赤き朱雀のガンスミス1

 〜泰志・午後3時0分〜



「今回の仕事はボディーガードの依頼だ。」


 優鬼さんが初めにそう口を開いた。部屋にはこの僕、蛯月泰志(えづき たいし)。それと優鬼さん、無牙さん、遥さん、こよりさん、総勢5人が揃っていた。


「実は極秘で、スパロ・サウス氏が来日するんだよ。」


 その名を聞いて僕は数秒固まる。遥さんはあまり表に出していなかったが、その見開かれた目が驚きを物語っていた。無牙さんはそれほど反応を見せない、おそらく前から聞かされていたのか。ただ、こよりさんだけはよく分かっていない様子で首を傾げていた。


「すぱろう、さうす?南からスズメさんが来るの〜?」

「こよりはこの手の話題知らへんか。スパロ・サウスちゅうんは世界最高のガンスミスや、簡単にゆうたら銃の発明家っちゅうとこやな。」


 そう、遥さんの説明の通り、スパロ・サウスは最高の銃職人、裏の世界では有名も有名な武器商人だ。僕も銃を選ぶ時は彼女の設計した銃を候補にいれているくらいだ。でも、そんな大物がなんでうちに。僕は疑問に思い問いかける。


「あの、それはつまり……あのサウス氏が直々に来るのですか?」

「そう、彼女ご本人さ。幸運な事にサウス氏とは先代のボスの頃からのお得意様として仲がいい。今回も新作の銃器類を特別に売ってもらえることになったんだ。」


 その言葉にまた驚きを隠せない。先代がそんな人脈を持っていただなんて知らなかった。彼女と知り合いだなんてそれだけで組織の格が一段階上がるくらいだ。


「その手数料も兼ねてファミリーのアジトまでの護衛を寄越せと言われてね。その任務を君達に任せようと思っているんだ。」

「分かりました……しかし、いくら世界的な武器商人だとしても人員を裂きすぎではありませんか?護送の内3人は僕以外能力者ですよ?3人もつけるだなんていくら何でも過剰戦力としか……」

「確かにその通りだよ、泰志。実はね、この件に関して情報が漏れた可能性があるんだ。」


 声に苦々しいニュアンスを汲み取り、状況が芳しくないことを察する。


「どこに嗅ぎ付けられたんです?」

「まだ確証はない。でも、高い確率でエトランジェファミリーが介入してくるとみている。」

「うへぇ、ワイあのエトランジェのおっちゃんものごっつ苦手なんやけど!」


 遥さんが露骨に顔を歪めて仰け反る。無理もない、僕もエトランジェファミリーにはあまりいい印象がないのだ。ちなみに遥さんのいうおっちゃんとはエトランジェのボスのことだ。彼の組織は基本方針がうちとはかけ離れているし、なにより同業者へのマナー違反が目に付く。今回も小競り合いが起こるのはほぼ確実。面倒なことになりそうだ。


「ちょっかいかけてくるんでしょうか?」

「ちょっかい程度で済めばいい方さ。最近になってエトランジェの過激派が勢いをつけている。最悪サウス氏の暗殺も視野に入れて動いてくれ。」

「任せてよボス!こよりがついてるんだもん。どんな人来ても追い返しちゃうからね!」


 威勢のいいセリフに場のシリアスな空気も雪解けを見せる。優鬼さんが柔らかく笑みを零し、そっと彼女の頭に手を置く。


「あはは、ありがとう心強いよ。それじゃあ、この件に関しては無牙をリーダーに任命するよ。彼女と面識があるのは君だけだからね。あとは彼に従ってくれ。じゃあ、質問がなければ、これで解散だ。」


 と、そこで勢いよく立ち上がったのは意外にも遥さん。


「ちょい待って質問や質問!さっき彼女てゆーたってことは、サウスさんって女の子なん?何歳や、美人なんか?恋人おるん?」

「あはは、質問多すぎだよ。まだ独身の20代の若い女性だよ。美人かは、これは見てのお楽しみかな。」

「おっほー!それ絶対カワエエやつやんけ!ワイやる、めっちゃ張り切って仕事やる〜!」


 最後はなんとも締まらない形になったが、これでお開きになった。まあ、うちはこれくらいの空気がお似合いだ。部屋を退出した僕達はぞろぞろと自室へ向かう。


「ぐふふー、スパロってどんな人なんやろなあ。ごっつナイスバデーなねーちゃんなんかなあ。」

「護衛対象にエッチなこと言ったらダメなんだよー?」

「わ、分かっとるわ!冗談通じへんやっちゃな。なあ、無牙〜?」

「うわっ、触らないでよ。菌が移るから。」

「人のこと病原菌扱いすんなや!うわー、イジメやわー、学級裁判やわー。」

「小学生みたいな言い合いしないでくださいよ……」


 この時はまだ僕達はどれだけ危険な仕事なのか知る由もなかった。いつものようにこなしていく仕事の一つにしか見えなかった。まさか、あんなに長い一日になるだなんて。



 〜泰志・午前10時30分〜



 その翌日、僕達は空港のエントランスホールでサウス氏が来るのを待っていた。既に空港は人で混雑している。平日の朝だというのにすごいものだ。無牙さんが腕時計をチェックして辺りを見回す。


「そろそろ相手方も着く頃だね。」

「無牙さんは、そのサウスさんと会ったことがあるんですよね。どんな方なんですか?」

「率直に言えば少し変わった人かな。仕事に命をかけているというかね。」


そういった無牙さんは少し苦笑いをしたような感じだった。たしかに世界的なプロとくればそれだけ個性も強いだろうが。なにしろ武器職人という重い仕事を自らやっている人物だ。どんな人か少し気になる。

と、そこで無牙さんの視線が一方向で止まったのに気づき、僕もその方を向く。視線の先には大荷物を抱えた一人の女性。無牙さんがその女性に歩み寄り、柔らかな笑顔で頭を下げる。


「お久しぶりです、スパロ様。僕をお覚えていらっしゃいますか。」


 その答えは意外にも日本語で返された。


「もちろんよ!アンタも元気そうね、ムガ。」


 その女性は丹精な顔立ちをしていた。歳は僕より四、五歳は年上か。化粧っ気はしないが素が飾らない美しさと理知的な聡明さを訴えかけてくる。そして、黒縁メガネの奥に見える緋色の瞳は燃えるように赤い。その目に負けないくらいの赤毛が後ろで一つ結びに留められていた。女性用スーツに身を包んだいかにも仕事のできる女性というやつか。無牙さんと談笑している姿をまじまじと見つめていると、横から肘がつついてくるのを感じる。遥さんだ。


(確信したわ……)

(何をですか?)

(あの子絶対Dカップやわ。泰志、お前何やと思う?)

(とりあえず死ねばいいと思います)


 そんなくだらない囁き合いが聞こえたのか、サウスさんの視線がこちらに移る。僕達は慌てて直立不動になった。聞こえていただろうか……が、そういう訳ではないらしく、何か僕達を観察している様子だ。


「アンタたち4人が私のボディーガードってわけね。これからアタシ、マフィアにねらわれるんでしょ?子供もいるみたいだけど……任せられるのかしら。」

「頼りないかも知れませんが、優鬼が采配した選りすぐりの実力者達です。ご安心ください。」

「フム...まあユーキの判断なら間違いないわね。よろしく頼むわ。」

「ありがとうございます。ではおもてに車を用意させてありますのでそちらに向かいましょうか。お手荷物は僕達が運ばせていただきます。笨志、遥、荷物をお運びしろ。」




 玄関口には黒塗りのリムジンが止められている。存在は知ってたけど本当に見るのは初めてだ。カーブが曲がりにくそうな車だ。武器類はかなりの重量だ。重火器類の売り込みをするつもりなのか。荷物を積み上げ終わると僕達はリムジンに乗り込む。運転は遥さんだ、サウスさんと一緒に乗せたら何をするか分からないから。後部座席にあとの4人が乗り込み、まもなく車は出発した。


「そう言えば、サウスさんは日本語お上手ですよね。」

「スパロでいいわよ。ムガもそう呼んでたでしょ?堅苦しいのは苦手なのよ。日本語ね、日本の取引先も多いから覚えたら便利そうだと思ってね。通訳通すよりスムーズに話進むでしょ?」


 肩を竦めていう様子はホントに片手間に覚えたという感じだ。日本語は世界で最も難しい言語ときくが、それをたやすく覚えるだなんて、かなりの頭脳の持ち主か。


「スパロさん!」

「アンタはミズ・コヨリね、どうしたのかしら?」

「ありがと〜。あのね、このお花あげよとおもって!」

「フラワー?」


 そう言って取り出したのは小さな種。が、それは瞬く間に成長を遂げていく。芽が出て、茎が伸び、つぼみが膨らみ、そして赤い花がさく。これにはスパロさんも驚き顔だ。見慣れてる僕でもつい見入ってしまうくらいだから当然の反応だろう。


