃ、あの人に顔向けできないもんな。あとでしっかりメンテナンスしてやらないと。優しくしまってやると
人の呻き音が聞こえてくる。向き直るとそこには元のサイズに戻った遥が倒れていた。ゆっくり身を起こす彼に、僕は手を差し伸べる。
「ナイスプレーだ、遥。」
それに気付いた遥もにやっと笑ってその手をつかむ。
「へへ……信じとったで、アホリーダー。」
いつものような憎まれ口を聞いて、やっと決着が着いたことを実感するのだった。残念なのはこれで一件落着、とまではいかないのが唯一苦いところか。遥は笑みを引っ込めて気絶した焼野原を見下ろす。
「あとは、泰志とこよりのほうやな。このねーちゃんの言い方からしてまだ襲撃者がおるみたいやし。」
「ああ、焼野原が逃げていたのは二人から分断するのも目的だったはずだ。急いで助けにいくぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます