第75話協力要請


「神月さん」


背中を呼び止める声に振り替える。


夜須やすか。何の用だ?」


そこには、スーツを身に纏った黒髪の青年が立っていた。


「少しよろしいですか?」

「拒否権を行使しても、後日また来そうだな。まあ、大丈夫だが手短に終わらせてくれ」

「分かりました」


夜須やすは既に張っていた人払いの結界を更に強化させる。


「何の話かは大方、予想出来るが一応聞いておこう」

「ここ最近、連日起こっている異能力者の連続殺人です。その解決をお願いしたいと思いまして」

「…………」


聖王協会が興味本位で首を突っ込んで、半分解決させた事は知らないのか。

もしくは、あの赤髪の少年のバックに潜む存在をどうにかしてほしいのか。


「異能力者を狙った連続殺人事件なら、俺の領分じゃないな。お前らの仕事だろ?もしかして、裏で手を引いているのは政府の人間だったりするのか?」

「……」


夜須やすは押し黙る。


苦々しい表情ではなく、完全なる無言の肯定。どうやら、隠すつもりはないらしい。


夜須やす、俺が連続殺人の犯人探しをやるとでも?」

「神月さんに頼みたいのは、彼らの捕縛です」

「俺としては関わりたくないんだがな」

「誰かがやらなければ、いたずらに被害が増す一方ですよ」


聖王協会は中途半端に首を突っ込み、対策課は聖王協会がこの件に片足を踏み込んでいる事は知らない。

悪いのはどちらかを挙げれば、間違いなく聖王協会なのだが、この世界は実力が物を言う。対策課が聖王協会を責め立てたとしても、まさしく柳に風だろう。


その状況を言ってしまえば簡単だが、大なり小なり揉めるであろう事は想像に難くない。


俺がどうにかこの現状をしなければならないのだろうか?でも、俺の仕事ではない気もするのも確か。どうしたもんか。

対策課が捜査していた事くらい容易に理解出来るが、この5年間、全ての物事をしっかり深く考える生き方はしていなかったせいで、頭のどこかで放置していた。


空を見上げれば、一面に広がっている雲が天の大海を自由気ままに漂っている。

憎いくらい羨ましい。


「俺以外に、やれそうな人間はいないのか?」

「十二の名月の一つ、如月家の当主を殺害してますからね。死体の状態を見ても、不意討ちではなく、正々堂々と戦って負けたと見ていいでしょう」

「如月家は睦月家と同様に戦闘に特化した一族ではなかったと記憶しているんだが?」

「えぇ、本来、如月家の得意分野は刻印を魔道具レリックなどに刻む事です」

「あぁ、そういう事か。その魔道具レリックを持ち歩いていたって事か」

「その認識で結構です。一度限りの使い捨ての強力な物を使っていたようですよ」


如月家の人間だからこそ可能な手段だな。

使い手によるだろうが、非常に有効な手。なかなか強そうだ。最終的には使い手の実力が物を言うだろうが。


「それで、俺にその能力者を引っ捕らえて来いってか?お前らが手も足も出せない相手にか?」

「政府上層部から圧力をかけられているだけですよ」

「余計にたちが悪いじゃねえか」

「あなたは完全なるイレギュラーな存在。表向きは存在しない人間ですよ。恐れる必要はないのでは?」

「だからこそだ。存在しないからこそ、手段を選ばないんじゃないのか。とは言っても、その心配は無いだろうが。お前には言ってなかったが、つい先日、お前の言っている連中と交戦したんだよ。今頃、俺についていろいろ嗅ぎ回っているだろう。そうなれば、聖王協会も動かざるをえない」

「……なるほど、神月さんについて調べても、その内手を引くと」

「その通りだ。理解が早くて助かるよ」


夜須やすは、考え込むように口を閉ざす。


「話は終わりか?」


返答は無い。


俺は向かい合っていた夜須やすを通り越し、足を緩める事はない。


「神月さん」

「ん?」


切羽詰まるような声音に、思わず足を止める。


「いずれあなたも選択を迫られます。何を生かし、何を殺すか」

「そんな選択なら何度だってしてきたさ」

「そうでしょうね。ですが、今のあなたは聖王協会の恐怖の象徴たる"神童"ではない。神月さん、この5年であなたには大切な物が出来すぎた。それでも、今までのように切り捨てる道を選ぶのですか?」

「…………お前が言うなよ」


微かに漏れる小さな呟き。


叫んだつもりだったが声が出ない。

腹の底から沸き上がる衝動も何も無い。


「お前は、何の為に生きている?」

「……そうですね。何の為……ですか。しいて言うのならば調和、ですかね」

「……調和か」

「より正確に言えば、世界と人類の調和。個を殺してでも全を生かす。これが私の生き方ですよ」

「前々から思っていたが、お前、つまらん奴だな、夜須やす

「自覚はあります」


夜須やすは、自嘲するように薄く笑う。


きっと彼も何かを見て、何かを背負っているのだろう。

けれど、『個を殺してでも全を生かす』という考え方は、人権の破壊に繋がる。人が人ではない、それ以下の存在へと退化する事だ。

きっと、夜須も知っている。知っていて、それでも選択したのだろう。


俺は5年前に、自らの意思を、願いを、夢を放棄した人間だ。

最初から何も持っていなかった。

ただ、誰よりも強力な異能力を有していただけ。


空の雲はいつの間にか消えていた。

好きに消える事が出来るのか。

本当に、憎いくらい羨ましい。


「……まあ、やれるだけはやってみる。過度な期待はするなよ。その代わり──」


開口した夜須やすを手で制し、話を続ける。


「いくつか条件がある」

「伺いましょう」

「一つ目は、対策課はこれ以上この件には足を踏み入れない事。二つ目は、例の能力者達の処遇は俺が決める。三つ目は、十二の名月──特に如月家の腰を上げさせない事。四つ目は、解決したら連中のバックにいる奴と会わせてくれ」

「……随分と厳しい条件ですね。どれも非常に困難だという事くらい分かるのでは?」

「おたくの長官殿なら出来るんじゃないのか?」


夜須やすは、意識していなければ気付けない程に僅かなタイムラグを開けて返答した。


「流石に不可能ですよ」

「なら、十二の名月を大人しくさせてほしい。連中が動けば事態はややこしくなる。面倒になったら、まとめて全てを叩き潰したくなるかもしれないだろ?」

「はぁ、分かりましたよ。……その条件については善処します。それで、二つ目の処遇についてですが──」

「恨みやら何やらで、関係ない罪まで擦り付けられたら可哀想だろ?」


夜須やすの疑わしそうな視線が俺を射る。


「本心は?」

「聖王協会が気になってるみたいでな」


これは半分嘘だ。


「そうですか。まあ、長官に掛け合ってみましょう。四つ目は……そうですね。一度、話を通してみましょう。聖王協会の元最年少幹部である"神童"が会いたがっていると言えば、あちらも無下にはしないでしょうし」