「ワオッ、素敵な花束ね!」

「カーネーションっていう花だよ!とても綺麗なところがスパロさんみたいでしょ!」

「ふふ、こんなに綺麗じゃないわよ?でも、とてもエクセレントなプレゼントをありがとう!大切にするわ。」


 花を手にしたスパロさんのクールそうな顔に蔓延の笑みが広がる。こうしてみると超大物と呼ばれる彼女も、1本の花に喜ぶ普通の女性なのだと改めて思う。この一面をみれば、どうして彼女が銃を売りさばく職人だと気付けるだろうか。


「お楽しみのところちょっとええか?」


 ふいに遥さんが運転席から声をかけてきた。


「斜め後ろの白いセダン車、多分つけてきとるで。」


 その言葉に場の雰囲気が一気に張り詰める。全員が頭の中に同じ言葉を呟いただろう。エトランジェファミリー、僕達に牙を剥くであろうその名を。




 〜泰志・午前11時10分~



「スパロさん、シートベルトしとき!ちょい運転荒くなるで!」

「お、オーケー。」

「そうそう、おっぱいがシートベルトで……ぐふふ……」

「訴えるわよクズ!」


 そう言うが早いかこのリムジンは一気に加速する。昼前の道路は混んでいる訳では無いがそれでも車通りは多い。逃げ切るのはなかなか難しそうだ。追い越せるもののやはりスムーズに逃げられない。

 すると背後から発砲音が数発鳴る。後ろのバックフロントに銃弾痕が二発作られていた。相手側も気付かれたのを理解してもうコソコソするのはやめらしい。防弾ガラスじゃなければ今頃車内は大惨事だ。


「んで、どないする!どこへ向かったらええんや!」


 前を向いたまま遥さんが怒鳴る。ハンドルを握る手にはうっすらと汗が滲んでいる。事態は相当まずい。


「とにかく振り切ってくれ!ブレーキ踏まずに突っ走れ!こより、何か植物で足止めしろ!泰志、僕達は銃でやつらを迎撃する!バレットを出せ!」

「「「了解っ!!」」」


 無牙さんが窓を開けて銃を抜く。ピースメーカー、リボルバー式の銃だ。根強い人気のある洒落たフォルムが陽の光で眩しく輝く。その美しくも恐ろしい凶器が続けて6発全ての弾を吐き出し、相手に全弾が命中する。だが、それがどうしたといわんばかりに車は走り続ける。むしろ前よりスピードが上がった。


「くそっ、防弾性能が高いぞ。」

「僕がやります!」


 僕は座席下に常備していたバレットを手にする。日本刀ばっかりで最近構ってやれてなかった。今日は一緒に暴れようか?図体のでかいその狙撃銃は、二千メートルを超える距離ですら正確に標的を撃ち抜く。こいつを至近距離からお見舞いしてやるのだ。ドアごと開け放ち、その長い銃を相手に向ける。


「これで終わりです!」


 照準を合わせ、引き金を引いた。1発で相手のフロントガラスが亀裂で埋め尽くされる。貫通はしなかったが、これで前は見れない。ふっと息をついてドアを閉めようとしたとき、敵の車から発砲音が再び起こる。次の瞬間相手のフロントガラスが弾け飛ぶ。しや相手はそのまま車を狙って撃ってくる。


「真っ昼間からえげつないもんぶちこんどるな〜。よしっ、曲がるで!気ぃつけや!」

「あ、アーユークレイジー!?ちょっとっストップ、プリーズストップ!?」

「ゴールド免許やさかい、どんとうぉりーや!!」


 遥さんゴールド免許だったんですね。大きなクラクションが交差点に鳴り響く。僕達のリムジンは割り込む形で車の列に入り込む。途中他の車と何度も接触してその度に嫌な金属音と怒号が飛び交う。


「撒けたか!?」

「いや、まだだ!しつこく追ってきてやがる!」


 今は無牙さんが牽制射撃で一定の距離を保っているが、この動きにくいリムジンと小回りの聞くセダン車じゃカーチェイスの結果は目に見えている。と、相手の弾がリムジンの後輪に命中する。車の下から破裂音がした。ガラスは防弾加工していたがタイヤまでは手が回らなかったらしい。


「あかんて、これはやばいて!」


 これにはさすがに耐えかねたリムジンは目に見えてスピードが下がる。やるしかない。僕は手元に置いていた日本刀をスラリと抜き放つ。


「無牙さん、僕が直接叩きます!」

「やめておけ、それは無茶だ!」

「でもそれしか……」

「2人ともまって!私がやるよ!」


 こよりは着物の袖からいくつか種を取り出し、窓からそれを放る。


「元気に伸びよ、にょきにょきちゃん!」


 その種は瞬時に成長を遂げる。地についた瞬間、一瞬でそれは成熟していた。スピードを出していたセダンは急ブレーキを踏むがやはり止まらない。大きな衝撃音がして大破する。これ以上は追って来れないだろう。


「こより、よくやった!今のは竹か!」


 通常でも急速な成長を遂げる竹なのだ。こよりの能力を掛け算すれば一瞬で成長するだろう。思惑通り、一瞬のうちに出来上がった竹林に敵は突っ込むしかなかったのだ。


「えへへ〜、こよりすごい〜?強いでしょ〜?」

「ああ、こよりの強さは天下一だ!」


 それを聞いたこよりさんの笑顔は本当に嬉しそうで、僕はそんなこよりさんが素敵だなと思った。

 そしてスパロさんはというと、リムジンの壁に体を寄りかけて黙り込んでいた。


「怪我、ないですか?」

「ええ、寿命が数年縮んだけど、怪我はないわね……」




 〜遥・12時0分〜



 バンクしたリムジンで何とか逃げ去り、近くの路上でリムジンを駐車する。後ろが嫌な音を出していてかなり走り心地が悪かった。初めは美人の警護ができると喜んでいたが、あまりサウスさんとお近づきにはなれないし死にかけるし、実はあまりいい仕事じゃないのかもしれない。駐車してからは自分も後部座席に乗り込む。そこで全員が顔を合わせる。リーダーである無牙が初めに口を開く。


「当初の予定では、このリムジンで最寄り駅から出る特急電車にのるつもりだった。その電車でアジトまで移動するはずだったんだが、問題は駅までのアシがないということだ……」

「今はとにかく車を調達してこないといけない。だが、スパロ様の警護を怠るわけにもいかないので護衛は極力減らしたくない。調達には一人で行ってもらうことになる。」

「つまり……誰が行くかが問題だね。」


 あ、なんかこの時点で嫌な予感がする。額を一筋の汗が伝っていく。今日なんかいろいろ汗かく1日だ。思案顔の無牙は数秒の間考えてから、


「……こよりはまず未成年で車をここまで運転できないからまず外す……そしてリーダーの僕もスパロ様の傍を離れるわけにはいかない。泰志、君も一人での行動には不安がある。暴走するくせがあるからね……」


 まあ、なんとなくこうなる事は予想していた。自分は立ち上がって話を終わりにさせる。


「まわりくどいわ、ワイが行けっちゅーことやろ?」

「頼むぞ、ゴールド免許。」

「もうそれええわ!……10分まっとれ、すぐ車寄こすわ。」


 貧乏クジを引くのはなんとなく分かっていたが、これも仕事だ。一応この中では年長だし、自分がみんなのために行くのもいいだろう。

 そんな自分にスパロさんが袖を少し引く。


「ビーケアフル、気を付けて行きなさい。」

「おおきに、でもそんなんゆうんやったら膝枕の一つでもしてもらいたってイターーっ!?無牙なにすんねん!」

「君は少し態度をわきまえてくれ!誰に向かってそんな無茶言ってーーー」

「オーケー、やるわ。」

「ヒザマクラ?すればいいんでしょ?アタシのためにわざわざ危険を冒してくれてるんだもの。それくらい構わないわ。」


 そうイタズラっぽくはにかむ彼女を見て、自分は心の底から思った。ワイ、この仕事きてホンマよかった。




 〜遥・午後0時15分〜




 近くにあるレンタカー屋で新しい車を見繕う。ズラリと並んだ車体を見眺めていた。荷物が多いから大きめのサイズが好ましい。それでいて目立たなさそうな車を。


「お、この車ええやん。」


 そう進み出た車の向こうからフラリと一人の男が現れる。ジロっと互いに目を見やる。短髪の青い髪に切れ長の目をした男で、背も自分より10cmくらい上、歳は少し上だろうか。一見ただの優男に見えるが、その体からは火薬の匂いが残っている。ついさっきまで激しく撃ち合っていたような、新鮮な火薬の匂い。間違いなく彼はこちら側の人間だろう。