「俺の過去は内密にしてくれ。広まるといろいろと面倒だ」

「分かりました。時間はかかりますが、そのようにしましょう」


俺は話は終わりと判断し、帰路に着いた。


翌日、教室へ入るといつも通りの騒がしさに、若干の懐かしさを覚えながら席へとつく。


「おはよう、サボり」

「はいはい、サボり魔ですよ。おはようさん」


前の席に座っている伊織へと、簡単に挨拶を済ます。


「昨日、何か試験についての進展はあったか?」

「何もないな。しいて言うなら、このクラスは他のクラスと比較しても圧倒的にスペックが劣っていると理解させられたくらいだな」

「何かあったのか?」


昨晩、真美から聞いていたが敢えて聞き出す。


一つの主観的な意見だけでは、正確な状況の理解は困難だからだ。


「昨日の放課後に、Eクラスとグラウンドの半分ずつ分けて使ってたんだがな──」

「なるほど。他クラスが隣で練習してたのならモロに分かるよな」

「あぁ、それもあるんだがな」

「他にも何かあったのか?」


眉間にしわを寄せた伊織に、更に問い詰める。


「Aクラスの連中までもやって来てな」

「そうか」


そこまでは聞いてなかった。

初耳だ。


「Aクラスは一番優秀なクラスだったはずだな」

「そうだ。事実、個々の実力ではEクラスよりも僅かに勝っていた。だが、作戦次第では十分に勝ちをもぎ取れる範囲だろうな」

「そこでいろいろあって、自信喪失中って訳ね。大変ですな」

「まるで他人事だな」


伊織は呆れた表情を見せる。


「一応、リーダーお前だからな」

「押し付けられたんだけどな」

「確かにそうだったな。だが、それでもリーダーは帝だ」

「分かってるよ。最低限の責任は果たすつもりだ」

「ならよかった。でも、勝つビジョンが見えないな」


天井を見上げた伊織を見ながら、さっきから心の中でふつふつと浮かぶ疑問をぶつけてみる。


「やけに乗り気だな。琴音に何か焚き付けられたか?」

「何も無いさ」

「そうか。ならば帰ってから聞いてみるか」


琴音は、フィリップス達の一件以降、俺の家に居候として寝泊まりしている。

何も出来ないお嬢様かと思いきや、──夜やヴァルケンと同程度とまではいかないが──家事スキルは異様に高い。現在進行中で家事スキルの上昇率も高い。その内、夜に追い付くのではと思っていたりしている。


「まあ、このクラスが最低のスペックなのは事実である事は変わらないな。どうしたもんかね」

「帝がどうにか練習させて、アドバイスをくれてやるのがいいんじゃないのか?」

「……アドバイスねぇ。俺は教育者に向いてないだろうし、練習させるも何も、このクラスはやる気だけなら一丁前だから別に何かする必要もなさそうだな。出場する競技の練習は、こっちで何とかさせるか」


競技については、今のところは学校側からの通達は無い。後日、改めて発表するのだろう。

それまでの期間、各々でどのように動くかも試練の一つと考えた方がよさそうだ。


それにしても、地力がない人間にとっては地獄だな。

競技とは言え、異能力の行使を前提にした物だろう事は想像出来る。身体能力と同様に、異能力の実力差というのは、多少の努力では覆しようはない。変に策を弄しても、相手が正攻法で攻めてきたら効果の期待は出来ない。真っ正面から打ち破られる。


「それで、お前は何か考えついたか?」


俺の顔を伺うような体勢の伊織に、吐き出しそうになったため息を肺へと飲み込む。


「今のところは何も。ただ、普通にやっても勝てそうにない事は確かだな。普通にやっても勝てないなら普通にやらないだけだ」

「何か策があるのか?」

「さっきも言ったが、下手に策を用いてもしっぺ返しをくらう。だったら、そうならないようにすればいい」

「具体的にはどうするつもりだ?」

「現時点では、競技の発表はないから何も打てる手は無いが、反則ギリギリのラインを狙う」


俺の言葉に、伊織は結構引いていた。


「何だ?」

「いや、普通はそんな発想に行き着かないからな。何と言えばいいか……。たかだか、学生の試験にそんな作戦を使おうなんて外道がいるとは思わないだろ」


その外道が伊織の目の前にいる訳だが。

いや、深くは言うまい。


「その手を使わないのなら、ペアのクラスに頑張ってもらうしかなさそうだな」

「Dクラスか」

「そうだ。六角とか言うチビ助達だ」


Dクラス全体の実力は知らないが、伊崎率いるEクラスよりは上という評価なのだから期待は出来る。

少なくともFクラスよりは。

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異界帰りの超能力者 ~異世界召喚に巻き込まれたと思ったら魔王の方からやって来た件~ 五十嵐 亮 @a27927784

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