「ジブン、何モンや?」

「エトランジェの水河 海渡(みずかわ かいと)、後は言わなくても分かるだろう?」

「……ワイはデスペラードの津守 遥(つもり はるか)や。好きなもんはかわええ女の子と大人のビデオ。ほー、あの趣味悪い白セダン乗っとったヤツかいな。ジブンらも車選びかいな、車ぶっ壊してすまへんなあ。」

「貴様らもリムジンを無駄にしたようだな。惨めなものだ。」

「なんやワレ、ここでおっぱじめてもええんやぞ?」

「……」


 その解答は行動で示されることになった。無言の刺突が繰り出される。それを見越していた自分はいち早く元いた場所から飛び退く。やる気は十分ということか。

 自分は素早く、衣服に隠していたワイヤーを準備する。いつでもかかってこい。


「津守 遥、報告書で読んだ。ワイヤーと糸を操作する能力者。」

「調査済みなんかいな。ま、調べたところでワイが強いんは変わらへんけどな!」

「……俺は仕事を遂行するだけだ。」

「ジブンの狙いは分かっとるで、ワイのパソコンに入っとるウチの女子メンバーマル秘画像ファイルをーーー」

「そんなわけあるか!貴様いったい何を集めている……」


 本気で侮蔑の視線を浴びせる水河を華麗にスルー、そんなことで心が折れるほどやわなメンタルではない。とはいえアレが狙いではないというのも意外なものだ。なかなかのコレクションだというのに。とすると……やはりスパロさんになるのだろうか。


「一人のれでぃーに大の大人がよってたかって何してくれとんじゃワレら。覚悟できとんやろなあ?」

「安心しろ、殺す覚悟も殺される覚悟もとっくの昔に済ませてある。それはそうと、貴様らのボスのことなのだがーーー」


 そう優鬼のことを切り出した水河が、突如銃を抜く。不意打ちだ。聞きに回っていた自分は一瞬対応に遅れてしまう。そして相手もそれを見逃すほど甘くないようだった。弾丸が2発、胸に撃ち込まれる。ワイヤーでギリギリガードしたため貫通はしなかったがハンマーでおもいきり殴られた気分だ。


「ぐっ……何するんやぼけ!」


 ワイヤを振るうが既に水河の姿はそこから消えていた。我ながらまんまと誘導に引っかかってしまった。不意打ちが卑怯だとかどうこういうつもりはない。不意打ちされるような隙がある奴が未熟、ただそれだけだ。

 焦ることはない、こちらはワイヤーで相手を捕らえるだけでいい。一本でもやつに付けられればこちらの勝ち。


「能力者の欠点、自分の能力を過信する結果、傲慢な油断を招きやすい。」


 どこからか水河の声だけが聞こえてくる。被弾の痛みを歯を食いしばって耐え、なんとか近くにあった車に背をもたれさせる。彼の言動には能力者を蔑むような節があった。少なくとも彼自身は能力者である可能性は低い。それだけでも収穫というべきか。


「かくれんぼはオススメせえへんで……」


 あたり周辺にワイヤーを張り巡らせる。単なるワイヤートラップの意味合いもあるが本命は探知目的。何かが引っかかれば感覚で居場所は掴める。

 さっそく網に何かがかかった感覚が伝わる。瞬時にその何かをワイヤーでがんじがらめに縛り付ける。が、これはどうも人間の大きさではない。もっと大きな……

 それは急加速しながら自分に向かって近づいてくる。窓ガラスから少し覗き見ると、姿を現したのは車に乗った水河だった。


「ちょっ!それは反則やて!」


 慌ててその場から飛び退く。背にしていた車は追突されて盛大に音を立てて大破する。車の警報音がけたたましくなり響いている。無茶苦茶な戦い方だ、完全に轢き殺すつもりだっただろう。ドアが蹴破られて水河が突進してくる。ワイヤーを放って捕らえようとするが、そのワイヤーの包囲網を掻い潜り、避け、巧みにすり抜ける。これはまずい、この能力は接近戦には弱いんだ。


「能力者の欠点その2、能力に頼るあまり動きが鈍い。」


 水河のナイフが脇腹の肉を切り裂く。


「いったーー!?離れろや!」


 スタンガンを抜いて押し付けようとするがすぐに距離を取られる。しかも去り際にナイフを抜かれた。痛みも酷いがそれ以上に心配なのは出血量。

 今度のはかなり深い。止血しないと、出血多量であと小一時間後には確実に死ぬ。自分も、覚悟を決めなくてはならないようだ。衣服の糸を解き、傷口を縫い合わせる。


「ぐっ、う、うああああ!!」


 痛い、ものすごく痛い。麻酔無しで肉を突き刺すのは想像を絶する痛みが走る。だがそれでいい。痛いということは生きているということ。痛みで意識が保てるなら本望。止血はできた、それで十分。

 痛みを噛み殺し、できるだけダメージを感じさせないようなんなく立ち上がってみせる。不思議なことにその間、水河は何もせずに突っ立っていた。……いや、待っているのか。


「便利な能力だな。繊細な使い方もできるのか。」

「おおきに、水河……応急処置を待ってくれとったんか。」

「待つのも待たないのも同じことだ。怪我を治したところでさほど問題もないからな。」


 容赦の無い攻撃に反して義理堅い態度。どちらにしろ自分は死ぬと言うことだろうか。口は気に入らないが、こいつの場合は……


「ジブンアレやろ。ツンデレってよく言われへん?」

「勘違いするな、自分の流儀を通しているだけに過ぎない。」


 その返しは完全にツンデレだ。これには自分も失笑である。男のツンデレなどにこれしきも興味はないが、なかなかユーモアのある相手だ。まあ、嫌いではない。


「せやなぁ、男にデレされてもきしょいもんなぁ!」


 水河は自分のことを傲慢が欠点といった。それは事実かもしれない。だが水河も義理堅いという欠点がある。その甘さがお前の隙だ。

 お前が最初に轢こうとしたんだ。轢かれる覚悟くらいもちろんあるよな。


「逃がさへんで……!」


 ワイヤーを引っかけた車たちがいっせいに動き出す。ワイヤーを派手にばら撒いたのは布石、と言いたいところだが、これは完全にその場の思いつきだ。辺り一面平らにしてやる。車が激突し合っているような危険地帯で、隠れられるならやってみるがいい。

 と、水河が車のボンネットに姿を現す。さすがに素直に轢かれてはくれないか。水河は車の上から銃を向けてくるが、足場は能力で自由に動かせる。当たるわけがない。

 自分は水河の腕に一本のワイヤーを放ち、括りつける。これでもうかくれんぼは終わりだ。


「刺激が足らへんと人生は退屈や。これで一生分味わってき。」

「おい、それは……」


 初めて水河の顔が青ざめる。ワイヤーの手元側に取り付けていたのはスタンガン。ボタンを押すだけでワイヤーに繋がれたやつは感電するだろう。もうこの時点で自分の勝ちだ、押す必要はない。そして無慈悲にそのボタンを押し込む。


「ぐああああっ!!」


 20秒間、水河は気を失わなかった。常人であれば数秒で気を失うであろう高圧電流に、必死に抗っていた。最中、自分への発砲もあったが意識が朦朧とする中、照準はあっていなかった。声が途切れ、跪いてからやっと電流を止めた。もう既に彼の意識は飛んでいた。

 自分はその体をそっと横にさせてやる。水河のことを甘いと言っておいてなんだが、ここでトドメを刺さない自分もやはりどこか甘いのだろうか。そうおもいいたり少し笑ってから、気を失っている水河に一人声を投げかける。


「ジブン強かったわ。今度あった時は、正真正銘お互いマジ本気で戦おな。」


 そう言い捨てて、そこらに転がった車からよさそうなものを見繕う。

 水河は強かった。能力者をたった一人でよくここまで追い詰めた。本当に強い、ただの人間だった。

 そばにあった車をワイヤーでピッキングしてこじ開け、発進させる。早く行かなくてはならない。スパロさんに膝枕してもらうために。




 〜優鬼・12:30〜




「よっ、優鬼ちゃ〜ん。」


 そう言って自室に入ってきた人物を見て顔をしかめる。入ってきたのは隆虎さんだった。


「ここ禁煙なんでタバコは外で吸ってください。」

「もー最近の若い子おいちゃんに冷たい〜。せっかく昼飯持ってきてやったのによぉ。」


 腕時計を覗くとたしかに正午過ぎだった。仕事に頭がいっぱいで時間に気が回ってなかったみたいだ。


「もうそんな時間でしたか。気付きませんでしたよ。」

「ほれっ、なんか腹に入れといたほうがいいぜぇ。」


 そういって机に置かれたのは一杯のチャーハン。見たところま

 だ出来て間もない代物だった。食べ物を目にすると急に食欲が湧いてきてしまう。隆虎さんの言う通り素直に食べてしまおう。


「チャーハンですか、誰が作ってくれたんですかね?」

「おいちゃんの手作り……ってちょいまちぃ、黙ってお皿遠ざけなさんな。おいちゃんのけっこううめぇから。」


 信用ならないニヤニヤ顔を半眼で見眺め、一口だけ口に運ぶし。


「……隠し味はなんですか。」

「砂糖と生姜だぜ。入れるタイミングがミソなのよ。」


 この人普段料理しないくせにどうしてワンポイントテクニックを持っているんだ。と、謎の女子力に戦慄しつつも料理は美味しくいただく。


「ボクのためにわざわざありがとうございます。」

「いーのいーの、上司に気を利かせて動くのが、できる大人の処世術だからよぉ。んで、さっきからそんな熱心になにやってんのよ?」

「ああ、そのことなんですけど、さっき無牙達がエトランジェに襲われたと連絡が入りましてね。今どこから情報が漏れたのかデータを洗い直しているんです。」

「うちのセキュリティ対策は万全だったはずたからねぇ。」


 スプーンを手にしながら少しパソコンのディスプレイを見やる。それだけがいまいち納得がいっていない。エトランジェがハッカーを雇った可能性もあるが、そういう動きでそのような節があるようにも思えなかった。


「はい、外部からウイルス感染させるにもかなり難しいはずですし……まったく、どこから情報が漏れたんだか……あ。」


 いや、一つだけ、思い至ることがあったのを忘れていた。二人の空間を沈黙が支配する。


「ま、まさか……」

「まさかよぉ〜」


 互いに一瞬で銃を抜く。構えるのはほぼ同時、互いに相手に照準を合わせて膠着状態に入る。だが、一見動けなくなったように見えて既に勝敗は決していた。銃の速射ではボクの銃の方が速い。つまり必ずボクの方が隆虎さんより早く引き金を引ける。相手もそれは分かっているようで、肩を竦めて銃を下げる。


「あーあ、やられちったぜ。」

「何勝手に情報漏らしてるんですか……さっそく遥が襲われたと報告がありましたよ!」

「若い子は元気あるねぇ〜。」

「隆虎さんのせいですよね!?」


 手にした銃を隆虎さんの額に密着させる。銃が押し付けられているというのに隆虎さんは表情を崩さないまま佇んでいる。


「まーまー、これにはちゃーんとした理由があんのよ〜。」

「本当でしょうね……理由によっては発砲回数減らしてあげますけど。」

「撃つのは確定事項なのね〜。」


 拳銃向けられてもヘラヘラと笑い避けようともしない。本当にこの人は脅しが通じない人だ。ため息をついてこちらも銃をしまう、どうせ撃つつもりは最初からなかったから別にいいのだ。


「説明してもらえますか?」

「端的にいうとよぉ、うちのメンバーは良くも悪くも歳が若い。実力は申し分ない、あたまも回りゃ度胸もある、ただ……圧倒的に経験がデスペラードには足りてねぇのよ。」


 そう言いながら隆虎さんは自身の銃をそっと机に置いた。


「こちらとしちゃ若くて強い子がたくさんいるんだし早めにポテンシャルを引き出したい。有能であっても肝心の判断で負けちまっちゃ元も子もないからねぇ。」

「考えは分かりました……でも、うちの子をわざと危険に晒したことは納得いきません。荒療治過ぎますよ。」

「優鬼ちゃんだって若い頃から修羅場潜って今ここにいるんじゃないの。そいつをみんなにさせないってのもフェアじゃないだろうぜぇ?」


 そう言い返す隆虎さんの声には、僅かばかりだがたしかに真剣味を感じることが出来た。表情はまったく信用ならないが。


「ま、無牙ちゃんたちにはこれくらいのこと軽〜くこなせるようになってもらわないとねぇ。」


 にやにやとソファに腰をかける様子は悪党さながら。いや、一応マフィアだから合ってるといえば合っているのか。厄介な相棒がいることに今日もため息をつくのだった。

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